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幽霊
愛の告白
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「それで? 付き合うことになったの?」
あまりにストレートな質問に、遥は口ごもった。
ライブカフェ歌小屋は、夜の時間帯はバータイムになっている。ライブのない日は客もあまり多くなく、落ち着いた雰囲気だ。
太助のマンションからの帰り道、真っ直ぐ家に帰る気になれず、歌小屋にたどり着いた。
「いや、あの……特にそういう話は……」
先客の片付けをしつつ、美琴は遥の話を聞いていた。先日、悠弥に真実を話した時の出来事と、自分が猫又のハーフであると明かしたあと。
「えー? その流れで? ウソでしょ?」
美琴が食いついたのは、遥があやかしとの混血だという事実ではなく、悠弥との関係についてだった。
遥は自分があやかしであると話す時の方が緊張していたというのに、美琴はあっけらかんと「うん、なんとなく気づいてた」と言って笑うだけだった。
肩透かしをくらいつつ、ホッとしたのもつかの間。今度は別の悩みに切り込まれてしまった。
「ほんとに……何もなかったみたいに、いつも通りなんです……」
閉店間近のライブカフェに他の客の姿はない。美琴は呆れ顔で食器を洗っている。
「まったく、二人してどんだけ奥手なんだか」
しばらく食器を洗う音だけが二人の間を流れた。
「遥は……どうしたいの?」
「どう……って……」
「付き合いたいの? 悠弥と」
胸の辺りがつかえて、キュッとする。
「好きなの?」
自分の中で、答えは出ていた。
顔が上気してくるのがわかる。
洗い物を終えて、美琴がこちらを一瞥した。
「顔に書いてあるって、こういうことを言うんだね」
思わず両手を頬に当てた。少し火照ってはいるが、そんなに顔に出ていただろうか。
美琴は小さく微笑んで、入口の看板を掛け替えに行く。時間はラストオーダーの22時半を回っていた。閉店時間は23時だが、客の引きが早かったので、早めに店を閉めるらしい。
厨房にいたマスターもすっかり閉店作業を終えたようで、美琴に戸締りを任せて帰るところだった。
遥はいつも悠弥と座るカウンター席の端で、ノンアルコールカクテルを飲み干した。
「次もノンアルにする? フードは乾き物くらいしか出せないけど」
「いいんですか? もう閉店でしょう?」
「大丈夫、あとはあたしの自由時間だから。閉店後も時々店に残ってピアノ弾いたりしてんの」
それなら、と遥はもう少し居座ることにした。
「たまにはお酒飲んだらいいのに。飲めないワケじゃないんでしょ?」
美琴のおすすめのノンアルコールを出してもらうのが、お決まりのパターンになっていた。
「まあ……飲めないことはないんですけれど……」
「じゃあドリンク奢るから飲みなよ! 帰りは代行呼べばオッケーでしょ。こういう時は飲んで喋るに限るよ」
この心にモヤがかかったような気持ちを吐き出せるだろうか……。
沈黙を了承と取ったのだろう、美琴がジョッキを冷蔵庫から出してくる。
「ビールにする?」
「はい、じゃあ……お願いします」
遥は外で酒を飲むことがない。過去に危うい経験をしてから自重していたのだが……。
(今夜くらいはいいよね……美琴さんと二人きりだし)
今夜は両親とも県外出張で家に帰ってこない。帰宅が遅くなることも問題なかった。
乾杯をして、久しぶりのビールを喉へ流し込む。
「それで、さっきの続きだけど……。遥も悠弥も、ハッキリとは気持ちを伝えてないってことね?」
「そうですけど……でも、私だってそれとなく気持ちを伝えているつもりなんですよ?!」
思ったより語気が強くなり、遥は自分でも驚いた。美琴も目を丸くしている。
「どんなふうに?」
「さっきだって……。私たち、お仕事以外で一緒に外出したことがないんです。仕事終わりにここには来ますけど。お休みの日に会うとか、そういうのがなくて……」
「あー、デートね」
「デっ……そうですね……デート……」
久しぶりのお酒はまわるのが早いのか、顔が火照って仕方がない。
「誘ったの? 意外と積極的だね」
「明日、定休日だから……予定ありますかって聞いたんですよぉ。そしたら、やることがあるって……」
美琴はジョッキを煽ってビールを一気に半分に減らした。つられて遥もぐいっとひと口。
「相手は悠弥だよ? そんな聞き方じゃ伝わってないよ、たぶん。仕事の用事だとでも思ったんじゃない?」
「やっぱりそうですかねぇ?」
「もっとストレートに言わないと」
「で、でも……断られたら気まずいじゃないですかぁ……。私たち、同じ職場で毎日顔を合わせるんですよぅ」
「そっか。悠弥もそう思うところもあるのかな。告白に失敗したら、仕事もしづらくなるかもって」
「そうれすよ……もしも悠弥さんが辞めるなんて言いらしたら……そんなの嫌れすもん……」
「ま、取り越し苦労だと思うけど。お互いに遠慮しすぎなんだよ」
「そんらこといわれてもぉ……いざとなると不安になるんれすよぅ……」
「ちょっと大丈夫? もう酔ってる?」
意識はハッキリしているが、呂律が回っていないようだった。美琴が苦笑いしつつ、おしぼりを手渡した。
「大丈夫れす、おかわりくらさい、おまかせで」
「いいけど……」
カクテルを待つ間、冷えたおしぼりをおでこに当てて火照りを冷ます。
「美琴さんはぁ……何か未練ってありますぅ?」
「なに、急に? 未練?」
「たとえば……今死んでしまったら後悔することとか……」
「うーん、今だと……遥たちの恋の行方を見届けられないことかな」
美琴はいたずらっぽく笑い、ジントニックをカウンターに出す。ライムが爽やかに香った。
ほのかに紅潮した顔で、遥がそれをちびりと飲む。
「もうっ、そうゆーのはいいんれすって」
「あはは。ま、後悔なんて色々あるけどね……でも、死んでまで未練に思うことはないかも。あたしは割と、やりたいと思ったら、すぐ行動しちゃう方だし」
「すぐ行動……れすか……」
遥は話しつつ、ちびちびとジントニックを減らしている。
「あたしの場合は積極的に動かないと、誰もこっちを見てくれないからね。音楽もそうだし、プライベートも。愛情かけてくれる家族もいないし。待ってるだけじゃ、何も与えられないもん」
「そんなこと言わないれくらさいっ。私も悠弥さんもっ、美琴さんのこと愛してますっ」
いきなりの告白に、美琴が口にしていたビールを吹き出した。
「ぶっ……あはははっ、なにそれ、愛の告白? もう……遥、酔いすぎ!」
「えー、本気れすよぉ? 愛っていろんな形があるじゃないれすか」
「んふふ、そうだね。 家族愛とか、友情とかってことね」
「大好きれすよ、美琴さんのこと」
「ありがと。私も、遥のこと大好きだよ」
遥はえへへ、と照れ笑いを浮かべた。
「ねえ遥、愛の告白は、女子からしちゃいけないって法はないんだよ」
「うぇ?」
「今みたいに伝えたらいいのに、悠弥にも」
口を一文字に結んだ顔が、今度は耳まで真っ赤になる。小さく呻くようにして顔を伏せた。
「早くしないと……あたしも遠慮しないよ?」
「……ふぇ?」
「取っちゃうよ、悠弥のこと」
顔を上げて美琴と目を合わせた。美琴は思いのほか真剣な表情で、冗談とは思えなかった。
「それっれ……ろぉいう……」
急に頭を上げたからか、目の前がぐるぐると回りはじめた。
「うにゃ……」
そこで遥の意識は途切れた。
あまりにストレートな質問に、遥は口ごもった。
ライブカフェ歌小屋は、夜の時間帯はバータイムになっている。ライブのない日は客もあまり多くなく、落ち着いた雰囲気だ。
太助のマンションからの帰り道、真っ直ぐ家に帰る気になれず、歌小屋にたどり着いた。
「いや、あの……特にそういう話は……」
先客の片付けをしつつ、美琴は遥の話を聞いていた。先日、悠弥に真実を話した時の出来事と、自分が猫又のハーフであると明かしたあと。
「えー? その流れで? ウソでしょ?」
美琴が食いついたのは、遥があやかしとの混血だという事実ではなく、悠弥との関係についてだった。
遥は自分があやかしであると話す時の方が緊張していたというのに、美琴はあっけらかんと「うん、なんとなく気づいてた」と言って笑うだけだった。
肩透かしをくらいつつ、ホッとしたのもつかの間。今度は別の悩みに切り込まれてしまった。
「ほんとに……何もなかったみたいに、いつも通りなんです……」
閉店間近のライブカフェに他の客の姿はない。美琴は呆れ顔で食器を洗っている。
「まったく、二人してどんだけ奥手なんだか」
しばらく食器を洗う音だけが二人の間を流れた。
「遥は……どうしたいの?」
「どう……って……」
「付き合いたいの? 悠弥と」
胸の辺りがつかえて、キュッとする。
「好きなの?」
自分の中で、答えは出ていた。
顔が上気してくるのがわかる。
洗い物を終えて、美琴がこちらを一瞥した。
「顔に書いてあるって、こういうことを言うんだね」
思わず両手を頬に当てた。少し火照ってはいるが、そんなに顔に出ていただろうか。
美琴は小さく微笑んで、入口の看板を掛け替えに行く。時間はラストオーダーの22時半を回っていた。閉店時間は23時だが、客の引きが早かったので、早めに店を閉めるらしい。
厨房にいたマスターもすっかり閉店作業を終えたようで、美琴に戸締りを任せて帰るところだった。
遥はいつも悠弥と座るカウンター席の端で、ノンアルコールカクテルを飲み干した。
「次もノンアルにする? フードは乾き物くらいしか出せないけど」
「いいんですか? もう閉店でしょう?」
「大丈夫、あとはあたしの自由時間だから。閉店後も時々店に残ってピアノ弾いたりしてんの」
それなら、と遥はもう少し居座ることにした。
「たまにはお酒飲んだらいいのに。飲めないワケじゃないんでしょ?」
美琴のおすすめのノンアルコールを出してもらうのが、お決まりのパターンになっていた。
「まあ……飲めないことはないんですけれど……」
「じゃあドリンク奢るから飲みなよ! 帰りは代行呼べばオッケーでしょ。こういう時は飲んで喋るに限るよ」
この心にモヤがかかったような気持ちを吐き出せるだろうか……。
沈黙を了承と取ったのだろう、美琴がジョッキを冷蔵庫から出してくる。
「ビールにする?」
「はい、じゃあ……お願いします」
遥は外で酒を飲むことがない。過去に危うい経験をしてから自重していたのだが……。
(今夜くらいはいいよね……美琴さんと二人きりだし)
今夜は両親とも県外出張で家に帰ってこない。帰宅が遅くなることも問題なかった。
乾杯をして、久しぶりのビールを喉へ流し込む。
「それで、さっきの続きだけど……。遥も悠弥も、ハッキリとは気持ちを伝えてないってことね?」
「そうですけど……でも、私だってそれとなく気持ちを伝えているつもりなんですよ?!」
思ったより語気が強くなり、遥は自分でも驚いた。美琴も目を丸くしている。
「どんなふうに?」
「さっきだって……。私たち、お仕事以外で一緒に外出したことがないんです。仕事終わりにここには来ますけど。お休みの日に会うとか、そういうのがなくて……」
「あー、デートね」
「デっ……そうですね……デート……」
久しぶりのお酒はまわるのが早いのか、顔が火照って仕方がない。
「誘ったの? 意外と積極的だね」
「明日、定休日だから……予定ありますかって聞いたんですよぉ。そしたら、やることがあるって……」
美琴はジョッキを煽ってビールを一気に半分に減らした。つられて遥もぐいっとひと口。
「相手は悠弥だよ? そんな聞き方じゃ伝わってないよ、たぶん。仕事の用事だとでも思ったんじゃない?」
「やっぱりそうですかねぇ?」
「もっとストレートに言わないと」
「で、でも……断られたら気まずいじゃないですかぁ……。私たち、同じ職場で毎日顔を合わせるんですよぅ」
「そっか。悠弥もそう思うところもあるのかな。告白に失敗したら、仕事もしづらくなるかもって」
「そうれすよ……もしも悠弥さんが辞めるなんて言いらしたら……そんなの嫌れすもん……」
「ま、取り越し苦労だと思うけど。お互いに遠慮しすぎなんだよ」
「そんらこといわれてもぉ……いざとなると不安になるんれすよぅ……」
「ちょっと大丈夫? もう酔ってる?」
意識はハッキリしているが、呂律が回っていないようだった。美琴が苦笑いしつつ、おしぼりを手渡した。
「大丈夫れす、おかわりくらさい、おまかせで」
「いいけど……」
カクテルを待つ間、冷えたおしぼりをおでこに当てて火照りを冷ます。
「美琴さんはぁ……何か未練ってありますぅ?」
「なに、急に? 未練?」
「たとえば……今死んでしまったら後悔することとか……」
「うーん、今だと……遥たちの恋の行方を見届けられないことかな」
美琴はいたずらっぽく笑い、ジントニックをカウンターに出す。ライムが爽やかに香った。
ほのかに紅潮した顔で、遥がそれをちびりと飲む。
「もうっ、そうゆーのはいいんれすって」
「あはは。ま、後悔なんて色々あるけどね……でも、死んでまで未練に思うことはないかも。あたしは割と、やりたいと思ったら、すぐ行動しちゃう方だし」
「すぐ行動……れすか……」
遥は話しつつ、ちびちびとジントニックを減らしている。
「あたしの場合は積極的に動かないと、誰もこっちを見てくれないからね。音楽もそうだし、プライベートも。愛情かけてくれる家族もいないし。待ってるだけじゃ、何も与えられないもん」
「そんなこと言わないれくらさいっ。私も悠弥さんもっ、美琴さんのこと愛してますっ」
いきなりの告白に、美琴が口にしていたビールを吹き出した。
「ぶっ……あはははっ、なにそれ、愛の告白? もう……遥、酔いすぎ!」
「えー、本気れすよぉ? 愛っていろんな形があるじゃないれすか」
「んふふ、そうだね。 家族愛とか、友情とかってことね」
「大好きれすよ、美琴さんのこと」
「ありがと。私も、遥のこと大好きだよ」
遥はえへへ、と照れ笑いを浮かべた。
「ねえ遥、愛の告白は、女子からしちゃいけないって法はないんだよ」
「うぇ?」
「今みたいに伝えたらいいのに、悠弥にも」
口を一文字に結んだ顔が、今度は耳まで真っ赤になる。小さく呻くようにして顔を伏せた。
「早くしないと……あたしも遠慮しないよ?」
「……ふぇ?」
「取っちゃうよ、悠弥のこと」
顔を上げて美琴と目を合わせた。美琴は思いのほか真剣な表情で、冗談とは思えなかった。
「それっれ……ろぉいう……」
急に頭を上げたからか、目の前がぐるぐると回りはじめた。
「うにゃ……」
そこで遥の意識は途切れた。
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