ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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「腹減ったぁー。佐伯。弁当食べよーぜ」
 丸岡が片手に弁当、もう片方にメロンパンを持って凛の席までやって来た。
 細身なのにサッカー部で走り回っているせいか、弁当だけでは足りないらしい。

「まる、今日はパン一個か。お前、足りるのか?」
 同じサッカー分の曽谷そたにが、茶化してきた。
「俺、今ダイエットしてんのぉ」
 甘ったるい声を出す丸岡が、両腕で自分を抱きしめ、体をくねらせるポーズをする。

「嘘つけっ。そんな体型でダイエットもあるか」
 曽谷が叫ぶと、周りにいた生徒たちも一緒になって囃し立ててきた。
「ほんと、ほんと。まる、嫌みだわ、それ」
 すかさず女子からもツッコミが飛んでくる。
 ジロリとひと睨みされても、華麗な足さばきでボールを運ぶよう、爽やかな笑顔で交わしていく。
 運動神経よし、性格よしの丸岡は、スポーツ漫画の主役そのものだ。

「俺もお腹減ったー」
「だろうな。佐伯の腹の音、俺の席まで聞こえてたし」
「うそっ、ほんとにっ! ヤバい、他の人にも聞こえてるかも……」
 斜め前の席まで届くなら、隣にも絶対聞こえてるはずだ。
 そっと海翔に目を向けると、サンドイッチを頬張りながらスマホをいじっている。

 ──よかった。今の会話も聞かれてなさそうだ。

 ホッとしたものの、関心を持たれてないのは少し……いや、かなり寂しい。

「あはは、冗談だよ。佐伯は素直だな」
「なんだぁ、よかった。でも、もうやめてよね。恥ずいんだから」
 拗ねたように言うと、「ごめん、ごめん」と、髪を撫でられた。
 丸岡の人懐っこいスキンシップに、初めの頃は驚いたけれど、今では慣れっこだ。

「パッと見、佐伯って人見知りっぽいけど、意外とおしゃべりだよな。それに案外ノリもいいし、喋ってて楽しいわ」
「え、そんな風に見えてたの? 俺、話すの好きだよ。でも……どっちかって言うと、聞く専門かなぁ」
 干場ほどではないけれど、一葉もよく喋るほうだ。
 だから自然と、凛は聞き役に回る。

「じゃ、今度、ス○バにでも行こうぜ。そこで俺の話を三時間聞くってのどう?」
「さ、三時間! ちょ、ちょっとそれは、俺、寝ちゃうかも……」

 これも佐伯家の、あるあるだった。
 当直明けで帰ってきた一葉は、時々異常なほどテンションが高い時がある。
 二人分の弁当を作るため、早起きしている身としては、夜中の長話はキツい。

「寝ちゃうって。可愛いなー、佐伯は。そんな可愛い子には、メロンパンをあげよう」
 丸岡がかじりかけをくれようとするから、丁重にお断りした。

「でも、みんなと仲良くなれたのって、丸岡君のおかげだよ。初日に、弁当一緒に食べようって、誘ってくれたもん。ほんと、ありがと」

 それに、隣にはカイトがいる……。
 そのことが、何より嬉しい。

 卵焼きを頬張っていると、パンの袋を丸めながら、丸岡がニヤリと口角を上げてくる。
「なんか佐伯って、昔飼ってたチワワに似てるからさ。なんでもしてあげたくなる。それに、教壇で挨拶してる姿なんて、置いてかれた子犬みたいな目、してた」
「子犬っ、しかも置いてかれたって──」
 自分の顔を手で確かめるよう触れていると、隣の席から視線を感じた。
 横を向くと、海翔がこちらを見ている。

 しまった。俺、騒がしすぎたかも……。

 凛は視線に気付かないフリをして、ソーセージをぼそっとかじった。

 席が隣同士だというのに、凛はまだまともに海翔と話したことがない。
 登校したときと、帰りの挨拶くらいで、会話するチャンスがなかった。

 それに……一ノ瀬くんの周りは、いつも華やかだしな。

 海翔の周りには、同じ光属性の男子に、流行りの会話が尽きない女子たちで賑やかだ。
 休み時間になるたびに、彼らは吸い寄せられるように海翔のそばに集まる。

 そんな、星の瞬きのような人種に向ける言葉は、凛のネタ帳には書かれていない。

 直視できない太陽から逃げるよう、弁当をつついていると、「なあ、海翔」と、丸岡が声をかけている。
「佐伯ってさ、小動物っぽくね? 俺だけかな、そう思ってんの」
 話をふられた海翔が、口にしかけたサンドイッチを置いて、凛を見てきた。
 黙ったままで、凛から視線を動かそうとしない。

 なに、なんで、黙ったまま、こっちを見てるの?

 きれいな眼差しに耐えきれず下を向くと、頬杖をつきながら、海翔が距離を縮めてくる。

 み、見てる。めっちゃ見て──

 全身に緊張が生まれたとき、不意に『もしかして』が頭に浮かんだ。

 カイト、俺のこと……思い出し──

「……まあ、たしかに。ドッグカフェとかにいそうな顔だな」
 箸を持つ手が止まった。
 空が落ちてきて、闇に包まれた気分になる。

 だよね……。

 あの頃のカイトにとっては、早回しで送るリピートみたいな夏だ。
 覚えてるわけない……。
 こっそり落胆していると、何かを言い足すように海翔がもう一度見てきた。

「ていうか、お前……どっかで会ったこと、ある?」 

 ……ドクン、と心臓が鳴った。

 不意打ちの言葉に、呼吸が止まったように胸が詰まる。

 凛は箸を握りしめたまま、そっと顔を上げてみる。
 海翔の視線は真っすぐで、ふざけたような色はそこにない。

 丸岡が「マジで?」と真顔で目を見開いている。
 記憶をたどるような仕草で首を傾け、海翔の唇が開きかけたけれど、何も言わない。

「……こ、こんな顔、平凡でよくあるからね」
 笑顔を作って海翔を見て言った。
 ちょっと、言葉が詰まったけれど……このまま誤魔化し通す。

「いや、でもなんか既視感が……。まぁ、気のせいか」

「海翔の記憶は放っておいて、俺は佐伯にひと言、言いたい。お前のどこが平凡なんだ? このクラスの女子よりかわいい顔してんのにさ」

 丸岡の言葉に、キラキラ集団から、「ひどーい」「まる、辛辣しんらつー」と、賑やかな声が返ってきた。
 女子たちと丸岡が戯れている横で、海翔が探るような視線をまだ凛に向けている。

「……チワワよりはネコっぽいけどな」
 海翔が独り言のように、ポツリと言う。

「ネコ? 俺が……」
「時々、ネコみたいな目でジッと見てくるじゃん」
 唐突に言われたことに、思考が停止した。
 全速力したあとのように、心臓が跳ねまくっている。

 どうしよう……。見てたのがバレてた……?

 海翔のことは見ないようにする。
 転校してきた日から、自分に言い聞かせてきた。
 でも正直、それは無理なことだと自分でもわかっている。
 強い磁石のような力に抗えず、凛の視線は勝手に海斗へと引っ張られてしまう。

 周りの音が全て消え、海翔の言葉だけが頭の中に刻まれる。
 どきどきする音が、耳の内側からあふれてきそうだった。
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