「何もない、静かな部屋」 キスを待つ頬骨シリーズ2.5

水ぎわ

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第16章「風の行方を追え」

第141話「夜の底で、二体の麒麟がひとつになる」

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(UnsplashのRadek Pestkaが撮影)

 音也は、この世のものとは思えないほどに優しい手つきで聡の前髪を払い続けた。
 聡は音也のシャツに包まれたままの肩甲骨をつかむ。

「今日から先は、どんなことでも、おれに言えよ。おまえはもう、自由なんだ音也」

 そうか、と言う音也の声は伸びやかで温かかった。

「そうか。これが自由ってものか。だけど世界中の自由が俺の手に入るとしても、お前のためならどんなものでも差し出すよ、聡」

 音也はそっと抱きしめたてきた。それから聡の背中を大きな手でおおうと

「聡。これから先は、お前はもう二度とのことは気にするな。俺がすべて処理する。信じろ」

 目の前に、親友の初めて見る笑顔があった。
 一生に一度の恋を手中におさめた男の、晴れやかな顔が聡を見おろしていた。

「信じろ。俺が必ず、お前をこの世のてっぺんへ連れていく」
「……行きたくねえよ、そんなところ」
「行きたくなくても、んだ。それがーー」

 と音也は言葉を切り、もう遠慮もなく聡を責めさいなんだ。

「それが、松ヶ峰聡《まつがみね さとし》と言う政治家だ。俺がこの世で、たったひとつだけ掴《つか》んだ夢なんだ。お前は俺のもっている、一番きれいな夢なんだよ」
「くそ。夢じゃねえ。わかってんのか、音也」

 言いかえすと、音也はすがすがしく笑った。

「あたりまえだ。今さら。夢に戻してたまるかよ」

 音也の言葉を、聡は自分の悲鳴のような声の合間にかろうじて聞いた。
 身体が、白熱している。
 それ以上に、音也の声を浴びた耳が溶けそうな熱を発していた。

 快楽と信頼と愛情が、ひとつになって体内にある。
 聡が安心してその身を預け、未来をともに切り開いてゆく男の体温が、聡の中心にあった。

 夜の底で、二体の麒麟《きりん》がひとつになる。
 背中合わせになっていた二匹の麒麟は、聡の中で“阿《あ》”と“吽《うん》”の形にかみ合い、ひとつの円環を作っていた。
 そして最後に音也はため息のように聡にささやいた。

「おまえ、青いチューリップに囲まれているみたいだ。きれいだぜ聡」

 そのまま、音也は聡をきつくきつく抱きしめた。
 一生に一度の恋を手放さない決意をした男は、この世の最上の花を抱きしめていた。

 聡の首すじに顔を埋め、楠音也は生まれて初めて心の底から笑う。
 幸せな、幸せな麒麟《きりん》の咆哮《ほうこう》が、聡をつらぬいていった。

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