純愛ヒロインを寝取られたけど間男がとんでもない純愛男装ヒロインだった話

オットセイ芳沢

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「あ、その本……」


きっかけは、多分それだった。
クラスでも特に目立たない黒髪長髪の文学少女、中村桜花なかむらおうか

男子生徒の好き勝手な下ネタ話にも一切登場しない本当に地味な生徒。 

故に……その一言に驚愕した。初めて声を聴いたが、あまりにも綺麗すぎて。


「え……これ?あ、もしかして借りたかった?」

「う、ううんそうじゃなくて………わた……私もその人、よく読むから……」


一般的な図書室の間取り。入って左奥の小説コーナーの棚から俺が取ろうとしたのはミステリー小説。

木島紀仁というかなりマイナーな作家だ。

かなり人を選ぶ作風なので、今まで木島好きには一人しかエンカウントしてこなかった。


「マジか、木島ファンがいたとは」

「う、うん。結構トリックとか……ガバいけど、心理描写は凄い……しっかりしてて」



”ガバい”なんて言葉が飛び出すもんだから思わず喉が鳴ってしまった。

本当、人ってのは話してみないと分からんものだ。



「じゃあ、はい」

「え……?」

「実は俺一回読んでんだ、これ。ちょっと気まぐれに読み返そうかなーって思っただけだから」

「…………わ、私……も。私も読んだ……」



何故か顔を赤らめていた。この場合、ちょっと恥ずかしい感じになっちゃったのは俺の方じゃないのか?……しかし些か、その表情はどこか高校生とは思えない大人っぽさが垣間見えて、史上類を見ない鼓動の跳ね方をしたのを覚えている。



「そうなんだ………じゃあ………………ちょっと、話さない?」

「えっ……」

「いや……この本について、とか」



脊髄反射で口から出た言葉。だがきっと、あの時点で俺はこの気まぐれな会話を終わらせたくなかったのだろう。……そしてどうやらそれは、彼女も同じだったらしい。


「う、うん……!」


口元を指で触りながら不器用に見せた笑顔。
………季節はもう夏だったが、その空間にだけ春風が吹いた気がした。




「……………何してんの?」

「っ!!」



後方から耳朶に触れたその一言で、何かが根底から崩れ去ったような寒気が身を包む。 

静かに振り返る。……立っていたのは、見慣れた男子生徒だった。



「うっわ、鷺沼さぎぬまじゃん。………もしかしてお前、そいつの事狙ってんの?」

「なっ…………」



””””””最悪””””””。

ダブルクォーテーションを96ダース分使っても強調し切れない程の最悪。

……この男は鷲海楓わしみかえで。同じクラスであり、この学内で最も生徒だ。

帰国子女、ドイツ語と英語と日本語を使いこなし学内成績はトップ。サッカー及びテニスにおいて中学時代にいくつもの著名な大会で名を残し……しかもその容姿は中性的だがとにかく整い過ぎており、校内外問わず計り知れない女子人気を欲しいがままにしているのだ。

そこだけなら、そこだけなら!!!俺が感じるのは純然たるルサンチマンだけだった。

しかし!!!こいつは!!!!こいつは!!!!!!!!




「キッッッッッッッッモ」




そういうタイプの!!!!!!人間なのである!!!!!!



◆◇◆




「あ、えっと……ごめんね色々……」

「え!?ううん……全然……」



あの後、散々放送コードすれすれの人格非難をした鷲海は、彼を探していた女子生徒に呼び出され渋々出て行った。………そして残されたのは、文字通り地獄の様な状況。

さっきまで青春ブチかましていた男がより優れた男によって無尽蔵になじられたのだ。かと言ってそこで俺を置いて出ていくというのもアレだ。さっきしてしまった”話す”という口約束が鎖になって彼女をこの荒野に縛り付けている。……これより気まずい環境は今の日本に存在しない。



「怖い人だよね……鷲海君」

「あ、あぁ……まぁあんだけ持ってる奴なら、仕方ないよな……。そ、それより、その……あの本について……」

「あ、あー!そうだね!……と、図書室じゃアレだし……きょ、教室で……」



中村選手による見事な会話のスルーパスにより、場の空気が何とか持った。
……まだ、春風は止んでない。



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