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鎌鼬
美琴の歌
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メインの男性デュオの前座として美琴が紹介された。
悠弥が案内された席は、関係者招待席付近。ステージ正面からやや右にずれた前から3番目の列だった。
昨日、店に来た時とはイメージが違い、美琴は薄緑のふんわりとしたワンピースで、身に纏う雰囲気もすっかりプロのそれであった。
司会の紹介のあと、故郷に帰ってきました、と自己紹介を少ししてからピアノの前に座り、演奏を始める。
弾き語りスタイルだ。
指先から奏でられる音が、まさに流れるように会場に響き渡る。観客たちは静かにその音色に身を任せているようだ。
美琴と目が合った、気がした。
すぅ、と息を吸って、美琴が旋律に声を乗せはじめた。その声が、会場に満ちてゆく。
「へぇ」
思わず感嘆が漏れた。
観客はメインのグループのファンがほとんどで、美琴にとってはアウェイの環境であるはずだが、そんなことは微塵も感じさせない。
その場にいる全員が、その歌声に聞き入っているように見えた。
それほど、彼女の歌は心地良い。
音楽にはそれほど詳しくないが、美琴の歌がお遊びでないことはわかる。
一曲目のラブソングが終わると、続けて二曲目の演奏がはじまる。
ポップなメロディに乗せて、楽しそうに美琴が歌う。
力強く、それでいて優しい歌声。
歌っている美琴の表情も、とても穏やかで晴ればれとしたものだった。
曲が終わり、大きな拍手で溢れる中、美琴が一礼してステージから捌けていった。
旋律の余韻が残る会場は、今の歌手は誰なのかと一瞬ざわついた。手元のチラシや立て看板を見て、スマホで検索する者もいる。
「ミコトさんは今年から凱旋されて、ニューオープンのライブカフェを中心に活動されるそうです! そちらにもぜひ足を運んでみてくださいね! さぁ、続いてはお待ちかねの――」
司会者の女性が次のグループの紹介を始めると、会場の雰囲気は一気に高揚した。
そんな中、ステージの後ろ側、吹き抜けの二階で会場を微動だにせず凝視している少年が目につく。
薄い青色のシャツ。リュックを背負い、身を乗り出すようにして会場を見下ろしている。
(あれは……こないだの……)
木の葉払いの少年客じゃないか。
その後ろから、人ごみをかき分けるようにして現れた男の姿に悠弥は目を見張った。
僧侶だ。
袈裟を着けた僧侶が少年の横に並ぶ。
ここはショッピングモールである。
周囲の客も僧侶のことを物珍しそうに一瞥するが、当の本人に臆する様子はない。
少年はその男を気にするでもなく、ただただ美琴の去ったステージをじっと見つめていた。
悠弥の位置からでは、僧侶の表情までは読み取れない。しかし二人の距離感からみて、少年の連れであることは間違いなさそうだ。
(なんなんだ、ありゃ……)
僧侶は悠弥の視線に気づいたようで、軽く会釈される。
悠弥も焦って首だけでお辞儀を返す。
少年はそのやりとりに気づき、ふいと首を横に向け、そのまま歩き去ってしまった。
その後を、ゆったりとした足取りで追う僧侶。
異色の組み合わせの二人は、次の演奏を待たずして会場を静かに立ち去った。
同じく、立ち去る影がもう一つ。
演奏中から気になってはいたが、おそらく年齢は五十代前後の男。こちらも美琴のことを凝視していたのだが、その目つきがファンのそれとは違った。くたびれたシャツにボサボサの頭。気だるげな猫背姿。だがその目は妙にギラついていた。
嫌な気配を漂わせ、一階ステージの斜め後方から、ピアノを弾く美琴の後ろ姿をじっと見つめていたのだ。
芸能活動などしていれば、ストーカーの一人や二人いるのかもしれないが……。
悠弥はやけにその男の様子が気になった。
美琴の姿が見えなくなると、その男もふらりと姿を消した。
田舎の駅は、通勤通学の時間帯を過ぎると閑散としたものである。
県庁所在地にある一番大きな駅だが、地元の人間は車で移動する者が多く、利用者が少ない。待ち合わせ場所を細かく指定しなくても落ち合えるのはありがたい話ではあるが。
美琴は先ほどとは打って変わって、身軽な服装で現れた。淡いブルーのTシャツに薄手のパーカー。ショートパンツから伸びる足は白く、ほどよく筋肉がついた健康的なシルエット。
「よかった、ちゃんと来てくれたんだね」
「もちろん。おつかれさまでした」
「歌も最後まで聞いてくれたし、ありがと」
「見えてたんですか」
「もちろん。ステージからもちゃんと見えてるよ。つまんなそうに聴いてる人とかもしっかり見えちゃう」
いたずらっぽく笑う美琴。
「お酒、大丈夫だよね? ちょっと飲みながら話しようよ」
この町で一番大きな駅前のアーケードは、夜も7時を過ぎると閉店する店が多い。
郊外の大型店舗や、繁華街に人が流れてしまうため、このあたりの夜は人通りもまばらだった。
静かな街、と美琴がつぶやいた。
大型モニターもなければ、地下街もない。
「帰ってきたって感じがするなー」
都会の繁華な交差点をくぐりぬけ、特急に揺られてこの駅に戻ると、寂れた街並がほっとする。悠弥もそんな経験がある。
「日曜だからってのもありますよ。小さい店は休みのところが多いから。この先の最近オープンした店、席予約しときました。そこでいいですか」
「オッケー! 気がきくじゃん、さすが営業マン!」
苦い笑みだけを返し、悠弥は美琴の前を歩き始める。
すると、視界の隅を、茶色いものが通り過ぎる。
悠弥の左手側、歩道の隅を勢い良く何かが走り去った。
「どうかした?」
「いや、何かいたような気がして」
「猫かな。茶色いのだよね」
美琴も気づいていたようで、通り過ぎた先へと視線を這わせる。
「猫……ですかね」
それにしてはずいぶん動きが早かったような。
そして先ほどから気になることがもう一つ。
「柏木さん、もしかしてストーカーとかいたりします?」
「ストーカー?」
美琴にだけ聞こえるくらいの声で悠弥は続けた。
「なーんか、見られてるっていうか、後をつけられてるような気がしてならないんですけど」
その言葉を受け、美琴は大袈裟な動きであたりを見回す。
「そう? たまーに待ち伏せされることはあるけど、大丈夫じゃないかな。都内からわざわざ来るほど熱心な奴はいないって。それに今日は東雲さんも一緒だし!」
悠弥が案内された席は、関係者招待席付近。ステージ正面からやや右にずれた前から3番目の列だった。
昨日、店に来た時とはイメージが違い、美琴は薄緑のふんわりとしたワンピースで、身に纏う雰囲気もすっかりプロのそれであった。
司会の紹介のあと、故郷に帰ってきました、と自己紹介を少ししてからピアノの前に座り、演奏を始める。
弾き語りスタイルだ。
指先から奏でられる音が、まさに流れるように会場に響き渡る。観客たちは静かにその音色に身を任せているようだ。
美琴と目が合った、気がした。
すぅ、と息を吸って、美琴が旋律に声を乗せはじめた。その声が、会場に満ちてゆく。
「へぇ」
思わず感嘆が漏れた。
観客はメインのグループのファンがほとんどで、美琴にとってはアウェイの環境であるはずだが、そんなことは微塵も感じさせない。
その場にいる全員が、その歌声に聞き入っているように見えた。
それほど、彼女の歌は心地良い。
音楽にはそれほど詳しくないが、美琴の歌がお遊びでないことはわかる。
一曲目のラブソングが終わると、続けて二曲目の演奏がはじまる。
ポップなメロディに乗せて、楽しそうに美琴が歌う。
力強く、それでいて優しい歌声。
歌っている美琴の表情も、とても穏やかで晴ればれとしたものだった。
曲が終わり、大きな拍手で溢れる中、美琴が一礼してステージから捌けていった。
旋律の余韻が残る会場は、今の歌手は誰なのかと一瞬ざわついた。手元のチラシや立て看板を見て、スマホで検索する者もいる。
「ミコトさんは今年から凱旋されて、ニューオープンのライブカフェを中心に活動されるそうです! そちらにもぜひ足を運んでみてくださいね! さぁ、続いてはお待ちかねの――」
司会者の女性が次のグループの紹介を始めると、会場の雰囲気は一気に高揚した。
そんな中、ステージの後ろ側、吹き抜けの二階で会場を微動だにせず凝視している少年が目につく。
薄い青色のシャツ。リュックを背負い、身を乗り出すようにして会場を見下ろしている。
(あれは……こないだの……)
木の葉払いの少年客じゃないか。
その後ろから、人ごみをかき分けるようにして現れた男の姿に悠弥は目を見張った。
僧侶だ。
袈裟を着けた僧侶が少年の横に並ぶ。
ここはショッピングモールである。
周囲の客も僧侶のことを物珍しそうに一瞥するが、当の本人に臆する様子はない。
少年はその男を気にするでもなく、ただただ美琴の去ったステージをじっと見つめていた。
悠弥の位置からでは、僧侶の表情までは読み取れない。しかし二人の距離感からみて、少年の連れであることは間違いなさそうだ。
(なんなんだ、ありゃ……)
僧侶は悠弥の視線に気づいたようで、軽く会釈される。
悠弥も焦って首だけでお辞儀を返す。
少年はそのやりとりに気づき、ふいと首を横に向け、そのまま歩き去ってしまった。
その後を、ゆったりとした足取りで追う僧侶。
異色の組み合わせの二人は、次の演奏を待たずして会場を静かに立ち去った。
同じく、立ち去る影がもう一つ。
演奏中から気になってはいたが、おそらく年齢は五十代前後の男。こちらも美琴のことを凝視していたのだが、その目つきがファンのそれとは違った。くたびれたシャツにボサボサの頭。気だるげな猫背姿。だがその目は妙にギラついていた。
嫌な気配を漂わせ、一階ステージの斜め後方から、ピアノを弾く美琴の後ろ姿をじっと見つめていたのだ。
芸能活動などしていれば、ストーカーの一人や二人いるのかもしれないが……。
悠弥はやけにその男の様子が気になった。
美琴の姿が見えなくなると、その男もふらりと姿を消した。
田舎の駅は、通勤通学の時間帯を過ぎると閑散としたものである。
県庁所在地にある一番大きな駅だが、地元の人間は車で移動する者が多く、利用者が少ない。待ち合わせ場所を細かく指定しなくても落ち合えるのはありがたい話ではあるが。
美琴は先ほどとは打って変わって、身軽な服装で現れた。淡いブルーのTシャツに薄手のパーカー。ショートパンツから伸びる足は白く、ほどよく筋肉がついた健康的なシルエット。
「よかった、ちゃんと来てくれたんだね」
「もちろん。おつかれさまでした」
「歌も最後まで聞いてくれたし、ありがと」
「見えてたんですか」
「もちろん。ステージからもちゃんと見えてるよ。つまんなそうに聴いてる人とかもしっかり見えちゃう」
いたずらっぽく笑う美琴。
「お酒、大丈夫だよね? ちょっと飲みながら話しようよ」
この町で一番大きな駅前のアーケードは、夜も7時を過ぎると閉店する店が多い。
郊外の大型店舗や、繁華街に人が流れてしまうため、このあたりの夜は人通りもまばらだった。
静かな街、と美琴がつぶやいた。
大型モニターもなければ、地下街もない。
「帰ってきたって感じがするなー」
都会の繁華な交差点をくぐりぬけ、特急に揺られてこの駅に戻ると、寂れた街並がほっとする。悠弥もそんな経験がある。
「日曜だからってのもありますよ。小さい店は休みのところが多いから。この先の最近オープンした店、席予約しときました。そこでいいですか」
「オッケー! 気がきくじゃん、さすが営業マン!」
苦い笑みだけを返し、悠弥は美琴の前を歩き始める。
すると、視界の隅を、茶色いものが通り過ぎる。
悠弥の左手側、歩道の隅を勢い良く何かが走り去った。
「どうかした?」
「いや、何かいたような気がして」
「猫かな。茶色いのだよね」
美琴も気づいていたようで、通り過ぎた先へと視線を這わせる。
「猫……ですかね」
それにしてはずいぶん動きが早かったような。
そして先ほどから気になることがもう一つ。
「柏木さん、もしかしてストーカーとかいたりします?」
「ストーカー?」
美琴にだけ聞こえるくらいの声で悠弥は続けた。
「なーんか、見られてるっていうか、後をつけられてるような気がしてならないんですけど」
その言葉を受け、美琴は大袈裟な動きであたりを見回す。
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