27 / 32
2章
舞子の素質
しおりを挟む
ギースに案内されて執務室に入ると、ジョゼが机にかじり付いていた。
その表情は大分疲れた様子で、目の下のクマがすごい。少し痩せたように見えるのは、おそらくちゃんと食事をしていないせいだろう。
ほぼ不眠不休と言っていたから、ずっとこの状態なのかも。
ジョゼは俺たちを見ると、ペンも置かずに話し出した。
「巧斗もミュリカ殿も、よく来てくれました。正直やることが多すぎて手が回らなかったんで助かります。早々にすみませんが、ヴィアラント兵たちの練兵を頼めますか。いくつかの陣形を仕込んでいる最中で」
話をする間も惜しいということか。すぐに視線が手元に戻ってしまう。その仕事の虫っぷりに美由が呆れたように肩を竦めた。
「大変だろうし手伝うのは構わないけど、ちょっと手を止めてよ。私たち急ぎの話があって来たの」
「……私が手を止める価値がある話ですか?」
「もちろん」
美由が請け合うと、ジョゼは一つため息を吐いてこちらを見、ペンを置いた。
「分かりました、では少し休憩がてら話を聞きましょう。……巧斗はこっちに」
「……え? 俺?」
「ただ話を聞くのも時間がもったいない。せっかくだから傍に来て私を回復して下さい」
「ま、まあ、そのくらいならいいけど……」
そういえばジョゼは俺のヒーリングが効きづらいんだったか。最近は怖いこともしないし、俺のことを好いてくれていると分かってからは近くにいることも平気になってきたんだけど、まだ回復度合いは弱いのかな。
とりあえずジョゼの座る椅子の傍らに立つ。
すると、それだけで彼は少し機嫌が良くなったようだった。
「それで、話とは?」
「実はヴィアラントから、動物憑依の術式を使って侵入してきた者がいるのよ。おそらく王城に捕らえられたミカゲ様の術式を使っていると思うわ。……今回侵入してると聞いたのはフクロウだったけど、他にもいるかもしれない。オルタや防衛砦が偵察されてる可能性があるの」
「それから、盗賊を使って俺と美由の契約輪を強奪しようとしていた。どういう用途で使うつもりか分からないがな。そっちも気に掛かる」
「……ほう、それは……なかなか手回しが早いですね……」
美由と俺の話に、ジョゼはしばし考えこむ。けれど特段、驚いたり焦ったりする様子はない。このあたりは、彼の想定内なのかもしれない。
「後ね、本当はあんたに能力を判断してもらおうと思って連れてきたんだけど……、この舞ちゃんが、ミカゲ様の特殊な術式を使えるみたいなのよ」
「ミカゲの術式を? あなたはラタからヘルマンの手紙を持ってきた相賀舞子ですよね……。牢に入っている時はそんなものを持っていなかったはずですが」
今度は予想外だったのか、ジョゼは舞子を見て目を丸くした。
それに対して舞子は少しドヤ顔で答える。
「あれはミカゲ様が私のために作ってくれたものだから、頭の中に入ってるの。数字とか英語とかは覚えるの苦手なんだけど、図形や模様は記憶模写が得意なのよね」
「こっちの言語は舞ちゃんにとって模様に見えるのよ。これ、さっき彼女が描いた術式。どんなものか分かる?」
美由が差し出した術式が描かれた紙を受け取ったジョゼは、それを注意深く眺めた。
「これは、具象化の術式のようですね……。高度だがかなり不安定な組み上げでできています。これを発動できるとは、彼女には余程強い思考力があると見える」
「具象化ってことは、やっぱりどこかから召喚したんじゃなくて、舞ちゃんが創り出したってことね」
「そうです。この術式は、術者の想像したものを目の前に具現化する術。とても扱いが難しく術中の隙も多いので、私もこの術式を使ったことがありません。……正式に作術を習ったものなら割に合わないからまず組まない。ミカゲが独学だからこそ、偏見なくそれを彼女に与えて、うまくそれがハマったのでしょうね」
「似たような術式を使って盗賊も狼の魔獣を呼び出してたけど、そういや事前に具象化を失敗したような口ぶりだったな。扱いが難しいからだったのか。……ところで、現れるモンスターは術式によって決まってるのか? 舞子ちゃんのはすごいドラゴンだった」
「具現化されるものは決まっていません。術者の思考力によって外見、大きさ、強さなどが変わります。少し術に適応できる一般人なら、小さな魔獣くらいがせいぜいでしょう。大きなドラゴンを具現化できるということは、舞子殿はかなりの適合者です」
「ふっふっふ、それはそうよ。ミカゲ様は私のすごい妄想力を見抜いてこの術式をくれたんだもの。私の妄想力は剣より強し!」
「……妄想力……なるほど、納得。強いわけだわ」
得意げに胸を張る舞子の隣で、美由が得心が入ったように頷く。
そんな彼女たちに、ジョゼは注意をした。
「確かにこの術式は強い。しかしさっきも言いましたが、この術は扱いが難しく隙が多い。あまり多用できるものではありません。術中は常に創造物に意識を向けていなくてはいけないし、思考がぶれると即座に影響が出る。軽はずみに使わないように」
「そうなの? いままで一度も失敗したことないし、困ったこともないけどなあ……」
「あなたにはもともと素質があるようですし、安全なところで平常心で使っている分にはそうでしょう。しかし特に戦場では細心の注意が必要です。……元いた世界にはない状況でしょうから、ミュリカ殿が気に掛けてあげて下さい」
「……そうね。分かったわ。基本的には戦場に連れて行かないつもりだけど……」
「あなたがそのつもりでも、向こうから攻めてくる場合もありますからね」
そう言ってジョゼは手にしていた術式を舞子に返す。それから、僅かに逡巡をした。
「しかし、具象化を使える術士ですか……。これはいい拾いものをしたかもしれません」
その表情は大分疲れた様子で、目の下のクマがすごい。少し痩せたように見えるのは、おそらくちゃんと食事をしていないせいだろう。
ほぼ不眠不休と言っていたから、ずっとこの状態なのかも。
ジョゼは俺たちを見ると、ペンも置かずに話し出した。
「巧斗もミュリカ殿も、よく来てくれました。正直やることが多すぎて手が回らなかったんで助かります。早々にすみませんが、ヴィアラント兵たちの練兵を頼めますか。いくつかの陣形を仕込んでいる最中で」
話をする間も惜しいということか。すぐに視線が手元に戻ってしまう。その仕事の虫っぷりに美由が呆れたように肩を竦めた。
「大変だろうし手伝うのは構わないけど、ちょっと手を止めてよ。私たち急ぎの話があって来たの」
「……私が手を止める価値がある話ですか?」
「もちろん」
美由が請け合うと、ジョゼは一つため息を吐いてこちらを見、ペンを置いた。
「分かりました、では少し休憩がてら話を聞きましょう。……巧斗はこっちに」
「……え? 俺?」
「ただ話を聞くのも時間がもったいない。せっかくだから傍に来て私を回復して下さい」
「ま、まあ、そのくらいならいいけど……」
そういえばジョゼは俺のヒーリングが効きづらいんだったか。最近は怖いこともしないし、俺のことを好いてくれていると分かってからは近くにいることも平気になってきたんだけど、まだ回復度合いは弱いのかな。
とりあえずジョゼの座る椅子の傍らに立つ。
すると、それだけで彼は少し機嫌が良くなったようだった。
「それで、話とは?」
「実はヴィアラントから、動物憑依の術式を使って侵入してきた者がいるのよ。おそらく王城に捕らえられたミカゲ様の術式を使っていると思うわ。……今回侵入してると聞いたのはフクロウだったけど、他にもいるかもしれない。オルタや防衛砦が偵察されてる可能性があるの」
「それから、盗賊を使って俺と美由の契約輪を強奪しようとしていた。どういう用途で使うつもりか分からないがな。そっちも気に掛かる」
「……ほう、それは……なかなか手回しが早いですね……」
美由と俺の話に、ジョゼはしばし考えこむ。けれど特段、驚いたり焦ったりする様子はない。このあたりは、彼の想定内なのかもしれない。
「後ね、本当はあんたに能力を判断してもらおうと思って連れてきたんだけど……、この舞ちゃんが、ミカゲ様の特殊な術式を使えるみたいなのよ」
「ミカゲの術式を? あなたはラタからヘルマンの手紙を持ってきた相賀舞子ですよね……。牢に入っている時はそんなものを持っていなかったはずですが」
今度は予想外だったのか、ジョゼは舞子を見て目を丸くした。
それに対して舞子は少しドヤ顔で答える。
「あれはミカゲ様が私のために作ってくれたものだから、頭の中に入ってるの。数字とか英語とかは覚えるの苦手なんだけど、図形や模様は記憶模写が得意なのよね」
「こっちの言語は舞ちゃんにとって模様に見えるのよ。これ、さっき彼女が描いた術式。どんなものか分かる?」
美由が差し出した術式が描かれた紙を受け取ったジョゼは、それを注意深く眺めた。
「これは、具象化の術式のようですね……。高度だがかなり不安定な組み上げでできています。これを発動できるとは、彼女には余程強い思考力があると見える」
「具象化ってことは、やっぱりどこかから召喚したんじゃなくて、舞ちゃんが創り出したってことね」
「そうです。この術式は、術者の想像したものを目の前に具現化する術。とても扱いが難しく術中の隙も多いので、私もこの術式を使ったことがありません。……正式に作術を習ったものなら割に合わないからまず組まない。ミカゲが独学だからこそ、偏見なくそれを彼女に与えて、うまくそれがハマったのでしょうね」
「似たような術式を使って盗賊も狼の魔獣を呼び出してたけど、そういや事前に具象化を失敗したような口ぶりだったな。扱いが難しいからだったのか。……ところで、現れるモンスターは術式によって決まってるのか? 舞子ちゃんのはすごいドラゴンだった」
「具現化されるものは決まっていません。術者の思考力によって外見、大きさ、強さなどが変わります。少し術に適応できる一般人なら、小さな魔獣くらいがせいぜいでしょう。大きなドラゴンを具現化できるということは、舞子殿はかなりの適合者です」
「ふっふっふ、それはそうよ。ミカゲ様は私のすごい妄想力を見抜いてこの術式をくれたんだもの。私の妄想力は剣より強し!」
「……妄想力……なるほど、納得。強いわけだわ」
得意げに胸を張る舞子の隣で、美由が得心が入ったように頷く。
そんな彼女たちに、ジョゼは注意をした。
「確かにこの術式は強い。しかしさっきも言いましたが、この術は扱いが難しく隙が多い。あまり多用できるものではありません。術中は常に創造物に意識を向けていなくてはいけないし、思考がぶれると即座に影響が出る。軽はずみに使わないように」
「そうなの? いままで一度も失敗したことないし、困ったこともないけどなあ……」
「あなたにはもともと素質があるようですし、安全なところで平常心で使っている分にはそうでしょう。しかし特に戦場では細心の注意が必要です。……元いた世界にはない状況でしょうから、ミュリカ殿が気に掛けてあげて下さい」
「……そうね。分かったわ。基本的には戦場に連れて行かないつもりだけど……」
「あなたがそのつもりでも、向こうから攻めてくる場合もありますからね」
そう言ってジョゼは手にしていた術式を舞子に返す。それから、僅かに逡巡をした。
「しかし、具象化を使える術士ですか……。これはいい拾いものをしたかもしれません」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる