あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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雪女

抱えた思い

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 重要事項説明をした翌日には、契約金の入金があった。
「さすが、松本さんは仕事が早いなぁ」

 パソコンで銀行口座の確認をしつつ呟く。
「松本さんも営業マンでしたっけ。お優しそうな方でしたけど、案外バリバリの営業さんなんでしょうかねぇ」

「市場開拓のリーダーとしての赴任らしいですからね。バリバリでしょう。俺みたいな、のんびりした営業マンとは違いますよ、きっと」
「あらあら。のんびりなんてことはありませんよ。我が社にとって、悠弥さんはバリバリの営業マンです」

 そりゃどうも、と遥のお世辞を聞き流す。
 オーナーに渡す契約書類をひとまとめに準備する。申込書、契約書、保険契約の写し。オーナー側は、あやかしに関わりのない一般の人間だ。通常通り、粛々と契約を進める。

 武史にも春奈にも、連帯保証人を頼める身内がいないということだったので、保証会社を使い、保証委託契約も結んだ。

 春奈に人間の身内がいないのは仕方がないこととして、武史側には身内がいないのか訊ねてみたが、どうやら両親は離婚し、武史を育てた母親は、結婚前に亡くなったらしい。あとは遠縁の親類がいるが、保証人を頼めるほど親しくはないとのことだった。

 書類をまとめ終えた悠弥は、松本家の件でずっと心に引っかかっていたことを問いかけてみた。

「ねえ、遥さん。もしもの話ですよ。実は俺があやかしで、遥さんにそれを隠していたとしたら……どう思いますか?」
 相変わらず答えの出ない疑問。

「悠弥さんが……あやかし?」
 そんなわけないじゃないですか、と言いたげな遥。

「だから、もしもの話ですって。今まで人間だと疑いもしなかった人が、もし、あやかしだったら。それが親しい人だったなら」

 すっと真剣な表情になった遥が、きっぱりと言い放った。
「私はなんとも思いませんよ。悠弥さんがあやかしだとしても、今までと変わらずおつきあいします」

 考えてみれば、遥はあやかしに造詣が深い。あやかしに偏見もないのだから、その答えは当然かもしれない。
「どうしてそんなことを聞くんです?」

 問い返されると悠弥は言葉に詰まった。明確に答えが出ないからこその質問だったのだから。

「松本さんのご主人は、奥さんが雪女だってことを知らないですよね……。でも、真実を知らずに夫婦でいるっていうのは……どうなんだろうって思ったんですよ」

 隣の席に腰掛け、遥はじっとその話に耳を傾けている。

「俺も、そうとは知らずに友達や恋人と付き合っているとしたら……なんて考えちゃって」
 まとまっていない考えを、話しながら紡いでいく。

「本当のことを教えてもらえないなんて、なんだか寂しいじゃないですか。ましてや夫婦間だなんて……なんか裏切られているような感じがしませんか。それが長い付き合いなら、その分だけ……。俺は……そういうの嫌だなって」

「裏切られている……ですか」

「それに、小春ちゃんはあやかしとのハーフですよね。人の世界で暮らすのに、それなりに苦労もあるかもしれない。それを春奈さんひとりで抱えるのは大変じゃないのかな……なんて、よけいなお世話ですかね」

 語尾は自虐的に、少し笑みを交えて話したが、うつむいた遥はそれに応えなかった。

「あやかしが親しい人に対して、自分が人ではないと告白することは……とても勇気のいることなんです。気持ち悪いとか、怖いとか言われるかもしれない。嫌われるかもしれない、今まで築いてきた関係が一瞬で壊れてしまうかも……それが怖いんです」

 もう少し、遥の様子に気を配っていればよかった。

「誰もがあやかしを認めてくれるわけじゃないんです。化け物呼ばわりされて、ひどい時には殺される可能性だってあります。まして現代では、あやかしは存在しないことになっているんですから、元々居場所がないんです。それをやっと居場所を見つけて、愛する人を見つけて……! たったひとつだけ、あやかしであることを隠して……何が……何が悪いっていうんですか」

 一気にまくし立てた遥に亜然とする悠弥。

「人間の悠弥さんにはわかりませんよ……!」
 遥は鞄を肩に引っ掛け、こちらを振り向きもせず店を出る。

「オーナーさんのところへ行ってきます。今日は店に戻りませんから、定時で閉めてください」

 一言も返せないまま、悠弥は口を閉じるのも忘れてその後ろ姿を見送った。

 遥は怒っていたのだろうか。いや、違う。
「泣いて……?」



 
 それから丸二日、悠弥と遥は店でほとんど顔を合わせることがなかった。

 遥は出社するとすぐに外回りに向かってしまう。オーナーへの挨拶や新規管理物件の営業。普段なら悠弥が担当するであろう仕事も、遥が率先して外へ出て行った。

 会話といえば、単純な業務連絡だけ。
「遥さん、怒ってます……?」
「いいえ、怒ってなんていません」

(いや完全に怒ってますよね、その言い方……)
 苦笑いの悠弥に対し、遥は無表情でパソコンに向かっている。

「俺……あの……」
「大丈夫です、なんとも思っていませんから」
 その日の会話も、そんなやりとりのみだった。

 そんな二人の様子を見た雪乃も訝しげな顔をしてはいたが、特に何かを問い質されることはなかった。

「東雲くん、ちょっと疲れてるみたいじゃない? 今日はノー残業デーにしましょう。残務があるようなら、私に渡してちょうだい」

 仕事をしている方が余計なことを考えずに済んで気が楽だと思っていたのだが、雪乃が「たまには息抜きしていらっしゃい」と言うので素直に定時で退社することにした。

 まだ明るさが残る午後6時。自宅へ帰るには気が向かず、街中へとハンドルを切った。

 『カフェ歌小屋』に着いたのは15分後。6時オープンの店には、先客が一人いた。

「いらっしゃいませ! 久しぶりじゃない、悠弥」
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