あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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鎌鼬

重要事項説明

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 美琴は軽い調子で物騒なことを言いつつ、大して気にする様子もなく、足取り軽く悠弥の隣を歩く。

 悠弥はあたりを警戒しつつ歩みを進めることになった。
 先ほど待ち合わせの時にちらりと見えた人影が、ライブで見かけたあの男とよく似ていたのだ。よれたシャツにモスグリーンのズボン。

 気配は後ろから消えない。通り過ぎた猫と思しきものの気配とは違うような気がする。

 予約した店の前に着いても、その気配は消えなかった。その店はビルの三階にある。自動ドアを入り、エレベーターホールに着く頃、ようやく気配を感じなくなった。さすがに店の中にまでは付いてこないようだ。

 エレベーターが3階に上がり、和風テイストのエントランスで予約の名を告げる。はやりの全席個室タイプ。こみいった話をするにはちょうどいい。

「こっちにもこんな雰囲気の店があるんだね」
 女子ウケもよさそうな内装だ。駅周辺の店は、かつての活気を取り戻そうと店内をリフォームして新装開店してみたり、メニューを変えてみたり、涙ぐましい努力をしているようだった。

 二人用の座席に向かい合い、とりあえずの注文を済ませた。
「お酒を飲む前に聞いてほしいことがあるんです」
「なーに? 妖怪の話ならあとでゆっくりしようよ」

 違いますよ、と言いつつ悠弥は手持ちのビジネスバッグから書類を取り出した。
「契約前の重要事項説明、ここでちょっとさせてください」

「本気ぃ? そういう空気じゃないでしょ、この場合」
「いいえ、ここまでは仕事ですから。というか今しないと入居手続きが間に合いません」

 不動産の賃貸契約の前には、資格者による重要事項説明がある。これは法律で決められた業者側の義務である。
 契約する物件について、住所や名称から抵当権設定の有無、賃料その他の契約条件や特約についてなどが記載されている。

 これを宅地建物取引士という資格者がその資格者証を提示して読み上げる。
 とはいえ、アパートなどの賃貸契約の重要事項説明は売買契約ほど難しくない。ほとんどの場合が文字通り、ただ読み上げるだけで終わる。

 資格者証の提示をし、対面での説明をしなければ宅建業法違反となる。だが説明する場所に規定はない。つまり、ファミレスだろうと居酒屋だろうと、かまわないのだ。

「もー、仕方ないなぁ」
 おあずけを食らった子どものように頬を膨らませて不満を漏らす。

「仕方ないですよ、柏木さんが明後日には入居したい、なんて言うから」
「私の引越しを待ってる知り合いの子が、決まったなら早く空けてほしいって言うもんだからさ」

 悠弥はテーブルに書類を広げ、対面する美琴に取引士証を見せてから、書類の説明に入る。
「上から読んでいきますから、一緒に目を通してくださいね」
「はーい」

 朝霧不動産の名称、住所からはじまり、メゾン江崎の情報を読み上げる。契約に関する情報に入るところで、店員から声がかかり、個室の引き戸が開く。

 生ビールとお通し、そしてサラダが運ばれてきた。
 一旦中断し、それらをテーブルの隅に置きなおす。
 説明を再開しようとした悠弥を美琴が遮った。

「ねーえ、泡がなくなっちゃうよぉ。ビールが一番おいしいのは注いだ直後だよー」
 先に乾杯くらいはいいでしょ、とジョッキを手渡してくる。
「ひと口だけですよ」

「うんうん。オッケー! じゃ、とりあえず、おつかれさまっ!」
「おつかれさまです」
 ジョッキを掲げて乾杯し、美琴は勢い良くビールを体へ流し込んだ。

「ひと仕事終えた後のビールはおいしい!」
 心底嬉しそうに言ってから、中身が半分ほどに減ったジョッキを置く。

(いや、ひと口が多すぎだろ……)

「よーし、じゃ、続きいってみよーう」
 上機嫌の美琴に少々圧倒されつつ、悠弥は淡々と説明を再開した。
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