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2章
ギースの香り
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俺たちがオルタにたどり着くと、街は以前よりずいぶんと人間の住処らしくなっていた。
荒れていた農地や放牧地も全体的に整えられ、瓦礫はほぼ取り除かれ、物流が成り立てばもう普通の生活ができそうに見える。
しかし、もちろんそう簡単にはいかない。
ヴィアラントと隣接し、敵対関係にある限り、ここは安寧の土地になり得ないのだ。
オルタは今この瞬間も、危険に晒されている。
急いで向かった領主の館の跡地には、急ごしらえのわりには大分しっかりとした大きな作戦本部が建っていた。
その入り口をくぐった俺たちを、少し憂いを帯びた金髪美形が出迎える。
「巧斗さん! ミュリカ! 来てくれたんだね、助かるよ」
「……ギース兄様、ずいぶんお疲れのようね。ジョゼもそんな感じ?」
「そうだね、ちょっといろいろあって。ジョゼ魔道士はほぼ不眠不休だ。でも君たちが来てくれたなら少し楽になるよ」
「そっか、忙しいのかあ……。でもジョゼに舞ちゃんのこと話したいのよね」
「舞ちゃんって、そっちの子? こんにちは、初めまして。ミュリカのお友達かな?」
「はわわ……マジもんの金髪碧眼の超絶美形……これは眼福……!」
ギースに話しかけられた舞子は目を輝かせ、鼻息を荒くしている。そういや彼女はギース見たさにここについてきたんだったか。
「彼女は私があっちの世界にいた時の友達なの。元々はヴィアラントに落ちたんだけど、アイネルに逃げてきて……」
「ああ、もしかしてこの子がバラルダで保護された子か。ロバートから報告が来ている。ミュリカと巧斗さんを頼って来たとジョゼ魔道士に聞いてたけど、知り合いだったんだね」
「は、初めまして、相賀舞子といいます! 超美形の優男かあ……萌ゆる……」
女の子を前にしたギースは紳士然とした博愛主義者の王子様だ。
しかしその視線がこちらに向くと、途端にその雰囲気が変わる。先日の一件のせいで何となく気まずくて会話に入らなかった俺に、彼は蕩けるような笑顔を向けた。
「来てくれて嬉しいです。本当に会いたかった、巧斗さん。先日はごちそうさまでした。今日も食べてしまいたいくらい良い香りですね」
ごちそうさま、という言いぐさに、つい頬が熱くなってしまう。
「そ、その言い方やめて下さい」
「ああ、照れた顔も可愛らしい。今すぐ抱きしめたいなあ」
「ちょっ……、こんなところでそういうことを言わないで下さい!」
「でも、他のところだと僕、それだけじゃ済みませんよ?」
「おおお!? これは美味しいBL展開……! しかもガチ……!」
ギースの言葉を聞いた舞子が期待に満ちた目をキラキラさせて、こちらを見ている。
ど、どうしよう、困るんだけど。美由が止めてくれないだろうか。
そう思って彼女を見ると、美由は自分の腕輪をじっと見ていた。
そしておもむろに言い放つ。
「師匠、そのまま兄様に抱きしめられてあげて。本当に疲れてるみたいだから」
「え!? でも俺のヒーリングって近くにいればそれで効くだろ……?」
「……んー、ギース兄様は接触回復の方が早いのよ。大丈夫、変なことしようとしたら私が即座にぶっ飛ばすから」
触ると回復……そういえば、以前彼もそんなことを言っていたっけ。
参った、逃げる口実がなくなってしまった。
ちろりとギースを見上げると、何だかすごく嬉しそうな顔をしている。
「ミュリカのお許しが出ましたね。では、抱きしめても?」
「……う、……はい……」
まあ、ある意味彼はいつも通り。意識してしまっているのは俺だけだ。美由たちもいるのだし、おかしなことにはなるまい。この恥ずかしさを少しの間堪えよう。
観念して頷いた俺を、ギースはすぐに抱きしめてきた。
それにうきゃあ、と舞子の喜色の乗った奇声が上がる。
「美形×美人のカップリングも尊い……! 攻めが紳士な優男に見えて実はケダモノっぽいのも良いわあ」
「兄様はケダモノな上に変態だけどね。……あー、ジョゼの方も補充が必要だなあ。あっちはどうしようかな……師匠が可哀想だし」
「ジョゼって私が手紙を渡した眼鏡の人よね? あの人もSっぽくていいなあって思ってたの。……もしかして、あの人も師匠さんに? いいねいいね、ドS眼鏡攻めも好物だよ!」
「だから、舞ちゃんはだいたい好物でしょ」
そうして二人が妙な会話をしている中、俺は戸惑っていた。
何だかギースから良い匂いがするのだ。その抱擁と香りの心地よさについ力が抜けそうになる。
以前監視塔の上で抱きしめられた時も同じような状態になったが、今日は匂いのせいかその感覚がさらに強かった。何だろう、これは。
「ギ、ギース様、何か香水付けてます……?」
「いいえ、何も。……もしかして巧斗さん、僕の匂いを感じます?」
「……ええ、良い匂いがしてます。少し酩酊感を覚えるような……」
そう答えた途端、いきなりギースにあごを持ち上げられて上向かされた。
かち合った瞳があの時のような欲情を乗せていて、思わず怯む。そんな俺にギースは口角を上げ、興奮気味に口走った。
「そうですか……! 巧斗さんが僕の雄に反応してくれたんですね! これは嬉しい……っ! ああもう、このままブチ犯したい……!」
「え、え? ちょっ……」
「はい、アウト!」
「ごふぅっ!」
そのまま危うくキスをされそうになったところで、すかさず美由がギースを殴り飛ばした。手加減をしたのか、今回はたたらを踏んでよろめく程度だ。
彼女が俺とギースの間に割って入ると、傍で見ていた舞子が頬を膨らませてブーイングをした。
「んもー美由ちゃん! 何で邪魔するの!? 良いとこだったのに~」
「私は師匠の了解がない不埒な行為は許しません」
「いたた……厳しいな、ミュリカは」
「回復はもうそこそこできたでしょ、兄様。私たちは急ぎの用でここに来たの。ジョゼのところに行くのが先」
「はいはい」
殴られたあごをさすりながら、ギースがため息を吐く。
それから気を取り直したように、美由越しに俺に微笑んだ。
「ごめんね、巧斗さん。あまりに嬉しかったものだから。ふふ、巧斗さんが知らないこと、もっと色々教えてあげたいなあ……今度平和な時に、またゆっくり、ね」
……俺が知らないこと?
最後に意味深にぺろりと自身の唇を小さく舐めた彼に、俺は変に心音が上がってしまったのだった。
荒れていた農地や放牧地も全体的に整えられ、瓦礫はほぼ取り除かれ、物流が成り立てばもう普通の生活ができそうに見える。
しかし、もちろんそう簡単にはいかない。
ヴィアラントと隣接し、敵対関係にある限り、ここは安寧の土地になり得ないのだ。
オルタは今この瞬間も、危険に晒されている。
急いで向かった領主の館の跡地には、急ごしらえのわりには大分しっかりとした大きな作戦本部が建っていた。
その入り口をくぐった俺たちを、少し憂いを帯びた金髪美形が出迎える。
「巧斗さん! ミュリカ! 来てくれたんだね、助かるよ」
「……ギース兄様、ずいぶんお疲れのようね。ジョゼもそんな感じ?」
「そうだね、ちょっといろいろあって。ジョゼ魔道士はほぼ不眠不休だ。でも君たちが来てくれたなら少し楽になるよ」
「そっか、忙しいのかあ……。でもジョゼに舞ちゃんのこと話したいのよね」
「舞ちゃんって、そっちの子? こんにちは、初めまして。ミュリカのお友達かな?」
「はわわ……マジもんの金髪碧眼の超絶美形……これは眼福……!」
ギースに話しかけられた舞子は目を輝かせ、鼻息を荒くしている。そういや彼女はギース見たさにここについてきたんだったか。
「彼女は私があっちの世界にいた時の友達なの。元々はヴィアラントに落ちたんだけど、アイネルに逃げてきて……」
「ああ、もしかしてこの子がバラルダで保護された子か。ロバートから報告が来ている。ミュリカと巧斗さんを頼って来たとジョゼ魔道士に聞いてたけど、知り合いだったんだね」
「は、初めまして、相賀舞子といいます! 超美形の優男かあ……萌ゆる……」
女の子を前にしたギースは紳士然とした博愛主義者の王子様だ。
しかしその視線がこちらに向くと、途端にその雰囲気が変わる。先日の一件のせいで何となく気まずくて会話に入らなかった俺に、彼は蕩けるような笑顔を向けた。
「来てくれて嬉しいです。本当に会いたかった、巧斗さん。先日はごちそうさまでした。今日も食べてしまいたいくらい良い香りですね」
ごちそうさま、という言いぐさに、つい頬が熱くなってしまう。
「そ、その言い方やめて下さい」
「ああ、照れた顔も可愛らしい。今すぐ抱きしめたいなあ」
「ちょっ……、こんなところでそういうことを言わないで下さい!」
「でも、他のところだと僕、それだけじゃ済みませんよ?」
「おおお!? これは美味しいBL展開……! しかもガチ……!」
ギースの言葉を聞いた舞子が期待に満ちた目をキラキラさせて、こちらを見ている。
ど、どうしよう、困るんだけど。美由が止めてくれないだろうか。
そう思って彼女を見ると、美由は自分の腕輪をじっと見ていた。
そしておもむろに言い放つ。
「師匠、そのまま兄様に抱きしめられてあげて。本当に疲れてるみたいだから」
「え!? でも俺のヒーリングって近くにいればそれで効くだろ……?」
「……んー、ギース兄様は接触回復の方が早いのよ。大丈夫、変なことしようとしたら私が即座にぶっ飛ばすから」
触ると回復……そういえば、以前彼もそんなことを言っていたっけ。
参った、逃げる口実がなくなってしまった。
ちろりとギースを見上げると、何だかすごく嬉しそうな顔をしている。
「ミュリカのお許しが出ましたね。では、抱きしめても?」
「……う、……はい……」
まあ、ある意味彼はいつも通り。意識してしまっているのは俺だけだ。美由たちもいるのだし、おかしなことにはなるまい。この恥ずかしさを少しの間堪えよう。
観念して頷いた俺を、ギースはすぐに抱きしめてきた。
それにうきゃあ、と舞子の喜色の乗った奇声が上がる。
「美形×美人のカップリングも尊い……! 攻めが紳士な優男に見えて実はケダモノっぽいのも良いわあ」
「兄様はケダモノな上に変態だけどね。……あー、ジョゼの方も補充が必要だなあ。あっちはどうしようかな……師匠が可哀想だし」
「ジョゼって私が手紙を渡した眼鏡の人よね? あの人もSっぽくていいなあって思ってたの。……もしかして、あの人も師匠さんに? いいねいいね、ドS眼鏡攻めも好物だよ!」
「だから、舞ちゃんはだいたい好物でしょ」
そうして二人が妙な会話をしている中、俺は戸惑っていた。
何だかギースから良い匂いがするのだ。その抱擁と香りの心地よさについ力が抜けそうになる。
以前監視塔の上で抱きしめられた時も同じような状態になったが、今日は匂いのせいかその感覚がさらに強かった。何だろう、これは。
「ギ、ギース様、何か香水付けてます……?」
「いいえ、何も。……もしかして巧斗さん、僕の匂いを感じます?」
「……ええ、良い匂いがしてます。少し酩酊感を覚えるような……」
そう答えた途端、いきなりギースにあごを持ち上げられて上向かされた。
かち合った瞳があの時のような欲情を乗せていて、思わず怯む。そんな俺にギースは口角を上げ、興奮気味に口走った。
「そうですか……! 巧斗さんが僕の雄に反応してくれたんですね! これは嬉しい……っ! ああもう、このままブチ犯したい……!」
「え、え? ちょっ……」
「はい、アウト!」
「ごふぅっ!」
そのまま危うくキスをされそうになったところで、すかさず美由がギースを殴り飛ばした。手加減をしたのか、今回はたたらを踏んでよろめく程度だ。
彼女が俺とギースの間に割って入ると、傍で見ていた舞子が頬を膨らませてブーイングをした。
「んもー美由ちゃん! 何で邪魔するの!? 良いとこだったのに~」
「私は師匠の了解がない不埒な行為は許しません」
「いたた……厳しいな、ミュリカは」
「回復はもうそこそこできたでしょ、兄様。私たちは急ぎの用でここに来たの。ジョゼのところに行くのが先」
「はいはい」
殴られたあごをさすりながら、ギースがため息を吐く。
それから気を取り直したように、美由越しに俺に微笑んだ。
「ごめんね、巧斗さん。あまりに嬉しかったものだから。ふふ、巧斗さんが知らないこと、もっと色々教えてあげたいなあ……今度平和な時に、またゆっくり、ね」
……俺が知らないこと?
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