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2章
舞子の素質
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ギースに案内されて執務室に入ると、ジョゼが机にかじり付いていた。
その表情は大分疲れた様子で、目の下のクマがすごい。少し痩せたように見えるのは、おそらくちゃんと食事をしていないせいだろう。
ほぼ不眠不休と言っていたから、ずっとこの状態なのかも。
ジョゼは俺たちを見ると、ペンも置かずに話し出した。
「巧斗もミュリカ殿も、よく来てくれました。正直やることが多すぎて手が回らなかったんで助かります。早々にすみませんが、ヴィアラント兵たちの練兵を頼めますか。いくつかの陣形を仕込んでいる最中で」
話をする間も惜しいということか。すぐに視線が手元に戻ってしまう。その仕事の虫っぷりに美由が呆れたように肩を竦めた。
「大変だろうし手伝うのは構わないけど、ちょっと手を止めてよ。私たち急ぎの話があって来たの」
「……私が手を止める価値がある話ですか?」
「もちろん」
美由が請け合うと、ジョゼは一つため息を吐いてこちらを見、ペンを置いた。
「分かりました、では少し休憩がてら話を聞きましょう。……巧斗はこっちに」
「……え? 俺?」
「ただ話を聞くのも時間がもったいない。せっかくだから傍に来て私を回復して下さい」
「ま、まあ、そのくらいならいいけど……」
そういえばジョゼは俺のヒーリングが効きづらいんだったか。最近は怖いこともしないし、俺のことを好いてくれていると分かってからは近くにいることも平気になってきたんだけど、まだ回復度合いは弱いのかな。
とりあえずジョゼの座る椅子の傍らに立つ。
すると、それだけで彼は少し機嫌が良くなったようだった。
「それで、話とは?」
「実はヴィアラントから、動物憑依の術式を使って侵入してきた者がいるのよ。おそらく王城に捕らえられたミカゲ様の術式を使っていると思うわ。……今回侵入してると聞いたのはフクロウだったけど、他にもいるかもしれない。オルタや防衛砦が偵察されてる可能性があるの」
「それから、盗賊を使って俺と美由の契約輪を強奪しようとしていた。どういう用途で使うつもりか分からないがな。そっちも気に掛かる」
「……ほう、それは……なかなか手回しが早いですね……」
美由と俺の話に、ジョゼはしばし考えこむ。けれど特段、驚いたり焦ったりする様子はない。このあたりは、彼の想定内なのかもしれない。
「後ね、本当はあんたに能力を判断してもらおうと思って連れてきたんだけど……、この舞ちゃんが、ミカゲ様の特殊な術式を使えるみたいなのよ」
「ミカゲの術式を? あなたはラタからヘルマンの手紙を持ってきた相賀舞子ですよね……。牢に入っている時はそんなものを持っていなかったはずですが」
今度は予想外だったのか、ジョゼは舞子を見て目を丸くした。
それに対して舞子は少しドヤ顔で答える。
「あれはミカゲ様が私のために作ってくれたものだから、頭の中に入ってるの。数字とか英語とかは覚えるの苦手なんだけど、図形や模様は記憶模写が得意なのよね」
「こっちの言語は舞ちゃんにとって模様に見えるのよ。これ、さっき彼女が描いた術式。どんなものか分かる?」
美由が差し出した術式が描かれた紙を受け取ったジョゼは、それを注意深く眺めた。
「これは、具象化の術式のようですね……。高度だがかなり不安定な組み上げでできています。これを発動できるとは、彼女には余程強い思考力があると見える」
「具象化ってことは、やっぱりどこかから召喚したんじゃなくて、舞ちゃんが創り出したってことね」
「そうです。この術式は、術者の想像したものを目の前に具現化する術。とても扱いが難しく術中の隙も多いので、私もこの術式を使ったことがありません。……正式に作術を習ったものなら割に合わないからまず組まない。ミカゲが独学だからこそ、偏見なくそれを彼女に与えて、うまくそれがハマったのでしょうね」
「似たような術式を使って盗賊も狼の魔獣を呼び出してたけど、そういや事前に具象化を失敗したような口ぶりだったな。扱いが難しいからだったのか。……ところで、現れるモンスターは術式によって決まってるのか? 舞子ちゃんのはすごいドラゴンだった」
「具現化されるものは決まっていません。術者の思考力によって外見、大きさ、強さなどが変わります。少し術に適応できる一般人なら、小さな魔獣くらいがせいぜいでしょう。大きなドラゴンを具現化できるということは、舞子殿はかなりの適合者です」
「ふっふっふ、それはそうよ。ミカゲ様は私のすごい妄想力を見抜いてこの術式をくれたんだもの。私の妄想力は剣より強し!」
「……妄想力……なるほど、納得。強いわけだわ」
得意げに胸を張る舞子の隣で、美由が得心が入ったように頷く。
そんな彼女たちに、ジョゼは注意をした。
「確かにこの術式は強い。しかしさっきも言いましたが、この術は扱いが難しく隙が多い。あまり多用できるものではありません。術中は常に創造物に意識を向けていなくてはいけないし、思考がぶれると即座に影響が出る。軽はずみに使わないように」
「そうなの? いままで一度も失敗したことないし、困ったこともないけどなあ……」
「あなたにはもともと素質があるようですし、安全なところで平常心で使っている分にはそうでしょう。しかし特に戦場では細心の注意が必要です。……元いた世界にはない状況でしょうから、ミュリカ殿が気に掛けてあげて下さい」
「……そうね。分かったわ。基本的には戦場に連れて行かないつもりだけど……」
「あなたがそのつもりでも、向こうから攻めてくる場合もありますからね」
そう言ってジョゼは手にしていた術式を舞子に返す。それから、僅かに逡巡をした。
「しかし、具象化を使える術士ですか……。これはいい拾いものをしたかもしれません」
その表情は大分疲れた様子で、目の下のクマがすごい。少し痩せたように見えるのは、おそらくちゃんと食事をしていないせいだろう。
ほぼ不眠不休と言っていたから、ずっとこの状態なのかも。
ジョゼは俺たちを見ると、ペンも置かずに話し出した。
「巧斗もミュリカ殿も、よく来てくれました。正直やることが多すぎて手が回らなかったんで助かります。早々にすみませんが、ヴィアラント兵たちの練兵を頼めますか。いくつかの陣形を仕込んでいる最中で」
話をする間も惜しいということか。すぐに視線が手元に戻ってしまう。その仕事の虫っぷりに美由が呆れたように肩を竦めた。
「大変だろうし手伝うのは構わないけど、ちょっと手を止めてよ。私たち急ぎの話があって来たの」
「……私が手を止める価値がある話ですか?」
「もちろん」
美由が請け合うと、ジョゼは一つため息を吐いてこちらを見、ペンを置いた。
「分かりました、では少し休憩がてら話を聞きましょう。……巧斗はこっちに」
「……え? 俺?」
「ただ話を聞くのも時間がもったいない。せっかくだから傍に来て私を回復して下さい」
「ま、まあ、そのくらいならいいけど……」
そういえばジョゼは俺のヒーリングが効きづらいんだったか。最近は怖いこともしないし、俺のことを好いてくれていると分かってからは近くにいることも平気になってきたんだけど、まだ回復度合いは弱いのかな。
とりあえずジョゼの座る椅子の傍らに立つ。
すると、それだけで彼は少し機嫌が良くなったようだった。
「それで、話とは?」
「実はヴィアラントから、動物憑依の術式を使って侵入してきた者がいるのよ。おそらく王城に捕らえられたミカゲ様の術式を使っていると思うわ。……今回侵入してると聞いたのはフクロウだったけど、他にもいるかもしれない。オルタや防衛砦が偵察されてる可能性があるの」
「それから、盗賊を使って俺と美由の契約輪を強奪しようとしていた。どういう用途で使うつもりか分からないがな。そっちも気に掛かる」
「……ほう、それは……なかなか手回しが早いですね……」
美由と俺の話に、ジョゼはしばし考えこむ。けれど特段、驚いたり焦ったりする様子はない。このあたりは、彼の想定内なのかもしれない。
「後ね、本当はあんたに能力を判断してもらおうと思って連れてきたんだけど……、この舞ちゃんが、ミカゲ様の特殊な術式を使えるみたいなのよ」
「ミカゲの術式を? あなたはラタからヘルマンの手紙を持ってきた相賀舞子ですよね……。牢に入っている時はそんなものを持っていなかったはずですが」
今度は予想外だったのか、ジョゼは舞子を見て目を丸くした。
それに対して舞子は少しドヤ顔で答える。
「あれはミカゲ様が私のために作ってくれたものだから、頭の中に入ってるの。数字とか英語とかは覚えるの苦手なんだけど、図形や模様は記憶模写が得意なのよね」
「こっちの言語は舞ちゃんにとって模様に見えるのよ。これ、さっき彼女が描いた術式。どんなものか分かる?」
美由が差し出した術式が描かれた紙を受け取ったジョゼは、それを注意深く眺めた。
「これは、具象化の術式のようですね……。高度だがかなり不安定な組み上げでできています。これを発動できるとは、彼女には余程強い思考力があると見える」
「具象化ってことは、やっぱりどこかから召喚したんじゃなくて、舞ちゃんが創り出したってことね」
「そうです。この術式は、術者の想像したものを目の前に具現化する術。とても扱いが難しく術中の隙も多いので、私もこの術式を使ったことがありません。……正式に作術を習ったものなら割に合わないからまず組まない。ミカゲが独学だからこそ、偏見なくそれを彼女に与えて、うまくそれがハマったのでしょうね」
「似たような術式を使って盗賊も狼の魔獣を呼び出してたけど、そういや事前に具象化を失敗したような口ぶりだったな。扱いが難しいからだったのか。……ところで、現れるモンスターは術式によって決まってるのか? 舞子ちゃんのはすごいドラゴンだった」
「具現化されるものは決まっていません。術者の思考力によって外見、大きさ、強さなどが変わります。少し術に適応できる一般人なら、小さな魔獣くらいがせいぜいでしょう。大きなドラゴンを具現化できるということは、舞子殿はかなりの適合者です」
「ふっふっふ、それはそうよ。ミカゲ様は私のすごい妄想力を見抜いてこの術式をくれたんだもの。私の妄想力は剣より強し!」
「……妄想力……なるほど、納得。強いわけだわ」
得意げに胸を張る舞子の隣で、美由が得心が入ったように頷く。
そんな彼女たちに、ジョゼは注意をした。
「確かにこの術式は強い。しかしさっきも言いましたが、この術は扱いが難しく隙が多い。あまり多用できるものではありません。術中は常に創造物に意識を向けていなくてはいけないし、思考がぶれると即座に影響が出る。軽はずみに使わないように」
「そうなの? いままで一度も失敗したことないし、困ったこともないけどなあ……」
「あなたにはもともと素質があるようですし、安全なところで平常心で使っている分にはそうでしょう。しかし特に戦場では細心の注意が必要です。……元いた世界にはない状況でしょうから、ミュリカ殿が気に掛けてあげて下さい」
「……そうね。分かったわ。基本的には戦場に連れて行かないつもりだけど……」
「あなたがそのつもりでも、向こうから攻めてくる場合もありますからね」
そう言ってジョゼは手にしていた術式を舞子に返す。それから、僅かに逡巡をした。
「しかし、具象化を使える術士ですか……。これはいい拾いものをしたかもしれません」
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