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第18章「コルヌイエホテルにて」
第161話「生まれてきてくれて、本当にありがとう」
しおりを挟む「えっ? 私の連《つ》れ、ですか?」
「ああ。ホテルの入り口から、すごい勢いでこちらへ向かって歩いてくる若い男がいる。誰かを探しているみたいだ」
「あっ」
ふりかえった環は、今野の背の高い姿を認めた。
こちらには気づいていないようで、すさまじい速さで日本庭園を横切ってくる。すぐに環を見つけるだろう。
城見龍里《しろみりゅうり》は少し困ったように鼻のわきを掻いた。
「俺は、彼と会わないほうがいいだろうね」
「あ……たぶん、まだ」
「『まだ』と言うことは、いつか会わなくちゃいけないのか。父親としては気が進まないな」
城見は笑い、娘のふっくらした顔を見おろした。
「一度だけ、抱きしめてもいいかな環」
「あ、はい」
城見はふわっと、環を抱きしめた。
低い父親の声が聞こえる。
「ありがとう。生まれてきてくれて、本当にありがとう。
君はおれの誇りだ、環」
城見は5秒ほど環を抱きしめていたが、やがてしぶしぶ手を放すと、またジャケットをぱたぱた叩き始めた。
「どこかのポケットに入れておいたんだが――ああ、これだ」
城見は小さく折りたたんだメモを手わたした。
「連絡してくれ。この番号は直通だ。君のほかには北方《きたかた》しか知らない。
かけてくれ」
「いいんですか、あの」
「いいんだ。時間はいつでもいい。この電話は24時間いつでも必ずとるから――ああ、彼がきみを見つけたみたいだ。すごい勢いで走ってくるよ」
城見は軽《かろ》やかに背を向けて歩きだした。環があわてて叫ぶ。
「あの、白玉《はくぎょく》をお忘れです! これがなければ映画を撮影するときに困るんじゃありませんか?」
城見はあざやかに笑った。
心の底から、幸せそうに笑った。
「いや、俺はもういらない。俺は娘を取り戻した。『白玉環《はくぎょくかん》』は君のものだ。君の父親も、君のものだ、環」
丈《たけ》の長いジャケットをひるがえし、環の父親は去っていった。
左手首には環の母が大切にしていたロレックスがはまっていた。
そこが。
遠い日からずっと、約束されていた場所のように。
フェイスの大きな時計は城見龍里の左手首で正確に動いていた。
かわりに、環の手中には白い玉がある。
父親の伝えきれなかった愛情が形になったような白い玉が、環とともに呼吸をしていた。
コルヌイエホテルの日本庭園では、しずかに、夏の初めの陽光が消えていった。
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