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第18章「コルヌイエホテルにて」
第155話「整合性がとれる唯一の答え」
しおりを挟む(UnsplashのVictoria Priessnitzが撮影)
コルヌイエホテルの日本庭園は敷地が約一万坪もある。
江戸時代は大名家の中屋敷《なかやしき》として使われ、戦前は宮家《みやけ》の持ち物だった庭園を、コルヌイエホテルの現オーナ―・渡部誠《わたべまこと》がていねいに補修してみごとによみがえらせたものだ。
敷地内の高低差を生かし、庭の中心に落差約6メートルの滝をしつらえて清涼感をもたせている。
城見龍里《しろみりゅうり》は環の後についてのんびり歩き、ホテルのシンボルでもある大滝の前で立ち止まった。
「ああ、ここは絵面《えづら》のいい場所だね。そのままキャメラにおさまりそうだ」
「監督の映画には、日本が舞台のものは少ないですね」
城見は笑って
「ずっと香港で撮ってきたから。日本ロケは金がかかるんだよ。日本が舞台のものは、若い頃に撮ったのをリメイクしたのが一本あるかな」
「『アオモリ』ですね」
環が言うと、城見は嬉しそうに、
「あれを、見てくれたのか」
「スピーディで目が離せないアクション映画でした。おばのアトリエにはあの映画の場面を絵にしたものが数枚ございました」
ふっと城見は黙り込んだ。
「君は……紀沙《きさ》のアトリエを見たのか」
「あのアトリエも、ごぞんじなんですね」
環はもう、ぼうぜんとしていた。それから無意識のように、白いリネンハンカチに包まれたものを取り出して差し出した。
「この時計を、覚えていらっしゃいますか」
城見は環の手をみつめて、つぶやいた。
「なつかしいな。紀沙のハンカチだ」
「おばのものです。毎年、自分のイニシャルを入れたハンカチをあつらえておりました」
環があらためて手をさしだすと、城見はそっと時計をとった。ハンカチを広げ、ロレックスの腕時計を見つめる。
「まだ、動いているんだな」
「おばがていねいに手入れをしていたようです。私たちが見つけたときは、ゼンマイを巻いただけですぐに動き始めました」
「君が、みつけたの?」
ふわりと、城見の柔らかい視線が環の上に落ちた。しかし環は固い声で答える。
「松ヶ峰の兄と見つけました」
「松ヶ峰の? ああ、聡くんか」
環は息を飲む。
一体この男は、亡くなった松ヶ峰紀沙について、どこまで知っているのだろうか。
環の声が詰問するかのように高くなった。
「おばは、なぜあなたと連絡をとっていたのですか――再婚するつもりだったのでしょうか」
環は考えに考えぬいたあげく、整合性《せいごうせい》のとれそうだと思った唯一の答えを口に出した。
「松ヶ峰聡の初選挙が終わったら、おばは、あなたと再婚するつもりだった。ちがいますか、城見監督?」
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