完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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最終章「薤露青(かいろせい)」~清春×佐江 編

第63話「男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的」

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第63話「男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的」(UnsplashのMichal Matlonが撮影)

 コルヌイエホテルには、立食スタイルで1500人が入れる巨大なバンケットルームがある。
 今日はほぼ定員いっぱいまで招待客が入っているらしく、会場はぎっしりと埋め尽くされていた。

「ねえ、大地銀行《だいちぎんこう》って、けっこうイケている男が多いよね?」

 佐江の隣で、理奈が目をキラキラさせて言う。佐江はよく冷えた白ワインのグラスを手にして、

「そうね」
「あたし銀行員って大好きなんだけど、相手にされないの。どうしてかしら?」

 佐江は、プロのショップ店員の眼で理奈を見た。
 夕方から夜にかけてのフォーマルなパーティなのに、ドレスはひどく、けばけばしかった。
 顔色に似合わないベビーピンクのドレスに黒いエナメルハイヒール。宝石で飾るべき胸元は空っぽで、たっぷりした乳房がかえって寒々しく見えた。

 作りこみすぎたメイクとベビーピンクのふんわりしたドレスは、健康的な美しさを生かしていない。
 ……なにか手を入れるならどうしたらいいか。
 佐江は『理想のコーデ』を思い描いた。

  むきだしになっているデコルテと肩をストールでおおうだけで、上半身の露出がおさえられ、理奈のすんなりした脚のラインが強調される。
 ヒールは黒ではなく、ベージュと取り換える。形は品のあるスクエアヒールが正解だ。
 佐江は理奈の肩をそっと叩いた。

「ねえ、銀行員に好かれたい?」
「もちろんよ」

 むっとした顔で理奈が食いついてきた。佐江は品よく微笑み、

「じゃあ、ついてきて。少し変えてみましょう」
「……かえる? 何を?」

 そう言いながらも理奈はバンケットルームから出ていく佐江に、黙って従った。
 佐江はホテルの広い廊下へ出て、あたりを見た。このあたりは小さなロビーになっており、隅にいても邪魔にならない。しかもおあつらえ向きに誰もいなかった。

 手早く自分のストールをはずして、理奈のデコルテにまく。忙しく手を動かしながら、

「理奈。本気で男が欲しいならね、自分の身体を見せちゃダメよ。
 見せないことで男は勝手にあれこれと考えてくれる。そして男の頭の中では、女は現実よりも数十倍も魅力的にみえているものなの。
 ほら、これであなたの肩は百倍もきれいになった」

 理奈はじっとシルクでおおわれた自分の胸元を見おろした。
 ふんわりと巻かれたストールの隙間から絶妙なボリュームの肌がほのかに見え、25歳の女の凝脂で照り輝いていた。
佐江は梨絵の全身を長めおろし、続いて短く命じた。

「ヒールも脱いで。あなた、サイズはいくつ?」
「靴のサイズ? 二十四よ、あたしチビだけど足は大きいの」

 佐江はとうなずいた。

「そのヒールは脱ぎなさい。あたしの靴と取り換えましょう」

 理奈はまじまじと、佐江のはいているパイソン柄のベージュと黒のバイカラーヒールを見た。

「だって、ピンクのドレスにヘビ柄?」
「そうよ。ばかね、柄の問題じゃないの。色の問題なのよ」

 理奈がバイカラーのヒールをはく。佐江は代わりに黒のエナメルヒールをはいた。
 そして理奈のつま先まで眺め、エレベーターの前へ連れて行った。
 コルヌイエホテルのエレベータードアは、ぴかぴかに磨き立ててあり、鏡がわりになる。
 佐江がほどこした小手先のテクニックで品よく生まれ変わった姿を見て、理奈は小さく叫んだ。

「なにこれ、全然違う。めちゃめちゃカワイイじゃない」
「あなたみたいに小柄で身体つきがきれいな人は、かえって露出しないほうが男をそそるわよ」
「……なんか、魔法使いみたいね、佐江」

 理奈がうっとりとそう言うのを聞いて、佐江はニヤリとした。

「いいのよ。きれいな人をもっときれいにするのが、あたしの仕事だもの」
「仕事? ああ、働いているんだったわね。ええと、どこの店だったっけ?」

 佐江はさらっと自分のパーティバッグから小さな名刺を取り出した。

「『ドリー・D』って知っている? ベルギーのデザイナーよ。あたしは、そこのショップで働いているの。歌舞伎座のうらに店があるから、よかったら寄ってちょうだいね」

 理奈は名刺を食い入るように見つめた。それから小さな声で、

「行くわ。ねえ、全身ぜんぶコーディネートしてくれる? いま、どうしても落としたい男がいるのよ」
「もちろん。デートでもフォーマルでも、彼のおうちにご挨拶に行くときの服でも、全部そろえてあげるわ」
「ほんとうに? そっくり全部やってくれる?」
 チン! と佐江の脳内で7ケタのレジが鳴った。理奈は裕福な家の娘だ、予算に上限はつけまい。
 質のいい太客になる。
 佐江は品よく笑った。

「あたりまえでしょう、友達だもの。さあ先に戻って。私はすぐ後から行くから」

 理奈を見送り、このまま安原をまいて帰ろうとしたとき、ぎくりとした。
 水ぎわだった美貌の男がで立っている……清春だ。

「さすがファッションのプロ。あの女性をみごとにレディに生まれ変わらせたね」
「……清春さん、なぜ? ……パーティ会場の勤務ではないのでは……」

 全身から血の気が引いていく。
 清春がいる。
 佐江の初めてのキスを奪い長い指で快楽を与えた清春が、漆黒のボーイ姿で流れるように歩いてきた。 
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