あやかし不動産、営業中!

七海澄香

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幽霊

本当の事情

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 全員が黙って遥の話に耳を傾けた。玲子がどんな様子でその話を聞いているのかわからないが、彼女も言葉を発することなく、じっと聞いているのだろう。

「およそ3年前、この部屋で女性の遺体が発見されました。突然死で、死後1日もたっていなかったそうです」
「つまり……殺人や自殺ではなかった、ということですね」

「はい。そうなります。どうも心臓疾患のようだと……」
「倒れてからすぐに発見されたってことですね」

 死後、発見までの日数によっては、遺体が腐敗してしまう。場合によっては、特殊清掃が必要なまでの状態になる。そうなれば、部屋は事故物件として扱わざるを得なかっただろう。

「ええ。知人の方が、玲子さんと連絡が取れないことを不審に思って訪ねてきたようです。その方が誰なのかまでは、さすがにわかりませんでしたが」

 だれからともなく、深いため息が漏れた。それは玲子のものだったのかもしれない。
「つまり、事故物件として扱う対象にはなっていなかったんです。売買契約上は念のためと、現オーナーには知らされたようですけれど」

 他殺や自殺ではなく、病死などの自然死の場合は、告知義務に該当しない。
 とはいえ、ほとぼりが冷めるまではと、しばらくの間は不動産業者の関係者が賃借人になっていたようだ。

「現オーナーの所有になった際に正規賃料での募集を再開したようです。そのとき新たに住み始めたのが女性の入居者さんでした。でも、その方がどうも部屋の様子がおかしい、と訴えてきたそうで……」

 その訴えというのが、幽霊が出る、という話だった。
 他に誰もいないはずなのに、気配がしたり、部屋の電気やテレビが勝手についたり消えたりするという不思議なことが続き、きわめつけに時折女性の声のようなものが聞こえたという。

 太助が、玲子がいるらしい場所に視線を向け、何かを聞いている。

「その女の人、随分だらしない生活をしていたそうで、玲子さんはそれを正そうと声をかけていたそうです。テレビや電気も、つけっぱなしで寝ていたから気を利かして消したって」

 悠弥にそう通訳し、苦い笑みを浮かべた。

「物体には触れられなくとも、電気関係にはリンクしやすいですからね……」
 遥も苦笑いを浮かべる。

「でもそんなことしたら、そりゃ気味悪がられますよ」
 悠弥の言葉を受け、太助が口を尖らせて拗ねた顔をしてみせる。玲子がそんな表情を浮かべているということらしい。

「当時この部屋を管理していたのは、別の不動産屋でした。今回太助さんを仲介した不動産屋では、この部屋で誰かが亡くなったということは把握していなかったようです。今回、貸主に問い合わせて、はじめて死亡案件が判明したというわけです」

 これで、玲子がここで亡くなったことがはっきりした。そして、その時期も。
 太助と遥が同じ方向を見て、じっと黙りこむ。玲子が何か言っているようだ。

「そうですね。自殺や他殺でなくて……よかったです。もちろん亡くなってしまったという事実は……残念ですけれど」

 遥が静かにそういうと、かすかに笑い声が聞こえてきた。
 玲子の声だろう。

「辛気臭い顔するなって、言っています」
 太助にそう言われ、悠弥はどんな顔をしていいのかわからなくなり、余計に眉間にしわを寄せた。

「あ、それからもうひとつ、大事なことがわかりました。名前です。佐々木玲子。それがあなたのフルネームです」
 佐々木玲子……。噛みしめるように呟く声が聞こえた気がした。

「玲子さんの名前、そしてこの部屋に住んでいて……亡くなってしまったということ。時期はおよそ3年前。他にも何か、わかったことはありますか」

 急かすように聞く太助に、遥はゆっくりとかぶりを振る。
 もう少し情報がほしいところだが、遥の表情から察するに、ここではっきりと言えることは他になさそうだった。

「……いえ、これくらいです。今のところは……」
「そうですか……。ありがとうございます。おかげで少し、安心しました」

 この部屋で凄惨な事件があった、などということはなさそうだ。だがそうなると、玲子がなぜ成仏できないのか、という問題が残る。

 死亡したという事実は確かになったが、自身が死んでいることは、玲子もすでに承知しているのだ。他に何か、現世に留まる理由があるはずなのだが……。

「もう大丈夫です。今は事実さえわかれば、それで。お二人にこれ以上、手間をかけさせるわけにもいきません。あとは僕たちで、ゆっくりやっていきます」

「でも、まだ玲子さんが成仏するために必要な情報はほとんど……」
 悠弥の言葉を遮るように、太助が言葉を返す。

「いいんです。玲子さんも自分のことを思い出そうとしていますし、ゆっくり思い出して、解決方法が見つかればいい。玲子さんも、それで……いいですよね」

 玲子が同意したのだろう。太助がふっと笑みをこぼした。
「でもまた、困ったことがあったら……相談させてください」

「そんな……」
 言いかけた悠弥を、今度は遥が静止した。

「わかりました。もちろん、これからも協力しますからね。何かあったら、すぐに知らせてくださいね」




 太助の部屋を出たあと、下りのエレベーター内で悠弥が遥に問いかけた。
「他にも何かわかったことがあるんですね?」

 あら、と遥は驚いた顔をみせた。
「珍しく察しがいいですね。そう……さすがに玲子さんにいきなり告げるのはちょっと気がひけることで……」

 遥が太助の部屋に入ってきたときから、どこか浮かない顔をしていたことには気づいていた。

「悠弥さんが気づくってことは……あの二人も、何か隠しているって気づいていたかもしれませんね」
 遥が憂鬱そうな目をこちらに向けて続けた。

「玲子さんが亡くなったあとの話です。部屋で発見されたあと、連帯保証人になっていたご家族に連絡を取ったそうですが……遺体の引き取りを拒否されてしまったそうなんです」

「拒否? 家族が?」
 思わず顔をしかめた。

「両親は離婚していて、連帯保証人になっていたのは親権者である母親だったそうです。その母親は、当時すでに別の男性と再婚していたらしく、玲子さんとは事実上の絶縁状態だったみたいです」

 エレベーターが1階に着き、駐車場までの道を並んで歩く。
 引き取り手がない遺体は、最終的には自治体が引き取って火葬することになる。おそらく玲子の遺体も市が引き取って手続きをしたのだろう。

「こんなお話だったので、ご本人にお知らせするにはちょっと……言い出しづらくて」
「たしかに……。その辺の事情は、太助さんと相談しながら追々話しましょう」 

「今回入居したのが太助さんでよかったかもしれませんね。ちょっと難儀ですけれけど、これをきっかけに玲子さんが無事にこの世を離れることができるかもしれません」

 しかし、太助には手出し無用といわれている。遥もあのときはあっさりと引き下がり、二人に任せるつもりのように見えた。

「玲子さんが自然に思い出すのを待つつもりですか」

「ええ。玲子さんの様子が明確にわかるのは、太助さんだけです。きっと、今はまだ事実を突き付けて解明するという段階ではない、と判断したのかと。太助さんなりの、彼女への配慮でしょう。とはいえ、こちらはこちらで調べを進めつつ、伝えるべきタイミングを計るつもりです。それに……」

「それに?」

「もしかしたら、忘れたくて忘れている……という可能性もあるんじゃないかと思うんです」
 そう言って遥は神妙な顔をした。
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