あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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雪女

相談

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 カウンターの内側から美琴の威勢のいい声が響き渡る。
 その正面に座る男にも見覚えがあった。入口を振り返ったのは、まだ少年といった雰囲気の男で悠弥の見知った顔だった。

「なんだ、悠弥か」
「なんだとはなんだよ、相変わらず失礼なやつだな」

 颯太の右隣に陣取ると、まあまあ、と言いながら美琴がおしぼりを手渡してくれる。

「今日はおひとりさま?」
「ああ、そうだよ」
「とりあえず?」
「ビール」
「オッケー」

 美琴がビールサーバーに向かい、男二人がその場に残される格好となった。
 颯太もまた、悠弥の住むアパートに入居したばかりのあやかしである。

「それ、酒?」
「ジンジャエール」
「あ、そ」

 カウンターの向こう側で美琴がビールを注ぐ様子をなんとはなしに眺めながら、手持ち無沙汰におしぼりで手と顔を拭く。

「よく来るのか、ここ」
「今日は美琴に呼ばれた。俺、バイト決まったからお祝いだって」
「マジか! なんのバイトするんだ?」
「……ドラッグストアの品出し」
「へえ! 人嫌いのお前が、あんなにいろんな人間が来るところで働くとは……」

「だからこそ勧めたの。いろんな人間を見てみるのも勉強になるんじゃないかなって思ってさ。はい、おまたせしました!」

 泡の割合が絶妙なビールが悠弥の前に現れる。
 酒好きの注ぐビールだ。酒の加減はやはり、酒が好きな者のほうがうまい。ビール然り、カクテル然りである。

 悠弥はグラスを手にし、颯太の方に掲げる。
 颯太はきょとんとした表情でこちらを見る。

「乾杯、付き合えよ」
 グラスをちょいと持ち上げ、乾杯の動作を促す。

「乾杯ってね、グラスを目線に掲げて、乾杯とか、おつかれ、とか声をかけるの。ほら、グラス持って!」
 美琴が説明を加えると、颯太は言われるがまま、グラスを手にした。

「おつかれ! バイト採用おめでとう」
 颯太のグラスにそっと自分のグラスを合わせ、小さくカチン、と音を立てた。

「……ありがとう」
 悠弥がビールを喉に流し込むと、颯太もジンジャエールを一口飲む。

「そうそう。飲み会の最初は、だいたいそうやって乾杯から始まるんだよ」
「へぇ……」

「グラスを合わせて音を立てるのは、こういうフランクな席だけな。パーティーとか、かしこまった席ではグラスは目線に掲げるだけだ。覚えとくといいぞ」
「あとね、薄くて華奢なグラスのときもカチンってやらないでね。割れちゃうから」

「パーティーなんて行かないよ」
「そのうちあるかもしれないだろ。覚えといて損はない」
 言ってビールをもうひと口。これでグラス半分を干した。

「今日はペースが早いじゃない」
「美琴も飲むか?」
「私はまだ仕事始まったばかりだもん。颯太、付き合ってあげてよ」

「俺、酒は飲まないよ」
「いいの、ノンアルコールだろうとなんだろうと。気持ちは付き合ってあげなさいってこと」

 うーん、と颯太が唸るのを聞きながら、悠弥はメニューに目を落とす。
 適当につまみをオーダーすると、長い息を吐く。

「なんかあった?」
「別に」
「あったって顔でしょ、その顔は」

 図星を衝かれ、悠弥は残りのビールを一気に干した。
「その様子だと……遥となんかあったんでしょ」

 空になったグラスを下げつつ、美琴がからかうように言った。
 考えてみれば、この店に来るときはほとんど仕事帰りで、遥と一緒だった。
 一人で訪れたのは初めてだったのだ。

 美琴は何も言わずともおかわりを注ぎ、再び悠弥の目の前にグラスに満ちたビールが現れる。

「何か……なぁ……」
 何があったのかと言われても、何がどうしてこんな状況になったのか、悠弥にはよくわかっていなかった。
 遥と喧嘩状態になったきっかけは、松本夫婦の話だ。

「なあ、もしもの話だけど」
 店内には美琴と颯太、そして厨房にスタッフが一人いるだけのようだ。他に客がいないことを再度確認し、声のトーンを落として続ける。

「俺が、実はあやかしでしたって言ったら、どうする?」
「どうするって……別にどうもしないよ。ねえ、颯太」

「狐だったらもう話しないけど」
「颯太はイタチだからね……狐は天敵だっけ」
「お前の師匠、狐のあやかしじゃなかったか……」
「お師匠様は別だ」

 やはりこの二人もあやかしに抵抗がないのだから、当然といえば当然の回答だ。

「じゃあ……例えば、付き合ってる人がいて、その相手が実はあやかしであることを、ずっと隠していたとしたら?」

「付き合ってる相手かー……」
 天井の方を眺めながら美琴が言い淀んだ。

「でも、やっぱりどうもしない。いいじゃない。今までその人が好きで一緒にいたんでしょ。その正体が何であれ、好きな気持ちは変わらないと思うけど」

「それは俺もそう思う。でもさ、もう何十年と一緒にいた人が、ずっと自分を偽っていたなんて知ったら、寂しい気持ちになると思うんだよ」

 そこまで語ったところで、厨房から美琴に向けて、料理ができたと声がかかる。
 ちょっと待ってて、と美琴はカウンター奥の厨房へそそくさと姿を消した。

「なんでそんなこと考えてんだ。好きな人があやかしだったのか」
 珍しく颯太から話を振ってくる。

「いや……お客さんでそういう人がいたんだ。奥さんはあやかしなんだけど、旦那は人間。奥さんは、旦那には自分の正体のことを黙っていてくれって言うんだ」

「そいつの正体は、なんなんだ?」
 個人情報にあたるかどうか、一寸考える。あやかしの種類を答えるだけなら、人間でいうところの国籍を答えるのと同じことだろう。個人を特定するには至らないはずだ。

「雪女だって言ってたな」
「夫婦の仲はいいのか?」
「ああ、めちゃくちゃ仲がいい家族だったよ」

 だからこそ、複雑なのだ。
「なあに、あやかしの家族が来たの?」
 料理を運んできた美琴が話を聞きかじって問う。

「そう。奥さんがあやかしで、旦那に自分の正体を隠してる。俺は……どうもその関係性に納得がいかないというか」

「悠弥は付き合ってる相手のことは全部知りたいっていうタイプなんだね」
「そういうことになるのかな……。相手の良さも悪さも受け入れて、それでもちゃんと付き合える関係でいたいってのはあるけどな……」

 運ばれてきたスパゲティーを器用にくるくるとフォークで巻きつけつつ、今度は颯太が呟いた。

「なあ、それって……旦那はもう気づいてるんじゃないのか。自分の嫁が人間じゃないってこと」
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