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第一章 記憶喪失 -きおくそうしつ-

4 こ、怖いンゴォ!

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 それから毎日、僕は食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活を送っていた。二十歳の僕が、大人用の布おむつを履かされて。一日に何度かの排せつ物の処理は、全て佳久子さんと眞代子さんがやってくれた。汚れたおむつの洗濯ンゴも。
「あぁ~、気持ちいいンゴォ~」
「この辺でしょうか」
「ンゴ~、そこそこ~、そこンゴォ~」
 不自由な下半身は、時間のある時に3人の女性が、代わる代わるマッサージをしてくれた。一番のお気に入りは朱雀さんのマッサージだったンゴ。
「どうですか、御御足は動きますか」
「ンゴ~、指先は動いてるンゴ? 足首から上は……まだ上手く動かないンゴね」
 少しずつ感覚は戻ってきている。全く血色なく土色になった僕の足。そう言えば、どうしちゃったンゴ?
「でしたら、もう暫くはマッサージを続けましょう。痒いところや、こそばゆい箇所があれば、遠慮なく仰って下さいね」

 朱雀さんは、ものすごく細い。身長は160センチ近くありそうなのに、体重はどうだろう? あの細身の体では、40キロはないと思うンゴ。
「朱雀さん、力はあるのに、細いンゴねぇ……」
 そう言って、体重の事をそれとなく聞こうとしたンゴ。
「あらあら、そういうのはセクハラ、って言うんですよ~」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべる。僕のズボンを降ろし、股間をまじまじと見ながら、いつも柔らかい布でフキフキしてくれる朱雀さんが、それを言うンゴ?
「女性の体の秘密を聞いてはイヤですわ」
 そんな風に、軽くいなされてしまったンゴ。
「ン~ッゴ、アイドルみたいな抜群のスタイルンゴねぇって思っただけンゴ!」
 我ながら上手く誤魔化せたンゴ!


 食べる、マッサージ、寝る、食べる、マッサージ、寝る。一週間はそんな生活が続いただろうか。ただでさえ肥満の僕の体は、更に一回り大きくなっていた。マッサージの成果が出たのか、足も少しずつ動くようになり、指先の感覚から下半身全体の感覚、尿意や便意なども戻ってきたンゴ。
「おしっこンゴ……」
 傍にいつも控えている、佳久子さんか眞代子さんにお願いして、尿瓶や御丸を出して貰う。まだ歩けないので、股間にそれらの器具をあてがわれて、見られながら排泄を行う。は、恥ずかしいンゴ……
「はぁい、たくさん出ましたね」
 赤ちゃンゴ!?
 僕は赤ちゃンゴか!?
 それともこれは羞恥プレインゴ!?
 ……いや、どちらも違う。これは仕方がない事なんだ。おむつを汚すよりはマシなンゴ……そう僕自身に言い聞かせて、羞恥心を抑え込む毎日ンゴ。


 更に一週間が経った。すっかり血の気を取り戻した僕の足は、膝の曲げ伸ばしが出来るまでに回復した。畳を這って移動する事も出来るようになった。尿瓶を自分で取りに行って、自分一人で出来るようにもなった。ちょっと残念ゴ……
 違うンゴ!
 僕は新たな性癖に目覚めてなんかいないンゴ!
 ただ。女性経験がない僕。女性にキモがられる僕。女性に忌避されるブタみたいな僕。それが、綺麗な女性にシモの世話をされるなんて、人生で一度きりの経験だと思っただけンゴ。

 ……女性経験がない? どうしてそう思ったンゴ?
 ……キモがられる? どうしてそう思ったンゴ?
 ……ブタみたい……? どうして、そう思ったンゴ……?

 そう言えば、僕はどうして、こんなところにいるンゴ?
 ここにいる女性たちは、一体誰ンゴ?

 食事をお腹いっぱい出してくれる。ほとんどは食材そのもの。何か分からない焼いた肉。焼いた川魚。生の野菜。生のフルーツ。手の込んだ料理のようなものはないけど……そのお金は、どこから出ているンゴ?

 ……そもそも、僕は一体、誰なンゴ……?

 アヒルやガチョウは、肥え太らせた後で肝を取り出し、フォアグラにする。牛や豚も同様に、肥らせてから食べる。僕は毎日毎日、何もしないで食べて寝るだけ……肥え太らさせられている? 何も知らされず、ただの食材として、肥え太らせる、家畜なンゴじゃないンゴ……?
「もしかして、僕、これ以上肥ったら、食べられちゃうンゴ……」
 小声で呟いた声は、部屋の隅に座っていた眞代子さんの耳に届いてしまったらしい。ニヤァ~っと眞代子さんが笑う。こ、怖いンゴォ!

 クスッ。クスクス……

 よほど愉快だったのか、抑えきれない笑い声が漏れる。紅の着物で隠す口元は大きく横に裂け、半円形に歪む瞳は能面のようだったンゴ。

 クスクスクス……

「僕はブタだけど、ブタじゃないンゴ! た、食べても美味しくないンゴよ!」

 アハッ、アハハッ……

 ヒイィッ! そんな笑みを浮かべながら近寄って来ないでンゴォッ!
「何を仰っているんですかぁ、あ~、可笑しい」
「……えっ?」
「食べるって、私たちを何だと思っているんですか? もう、イヤですわ」
「肥らせて食べようとしてるンゴじゃ……」
「そんなわけないでしょう」
 でも目が怖い……なんで僕はこんな所にいるのか、なんで僕は毎日堕落した生活を送っているのか。意味が分からない。この時僕は、眞代子さんの笑う瞳の奥に、得体の知れない恐怖を感じたンゴ。
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