あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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雨女

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 大げさなくらいにうなだれて絶望を表していた芦田が、さっそく食いついてくる。
 遥も悠弥が何を言い出すのかと、黙って言葉の続きを待っていた。
「祠を建て直すんだ」

 言うと、全員が黙って悠弥に注目する。
「祠を、ですか?」
 寸の間をおいて、遥が問いかけた。

「そうです。さっき登記簿を取ってみたら、土地の所有者は確認できました。許可をもらって、あの祠を再建するんです。里がなくなったとはいえ、山には獣やあやかしがまだ棲んでいる。そして、山があるから町がある。人と山の関係が途絶えたわけじゃない。人とあやかしを共に守る約束は、まだ果たせます」

 佐川と芦田に向けては、彼らの罪滅ぼしの意味を付け加える。
「約束の証だったあの神社を再建して、人間側の誠意を示すんだ。壊したものを直すのは道理だしな。そうすれば、心の整理もつくだろう。休みの日はしばらく祠作りにうちへ来てくれ」

「祠を直せば、あの女は……もう現れなくなりますかね……」
 相変わらずの芦田の様子に、何か言いたげな遥を悠弥は目で制する。
「そうだな。きっと神様も許してくれるさ」
 祠の再建を通して、罪滅ぼしができたと思えたなら、彼らの罪悪感も薄れていくことだろう。

「俺もやります、それ! 今度の日曜でイイッスか?」
 佐川が嬉しそうに提案に乗ってきた。
 佐川自身も、弱り切った芦田を目の当たりにして、このまま何もせずにいるのが不安なのだろう。解決できる方法があるならば試したいのだ。

「ああ、いいよ。一度ここに集合して、まずは製作の段取りを決めよう。芦田もそれでいいか?」
「わかりました……お願いします」
 こちらは乗り気というよりは、観念したといった雰囲気ではあるが。悠弥にとって、それはどちらでもいいことだった。

「じゃあ、俺たち今度の日曜、ここに来るんで!」
 勢いよく声をあげ、佐川はぺこりと首でお辞儀をし、芦田を連れ立ってそそくさと店を去った。
「あの人たち、ちゃんと来ますかねぇ……」
 後ろ姿を見送り、入口ドアの施錠をしたところで、遥がぼやくように言った。

「来ないなら、それでもいいんですよ。芦田たちが祠の再建をすることに深い意味はありません。気が済むなら、なんだっていい」
 遥は吐息混じりに笑みをこぼした。

「祠の再建は、俺がしたかっただけ。彼らの手も借りることができたら早く終わるかな、という単純にヨコシマな考えですよ。今日の話で納得して、あいつらが来ないなら来ないでかまわない」
 彼らの気が済んで、「心霊現象」が解決すればそれで良いのだ。

「悠弥さん、ありがとうございます」
 久しぶりに笑顔を見せる時雨。
「山姫さまの大切なものを、あなたは守ってくださるのですね……」

 時雨の両手の中にある、割れた鏡。
「これは、清太郎さまから山姫さまへ贈られた、約束の証なのです」
「清太郎……あやかし退治の若者ですね」
 悠弥の言葉に時雨は小さく頷いた。

「山姫さまは、多くはお話になりませんでしたが、一度だけ清太郎さまとの思い出をうかがったことがあります。あなたは山姫さまにお会いになったのでしょう。山姫さまの庭に、大きな樫の木がありませんでしたか」
 和風庭園の隅にそびえ立っていた、あの大木。
 山姫が少しだけ昔語りをしたとき、愛おしげに眺めていたのが印象的だった。

「あれは、清太郎さまの墓標なのです。晩年、清太郎さまは山姫さまの元へ戻っていらして、最期の日を過ごされたそうです」
「山姫さまと人間が一緒に……」
 時雨は鏡に目を落としながら、にこりと微笑んだ。

「表には出さずとも、清太郎さまのことを想っておいでなのです。私だけでなく、山姫さまにとっても……あの祠と、この鏡は大切なもの」
 長い年月を経て曇った鏡は、何も映すことなく鈍く光るばかりだ。

「私はどうしても、おひとりでいらっしゃる山姫さまのことが心配でした。人も消え、祠も失くなり……私もそばにいることができないのでは、山姫さまがお労しく……。でも、これで心置きなく現世を離れることができる」

「待ってくださいよ、時雨さん。清太郎さんの約束は、まだ終わっていない。だから……時雨さんが居てくれないと困るんです」
 必要とされなくなった小さな神は、消えてしまう。山姫はそう言った。
 山姫は時雨を追い出し、人のいる町へ向かわせた。

「幸か不幸か、祠が壊れたおかげで俺たちは雨の神の存在を知ることができた。だから、雨の神はもう忘れられた神じゃない。少なくとも俺は、雨の神に祈ります。この町を守ってくださいって」
「悠弥さん……」

「そうですよ、時雨さん。私も雨の神様にお願いします。この町に雨の災害がないよう、町も山も、その恵みで美しくあり続けるように」
「清太郎さんの約束は、人間である俺たちが継いでいきます。だから……この町で俺たちを見守っていてください」
 窓の外は雨だった。静かに、降り続ける雨。

「もう一人で町を出ようとなんてしないでください。御神体のことは、遥さんと二人で色々と調べてみます。何かいい方法を、きっと探します」
 あなたを必要とする者がいる。時雨にそれを伝えておきたかった。

「お二人とも……ありがとう。本当にありがとう……」
 丁寧に頭をさげる時雨の仕草がどこか神々しく見え、悠弥は少し畏まった。

 顔をあげた時雨の目には涙が浮かんでいた。それがこぼれないようにこらえつつ、照れ隠しに笑ってみせる。
 悠弥にとって、神様を目の当たりにしたのは時雨が初めてだったが、こんなにも人間らしい仕草をするとは思いもよらなかった。なんだか可愛らしく思えてきてしまう。

 この小さく優しい神様を守らなければ。そのために必要なもの。残すは依代となる御神体だけだ。
 今日のところはアパートへ戻ってもらうよう話をして、悠弥と遥は時雨を見送る。
 アパートまで車で送ろうと提案してみたが、時雨はそれを拒んだ。

「この町をもう少し、見て歩きたいんです」
 入口ドアを開けて出て行こうとする時雨に、悠弥は慌てて声をかけた。
 まだ雨が降っているというのに、時雨は傘を持っていない。

「この傘、使ってください! 雨の日に外に出るなら、傘をささないと濡れちゃいますから」
 先刻も出会ったときも、時雨は傘もささずに町を歩いていた。

 神だから濡れないのかと思いきや、どうもそうではないらしい。人の姿をしているときは、しっかりと人の理に沿うもののようだ。

「でも、悠弥さんが濡れてしまいます」
「俺は大丈夫。普段は車での移動が多いですし、店の傘もありますから。しばらく使っていていいですよ」

 差し出された傘を受け取り、時雨は軒先でそれをたどたどしく広げる。
 傘を手にするのも初めてなのだろう。
 悠弥は手を貸し、説明を加えながら傘を開いてみせた。

 手渡された傘の柄を両手で持ち、時雨は雨の中に躍り出る。
 男物の深緑色の傘は、華奢な時雨にはいくらか不釣り合いではあったが、本人は気にしていないようだ。
 子どもが傘をさしてはしゃいでいるかのように、時雨は跳ぶように数歩進む。

「ありがとう、悠弥さん!」
 街灯に照らされたその表情は、とても晴れやかに見えた。
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