ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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「あ、いたっ! お母さーん。お兄ちゃん、いた。りんちゃんも一緒だよー」
 可愛らしい声で、二人の体がパッと離れる。
 浴衣姿の深月を見て、凛は慌てて手を振った。

「み、深月。さくちゃんと会えたのか?」
 いつも余裕な海翔が、たどたどしい口調になっている。
 深月のいきなりの登場にドキドキしながらも、凛は新鮮な海翔を見て笑ってしまった。

「うん。一緒に金魚すくいもやったし、かき氷も食べたよ。ほら、見て。みつきの舌、真っ赤でしょ?」
 凛と海翔に向かってあっかんべのように、舌を見せてくる。
「わ、ほんとだ。いちご味食べたんだね」
 凛が言うと、「バレたかぁ」と、ツインテールを揺らして深月が笑う。

「お兄ちゃんも、りんちゃんも、かき氷食べたの?」
「食ってない。あんなの、色が派手なだけで味は同じだし」
 いつもの調子が戻った海翔が言う。

「じゃなんで、さっき、お口を見せあいっこしてたの?」
 深月の質問に、全身から汗が吹き出しそうになる。
 凛は横にいる海翔をこっそり見ると、「花火、始まったなぁ」なんて、そっぽ向いてる。

 ずるい、自分だけ逃げたっ!

 可愛らしく小首を傾げ、純粋な瞳で答えを待つ深月にどんな言い訳が通用する!?
 冷や汗をかく脳をフル回転させ、どうにかして閃いたことを口にした。

「あ、あれは……虫歯。そう、虫歯があるかなって見せっこしてたんだ。深月ちゃんは虫歯ない?」
 我ながら上手くごまかせた──と、思う。
 ホッとして海翔を見ると、「やっぱ、俺らもかき氷食うか」なんて言ってる。
 ヒーローが逃げるとは、由々しき問題だ。

「みつき、虫歯ないよ。毎日、お兄ちゃんと歯磨きしてるから。ね、お兄ちゃん」
 深月に話題を振られて、「お、おう」と、ようやく妹を直視することができた兄。
 けれど深月の方が一枚上手だった。
「お兄ちゃん、顔まっかだよ?」と、無意識のツッコミを放つ。
 ベテラン芸人さながらのその一言に、凛は思わず吹き出しそうになり、援護射撃のつもりで深月の頭を撫でた。

「そっか、偉いな。それに、その朝顔の浴衣、似合うね。かわいいよ」
「ほんと? さくちゃんも言ってくれたんだ。でも、りんちゃんもかわいいよ。あ、そうだ。みつき、シーグラスのお礼、持ってきたんだ」
 そう言って、深月がポシェットから何かを取り出し、凛の手のひらに乗せてくれた。

「これ、くれるの?」
「うん、あげる。学校のカバンにつけてもいいよ。じゃ、お母さんと先に花火見に行くね」
 サンダルの向きを変えると、深月は通りで待つ母親の方へ走って行った。
「凛、深月に何もらったんだ」
 自分だけ避難してたくせに、何食わぬ顔で聞いてくる。
 まったく、しょうがないお兄ちゃんだ。

「すっごく可愛いキーホルダーだよ。ほら」
 黒髪でショートカット、目のくりっとした女の子のアクリルキーホルダーを海翔に見せる。
 それだけのことなのに、海翔が急に吹き出して爆笑している。

「ちょ、ちょっと。なんで笑ってるんだよ」
 尋ねても、海翔は腹を抱えてまだ笑っている。
 海翔の腕を掴んで問いただすと、「そ、それ……」と、笑い泣きしている。

「それ……?」
「そ、それ。キュートレディのジャスミンって、キャラだ」
 言い終えると、スッキリしたのか、腹のそこから爆笑していた。
「キュ、キュート……ジャ、ジャスミンって──」

 あ、思い出したっ。
 
 深月と初めて病院で会ったとき言われた言葉が、凛の頭の中でリピートした。

 ──お兄ちゃんもかわいいよ。キュートレディのジャスミンみたい──

「よかったな、凛。すっごく可愛い、お前の分身だぞ」
「俺、深月ちゃんにどう見られてるんだろ……」
 キーホルダーを眺めながらこぼすと、海翔の大きな手が凛の頭にふわっと乗った。

「深月、凛のこと大好きだぞ。シーグラス眺めては、りんちゃんと探しに行きたいって言ってる」
「ほんと! よかった。大好きなお兄ちゃんを取ったって思われてないか心配だったんだ」
 胸を撫で下ろしていると、頭に乗っていた手が今度は髪の毛をくしゃっと乱してくる。

「もう、海翔。髪がぐしゃぐしゃに──」
 文句を言いかけた凛の目の前に、海の色をしたシーグラスが差し出された。
「……これ……」
「あの夏、小さな凛がくれた、大事な思い出だ」
 海翔の手の中には、一緒に過ごした夏の思い出と約束が乗っていた。

「海翔……持っててくれたの」
 震える指先でシーグラスに触れると、小さな二人が見た夏の景色、波の音、海の匂いが今の凛と海翔を取り巻いていくのを感じる。

「凛があのときの『リン』ってわかった日、思い出したんだ」
 海翔が申し訳なさそうな、でも、しっかりと凛の目を見て言葉を続ける。
「おじさんが家の中から見つけてくれたんだ。思い出はほとんど燃えたけど、これは無事だった。でも、俺はそれを開けることもしないで押し入れにしまい込んでた……」
 ごめん、と海翔が泣きそうな顔で呟く。

 大切な家族も家も一度に失った、小さな海翔の支えが自分との約束だった。
 来年の夏になったら会える、そう信じて待っていてくれたのに、凛はこの町へ来ることができなかった。
 幼い心が傷付いて、落胆するのも無理はない。
 
 ──凛からも忘れられた……。
 そう言った海翔の言葉が、凛の胸の深い部分を切ないほどに抉る。
 過去に触れたくなくて、箱を押し入れにしまった海翔を思うと、目の奥が熱くなった。

「押し入れから出てきたとき、思わずガッツポーズしたな。俺の宝箱だったから、絶対にこの中に入ってるって確信あったし。でも本当にごめん。忘れてて……」

 目の縁で必死に耐えていた雫が零れた。
 涙があとからあとからあふれて止まらない。

 凛の一方的な思い出じゃなかった。
 ちゃんと海翔の中にもあの夏が息づいていた。
 この小さな青いカケラを探し出してくれたことが、そう言っている。

「嬉しい……持っててくれて、ありが……とう……」
 祈るようにカケラを握りしめた。
 ふわりと浴衣の袖ごと、海翔の腕が凛を包んだ。
「俺の方がありがとう、だよ。忘れないで、ずっと思っててくれて……ありがとう」

 好きだ……と、耳に寄せられた。

 胸を締めつける『好き』の二文字が、まっすぐ、きれいなままで、凛の胸に落ちてくる。
 会えなかった時を埋めるよう、お互いの隙間に優しく染み込んでいく。
 
 もう、二度と離れない。
 家族の代わりになるのは、どうしたって敵わない。けれど、もう傷付かないよう海翔を抱きしめることはできる。
 この先のどんな海翔も隠さないで見せてほしい。
 嬉しいことも、悲しいことも、全部一緒に分かち合いたいから。
「凛、俺らも行こう」

 ──凛。

 海翔が名前を呼んでくれる。手を繋ぎ、一緒に歩く。
 たったそれだけのことが、こんなにも幸せを満たしてくれる。

 遠くで、夜空を彩る花火がぱっと咲き、二人の影を淡く揺らした。
 金色の光が凛の浴衣や海翔の髪に反射し、手を繋ぐ姿を縁取る。
 優しい煌めきは、二人が歩く未来を照らしていた。

「うん」
 凛はとびっきりの笑顔で返事をした。
 夜風が頬を撫で、遠くで花火の音と波のささやきが名前に重なる。

 海翔がくれた奇跡のような夏。
 それは一瞬で過ぎ去っていく季節じゃなく、これからは永遠に続いていく。
 薄いページが一枚ずつ重なって、幼かった二人だけの物語が完成する。
 そうなれるよう、何年経っても色褪せることなく、海翔を好きでいたい。
 広くて大きな海が見守ってくれるこの町で、笑顔を絶やさないよう生きていきたい。

 歩幅を揃えて歩く海翔をそっと見上げた。
 視線に気付いた海翔が、微笑んでくれる。
 その瞳は青い空のように澄み、夏の海のように煌めいていた。
 
 凛は握った手に力を込め、心の中でやさしく願う。
 二度と海翔の瞳が悲しみに染まりませんように。
 ずっと、ずっと、海翔のそばにいられますように……と。

                                  完
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感想 16

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みんなの感想(16件)

iku
2025.08.30 iku
ネタバレ含む
2025.08.30 久遠ユウ(くおんゆう)

読了、ありがとうございました🙏

小さな恋心をひたむきに募らせて、そして実った夏のお話でした🌊

人気者の先生方に紛れてエントリーすることは、死に直結?する覚悟😅でしたが、完結できてよかったです✌️
でも、思いっきり夏を堪能できて書いていて楽しかった。途中、溺れそうになったけど💦

いつも感想くださったり、Xに投稿してくださるikuさんの優しさに甘えず、これからも鞭打って頑張ります。
泣きそうになったらikuさんのコメント、読み返して踏ん張ります😤
これからもどうぞよろしくお願いします。


解除
iku
2025.08.30 iku

『14-1』です…

カイトくん…😭
思い出してくれたのですね😭😭😭

よかったね、リンくん…😭

ここからは、海翔くんと凛くんとして🤭
愛を育まれていかれますか??

楽しみですね🤤💕

2025.08.30 久遠ユウ(くおんゆう)

はい、やっと思い出しました♡

幼い頃に受けた傷は、どこかにしわ寄せが来るのかな。。
それだけ小さな二人には大切な夏だったのです。

でも、これからの二人は大丈夫!
そして丸岡もどこかで幸せになれるはず😏
感想、ありがとうございました☺️

解除
iku
2025.08.24 iku

『13-7『13-7』です…

家族思いの海翔くんに、そんな過去が…😭
だからこそ、こんなに優しいのでしょうね

皆の前で明るく振る舞われる海翔くんに…胸がギュンってなります😭

凛くんとお幸せになってほしいですね🩷

凛くんのこと…思い出してくださりますかね?

楽しみにしております🥹💕



(ん…火事はあの後の事なのですかね?
そのあとの悲しみで?
シーグラスも燃えてしまわれたのですかね😣)

2025.08.24 久遠ユウ(くおんゆう)

読んでくださってありがとうございます❤️

はい、海翔は、海翔で。凛には凛の過去があったんですね。
ずっと覚えて支えにしてきた凛と、両親を失った悲しみで、記憶を閉じ込めてしまった海翔。

海翔は思い出すのか? さて、それはどうでしょうか😏
火事のお話もまだ控えておりますので、お楽しみしてくださいね☺️

いつもコメントありがとうございます。私の糧です😍





解除

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