梅川学院の自習室ー片山 律の自習室防衛戦闘記ー

ゆりゆりは

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―自習室はアツクルシイー

S自習室とゆかーいな仲間たち

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最上階の多目的ホール、その突き当りに高級感のあるドアと、いかにも近代ヨーロッパのお屋敷にありそうな黄金のドアノブがある。

「りっっっちゃん~~~~~、遊ぼ~~~~~~~!!」

それを後ろに引いた途端に、勢いよく身体が飛んできた。僕の非力な腕がそれに耐えられるはずもなく、ささやかな抵抗も甲斐なくのけぞる。そして尻もちだ。S自習室を利用する様になってから、一度も欠かさない日課である。我ながら、世界一必要のない時間だなと思う。

「…楓。これ毎回する必要ある?いつも思うんだけど。」

「え~~~~~~~~だって俺の大好きりっちゃんへの愛のダイブっ!!やりたいんだもんんんんんんんんんん!」

彼は自称僕の親友、入山 楓(いりやま かえで)。いつ自習室で会っても、サボりたい、帰りたい、遊びたいと連発する癖に「梅川の至宝」と呼ばれる、S自習室使用者の中でも特別と評される成績上位5名のうちの一人である。しかも、とにかくよく通った鼻と、優しすぎないタレ目が特徴のイケメンである。

「それにいつも言ってるけど、これから自習時間だから遊びません。」

制服に着いた汚れをパンパンッと落としながら立ち上がる。

「なんでだよ~~~~?!今日くらいいじゃん!!」

つかさず制服の裾に纏わりついてくる楓。

「それも毎日言ってるよね…」

そしてそれを引きはがそうとする僕との攻防が始まる。そしてこんなやり取りをしながら、やるせなく思う。…世の中不平等だなと。こんなにも、見るからに勉強に対してモチベーションに欠け、頭の中は遊ぶことでいっぱいそうな奴が学年5番以内である。

「あ~!!!!りっちゃん今俺の事ディスったでしょう?!」

!?

…しまった。しまったと思わず表情が顔に出る。楓は敏感に人の気持ちを察知できるのだ。

「ほらぁ~~~~、図星だ~~~!!何なの???俺の事ウザいって思ってるの…?せっかく英語テストの単語の範囲が減ったって教えてあげようとしてたのにっっ!」

―英語テストーそのワードを聞いて一瞬で室内の空気が張り付く。間違いない、全員が楓を見ている。各々が自習に向けて準備をしたり、談笑したりしていたはずなのに。

「は、範囲が減るのか?」

異様な空気の中、なるべく周りを見ないように、意を決して言葉を発する。毎度のことではあるが、テストの話はこの自習室内ではタブーの様な雰囲気がある。…話してはいけない事は無いのだが。明らかに話の重みが違うのだ。このピリピリした空間には3ヶ月経った今でも慣れない。

「おう、100ページまでだったのを85ページまでに減らすらしいよ。後の15ページはサマーテストにまわすんだってさ。りさたんから聞いたから、マジの情報。」

明らかに緊迫している状況にも関わらず、いたって普通に話す楓。…本人はきっとわかってやっている。そして、おもむろにポケットから棒付きの小ぶりなキャンディーを取り出して、口にくわえた。

「…そっか、ありがとう。でもな、先生の事あだ名で呼ぶの止めろよ。」

楠八重 璃咲(やばえ りさ)先生はイギリス帰りの帰国子女の英語の先生だ。久次米(くじめ)先生とは対照的なスレンダー美人系である。またこれは校内では有名な話であるが、久次米先生の下の名前である、杏璃の「璃」と楠八重先生の下の名前である璃咲の「璃」が共通していることから、「梅の水晶コンビ」と呼ばれ、もてはやされている。

「え~~~~~~~!!だってりさたんマジで可愛いいんだもんっっっっ」

「いやそれ理由になってないし…」

楓の好みの女性のタイプは、女性らしく自分を包み込んでくれる女性らしい。…風呂敷か何か包む物を持っているおしとやかな女性なら誰でもいいのだろうか?

「いや、ちがうよ。文字通り理解するの止めてくれる?俺ただのおかしい奴になっちゃうでしょ!」

さっきまでのハイトーンでの言葉の畳みかけから、打って変わって声色は真面目になる。いくらそんな真面目な態度で話されても、話の内容がどうでもいいので、残念ながら一割くらい頭に残っていればいい方だ。…そもそもなんで僕の考えていることが、彼にこうも筒抜けなのかよくわからない。顔に出てしまっているのだろうか…?

「りさたんはね、もう俺の中で天使なわけ。わかる??もちろん、あの可憐な容姿も魅力的ではあるさ。でもな、俺はやっぱりあの優しい雰囲気と人当たりの良い性格を推したいんだよっ。後は、生徒に対する細やかな指導だよね。帰国子女っていう英語を理解する上では、特殊な立場にいるのにも関わらず、俺たち生徒がどこにつまずきやすいのか、どうしたら英語に苦手意識なく、取り組めるかをしっかりとアドバイスしてくれるんだぞ!」

…はじまった。楓恒例の楠八重(やばえ)先生褒めちぎりタイム。入山式無駄ルーティン第二弾である。

「お前の気持ちはわかるぞ、りつよ。お前はまだ迷っているのだろう。あんちゃんか、りさたんか、どちらの梅の水晶を磨きにかかろうかという事を!!」

そう言って、得意げに僕を指さす楓。…嫌、全くわかっていないし、謎に呼び方を変えられると違和感しかない。そして、最早その水晶の下りの意味がわからん。それに僕は断然久次米(くじめ)先生派である。…楓には絶対教えない。

「確かに、あんちゃんは小さくてフワフワしていて癒し系ではあるけれどもなーーーーー」

ゴォンッ

会話が見事に遮れ、派手な音と共に、口角(こうかく)泡(あわ)を飛ばしていた楓は、そのまま全力で前にダイブした。

「入口で邪魔なのよ!!入山 楓!!それにさっきから、りさたんだのあんちゃんだの何なの?!その呼び方は??!年上の先生なんだからちゃんと敬意を払いなさいよっ!」

バッターンッ

盛大に倒れこむ楓。いつのまにか、加えていた飴を右手に持っていた。

「川音さん、強く殴り過ぎ。のびてるのびてる。…気持ちは理解できるけど。」

きっと理解度は限りなく100パーセントに近いだろう。尚且つ、倒れていたその身体が動いたのはその言葉を聞いた0.2秒後だったに違いない。

「え~~~~~~~~~!!!りっちゃん俺の味方してくれないの~~~~~?!?!カエデ辛くて死んじゃう!!!」

うん、それでもいいと思う。…反射的に思ってしまった。

「死ねば? 万々歳よ。」

僕の代弁者がいた。彼女の表情はまるでゴキブリに遭遇した時のそれである。

「お前に言ってねえよ!!バカイリキ女!!」

「はあああああああああああ?!力が強いのは100歩譲って認めるとして、バカって何なのよ!!取消しなさいよ!!」

怪力と指摘される事は良いのか、川音さん…。状況がカオスになってきたので、いったん、現実逃避したいと思う。勇ましく楓に鉄拳をくらわした彼女は、川音 維鶴(かわね いづる)。ポニーテールに眼鏡と言う、いかにも真面目な見た目をしているが、実はダンス部のエースで、厳しすぎない釣り目顔である。彼女の在籍コースは、有名大学への進学率が二番目のS特進だ。カリキュラムはS進学と比べるとガラッと変わり、梅の花(HR、総合)の時間は多くは補講などに充てられる。コース人数は200人であり、実は、彼女はコース内順位2番という超実力者である。ちなみに先程、驚くほどの地頭ぶりで思わず毒を吐いたが、楓は「梅川の選ばれし者達」と呼ばれるS選抜コースに在籍している。入学試験がありえないくらい難しいと評判であるにも関わらず、コース序列的にS自習室使用権に一番近い事、そして少なくとも、学院内での別格の扱いを3年間受ける事を約束されるので、倍率は10倍越えがザラである。コース人数は50名である。ここで、察しがつくことが一つある。S自習室の使用権獲得者も同数の50人である。即ち、S自習室というものは本来、この選抜コースの為に作られた施設だという事が伺える。事実昨年までは、S特進の生徒が年に1、2回使用権を獲得できれば奇跡と言われていたほど難易度の高いものだったのだ。それが、今年は選抜コース以外から4名の自習室使用権者が出た。例外中も例外の出来事である。これも何かの変化の兆しなのだろうか…

「あ~あっ。頭脳明晰イケメンの入山 楓君がまさか女の子に向かって、バカとか、挙句怪力女ってディスる残念口悪イケメンだったって知ったら、あんたにいっつも廊下とかできゃあきゃあ言ってる女の子達もドン引きよね~私だったら、耐えられないわ~~~~~~~~」

川音さんは、制服のセーターのポケットに両手を入れながら、楓に毒づいた。残念な性格である楓だが、容姿が際立つ為、当然モテる。そして、女性に対する最大限の猫被りは常に怠たらない。
「いや、よく考えろよ、いづる。俺はモテるんだ、すごく。そんな俺のギャップの情報を流しても、大半の女子は信じねーよっ。それどころか、お前にもっと敵意むき出しになるか、このギャップに歓喜した萌え女子が増加して逆効果なだけだぞっ。むしろ俺がお前のデマ流した方が秒で広まるなっ、ざ~んねんっ」
残念イケメンはそう言って、素早くキャンディーを口にくわえなおして、川音さんに向けて渾身のドヤ顔をした。人をあからさまに小バカにした顔が癪に障る。無性に、彼女の代わりに殴ってやりたくなった。ちなみに、楓と川音さんは同じ中学校出身で、部活動が同じだったため、親交がある。僕からしたら、彼らのこの茶番は親交の証なのだと思うが、彼等はお互いに嫌味な知り合いという認識らしい。そんな僕と同じ見解を示しているのが楓のファンの女の子達だ。彼女達が、かなりとげとげしい視線を、川音さんにむけているのを何度か見たことがあるが、川音さん曰く、実際の女子コミュニティでは、僕の目の当たりにした以上ことが日常茶飯事で起こっているらしい。…女性の嫉妬はシンプルに怖い。気を付けよう。

「あんたって、なんでこうも期待を裏切らないクズロード突っ走るのよ…ほんとっ怒りを通り越して最早呆れるわ…」

そう言って頭を抱えている川音さんは僕に視線を移した。

「片山も大変よねっこんなんと同類みたいに、一年のヤマヤマコンビなんて言われて。」

もうお気づきの人もいると思うが、僕らは苗字に「山」が共通の文字として付いているので、特にS自習室の監視監督になってもらう先生の間で、よくヤマヤマコンビと言われている。

「あっそれは大丈夫。複数の先生方に、そういわれるたびにいつも忘れず否定してきたから。」

つかさず、笑顔で全面否定する。事実僕らは俗に言うコンビと呼べる程結束力は高くない。…少なくとも僕はそう思っている。所属コースはおろか、出身中学も違うのだ。楓がなぜ僕にこんなにも興味があるのか、非常に謎である。

「えっ…りっちゃん…」

彼の口から、せっかくくわえなおした飴が虚しく床に落ちた。この世の終わりのごとく、涙目である。

「あ~あっ、女の子には百戦錬磨のカエデも、片山には振られちゃうんだね~~」

そう言いながら、眼鏡ポニーテール美女はセーター右側のポケットから携帯取り出した。

「そんなことない!!少なくとも振られてはない!!」

…そもそも告白されていない。そろそろ呆れ顔に疲れてきた。

「あっ後、さっきのカエデ君のすんばらしいお言葉の数々。…録っといたからっ」

そう言い放つ彼女の持つ携帯からは、「俺はモテるんだ(以下略…)」という恥ずかしい音声が流れていた。絶妙に、楓が「いづる」っと呼んでいた部分は録音されておらず、この音声だけでは、誰が録音したかわからない状態になっている。ふと脳裏に、週刊誌にスキャンダルをリークされた政治家が、その騒動のために、辞職していたニュースが浮かんだ。…こうやって、この世の様々な権力者は、弱みを握られてしまうのだろうな。

「はあああああああああああ?!?!いづるてめえそれはセコイぞ!!ってか、いつの間に録ったんだよ?!レコーダーという名の現代文明に頼るのはせこい!!」

…セコさなら、女子のような陰口戦法で応戦しようとしてたお前も負けてないぞ、楓。

川音さんは、勝ち誇った顔で音声に耳を傾けていた。その顔は、つい先ほど、楓が彼女に向けてしていた顔と大差なかった。…類は友を呼ぶとはこのことではなかろうか。当の二人からは賛同はもらえないだろうが。

「消せよ、それ! おい、いづるっ」

楓が川音さんの携帯に手を伸ばし、寸止めのところで声が教室内へ響いた。

「さぁ、諸君!!今日も実りのある4時間にしてくれたまえ!席に着こうか!!」

相変わらずすごい声量である。入り口付近で茶番を繰り広げていた僕達は無意識に耳を塞いでいた。

「も~きょーや先生!!声デカい!鼓膜破れるかと思ったぜ…」

既での所で、右耳を塞ぐのが間に合わなかったらしい楓は、フワフワする感覚に襲われているらしく、手を耳に当てたり、軽く耳介をたたいたりして耳の状態を確認している。

「お~!!入山!!すまんなぁ~~~!!いつもの癖でつい~~~!!」

人の癖というものは、なかなか直らないものである。

「ちょ、だから声!!もう、うるさいよ!!先生!!」

そんなこんなで、残念イケメン楓君が息吹先生に気を取られているうちに、他の者は気にも留めず自習をスタートさせていた。…もちろん僕も川音さんも。

「さ、入山!席に着けっ。まずは17時までなっ!集中して頑張ってな!!」

「へーいっ。」

ブツブツと文句を言いながらも席に戻る楓と、全力で激をとばす息吹先生をちらっと確認して、ノートにペンを走らせ始める。静寂がこの空間の始まりを合図した。
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