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七海澄香

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幽霊

助けて

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 部屋の真ん中に置かれたローテーブルを4人で囲むようにして席に着く。
 太助はご丁寧に4人分の茶を用意して、それぞれの前に差し出す。模様も大きさもバラバラのマグカップだった。

「あ、これ、ポイントを貯めるともらえるやつですね。かわいい……!」
 遥のところに置かれたのは、シールを集めるともらえる、クマのキャラクターのマグカップだ。

「ほんとだぁ! このクマかわいいよね!」
「前の職場のおばちゃんが集めていて、僕にくれたんですよ」

「玲子さんもお好きなんですね」
「まあね! ほんとはこのクマの相棒のトリの方が好きなんだけど」
「奇遇です、私もトリさん好きなんですよ」

 マグカップの絵柄で盛り上がってはみたものの、相手は見えないままである。どこに視線を合わせたら良いかわからぬまま、玲子がいると思われる場所に向けて微笑む。

「あたしたち、気が合いそうね。ねえ、あなた名前は?」
「遥です。朝霧遥」
「遥ちゃんね! いい名前だわ。よろしく。君は?」

 悠弥に聞いているのだが、当の本人は小首を傾げてこちらの様子をうかがっている。何か問いかけられたことはわかったらしいが、どうやらはっきりとは聞き取れなかったようだ。

「悠弥さん、お名前はって、玲子さんが」
「あ、ええっと……東雲悠弥……です」

 悠弥もどこに目線を合わせたものかと悩んだようだが、玲子のために出されたマグカップのあたりに視線を落としている。

「悠弥くんね。よろしく。って言っても、やっぱり私の声、ちゃんと聞こえてないみたいだね」
 どことなく寂しげに玲子の声が響く。

「一般に幽霊の声が聞こえる人は稀ですから……」
 仕方ないことだ、と伝えたかったのだが、玲子は思わぬところに反応した。

「幽霊か……。ねえ、私ってやっぱり幽霊なの? 私、やっぱり死んじゃったのよね……?」

 なんと答えたものだろうか。唐突の事故や病で亡くなった者の中には、その事実を受け入れられず、現世を彷徨うものもいる。

「玲子さん、あなたは……いつからここに居るのですか?」

 明確に答えることは避け、玲子に事情聴取をしてみることにした。
 太助は遥と玲子のやりとりを静観しつつ、悠弥に玲子の反応を耳打ちしている。

「いつから……ねぇ。気づいたらこの調子で、お腹も空かないし、眠くもないんだもの。時間の感覚なんてよくわからないわ」

 最後は吐き捨てるようにそう言って、玲子は黙り込んだ。
「そうなんですね……。この家に来た人は、太助さんで何人目か覚えていますか?」

「そうね……太助くんで3人目、かな。一人目は荷物だけ置いて、ほとんど家にいなかったわ。いつの間にか荷物もなくなって、しばらくしたら女の子が来て。なんとか話をしようと思って話しかけたんだけど、気付いているのかいないのかって感じで、すぐにいなくなっちゃった。それからけっこう間があいて、君が来たの」

 おそらく、玲子は太助の方を向いているのだろう。太助も玲子がいると思しき空間を見つめている。
 悠弥は太助とその空間とを交互に見て、会話が止んだタイミングを見計らっていたのだろう。

「なんて?」
「いつからここにいるのかは覚えていない、ここに住んだのは僕で3人目だそうです」
 悠弥の質問に太助が答えた。

「1人目はおそらくダミーの入居者ですね。ほとんど家に帰らなかったそうですから」
「玲子さんはこの部屋で……その……」
 悠弥が語尾を濁した。本人の前でストレートに「死んだ」とは言いづらい。

「おそらく、そういうことだと思います。まだ断定はできませんけれど……事故物件として扱われたのかと」

 事件や事故などで人が亡くなった部屋を事故物件と呼ぶ。
 部屋が事故物件になってしまった場合、入居前にその事実を告知しなければならない。事故物件は正規賃料での入居希望者は皆無に等しいし、破格の家賃で入居者を募ったとして、それが長期入居になるとオーナーの資金繰りが辛くなる。

「どういうことですか?」
 今度は太助が悠弥に問う。

「1人目の入居者は、事故物件の告知義務をなくすために、不動産業者の関係者が借りたのかもしれないってことです。太助さんには事故物件であるという説明はなかった。ということは、その前に入居者がいて、年単位で賃貸していた可能性が高いんです」

 事故物件の告知義務がなくなる条件は、最近ガイドラインが制定され、賃貸では死の発覚から3年が経過した場合となっている。

 しかし、これまでは定義が曖昧であったため、不動産業者によっては、自社の社員や知人を契約者として書面上入居させ、1、2年経った後に解約し、その後の入居募集時には事故物件であることを告知しないという方法を取っていた。

 限りなくグレーな方法ではあるが、事故物件に対処する常套手段であった。

「つまり、私はここで死んだってこと?」
 玲子が単調な声を出す。

「まだ断定はできませんけれど、そうかもしれない……というお話です」
「ねえ、私、もう戻れないの?」

 生者の世界に、ということなのだろう。
 嘘をつくわけにもいかず、遥はゆっくりと頷いた。

「じゃあさ、代わってよ」
 声のトーンが落ちている。重く湿った声。

「あなたの体、私にちょうだい」

 耳元で響く低い声に、遥は思わず身震いした。

「あはははは、冗談よ、冗談」

 ブラックジョークにも程がある。
 思わず止めていた息をゆっくりと吐き出した。

「それは冗談だけどさ。この状況なんとかならないのかな。私、ずっとこのままここに居なきゃいけないの?」

 死んだ人間の魂が幽霊となって留まってしまうのには、何かしら理由があるようだ。
 本来なら、仏教でいうところの成仏という状態になるのが理想なのだが。

「亡くなった方が現世から離れられない理由は様々ですが、玲子さんの場合は……御自分が亡くなってしまった、という自覚がないというのも、理由のひとつかもしれません」

「でも、おかしいってのは分かってたわよ……」
 誰に話しかけても答えてもらえず、自分の部屋と思っていた場所は空っぽになり、別の誰かが入居してきた。そんな状況がずっと続いていたという。

「いい加減気づくわ。ああ、私はもう生きてないんだって。納得はできないけどね」

「成仏する、という状態になれば良いのですけれど……。そのためには、もう少し調査する必要がありそうですね」

 玲子は自分が死んだことや、その状況を把握していない。まずは己の死を理解し、そして自身をこの世に繋ぎとめるものが何なのかを解明することだ。

「ねぇ、出会ったばかりでこんなこというのはなんだけど……。私の頼み、聞いてくれるかしら」

 次の言葉は、遥が予想していたのと同じものだった。

「私を助けて」
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