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「危ないっ、リンッ!」
海翔の叫ぶ声。
その声を聞いたと同時に、一瞬、体がふわっと浮き上がった。
まるで、あのときと同じように、無重力になった世界で、凛の意識が白く弾けた。
硬い壁に背中が叩きつけられたような衝撃。
肺から全ての空気が押し出されるような苦しさを味わうと、耳の奥で轟音と共に膜が破れたような気がした。
冷たい水に全身を覆われ、体温と水温の急激な変化が凛を襲う。
足が宙をかき、体が斜めになって、自分の体なのに制御不能になる。
そのとき、突如、足に激痛が走った。
内側から筋肉が捻じれるような感覚を味わう。
ヤバい……足、つった──。
慌てて手をバタつかせると、視界はぐわんっと反転し、空と海の色が入れ替わった。
見上げた視界に、突堤のコンクリートが、遥か上空へと遠ざかっていく。
陸から切り離される孤独感と恐怖が、凛の中に生まれた。
息を吸おうとしても、体がどんどん沈んでいく。
足掻こうとするほど痛みが増す悪循環の中で、重力に逆らえずに沈んでいく絶望感を突きつけられたそのとき──
バシャンっと、何かが水中に飛び込む音がした。
視界がぼやける中、深い青の世界の向こうに、水面がキラキラと光っているのが見えた。
その輝きに向かって必死に伸ばした凛の手を、誰かが掴んで引っ張ってくれる。
海翔っ──?
滲む視界で見えたのは、海翔だった。
子どものとき、助けてくれたカイトと同じように、その瞳が『大丈夫だ』と言っている。
グングン光へと引っ張られ、水面に顔を出すと目の前に大好きな人がいた。
ようやく息が吸えてホッとする凛を、荒い息遣いの海翔が凛をジッと見つめている。
水滴を纏う顔は、不安と安堵が入り混じったような、切ない表情をしていた。
「……い、ち、の、せ……く──」
「お前……もしかして、『リン』なの……か」
雷に打たれたように心臓が痺れ、一瞬、息が止まった。
世界から音が消え、二人だけがそこから切り取られたような感覚になる。
周りの景色も波の音もぼやけ、ただ、海翔の声だけが胸の奥に響いていた。
海翔の瞳は瞬きもせず、答えを待っているように凛を見つめている。
いま、カイトは、『リン』って、言った……?
聞き間違いではないかと、頭の中で海翔の声を繰り返し、自分に問いかけた。
驚きと喜びが入り混じり、呼吸するのも忘れてしまうほど、その言葉に心を奪われてしまった。
答える変わりに、凛の瞳からは堰を切ったように雫があふれ出す。
「リン……なのか。あの、小学三年の夏、一緒に過ごしたリンなのか……」
熱を帯びた声で、海翔がゆっくり問いかけてくる。
喉の奥に言葉が詰まって声が出ない。答えたいのに音にならない。
再会した瞬間から幼い恋心は膨らみ続け、今にも胸を突き破りそうだった。
ずっと言いたくて、思い出してほしくて──。
凛は両手で口を覆うと、何度も深く頷いた。
その拍子に力が抜け、体が沈みそうになる。
海翔が片手で水をかき、もう片方で凛を強く抱きしめてくれた。
迷いのない腕の力と温もりが、凛の冷えきった心を溶かしていく。
「……嘘だろ……なんで、俺、わかんなかったんだ……」
海の中で二人は浮かんだまま、海翔が悔いるように呟いた。
その声が鼓膜に落ち、ごめん──の言葉も重なる。
「あやまんない、で……。普通、忘れるよ……」
いつの間にか足の痛みはなくなり、凛は必死で立ち泳ぎしながら首を左右に振った。
おぼつかない凛に気付いたのか、海翔が抱き抱えたまま、突堤まで連れて行ってくれる。
陸に上がっても泣き止むことができず、凛は地面に座り込んだまま海翔を見つめていた。
海翔も同じ視線になり、海水に混ざった涙を、指で拭ってくれる。
「リン……あのときの、リンが、佐伯、凛……。名前、一緒なのに、俺はなんで──」
涙を掬っていた手が、いつの間にか頬に触れていた。
噛みしめるように凛の名前を繰り返す声が、胸の奥に沁みていく。
「……思い出してくれて、嬉しい」
泣きながら微笑むと、海翔は隙間ひとつなく抱きしめてきた。
今度は両腕で、しっかりと。
「お前、ずりぃ。ずっと俺のこと知ってたんだな。何で、黙ってたんだ……」
切ない声が、こそばゆくて、たまらなく嬉しい。
「言えないよ……初恋の人に、そんなこと」
本心を告げても、海翔の腕は緩まない。むしろ強さを増していく。
「初恋って……俺のこと、か」
たどたどしい問いに、「うん」と当たり前の答えを返す。
その瞬間、海翔の顔が凛の肩に深く沈み、猫のように甘える仕草を見せた。
息が首筋をかすめて、思わず心ごと肩が震える。
「くそっ。凛はひどいやつだ。でも、かわいい」
叱られて戸惑いに揺れる思考は、海翔の唇が凛の唇に触れた瞬間、ぴたりと止まった。
胸が大きく跳ねて、息が詰まる。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
呆然とする凛に、唇のやわらかさが確かに現実だと伝えている。
初めてのキスは、甘い息遣いに混ざって塩の味がした。
顔が離れると、恥ずかしさに思わず下を向いてしまう。
「凛……」
優しく名前を呼ばれ、そっと顔を上げる。
目が合って、二人とも照れたように笑ってしまった。
「リン……凛……」
繰り返される名前はくすぐったくて、胸が熱くなる。
海翔の声が海風と混ざって、身体中に浸透されて喜びに変わった。
頬を撫でてくれる手を見つめていると、また顔が近づく。
そっと抱き寄せられ、二度目のキスを交わした。
体はまだ濡れていたのに、凛の心は陽だまりのように温かった。
海翔の叫ぶ声。
その声を聞いたと同時に、一瞬、体がふわっと浮き上がった。
まるで、あのときと同じように、無重力になった世界で、凛の意識が白く弾けた。
硬い壁に背中が叩きつけられたような衝撃。
肺から全ての空気が押し出されるような苦しさを味わうと、耳の奥で轟音と共に膜が破れたような気がした。
冷たい水に全身を覆われ、体温と水温の急激な変化が凛を襲う。
足が宙をかき、体が斜めになって、自分の体なのに制御不能になる。
そのとき、突如、足に激痛が走った。
内側から筋肉が捻じれるような感覚を味わう。
ヤバい……足、つった──。
慌てて手をバタつかせると、視界はぐわんっと反転し、空と海の色が入れ替わった。
見上げた視界に、突堤のコンクリートが、遥か上空へと遠ざかっていく。
陸から切り離される孤独感と恐怖が、凛の中に生まれた。
息を吸おうとしても、体がどんどん沈んでいく。
足掻こうとするほど痛みが増す悪循環の中で、重力に逆らえずに沈んでいく絶望感を突きつけられたそのとき──
バシャンっと、何かが水中に飛び込む音がした。
視界がぼやける中、深い青の世界の向こうに、水面がキラキラと光っているのが見えた。
その輝きに向かって必死に伸ばした凛の手を、誰かが掴んで引っ張ってくれる。
海翔っ──?
滲む視界で見えたのは、海翔だった。
子どものとき、助けてくれたカイトと同じように、その瞳が『大丈夫だ』と言っている。
グングン光へと引っ張られ、水面に顔を出すと目の前に大好きな人がいた。
ようやく息が吸えてホッとする凛を、荒い息遣いの海翔が凛をジッと見つめている。
水滴を纏う顔は、不安と安堵が入り混じったような、切ない表情をしていた。
「……い、ち、の、せ……く──」
「お前……もしかして、『リン』なの……か」
雷に打たれたように心臓が痺れ、一瞬、息が止まった。
世界から音が消え、二人だけがそこから切り取られたような感覚になる。
周りの景色も波の音もぼやけ、ただ、海翔の声だけが胸の奥に響いていた。
海翔の瞳は瞬きもせず、答えを待っているように凛を見つめている。
いま、カイトは、『リン』って、言った……?
聞き間違いではないかと、頭の中で海翔の声を繰り返し、自分に問いかけた。
驚きと喜びが入り混じり、呼吸するのも忘れてしまうほど、その言葉に心を奪われてしまった。
答える変わりに、凛の瞳からは堰を切ったように雫があふれ出す。
「リン……なのか。あの、小学三年の夏、一緒に過ごしたリンなのか……」
熱を帯びた声で、海翔がゆっくり問いかけてくる。
喉の奥に言葉が詰まって声が出ない。答えたいのに音にならない。
再会した瞬間から幼い恋心は膨らみ続け、今にも胸を突き破りそうだった。
ずっと言いたくて、思い出してほしくて──。
凛は両手で口を覆うと、何度も深く頷いた。
その拍子に力が抜け、体が沈みそうになる。
海翔が片手で水をかき、もう片方で凛を強く抱きしめてくれた。
迷いのない腕の力と温もりが、凛の冷えきった心を溶かしていく。
「……嘘だろ……なんで、俺、わかんなかったんだ……」
海の中で二人は浮かんだまま、海翔が悔いるように呟いた。
その声が鼓膜に落ち、ごめん──の言葉も重なる。
「あやまんない、で……。普通、忘れるよ……」
いつの間にか足の痛みはなくなり、凛は必死で立ち泳ぎしながら首を左右に振った。
おぼつかない凛に気付いたのか、海翔が抱き抱えたまま、突堤まで連れて行ってくれる。
陸に上がっても泣き止むことができず、凛は地面に座り込んだまま海翔を見つめていた。
海翔も同じ視線になり、海水に混ざった涙を、指で拭ってくれる。
「リン……あのときの、リンが、佐伯、凛……。名前、一緒なのに、俺はなんで──」
涙を掬っていた手が、いつの間にか頬に触れていた。
噛みしめるように凛の名前を繰り返す声が、胸の奥に沁みていく。
「……思い出してくれて、嬉しい」
泣きながら微笑むと、海翔は隙間ひとつなく抱きしめてきた。
今度は両腕で、しっかりと。
「お前、ずりぃ。ずっと俺のこと知ってたんだな。何で、黙ってたんだ……」
切ない声が、こそばゆくて、たまらなく嬉しい。
「言えないよ……初恋の人に、そんなこと」
本心を告げても、海翔の腕は緩まない。むしろ強さを増していく。
「初恋って……俺のこと、か」
たどたどしい問いに、「うん」と当たり前の答えを返す。
その瞬間、海翔の顔が凛の肩に深く沈み、猫のように甘える仕草を見せた。
息が首筋をかすめて、思わず心ごと肩が震える。
「くそっ。凛はひどいやつだ。でも、かわいい」
叱られて戸惑いに揺れる思考は、海翔の唇が凛の唇に触れた瞬間、ぴたりと止まった。
胸が大きく跳ねて、息が詰まる。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
呆然とする凛に、唇のやわらかさが確かに現実だと伝えている。
初めてのキスは、甘い息遣いに混ざって塩の味がした。
顔が離れると、恥ずかしさに思わず下を向いてしまう。
「凛……」
優しく名前を呼ばれ、そっと顔を上げる。
目が合って、二人とも照れたように笑ってしまった。
「リン……凛……」
繰り返される名前はくすぐったくて、胸が熱くなる。
海翔の声が海風と混ざって、身体中に浸透されて喜びに変わった。
頬を撫でてくれる手を見つめていると、また顔が近づく。
そっと抱き寄せられ、二度目のキスを交わした。
体はまだ濡れていたのに、凛の心は陽だまりのように温かった。
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