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七海澄香

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雪女

見えないもの

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 脳裏によぎるのは、鼻が長く、真っ赤な顔をした昔話の天狗のイメージ。高下駄も履いていたかもしれない。

 だが目の前にいるこの男は、少々いけ好かない雰囲気ではあるが、スーツを着込んだ普通の青年である。この男が天狗だとは、とても想像が追いつかない。

 それに、連帯保証人というのは、ただの言葉の綾だと思っていたのだ。
「実在するんだ……大天狗って……」
 悠弥が思わず口走った言葉に、高原はふふっと吹き出す。

「実在するよ。君が東雲悠弥として生まれるずっと前からね」
 言いながら、高原は応接コーナーの入り口にチラチラと見え隠れする小春に目を移した。

 この男のただならぬ気配を察知しているのか、小春はいつもの人懐っこさをどこかへ追いやって、遠巻きにこちらの様子を伺っていた。

 高原が菓子鉢のクッキーの袋を一つつまむと、それをひらひらと小春に向けて振ってみせる。
「おいで、お嬢ちゃん。お菓子あげよう」

 怖がられていることをわかっているようで、悠弥に向ける含みのある薄笑いとは一転、にこやかに、かつ優しい声音で接する。
 恐るおそる近づいてきた小春にクッキーをそっと手渡した。

「ありがと……」
 小春は緊張した面持ちで小さくそう言うと、小走りでテーブルを回り込み、向かいに座る悠弥にぴったりとくっついた。

「目が真っ赤じゃないか、雪ん子ちゃん。そんなに泣いたら可愛い顔が台無しだ」
 高原は小春が雪女の子供だということがわかっているらしい。

 大天狗だというこの男なら、雪女を元に戻す手がかりを知っているかもしれない。

「大天狗さま……この子の母親のことなんですが……」
「ああ、その話ならお雪さんから相談を受けた。今日ここに来たのは、お雪さんに呼ばれたからっていうのもあってね。まあ、滞納家賃の支払いついでに寄ったんだけど」

「滞納家賃って、もしかして入居したあやかしたちのですか……」
「そうだよ。連帯保証人だからね、僕」
「本当に支払ってるんですね……」
「当たり前だよ。約束は守らないとね。それで……なんだったかな」

「おかあさんのこと!」
 小春が真剣なまなざしを高原に向けている。
「ああ、そうそう。消えた雪女についてだね。結論から言うと、元の姿には戻れる」

 小春の目が輝いた。だが、それは長く続かなかった。
「ただ、それがいつになるかはわからない。君たちが天寿を全うするまでに間に合うかどうかさえも」

 難しい言葉だったが、いつ帰って来るかわからない、ということを理解したらしい小春は、再びうつむいてしまった。

「雪女というのは、狐や狸みたいな動物のあやかしとは違って、そもそも肉体を持たない。それはとても不安定で弱い存在なんだよ。実体を持つには時間がかかる」

「何か方法はありませんか。なるべく早く戻れるような方法が」
 小春と武史は、できることなら今すぐにでも帰ってきてほしいと願っているのだから。

「君は、雪を降らせることができるかい?」

 悠弥は一寸思考を巡らせてから、黙って首を横に振った。

「雪女は、雪から魂が生じたものだ。長い年月をかけて、積もっては溶け、大地に染み入り、そしてまた雪となる。そうした輪廻のなかで生まれる」

「人工降雪……とかじゃダメなんでしょうね、やっぱり」
 話にならない、とでも言うかのように高原は半眼でかぶりを振る。

「魂が生まれ、実体を持つというのは、一朝一夕にできるものじゃないんだ。残念だけど、人やあやかしがどうこうできるレベルの話じゃあないよ。僕でさえもね」

「待つしかないってことですか……」
 沈んだ空気の中、小春が鼻をすする音がする。見れば再び目に涙をいっぱい溜めた小春が、唇を噛み締め、嗚咽を漏らしはじめている。
 悠弥は自分にぴったりとくっついた小春の肩にそっと触れた。

「でも、希望はあるよ。今の話は雪女が最初に生まれるときのことだ。一度生じた魂は簡単に消えたりはしない。それも、他者とのつながりを持った魂だ。その力がどれほどのものか、これは計り知れない。なにより、彼女自身が帰りたがってるようだ。だから、もしかしたら……ということもありうる」

 早くに戻れる可能性もある、ということだろうか。
 だが、それを促す方法があるわけでないのなら、答えは同じだ。待つしかない――。

「元の姿に、戻れるんですね。帰って来るんですね。妻は……春奈は」

 声は応接コーナーの入り口から聞こえた。
 唐突なその声に動じることもなく、高原は静かに答えた。

「やあ、君が雪女の旦那さんか。希望的観測ではあるけど……答えはイエスだよ。大丈夫、君の天寿が尽きたところで魂が消えるわけじゃあない。またどこかで会えるさ。君たちが本当に愛し合っていればね」

 再びニヤリと笑みを浮かべる高原。
「おかあさん、どこにいるの。小春が迎えにいくよ。帰ってきてもらうの」

「どこにもいっていない。お嬢ちゃんのそばにいるよ。今は見えないかもしれないけれど、ちゃんと君たちのそばにいる」
 小春に対しては、優しい態度を崩さない。

「どうして小春に見えないの。見えないなら、いないと同じだよ……」
 ふう、と深く息を吐いて、高原はちらりと武史の方を見やった。

「これは試練かもしれないね。目に見えないものを信じられるかどうか――君たちが本当に、彼女を愛し続けられるかどうか」

「試練……」
 武史の泣き腫らしたその目は、それでも、まっすぐに前を見つめていた。
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