あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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幽霊

玲子

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 遥が悠弥と一緒に太助の部屋に向かったのは、その日の夕刻だった。

 自分には幽霊が見えなくてどうしようもないから、と悠弥が協力を求めて連絡をしてきたのだ。

「悠弥さんには全く見えなかったってわけですね」
 太助の家に向かう車の助手席で、遥は苦笑いを浮かべた。

「まあ、予想はしてましたよ……。俺には見えないんじゃないかなーってことは」
「幽霊はあやかしよりも不安定で、掴みどころのない存在ですからね」

 なんとはなしに言った言葉だったが、悠弥には引っかかったらしい。

「幽霊とあやかしって、何が違うんですか?」

 よく聞かれることなのだが、この手の質問に遥はいつもこう答えている。

「簡単に言ってしまうと、幽霊はもともと人間だったものです。人が死んで、肉体が無くなり、魂が残った状態ですね。普通は現世に留まることはないんですけれど、未練があったりすると現世から離れられない、ということが起こります」

 悠弥はへぇ、と声を漏らし、チラリとこちらに目を向けた。

「遥さんは幽霊が見えるんですね……」

「見えるものと見えないものがありますよ。はっきり見えるというよりは、ふと感じる……ということの方が多いですね」

 幽霊はその全てが見える、感じられるというわけではないのだ。
 もしも幽霊の全てが見えてしまうなら、街を歩くことさえ、はばかるだろう。稀にそういう能力を持つ人もいるが、ひたすらに大変そうである。

「俺、なんかまた世界観が変わりそうです……」

悠弥はあやかしの世界に触れてまだ数ヶ月だ。その間にも、普通ならありえないことを既に幾つも経験している。

 つい先日も、一緒に怖い思いをした。それでもこの仕事を続けていてくれるのだから、本当にありがたい。

「ふふ、まあ……こういう特殊なお仕事をしていると、そういうことに出会う確率も高いですからね。慣れですよ、慣れ」

 特殊な仕事とはいうが、外面的には小さな不動産会社の賃貸部門である。時折、あやかしたちに賃貸物件を紹介するという仕事が舞い込む。

 朝霧不動産は古くから、人間社会で暮らし始める新米のあやかしたちに部屋の斡旋をしてきたという隠された歴史があるのだ。

「きっと太助さんとその幽霊さんは、何かしら通じるものがあるのでしょうね」
「通じるもの、ですか……」

 車がマンション近くのパーキングに入る。マンション敷地には来客用駐車場がないのだろう。悠弥の後に続き、太助の部屋を訪ねる。

 インターホン越しに悠弥が名乗ると、返答はないが、オートロックの自動ドアが開いた。悠弥と顔を見合わせ、エントランスを抜ける。エレベーターで3階へ上がり、太助の部屋のチャイムを鳴らすと、中から叫びにも似た太助の声が聞こえてきた。

「だからっ、勝手に開けないでくださいって! 不審者だったらどうするんですか!」

 玄関の外からでもはっきりと聞き取れるほどの大声だ。
 ドスドスと近づいてくる足音に続いて、がちゃりと鍵を開ける音。ゆっくりとドアが開く。

「ああ、やっぱり東雲さんでしたか……。朝霧さんも来てくれたんですね。ありがとうございます、どうぞ……」

 疲れきった顔の太助が部屋の中へ二人を呼び込んだ。

(誰かいたみたいだけれど、もしかして……)

 背後で悠弥が後手に玄関ドアを閉めた。遥は太助の後に続いて廊下を歩く。

 設備、壁紙、全体の雰囲気。さりげなく部屋の状態をチェックしていると、後ろの悠弥がクスクスと笑っていた。やはりこれは不動産屋の職業病なのかもしれない。

「素敵なお部屋ですね」

「そうでしょう? 綺麗に使ってたのよ、私」
 後ろから声が聞こえた。

「え?」

 奥の洋室に足を踏み入れた瞬間だった。
 振り向いた先で悠弥がきょとんとした顔をしている。

「いや、俺じゃないですよ」
「私でもないです……」
「私よ」

 確かに聞こえる。
 遥は悠弥との間の空間をじっと見つめる。ちょうど人が一人いてもおかしくない程の空間だ。

「そこにいらっしゃるんですか?」
「いるわよ、ずっと」

 遥の呼びかけに、何者かが答えている。
 太助もその空間をちらりと見て、深くため息をついた。

「ややこしいからやめてくださいよ、玲子さん……」
「いいじゃない、ここは私の部屋だもの」

 どこかぼやけたような音だが、だが確かに声がした。
 挙動不審な様子から察するに、どうやら悠弥にも聞こえているみたいだ。

「誰か……喋ってますよね?」
 悠弥の問いに、こくりと頷いて返す。

「私にもお姿は見えないのですが、お声は聞こえていますよ。玲子さんとおっしゃるんですね」

「あら、嬉しい。私と話せる人が二人もいるのね!」

「あ、俺も……なんとなく……」
 悠弥が自信なさげに進言する。玲子が何か言っているということは、悠弥にも分かるらしい。

「君、さっきは全然気づいてくれなかったわよね」
 玲子と思しき声はそう毒吐いた。

「すみません……。でもなぜか今はなんとなく……」

「もしかしたら、私と一緒にいるからかもしれませんね。霊感が強い人と一緒にいると、周りの人も感じやすくなるっていうじゃないですか」

 玲子がふうん、と言ったのがわかった。

「とにかく、少し話し合いましょうか。太助さんも困っていらっしゃるみたいですし」
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