あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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鎌鼬

告知

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「え? 妖怪? 急に何を言い出すの」
 頓狂な声を上げる美琴と真剣に目を合わせつつ、悠弥は内心で苦笑した。

(そりゃそうだ。そういうリアクションになるのが普通だよ)

 県内最大規模のショッピングモールの一角。日曜日の今日、イベントとして無料ライブが行われる。それに美琴がシンガーソングライターとしてゲスト出演するのだ。契約の件で急ぎの用があると電話で伝え、待機時間にアポイントをとりつけた。

 二階のフードコートの隅に陣取り、開口一番に訊いた。柏木さんは妖怪を信じますか、と。

「あのアパートは、妖怪が住んでいるアパートだったんです。他の部屋の住人たちはみんな、何かしらの妖怪たちなんですよ。すみません、俺も柏木さんを案内してから知ったことで……お話しするのが遅くなってしまいました」

 言ってから、自分がとても滑稽に思えてきた。
 いきなりそんな話を真面目な顔でされたら、頭がおかしいか、新手の宗教の勧誘か……何にしろ、不審に思われて当然だ。

「なんの冗談? そんな話、信じるわけないでしょ」
 薄笑いを浮かべた美琴の表情に、悠弥は焦りを感じはじめた。

「そうですよね、わかってます。でも本当なんです。だから、契約前にお話しておかなければならないと思いまして」

 不動産業者は、契約前に借主に対し、重要事項説明をする義務がある。悠弥も数えきれないほどこなしてきた業務だ。その部屋で人が亡くなったなどのいわゆる事故物件である場合、その旨も借主に伝えなければならない。

 だが、妖怪専用の物件です、などということは、もちろん伝えたことがない。
 過去には、幽霊が出るという噂の物件を契約したこともあったが、事件事故の履歴は見つからなかったため、そのときは告知事項にはあたらないと判断された。

 つまり、事件や事故などの心理的瑕疵の事実が伴わない心霊現象の類は、説明義務のそれには該当しないのだ。

 メゾン江崎の場合も、妖怪がいるということが迷信とされている以上、法的には告知しなくても問題はないだろう。しかし今回は法的に云々、という話ではない。

 美琴は悠弥の真剣な眼差しを受け、しばし黙る。
 沈黙が重たい。
 その重い一瞬を、同じく真剣な表情の美琴が破った。

「……東雲さん、あそこに住んでるんだよね?」
「そうです。特に変わったことはないんです。むしろ、言われなければ妖怪がいるなんてわからないくらいで……」

 住人が妖怪ってのは昨日知ったんだけど、と胸中でつけ加える。
「そうは言っても、伝えないわけにもいかないと思いまして……」

 美琴は再び黙って、今度は悠弥の頭の上から足の先まで、ひと通り視線を這わせる。
(これ完全に怪しまれてるよなぁ……)
 美琴は小首を傾げて疑問の目を向けてくる。

「それって、あなたも妖怪ってこと?」
「え?」
「妖怪専用のアパートに、あなたは住んでるってことでしょ?」

(ああ、そうか。そう思われても仕方ない状況だ)
 悠弥は妙に納得するが、すぐに否定に入った。

「いやいや、俺はまぎれもなく人間ですよ!」
「じゃあなんでそんなアパートに住んでるの?」
「それはまあ……なりゆきで……。俺が契約した時は妖怪専用物件だなんて知らなかったし……」

「朝霧不動産の人が言わなかったってこと?」
「そうなっちゃうんですけど、別に悪意があったわけじゃなくて……俺はそれでも良かったっていうか……むしろ面白いっていうか、嬉しいっていうか」

「妖怪と同じアパートに住むことが?」
 畳み掛けられた質問に、どう返答して良いか窮する。

「というよりは……そういうものが、現実に存在しているかもしれないってことが……ですね」

 美琴はうーん、と小さく唸り、
「妖怪のいるアパート、何か困ることがある? 人間が入居すると嫌がられるとか、いたずらされるとか……夜中に運動会はじめちゃうとか」

「少なくとも俺が住んでいる3ヶ月間は特に問題なかったですよ。人間だからって敬遠されることもありませんし。黙っていたら相手が妖怪だなんてわかりませんし」

 ふーん、と鼻を鳴らし、悠弥のことを再びじっと見てから、ふっと笑みをこぼした。
「だったら、私も平気。契約進めて」
「へ?」
「大丈夫、って言ってるの!」

 悠弥は戸惑った。あやかしがいると理解した上で、あの部屋に住むと言っているのか、それとも迷信だと思っているのか。

「それって、信じないってことですか」
「ううん。信じるよ。……私も、そういうのは慣れてるの。それに、あなたも住んでるんでしょ?」

 なんとなく、美琴はわかってくれると思っていた。
 でも、こんな二つ返事で承諾されるとは。本当ならもう少し詳しい話をしてからのほうが良いのだろうが……。

 と、ここで美琴のスマホが鳴った。悠弥はどうぞ、とジェスチャーをして促す。
 電話の向こうの声がこちらにも聞こえてくる。

『ミコト! そろそろ戻って支度してくれよ!』
「オッケー。すぐ戻るね」

 ライブ会場からの連絡のようだった。
 開演を控え、慌ただしいのだろう。
 悠弥は空いた紙コップを二つ手に取り、立ち上がる。

「忙しいところすみませんでした。では、契約は進めさせていただきます。また連絡します」
 一礼して美琴を送り出そうとする。

「ねぇ、待ってよ。聴きにきてくれたんじゃないの?」
「え?」
「ライブ! これから歌うの、私!」

 悠弥が歌を聴かずに帰ると思ったのか、美琴は口を尖らせながら言った。
「もちろん! そこから見てますよ。会場の整理券、間に合わなくて」
 肩をすくめてみせる。

 無料ライブではあるが、メインはそこそこ有名な歌手だった。混乱を避けるためだろう、ステージ周辺の席は整理券が配布され、悠弥が到着した頃には全て配布終了していた。

 イベントスペースは吹き抜けになっており、二階からでもステージが見下ろせる。悠弥はすぐそこの吹き抜けで開演を待つつもりだった。

「名前、なんて言うんだっけ」
「しのの……」
「下の名前!」
「悠弥、です」
「ユウヤ、ね。オッケー」

 再び手にしたスマホで誰かと話し始める美琴。
「ね、今から私のお客さん、ユウヤって人が来るの。うん、そう、友達。通してくれる? うん、ありがと。じゃ、よろしく!」
 こちらにウインクひとつ。

「そういうわけだから、受付で名前を言えば入れるよ」
「ミーコートー!」
 しびれを切らして直接呼びに来た男に手を振って合図し、悠弥に耳打ちする。

「ねえ、今夜空いてる? もう少し話したいんだ」
 あまりにも急な誘いに、思わず戸惑って返す言葉が思い浮かばなかった。

「夜7時に南口の改札前集合でどう?」
「え、あ、はい。わ……かりました」

 確かに、もう少しきちんとあやかしについて話しておきたい。ついでに契約書類も作って持っていけばちょうどいいか。悠弥はそんな計算もはたらかせた。

 悠弥の返事に美琴は満足そうに笑う。
「じゃ、あとでね!」
 言うが早いか、小走りにフードコートを後にした。
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