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第六章 毛人襲来 -けじんしゅうらい-

29 戻って……来るだろうか?

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 辺り一面の銀世界。ここは過去の日本。動物も、植物も、満足に生きて行ける環境ではない。吹雪の中を歩いているのは……これが毛人だろうか? 全身を覆う白くて長い体毛。手の先と顔の一部分以外、ほぼ全てが覆い隠されている。天然の毛皮のコートによって防寒対策は万全。しかし食料がなければ生きては行けない。バタバタと倒れる毛人。大繁殖した影響か、食料の争奪戦が起き、倒れた仲間の肉を喰らって生き延びてきた。そんな生存競争は長く続かない。
 毛人たちは寒さの厳しい北方から徐々に南下し、本州最南端に辿り着いた。北からの寒気に追われるように、数百年かけて。行き場を失った毛人たちは、今度は海の中に活路を見出した。海に潜って魚介類を獲り、海中でも巨大な怪物とサバイバルを行う。しかし海の魚たちも、多くは暖かい方へと逃げ出していて、得る物は少ない。意を決したように、毛人たちは幾つかの集団に分かれて、まだ見ぬ陸地を目指し泳ぎ始めた。
 ある集団は高波に呑まれ沈んだ。ある集団は近くの小島に辿り着いた。ある集団は四国、九州へと上陸した。大多数の集団は、黒潮に乗って南ではなく北へ流され、または太平洋の真ん中へと漂流し、二度と戻らなかった。しかし、そのうちのごく一部。荒波に逆らって泳ぎ続け、何週間もの漂流の果てに、沖縄の最北端へと到着したのだった。疲労困憊の体を引き摺るように上陸する毛人。海から出てきた数は、1体……2体……3体。たった3体のみであった。

「なるほどな! 奴ら海を泳いで渡って来たってわけか!」
「黒潮に逆らって何十日も泳ぎ続けるなど、人間の常識では考えられないが……」
「事実、毛人が沖縄にいるのが証拠だろ!」
「疑っているわけではないよ。八咫鏡が間違えたことなど、今まで一度もないのだから」
 僕の方をチラッと見る。さっき話していた、最初は少し疑念を抱いていたという件だろうか。
「そうではなく、毛人の身体能力は、我々人類を大きく上回るという話さ。これは大いに憂慮すべき点だ」
「だがよ! 毛人は3体だけだったぜ! その程度なら何とでもなる! 罠を仕掛けてもいい! 肉弾戦でも死ぬ気で掛かりゃ3体ぐらいどうってこたねえ!」
「白虎。八咫鏡に映ったのは3体だけどね、それが全てとは限らないだろう。それに……」
「それに?」
「あまり考えたくはないが……毛人がもし沖縄で繁殖を始めていたら?」
「繁殖……! そうか!! 全部オスとは限らねえな!」
「八咫鏡に映っている3体。これをよく見て。最初と2番目に上陸した2体は、ほぼ同じ大きさに見える。ところが、この最後に上がってきた3体目。一回り小さくないか?」
「言われてみりゃ……! まさか!! コイツがメスだと!?」
「これだけでは何とも言えない。可能性があるというだけだ。それに、これがいつ頃なのかについても映像からは分からない。もしかしたら、もう5年10年……あるいは50年前かも知れないんだ。であれば、繁殖し数を増やす時間的な余裕もあるだろう」
「そうか! くそッ!! なあ玄武はどうした!?」
「耕作様が修業を始めた前後……もうひと月以上前になるか。沖縄の北部を偵察に行くと言って出たよ。あの時、玄武に偵察を頼んだのは白虎じゃなかったかい?」
「ああ!? オレ何か言っちゃいました!?」
「中城の方で何か起きたとか、起きないとか……そう言えば帰りが遅いね。もっと北の方まで見に行っているのかと思っていた。もしや毛人に……」
「玄武なら心配ねえよ! 玄武の認識阻害は完璧だ! 人間だろうが機械だろうが獣だろうが! 毛人だろうが感知出来ねえさ!」
 認識阻害。僕がなかなか会得出来ないでいる術法。玄武さんが戻ったら、教えて貰おうかな。戻ったら? 戻って……来るだろうか? 北の方には恐ろしい毛人が、体長2メートルの化け物がいるのだ。玄武さんは、あまり話した事がない無口な人だったけど。歴史の話や権謀術数の話、割と話が合いそうだったんだよな。帰って来たら、今度は僕の方から声を掛けてみよう。

「修行に戻られた方が宜しいのではないでしょうか」
「そうだね。焦っても仕方ないけど、急いだ方が良さそうだ」
「僕、がんばるよ」
「世界は耕作様にかかっていますわ」
 ぷ、プレッシャー!? 笑顔の朱雀さんが怖い。世界を救うって……そりゃあまあ、やれるだけやるけどさ。そんな大きな話は僕には無理だよ。僕はただ栞奈を助けたいだけなんだ。青龍さんも朱雀さんも、そこんところ分かっているのかなあ?

 滝行に同行する護衛が増員された。今までは僕と青龍さんの他、白虎隊の中から2人が護衛に付いていた。城外には危険な生物もいるという話だけど、危険を感じるような場面はなかった。だけど毛人の脅威が明確になった以上、警戒は必要。何があっても僕だけは守れ、と白虎さんが厳命しているのを、僕は何度か見掛けた。見掛けたというより、白虎さんの大声が響いていて、聞く気はなくても聞こえてしまうのだ。
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