糸目令嬢はなんにも見たくない

ぽよよん

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 剥き出しの石壁、かろうじてカーペットだと思われるボロ布が敷かれた床。部屋の隅には年数のたったような木箱が置かれている。散乱している木片はこの木箱の成れの果てなのかもしれない。

 目が覚めたアプルは、自分の置かれた状況が分からずパニックを起こしかけた。ジョナールと喋っていたことは覚えているが、そのあとの記憶はなくこの薄暗い部屋に転がされていたのである。
 
 ドアは鍵というより、外側に鎖がかけられているようで、ガチャガチャと音を立てるだけで開かない。薄暗い部屋は天井近くに窓があるが、横に細長いそこから出ることはできなさそうだし、アプルには届かない。
 この部屋から逃げ出すのは難しそうだ。

 アプルは諦めてドアから少し見えづらい、木箱の陰に腰を下ろした。
 床に直接座りたくはなかったが、木箱はアプルが腰掛けるとミシミシと嫌な音を立てたので仕方がない。

(やっぱり、少しダイエットしたほうがいいのかしら。)

 体が軽くて細ければ、あの窓が颯爽と逃げられたかもしれない。先日読んだ女騎士の物語では、主人公の女騎士が閉じ込められた廃屋から脱出し、悪漢をねじ伏せていた。
 まあ、人並みより少し劣るアプルの運動神経では無理である。


 無理な夢想はやめて現実的に考えることにした。
 
 まず、アプルをここに閉じ込めた目的だ。
 ジョナールがアプルのことをここに閉じ込めたのは間違い無いだろう。
 アプルに薬品のようなものを嗅がせた人物は見ていないが、ジョナールと無関係というのは考えにくい。いや、ジョナールなら無関係でもアプルが窮地に陥るのを笑って見ている気がするが、流石に今回は無関係ではないだろう。

 ジョナールは執拗に慰謝料と言っていたから、お金が目的なのだろう。
 アプルをここに監禁している間に、慰謝料を探すつもりなのだろうか?寮の部屋にはアプルが官吏として働き始めてから貯めた、微々たる貯金があるだけだ。

「慰謝料ねぇ・・・いくら探したって出てこないのに。」

 いくら探しても出てこない。
 アプルのもらった慰謝料は、官吏という身分だ。

 婚約解消がなされ、リンゴニア侯爵家から追い出されたあの日。とりあえず侯爵家から離れようと歩き出したアプルは、秘密裏に王宮へと連れて行かれた。


 
 慇懃な国王陛下の侍従長に案内されたのは、なんと謁見の間だった。もちろん国家の行事に使うような大広間のものではなく、どちらかと言うと応接室のような感じだ。
 アプルは円満に婚約解消したつもりだったが、王族との婚約は王命だ。まさか不敬罪に問われるのでは、とガチガチに固まって謁見の間の玉座の前に平伏した。

「アプル・リンゴニア侯爵令嬢。そのようにかしこまらなくて良い。そこに座りなさい。」

 顔を上げると玉座に座った国王夫妻、そして横には王太子である第一王子が座ってこちらを見ていた。第二王子の婚約者であったとはいえ、アプルが第二王子以外の王族に会うのはこれで2回目だ。かしこまるなと言われても無理なのである。
 侍従長の手を借り、恐る恐る玉座の前に据えられた椅子の横に立ち礼をする。

「あ、あの・・・この度は誠に申し訳ございませんでした。わたくしの力量が足らず、マックス第二王子殿下と婚約解消となりましたこと、また勝手に承諾してしまいましたこと、申し訳ございませんでした。」

「いや。こちらこそすまなかった。マックスが其方を蔑ろにしていたことは、把握していたがそのままにしていた。辛い想いをさせてしまったな。」

 思いもかけない王からの謝罪にアプルは顔を上げられない。一体どういうことなのだろう?

「この婚約解消はマックスに非があることは明白。だがそのためにリンゴニア嬢は家から絶縁されたと届けがあった。」

「・・・はい。」

「私の方からリンゴニア侯爵に取りなすこともできるが、どうだ?」

「いいえ。わたくしは絶縁されたままで問題ございません。お心遣いありがとうございます。」

 どうやら不敬罪に問われるのではないようで、アプルはようやく安心して小さく息を吐くと顔を上げた。そして促されるまま椅子に座った。
 いつのまにかイスの隣には小さなテーブルが置かれ、流れるような所作でお茶が入れられていく。国王夫妻も王太子も場をほぐすようにアプルにお茶を勧める。

「其方がリンゴニア侯爵家に戻りたいと言うならそれまでだったが、侯爵家を出てあてはあるのか?」

「いえ、ありません。」

 形だけティーカップを手にしたアプルが率直に答える。
 あてはないので、できれば早めに解放して欲しいとの意思表示だ。

「うむ。あてがないのなら新しい縁談なんてどうだ?」

「え?縁談ですか??」

 ちょっと何を言っているのかわからない。
 何を嬉しそうに言っているんだ、この人は?
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