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幽霊
眠り猫
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美琴から着信があったのは23時過ぎだった。
『今から歌小屋これる? 遥が大変なんだけど!』
「遥さんが? どうした?」
『酔い潰れて寝ちゃったの! あたしバイクだから送れないし、一人でタクシー乗せるわけにもいかなくて』
遥が酒を飲むなんて珍しいこともあるものだ、と思ってから、ふと思い当たる。
(あれがもし、明日のデートの誘いだったなら、無下に断ったことになるか……)
「わかった、すぐ行くよ」
罪滅ぼしの意味もこめて、迎えに行くことにする。悠弥はデスクを片付けていた手をとめて、上着を羽織った。
悠弥の自宅から店までは車で15分ほどかかる。
深夜の時間帯になり、道を行く車も少ない。幸い信号を待つこともなく、歌小屋にたどり着いた。
クローズの看板が下がっているが、鍵はかかっていなかった。閉店時間を過ぎた薄暗い店内で美琴が待っていた。
「あ、やっと来たね」
「下手すればもう寝てる時間だよ。これでも急いで来たんだ。それで……遥さんは?」
美琴の姿はあれど、肝心の遥が見当たらない。
美琴は困ったような笑顔を浮かべて、ソファ席の方を指差した。
背もたれで見えないが、酔い潰れてソファで寝てしまったのだろう。
悠弥はソファ席を覗き込む。
「なっ、え……っ?」
ソファの上で無防備に、白い猫が体を伸ばして眠っていた。
「だいぶ酔ってるなーと思ってたら、猫になって寝ちゃったんだ。全然起きないの」
悠弥が猫の姿になった遥を見るのは久しぶりだった。すらりとした綺麗な白猫である。
美琴がこの姿を見てもそれほど動揺しいていないということは、既に本人から真実を聞いたのだろう。
「遥さん、美琴にも話したんだ、自分のこと」
「うん、聞いた。まぁ、なんとなくわかってたけど、まさか猫だったとはね」
美琴はしゃがみ込んで、猫の喉のあたりをさすりつつ微笑んだ。
「言えたんだな、ちゃんと」
悠弥も白猫の頭を撫でた。グルグル、と喉を鳴らす音がする。
「で、こんな状態だから困っちゃって。連れて帰ってくれない?」
「いいけど……今夜は確か遥さんの家、誰もいないんだよ。社長たち出張で」
店の合鍵は持っているが、泥酔状態の遥を一人店に置いて帰るわけにもいかないだろう。
「じゃ、悠弥の家に泊めてあげなよ」
「なっ、それは……さすがに……」
「いいじゃん、猫を預かると思えば」
「美琴の家の方がいいんじゃないか? 女同士なんだし……」
美琴も悠弥と同じアパート、メゾン江崎に住んでいる。
「それに、美琴も飲んでたんだろ? 一緒に俺の車に乗っていけよ」
「ううん、あたしのはノンアルビールだったから大丈夫。まだちょっと残って練習していきたいし」
言ってステージのピアノを指差す。
「遥さんに付き合うフリしてたってわけか」
「ふふ、まあね。なんか話したそうだったからさ」
悠弥はふう、とため息を漏らしながら遥を軽く揺さぶった。
「遥さん、起きてくださいよ」
「ふにゃぁ……」
小さく伸びをするが、眠ったままだ。
「無駄だよ、抱っこしてモフっても起きないもん」
「モフったって……」
「そりゃするでしょ、こんな可愛い猫がいたら」
「中身は遥さんなんだから……」
「あたしはそんな遠慮しませーん」
言って美琴は笑った。
「遠慮しすぎなんだって、二人とも。思いやる気持ちはわかるけどさ」
遥は他に、どんなことを美琴に話したのだろう。
「遥さん、何か言ってたのか、俺のこと」
「それはナイショ。秘密の女子トークだもん」
美琴が紙袋を差し出した。
「これは?」
「遥が着てた服。持っていって。じゃないと目が覚めたら裸になっちゃう」
「あぁ、服までは化かせられないのか……そりゃそうか……」
納得しつつ、紙袋を受け取る。服にしては妙に重い。中を覗くと、丁寧に畳まれた遥の服と、カールスバーグのボトルが2本入っていた。
「それ好きでしょ、悠弥。お駄賃」
美琴は、こういうところに気を遣う。
「サンキュ。ありがたくいただくよ」
うん、と言って美琴が白猫の遥を抱き上げた。
助手席に乗せても、遥は眠ったままだ。美琴が静かにドアを閉めた。
「ありがとね。あ、そうだ、来週の土曜日ここでライブするから、予定空いてたら来てよ」
美琴は自身もシンガーソングライターとして活動している。歌小屋でのライブは久しぶりだ。
「土曜な。了解。空けとく」
「うん……あのさ、悠弥……」
悠弥が運転席のドアを開けたところで、美琴が呼び止めた。
「ん?」
振り向いて、美琴の次の言葉を待つ。
「ううん……なんでもない。後よろしくね。おやすみ」
「ああ、おやすみ。美琴も気をつけて帰れよ」
『今から歌小屋これる? 遥が大変なんだけど!』
「遥さんが? どうした?」
『酔い潰れて寝ちゃったの! あたしバイクだから送れないし、一人でタクシー乗せるわけにもいかなくて』
遥が酒を飲むなんて珍しいこともあるものだ、と思ってから、ふと思い当たる。
(あれがもし、明日のデートの誘いだったなら、無下に断ったことになるか……)
「わかった、すぐ行くよ」
罪滅ぼしの意味もこめて、迎えに行くことにする。悠弥はデスクを片付けていた手をとめて、上着を羽織った。
悠弥の自宅から店までは車で15分ほどかかる。
深夜の時間帯になり、道を行く車も少ない。幸い信号を待つこともなく、歌小屋にたどり着いた。
クローズの看板が下がっているが、鍵はかかっていなかった。閉店時間を過ぎた薄暗い店内で美琴が待っていた。
「あ、やっと来たね」
「下手すればもう寝てる時間だよ。これでも急いで来たんだ。それで……遥さんは?」
美琴の姿はあれど、肝心の遥が見当たらない。
美琴は困ったような笑顔を浮かべて、ソファ席の方を指差した。
背もたれで見えないが、酔い潰れてソファで寝てしまったのだろう。
悠弥はソファ席を覗き込む。
「なっ、え……っ?」
ソファの上で無防備に、白い猫が体を伸ばして眠っていた。
「だいぶ酔ってるなーと思ってたら、猫になって寝ちゃったんだ。全然起きないの」
悠弥が猫の姿になった遥を見るのは久しぶりだった。すらりとした綺麗な白猫である。
美琴がこの姿を見てもそれほど動揺しいていないということは、既に本人から真実を聞いたのだろう。
「遥さん、美琴にも話したんだ、自分のこと」
「うん、聞いた。まぁ、なんとなくわかってたけど、まさか猫だったとはね」
美琴はしゃがみ込んで、猫の喉のあたりをさすりつつ微笑んだ。
「言えたんだな、ちゃんと」
悠弥も白猫の頭を撫でた。グルグル、と喉を鳴らす音がする。
「で、こんな状態だから困っちゃって。連れて帰ってくれない?」
「いいけど……今夜は確か遥さんの家、誰もいないんだよ。社長たち出張で」
店の合鍵は持っているが、泥酔状態の遥を一人店に置いて帰るわけにもいかないだろう。
「じゃ、悠弥の家に泊めてあげなよ」
「なっ、それは……さすがに……」
「いいじゃん、猫を預かると思えば」
「美琴の家の方がいいんじゃないか? 女同士なんだし……」
美琴も悠弥と同じアパート、メゾン江崎に住んでいる。
「それに、美琴も飲んでたんだろ? 一緒に俺の車に乗っていけよ」
「ううん、あたしのはノンアルビールだったから大丈夫。まだちょっと残って練習していきたいし」
言ってステージのピアノを指差す。
「遥さんに付き合うフリしてたってわけか」
「ふふ、まあね。なんか話したそうだったからさ」
悠弥はふう、とため息を漏らしながら遥を軽く揺さぶった。
「遥さん、起きてくださいよ」
「ふにゃぁ……」
小さく伸びをするが、眠ったままだ。
「無駄だよ、抱っこしてモフっても起きないもん」
「モフったって……」
「そりゃするでしょ、こんな可愛い猫がいたら」
「中身は遥さんなんだから……」
「あたしはそんな遠慮しませーん」
言って美琴は笑った。
「遠慮しすぎなんだって、二人とも。思いやる気持ちはわかるけどさ」
遥は他に、どんなことを美琴に話したのだろう。
「遥さん、何か言ってたのか、俺のこと」
「それはナイショ。秘密の女子トークだもん」
美琴が紙袋を差し出した。
「これは?」
「遥が着てた服。持っていって。じゃないと目が覚めたら裸になっちゃう」
「あぁ、服までは化かせられないのか……そりゃそうか……」
納得しつつ、紙袋を受け取る。服にしては妙に重い。中を覗くと、丁寧に畳まれた遥の服と、カールスバーグのボトルが2本入っていた。
「それ好きでしょ、悠弥。お駄賃」
美琴は、こういうところに気を遣う。
「サンキュ。ありがたくいただくよ」
うん、と言って美琴が白猫の遥を抱き上げた。
助手席に乗せても、遥は眠ったままだ。美琴が静かにドアを閉めた。
「ありがとね。あ、そうだ、来週の土曜日ここでライブするから、予定空いてたら来てよ」
美琴は自身もシンガーソングライターとして活動している。歌小屋でのライブは久しぶりだ。
「土曜な。了解。空けとく」
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