あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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雪女

連帯保証人

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 力になりたいが、悠弥にどうこうできる問題ではないことはわかっている。昨夜聞いた限りでは、春奈を元の姿に戻すことは難しそうだった。

「お気持ちは重々……。知人をあたって、何か方法があるかどうか聞いてみます」

 もしかしたら、山の主である山姫なら何か知っているかもしれない。あとはメゾン江崎の住人たちにも念のため当たっておこう。白蔵主には、颯太が話をしてみると言ってくれた。
 悠弥は自身のあやかし関連人物を片っぱしから思い浮かべた。

「私たちも、もう少し調べてみます。まだ、はっきりと申し上げられることがなくて……申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか」
 遥が、寄せた眉に少しの微笑みを浮かべた複雑な表情を見せた。

 朝霧不動産にはあやかしの知人も多い。悠弥はその情報筋も頼りにしていたが、どうやら今のところ遥にも目ぼしい情報はなさそうだ。
「無理を言ってすみません。こんなこと、他の誰にも話せなくて……。信じてもらえてよかった。どうか、どうかお願いします」
 深く頭を垂れる武史に、なんとも言えない無力感を抱きながら、悠弥も深く礼を返した。

「こんにちは、松本さん。大変でしたね」
 唐突に背後からかかった声は、雪乃のものだ。応接コーナーを出て、こちらに歩み寄る。
 小春のそばにしゃがみこむと、頭を撫で、濡れタオルで顔を拭いた。

「お引越しはどうなさるの?」
 春奈が消えたという話ばかりに意識が行って忘れていた。松本家の引越しはもう次の日曜に迫っているのだ。あと4日ほどしかない。

「予定通り、日曜に。ほとんどの荷造りは終えていたんです。退去の手続きもしてしまいましたから……。土曜の日中には、荷物を搬出する予定です」

 予定外のことが起きても、日常は待ってくれない。武史はすでに転勤先のこの町で仕事を始めてしまっているし、引越しも行わなければならないのだ。

「何かお手伝いできることがあれば遠慮なく言ってくださいね。お仕事のお休みは取れましたか? ご主人がお仕事のあいだ、小春ちゃんのことは大丈夫ですか」
 これから向き合わねばならない、春奈のいない日常へと武史をさりげなく誘っていく雪乃。

「とりあえず、明日までは引越し準備で休みを取ってあるんです。そのあとのことは、まだ……。夏休み中に春奈が小春の幼稚園を探すつもりだったので……」

 言われてみれば、小春はまだ一人で留守番をさせるには幼い。武史が仕事に出てしまえば、小春はひとりぼっちになるのだ。
 武史の仕事のことを考えたら、夜まで預かってくれる保育園を探す方が良いだろうと雪乃が提案し、遥がネットで近所の保育園をリストアップしはじめた。
 会社や友人には、春奈の実家の母親が倒れたため、妻は介護にいかなければならなくなったと伝えてはどうかとも提案する。

「いつになるかはわからないけれど、春奈さんが帰ってきたときのために、自然に戻れる状況を整えておいたほうがいいでしょうから」
「何から何まで……ありがとうございます」

 リストアップした連絡先から、知り合いが働いているところがあると、雪乃が早速連絡を取り始めた。
 手持ち無沙汰になった悠弥がふと後ろを振り向くと、応接コーナーにいたスーツの男がこちらに向けて手招きしていた。
 歳の頃は悠弥より少し上くらいだろう。若手の営業マンのようにも見えるが、雰囲気が営業マンのそれとは違う。貫禄というのだろうか。
 悠弥が歩を進めるのを確認すると、男は応接コーナーに戻っていった。

「失礼します。何かご用でしょうか」
 パーテーション横で一礼してソファのほうへ。

「君が東雲くんだね。会いたかったよ」
 男はニヤニヤとした笑みを湛え、向かいのソファをすすめる。
 よくよく見れば、ビシッと決まったスーツも高級そうだ。どこかの物件のオーナーだろうか。

「山姫さんから話を聞いてね。一度君に会ってみたいと思っていたんだ。会えてよかったよ。いやぁ、やっぱり僕は運がいい」
 開口一番、あやかしの名が飛び出した。

「それはどうも……山姫さま……というと……」
「おっと失礼……」
 懐から名刺入れを取り出す男。悠弥は慌ててデスクに戻り、名刺を手に応接コーナーに戻る。

 松本と雪乃たちは保育園の入園についての話を始めているようだ。悠弥と同じく手持ち無沙汰になったらしい小春が後ろについてきてしまう。
 小春は中には入らず、パーテーションの陰に隠れてこちらの様子を伺った。

 スーツの男は高原覚たかはらさとると名乗った。名刺には名前と携帯番号しか書かれていない。

「仕事は会社をいくつかやっている実業家ってところかな。今日は定休日だって聞いていたからね。君に会えるとは思っていなかった」
 心底嬉しそうな様子で高原は再びソファに腰を下ろし、悠弥の名刺をすぐに名刺入れに仕舞った。

 悠弥は高原の名刺を自分の名刺ケースに乗せ、テーブルに置く。
「山姫さまのお知り合いなんですね……」
 店表に聞こえないよう、声のトーンを抑える。
 高原もそれに合わせるように、テーブルに身を乗り出すようにして答えた。

「君が作った祠、ああ見えて山姫さんも気に入っているみたいだ。彼女と時雨さんの動向は僕も気になっていたから、丸く収まってなによりだった。君のお手柄だよ」

 以前、朝霧不動産に訪れた雨女――時雨のことも知っているらしい。この男は一体何者なのだろうか。

「失礼ですが……あなたは一体……」
 この様子だと、高原自身もあやかしなのかもしれない。悠弥は慎重に言葉を選ぶ。

 高原は口端に浮かべた笑みをより一層、にやりと釣り上げる。
「ああ、僕? 僕は古くから朝霧さんと付き合いがあってね。知っているだろう? 『木の葉払いで保証人は大天狗』って合言葉」
「ええ、もちろん」

 あやかしが家を借りるとき、大昔は木の葉を化かしてお金に変えていたことがあったらしい。そして、形式上の連帯保証人は、あやかしたちを取り仕切るという大天狗の名を借りる。そんな事情からできた合言葉だと、最初に遥から教わった。

「その大天狗っていうのが、僕のことなんだ」

 さらりと述べられた真実に思考が混乱する。
「え? えぇっ?」
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