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「おはよう!」
「あ、おはよ」
暑さに負け、通学路を埋める黒が一様に丈の短い白と化していた。
そんな中……校門前で声を掛けてきたのは、中村だった。
あの一件があるまで彼女をまじまじと見た事は無かったが……薄いワイシャツの生地が汗で張り付く様を見て、生唾を呑み込みながら顔を背ける。
「あ!そのキーホルダーって……」
「これ?あぁこれか……」
ふと彼女が俺の鞄を見て目を丸くした。
それは、大昔に友人に貰った何かのアニメのラバーストラップだ。
友人といっても顔すら覚えてないが……入学前に偶然見つけたから何となくつけっぱなしにしていた。
「こ、これすんごいレアなやつ……!!蛸口戦隊オクタっちの数量限定ラバーストラップだよ!確か当時コラボしてたアパレルブランドの商品に付いてきたグッズで、ネットだと数十万とかで……」
マ、マジか。
経年劣化とホコリ等で色が灰緑に変わり、もはやどこぞのルグラース警視正が学会に持ってきてもおかしくない古きものら感漂う不気味な蛸キャラが……まさかそんな激レア品だったとは。
てかこの反応……この子相当なマニアなんだろうな。
特に思い入れも無かった為、俺は一時の気の迷いでそのストラップを外し、彼女へ渡した。
「んじゃ、あげるわ。俺そのアニメすら知らないし」
「えぇぇえんええぇえっ!!!?いっ……いぃいんの!?いいの!?」
暴れ狂う母音の波。溺れながらもそれを手に取り、宛ら純金でも扱うかのような丁重さを以って取り出したハンカチに載せる。あまりの動揺に”遠慮”という言葉が辞書から消えているらしく……そのまま包んで自分の鞄に入れた。
「あ………ありがとう!!!これ、一生大事にするね……!」
「あ……あぁ、うん」
また、笑顔。
今日は朝から風が強かった。
「鷲海せんぱーい!!おはようございます!!」
「キャー!!今日は鷲海君が出迎えてるーーー!!!」
「一緒に写真撮ってください!!」
キャー……キャー……以後延々。
その真っ黄色の声援を眼で追うと………そこには、奴がいた。
「うるせぇぞお前ら。さっさと教室行け」
「えーーっ!やだー」
「鷲海君と一緒に行きたーい!!」
気だるげに校門前に立つ鷲海楓。露骨に気崩した制服はさぞ女子生徒の何かを射抜いたのだろう。いつもより濃度の強いラブコールが響いていた。
……しかし、そんな彼の仕事は登校する生徒たちの身だしなみチェックである。なぜなら楓は、生徒会副会長でもあるからだ。
「副会長があんな気崩してていいのかな……」
「三年生の会長も鷲海に惚れてるらしいし、先生も下手に注意したらファンからのバッシングがえぐいだろうからな……やりたい放題なんだろう」
いつしか、鷲海楓の常軌を逸したモテ演出は……俺と中村における共通の話題の一つとなっていた。
真面目な彼女だ、他の女子生徒の様に奴のステータスには惑わされないのだろう。
……謎に安堵感を抱きつつ二人は校門を通る。
しかし
「おい、鷺沼」
「ヒッ………」
やっば。これ、終わった感じだ。
煩い声援に辟易しているのかは知らないが、何故か今日の鷲海は機嫌が悪い声色だった。
「テメェ、さっき笑ってただろ。中村とこっち見て」
「え……えぇ?なんのことれすか……?」
極致。しどろもどろの極致。
声なんか上ずり過ぎて対流圏まで行った。
「…………」
その時、鷲海が何かを見た。
そして何故か、憤りに拍車がかかった。
「………ふざけんなよ………クソが!!!」
突然俺の胸倉を掴み激昂する。当の本人はあまりの戦慄に尿道括約筋が崩壊しかけていた。
「えーなになに?どーしたの鷲海君?」
「そんな陰キャほっといて早く教室行こうよー」
こんなに可哀想な俺を見ても、彼女らの関心は依然鷲海。いやマジで可哀想過ぎる。さっき路上のペットボトル拾ってゴミ箱に捨てるなどしたのに。
そして……中村。この状況に動揺し、ただ口をぱくぱくさせて何か言いたげな表情を向けている。
当然の反応だ。むしろそそくさと立ち去らないだけ慈愛の神と言っていい。
「…………チッ……こいつ……」
舌打ちの後、鷲海は拘束を解いた。
……無数の生徒達が今の顛末を見たに違いない。
””””””””最悪”””””””””だ。ダブルクォーテーションが以下略。
ただでさえモブなのに、これでは周りから『あ、この人校門で……』という枕詞が付随するモブになってしまう。
「…………いよ」
「えっ……」
最後に、聞き取れなかったが……鷲海が何かを言い残して校舎に入っていった。いつの間にかほとんどの生徒が登校を終えていたらしい。
残されたのは……またしても、超絶怒涛のゲロきまず空間。
だが……今回も、開口したのは中村選手だった。
「ごめん……ね?私、何も……」
「え!?あ、いやそんなの気にしないでマジで!!……つーか、あんな訳分からんキレ方されるとはな……」
「そうだね………。明らかに不機嫌だった。………女の子の日とか?」
「…………あり得なさすぎるだろ」
「確かに」
そこで、笑った。
………まだ、春風は止んでない。
「あ、おはよ」
暑さに負け、通学路を埋める黒が一様に丈の短い白と化していた。
そんな中……校門前で声を掛けてきたのは、中村だった。
あの一件があるまで彼女をまじまじと見た事は無かったが……薄いワイシャツの生地が汗で張り付く様を見て、生唾を呑み込みながら顔を背ける。
「あ!そのキーホルダーって……」
「これ?あぁこれか……」
ふと彼女が俺の鞄を見て目を丸くした。
それは、大昔に友人に貰った何かのアニメのラバーストラップだ。
友人といっても顔すら覚えてないが……入学前に偶然見つけたから何となくつけっぱなしにしていた。
「こ、これすんごいレアなやつ……!!蛸口戦隊オクタっちの数量限定ラバーストラップだよ!確か当時コラボしてたアパレルブランドの商品に付いてきたグッズで、ネットだと数十万とかで……」
マ、マジか。
経年劣化とホコリ等で色が灰緑に変わり、もはやどこぞのルグラース警視正が学会に持ってきてもおかしくない古きものら感漂う不気味な蛸キャラが……まさかそんな激レア品だったとは。
てかこの反応……この子相当なマニアなんだろうな。
特に思い入れも無かった為、俺は一時の気の迷いでそのストラップを外し、彼女へ渡した。
「んじゃ、あげるわ。俺そのアニメすら知らないし」
「えぇぇえんええぇえっ!!!?いっ……いぃいんの!?いいの!?」
暴れ狂う母音の波。溺れながらもそれを手に取り、宛ら純金でも扱うかのような丁重さを以って取り出したハンカチに載せる。あまりの動揺に”遠慮”という言葉が辞書から消えているらしく……そのまま包んで自分の鞄に入れた。
「あ………ありがとう!!!これ、一生大事にするね……!」
「あ……あぁ、うん」
また、笑顔。
今日は朝から風が強かった。
「鷲海せんぱーい!!おはようございます!!」
「キャー!!今日は鷲海君が出迎えてるーーー!!!」
「一緒に写真撮ってください!!」
キャー……キャー……以後延々。
その真っ黄色の声援を眼で追うと………そこには、奴がいた。
「うるせぇぞお前ら。さっさと教室行け」
「えーーっ!やだー」
「鷲海君と一緒に行きたーい!!」
気だるげに校門前に立つ鷲海楓。露骨に気崩した制服はさぞ女子生徒の何かを射抜いたのだろう。いつもより濃度の強いラブコールが響いていた。
……しかし、そんな彼の仕事は登校する生徒たちの身だしなみチェックである。なぜなら楓は、生徒会副会長でもあるからだ。
「副会長があんな気崩してていいのかな……」
「三年生の会長も鷲海に惚れてるらしいし、先生も下手に注意したらファンからのバッシングがえぐいだろうからな……やりたい放題なんだろう」
いつしか、鷲海楓の常軌を逸したモテ演出は……俺と中村における共通の話題の一つとなっていた。
真面目な彼女だ、他の女子生徒の様に奴のステータスには惑わされないのだろう。
……謎に安堵感を抱きつつ二人は校門を通る。
しかし
「おい、鷺沼」
「ヒッ………」
やっば。これ、終わった感じだ。
煩い声援に辟易しているのかは知らないが、何故か今日の鷲海は機嫌が悪い声色だった。
「テメェ、さっき笑ってただろ。中村とこっち見て」
「え……えぇ?なんのことれすか……?」
極致。しどろもどろの極致。
声なんか上ずり過ぎて対流圏まで行った。
「…………」
その時、鷲海が何かを見た。
そして何故か、憤りに拍車がかかった。
「………ふざけんなよ………クソが!!!」
突然俺の胸倉を掴み激昂する。当の本人はあまりの戦慄に尿道括約筋が崩壊しかけていた。
「えーなになに?どーしたの鷲海君?」
「そんな陰キャほっといて早く教室行こうよー」
こんなに可哀想な俺を見ても、彼女らの関心は依然鷲海。いやマジで可哀想過ぎる。さっき路上のペットボトル拾ってゴミ箱に捨てるなどしたのに。
そして……中村。この状況に動揺し、ただ口をぱくぱくさせて何か言いたげな表情を向けている。
当然の反応だ。むしろそそくさと立ち去らないだけ慈愛の神と言っていい。
「…………チッ……こいつ……」
舌打ちの後、鷲海は拘束を解いた。
……無数の生徒達が今の顛末を見たに違いない。
””””””””最悪”””””””””だ。ダブルクォーテーションが以下略。
ただでさえモブなのに、これでは周りから『あ、この人校門で……』という枕詞が付随するモブになってしまう。
「…………いよ」
「えっ……」
最後に、聞き取れなかったが……鷲海が何かを言い残して校舎に入っていった。いつの間にかほとんどの生徒が登校を終えていたらしい。
残されたのは……またしても、超絶怒涛のゲロきまず空間。
だが……今回も、開口したのは中村選手だった。
「ごめん……ね?私、何も……」
「え!?あ、いやそんなの気にしないでマジで!!……つーか、あんな訳分からんキレ方されるとはな……」
「そうだね………。明らかに不機嫌だった。………女の子の日とか?」
「…………あり得なさすぎるだろ」
「確かに」
そこで、笑った。
………まだ、春風は止んでない。
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