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「……俺、来たかったよ。毎年、この町に来たかった。海翔に会いたかった。ずっと、会いたくて。でも、行けなかった。父さんのことで、それどころじゃなくなって」
「うん……」
短い返事は、インクが紙に滲むように広がる痛みを凛に与えた。
小さな自分たちには、どうすることもできない歯痒さが辛い。
海翔が何年も抱えてきた孤独の重さを想像するだけで、自分を責めたくなる。
ただ、甘酸っぱい思い出だけを支えに、これまで過ごしてきた自分を悔やむほどに。
「悪い。凛を責めてるわけじゃないんだ。それに、忘れてた俺の方が、ひどい」
少しうつむいて呟いた海翔の手を、凛がそっと両手で包み込む。
「……忘れてたこと、責めてないよ。俺だって約束守れなかったし。……それに俺のこと、待っててくれてこと、すごく嬉しいから」
海翔の目が僅かに見開く。
「だってそうでしょ? 来年、再来年って……そのたびに〝来ないかな〟って、思ってくれてた。
それって、ちゃんと覚えててくれた証拠だよ」
凛はそっと微笑んで、海翔の肩に自分の肩をコツンと当てた。
「……それにね、海翔は誰にも頼らずに頑張ってきた。家族のことも、深月ちゃんのことも、自分で背負って。……でも、これからは俺にくらいは、甘えてほしい」
「……凛」
「今のお父さんやお母さんも同じこと思ってるはずだよ。一人で全部抱えなくていいんだ。助けてもらうのは、弱さじゃないから」
海翔の瞳が瞬く。一回、二回。そのあと、見開いた瞳は潤んでいた。
凛は気付かないふりをして、握った手にそっと力を込める。
「昔、溺れた俺を助けてくれたでしょ? 俺、泳げなくて、もうだめだって思った。でも、海翔が助けに来てくれた。水の中でキラキラ光って、本当にヒーローみたいだった。あの瞬間、大好きになってた。この間も、助けに来てくれ──」
「凛っ」
「な、なに……?」
「……なんか今、すげぇ、泣きそう。なあ、抱きしめてもいい?」
凛の言葉を遮ったのは、嬉しくてちょっとこそばゆいセリフだった。
「泣いたっていいんだよ。でも、ここで抱きしめるのは、ちょっと──」
凛の返事とは反対に、こらえきれないよう、海翔が抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっと海翔。ひと、人が見るよ」
「見られたって平気だ。それに──」
耳元で、「……ヒーローは泣かない。だから……我慢する」と続きの言葉。
その言葉を聞いて、幼い頃のカイトがたくさんの涙を必死にこらえてきたのが浮かんだ。
家族を失って、新しい環境の中を子どもなりに迷惑をかけないように。
「ヒーローも泣くよ、家族の前とか。その……心、許せる人の……前とか」
自分で言って、恥ずかしくなった。
「さ、最後のは……聞かなかったことにして──」
慌てて訂正しても、最後まで言わせてもらえなかったのは、海翔の唇で塞がれたから。
通りから奥まっているとはいえ、外でこんなこと、恥ずかしい。
慌てて海翔の胸を押したくせに、唇が離れてしまうと、寂しさを感じる。
凛の気持ちがバレていたのか、海翔が髪を撫でてくれた。
唇が耳に近づく気配に、全身が熱くなる。
「……この前、海に落ちた凛を見て、この光景初めてじゃないって……。絶対に助けなきゃって思ったんだ。こんな気持ち、前にもあったなって。海の中で凛を見て全部思い出したんだ」
「海翔……」
「……昔も、今も、凛を助けられたことが、俺は嬉しいんだ」
耳へとダイレクトに聞こえる海翔の声と、肌を伝って染み込んでくる熱。
欲しかった言葉や温度が、会えなかった時間を埋めていく。
海翔に会いたかった。この手に触れたかった。
色褪せずに積もっていた気持ちが、海翔に届いたことが、嬉しくてたまらない。
広い背中をキュッと掴むと、「俺さ……」と、甘い声が続く。
「転校してきたときから、凛の笑顔、めちゃくちゃ可愛いって思ってた。隣の席なのに、目を見れないくらいに」
躊躇のない褒め言葉に、耳まで熱くなる。
恥ずかしくて顔を背けたいのに、海翔の目を離せない。
「それに、深月に向ける言葉の選び方が、なんか、いいなって思った。気付いたら、いつも目で追ってたな。けど、まると仲良くしてるの見てたら、今度はそれを見たくないって思ってた」
吐息と一緒に鼓膜に届く告白は、凛が焦がれていた以上の言葉だった。
「海翔、俺ね……。ずっと、練習してたんだ」
凛が呟くと、「練習?」と、海翔が顔を覗き込んでくる。
「うん。つい、昔みたいに『カイト』って呼びそうになったから、『一ノ瀬くん、一ノ瀬くん』って」
あの夏の一週間、教え合ったのは、名前と学年だけ。
子ども同士が仲良くなるには、それだけで十分だったから。
「……凛、やっぱ、お前は可愛い。可愛すぎる」
そう言って、今度は飛び込む勢いで抱きつかれた。
「好きだ……。子どもころとは違う──いや、それ以上の想いで、凛に惹かれている」
海翔の言葉に胸の奥があたたかくなって、目の奥が熱くなる。
自分の中にずっとあった『片想いの記憶』が、〝ふたりの今〟とつながった気がした。
夏の夜風の中、花火の音にまぎれて、ふたりの心が静かに重なる。
自然と体が離れると、どちらともなく唇を寄せようとした。
「うん……」
短い返事は、インクが紙に滲むように広がる痛みを凛に与えた。
小さな自分たちには、どうすることもできない歯痒さが辛い。
海翔が何年も抱えてきた孤独の重さを想像するだけで、自分を責めたくなる。
ただ、甘酸っぱい思い出だけを支えに、これまで過ごしてきた自分を悔やむほどに。
「悪い。凛を責めてるわけじゃないんだ。それに、忘れてた俺の方が、ひどい」
少しうつむいて呟いた海翔の手を、凛がそっと両手で包み込む。
「……忘れてたこと、責めてないよ。俺だって約束守れなかったし。……それに俺のこと、待っててくれてこと、すごく嬉しいから」
海翔の目が僅かに見開く。
「だってそうでしょ? 来年、再来年って……そのたびに〝来ないかな〟って、思ってくれてた。
それって、ちゃんと覚えててくれた証拠だよ」
凛はそっと微笑んで、海翔の肩に自分の肩をコツンと当てた。
「……それにね、海翔は誰にも頼らずに頑張ってきた。家族のことも、深月ちゃんのことも、自分で背負って。……でも、これからは俺にくらいは、甘えてほしい」
「……凛」
「今のお父さんやお母さんも同じこと思ってるはずだよ。一人で全部抱えなくていいんだ。助けてもらうのは、弱さじゃないから」
海翔の瞳が瞬く。一回、二回。そのあと、見開いた瞳は潤んでいた。
凛は気付かないふりをして、握った手にそっと力を込める。
「昔、溺れた俺を助けてくれたでしょ? 俺、泳げなくて、もうだめだって思った。でも、海翔が助けに来てくれた。水の中でキラキラ光って、本当にヒーローみたいだった。あの瞬間、大好きになってた。この間も、助けに来てくれ──」
「凛っ」
「な、なに……?」
「……なんか今、すげぇ、泣きそう。なあ、抱きしめてもいい?」
凛の言葉を遮ったのは、嬉しくてちょっとこそばゆいセリフだった。
「泣いたっていいんだよ。でも、ここで抱きしめるのは、ちょっと──」
凛の返事とは反対に、こらえきれないよう、海翔が抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっと海翔。ひと、人が見るよ」
「見られたって平気だ。それに──」
耳元で、「……ヒーローは泣かない。だから……我慢する」と続きの言葉。
その言葉を聞いて、幼い頃のカイトがたくさんの涙を必死にこらえてきたのが浮かんだ。
家族を失って、新しい環境の中を子どもなりに迷惑をかけないように。
「ヒーローも泣くよ、家族の前とか。その……心、許せる人の……前とか」
自分で言って、恥ずかしくなった。
「さ、最後のは……聞かなかったことにして──」
慌てて訂正しても、最後まで言わせてもらえなかったのは、海翔の唇で塞がれたから。
通りから奥まっているとはいえ、外でこんなこと、恥ずかしい。
慌てて海翔の胸を押したくせに、唇が離れてしまうと、寂しさを感じる。
凛の気持ちがバレていたのか、海翔が髪を撫でてくれた。
唇が耳に近づく気配に、全身が熱くなる。
「……この前、海に落ちた凛を見て、この光景初めてじゃないって……。絶対に助けなきゃって思ったんだ。こんな気持ち、前にもあったなって。海の中で凛を見て全部思い出したんだ」
「海翔……」
「……昔も、今も、凛を助けられたことが、俺は嬉しいんだ」
耳へとダイレクトに聞こえる海翔の声と、肌を伝って染み込んでくる熱。
欲しかった言葉や温度が、会えなかった時間を埋めていく。
海翔に会いたかった。この手に触れたかった。
色褪せずに積もっていた気持ちが、海翔に届いたことが、嬉しくてたまらない。
広い背中をキュッと掴むと、「俺さ……」と、甘い声が続く。
「転校してきたときから、凛の笑顔、めちゃくちゃ可愛いって思ってた。隣の席なのに、目を見れないくらいに」
躊躇のない褒め言葉に、耳まで熱くなる。
恥ずかしくて顔を背けたいのに、海翔の目を離せない。
「それに、深月に向ける言葉の選び方が、なんか、いいなって思った。気付いたら、いつも目で追ってたな。けど、まると仲良くしてるの見てたら、今度はそれを見たくないって思ってた」
吐息と一緒に鼓膜に届く告白は、凛が焦がれていた以上の言葉だった。
「海翔、俺ね……。ずっと、練習してたんだ」
凛が呟くと、「練習?」と、海翔が顔を覗き込んでくる。
「うん。つい、昔みたいに『カイト』って呼びそうになったから、『一ノ瀬くん、一ノ瀬くん』って」
あの夏の一週間、教え合ったのは、名前と学年だけ。
子ども同士が仲良くなるには、それだけで十分だったから。
「……凛、やっぱ、お前は可愛い。可愛すぎる」
そう言って、今度は飛び込む勢いで抱きつかれた。
「好きだ……。子どもころとは違う──いや、それ以上の想いで、凛に惹かれている」
海翔の言葉に胸の奥があたたかくなって、目の奥が熱くなる。
自分の中にずっとあった『片想いの記憶』が、〝ふたりの今〟とつながった気がした。
夏の夜風の中、花火の音にまぎれて、ふたりの心が静かに重なる。
自然と体が離れると、どちらともなく唇を寄せようとした。
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