【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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千山万水五行盟(旅の始まり)

024:鸞翔鳳集(二)

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 凰黎ホワンリィ鸞快子らんかいしの二人は煬鳳ヤンフォンを差し置いて何ごとか相談をしたあと、「それではいずれまた」と言い残し鸞快子らんかいしは去って行った。
 店の主人に尋ねたところ、一泊分の料金は五行盟ごぎょうめいより支払われているということだったので、煬鳳ヤンフォンたちは遠慮なく今晩はここに泊まることに決め込んだ。辺りが暗くなってからは通りの燈籠に灯がともり、歩く人々のにぎやかな声が漏れ聞こえてくる。夜市を見て回ろうか、などと凰黎ホワンリィと話していると、給仕が夕餉を持ってやってきた。

「さすが大きな都ともなると、食事も手が込んでるな!」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの作る料理が一番好きだが、共に外出した時に二人で食べる食事も好きなのだ。卓子たくし[*1]……の上に並べられた料理の数々は、田舎とはやはり異なっていて洒落た趣がある。鴨肉の蒸し焼きや羊肉の煮込み料理、果ては季節の食材をふんだんに詰め込んだ様々な点心まで揃っている。屋台でも売ってはいるが、不思議と普段よりも良いものに思えてしまう。

 なかでも煬鳳ヤンフォンが最も嬉しかったのは、果物の砂糖煮まで添えられていること。
 煬鳳ヤンフォンがまじまじと砂糖煮を見つめていると、凰黎ホワンリィが気を利かせて煬鳳ヤンフォンの傍に器を置いてくれた。どうやら『全部食べても良いですよ』ということらしい。

「俺一人じゃ勿体ないよ、食べるなら凰黎ホワンリィも一緒だよ」
「本当に?」
「もちろん」

 言ってからしまったと煬鳳ヤンフォンは気づく。何故なら……凰黎ホワンリィが不敵な微笑みを浮かべていたからだ。明らかに良からぬことを考えている、無駄に爽やかな笑顔。

(なにか企んでる……)

 そうは思ったが何か企んでいる凰黎ホワンリィを相手にして、煬鳳ヤンフォンが敵うわけがない。

「それより! せっかくの料理なんだ、冷める前に早く食べよう!」

 慌てて話を逸らそうと煬鳳ヤンフォンは箸を取った。
 別に嫌とかそういうことではなく、単に旅先では少し恥ずかしいだけ。清瑞山せいずいさんの小屋の中なら別に気にすることもないのだが、やはり旅先でいちゃつきすぎるのは気が引ける。

「そうですね。まずは砂糖漬け以外を食べてから、考えましょうか」

 笑顔で鴨肉を口に運びぶ凰黎ホワンリィの顔を見て、この凰黎ホワンリィが絶対に今の話を忘れる訳がないと悟った煬鳳ヤンフォンだった。

 二人で箸を進めながら、煬鳳ヤンフォンは今日あった出来事を凰黎ホワンリィと語り合う。

犀安さいあんは本当に賑やかだ。俺は大きな街といったら酔香鎮すいこうちんくらいしか知らなかったけど、ここはその何十倍も人が多くて賑やかだな」
「気に入りましたか?」
「まずまず。賑やかだけど煩すぎる。……俺は確かにガサツな性格だけど、ここで暮らす人みたいに夜な夜な夜市にくり出して飲み歩くほどの根性はないな」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に凰黎ホワンリィは眉を跳ね上げる。

「意外ですね。以前の貴方なら、そのような生活は日常茶飯事なのかと思っていましたが」
「あのなぁ。いくら俺が昔は好き放題暴れてたからといって、毎晩飲み歩いてはいなかったんだぞ。昼間全力を出し切るから、案外夜はしっかり寝てたんだ」
「ふふふ、そうでしたか」
「全然本気にしてないだろ」
「そんなことはありませんよ? 私は基本的に煬鳳ヤンフォンが話すことは全て信じていますから」

 嘘だ。
 煬鳳ヤンフォンは心の中で思った。
 信じてはいるが、嘘を見抜く力はずば抜けていて、基本的に煬鳳ヤンフォンが言葉を濁したり誤魔化したときは、ほぼほぼ全て言い当てられてしまうのだ。つまり、凰黎ホワンリィには嘘をついてもつかなくても結果は変わらないということ。

 もちろん、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに嘘をつきたいとは思っていない。だから基本的に誤魔化すことはあっても嘘はつかないと決めている。どうしても、やむを得ないときだけだ。
 ……それらも全て凰黎ホワンリィに言い当てられてしまうのだから、理不尽極まりない。

五行盟ごぎょうめいはどうでしたか?」
「一刻を争う状況のときにあんな茶番をやってるようじゃ、まだまだだな。……これで玄烏門げんうもんのことはその他大勢なんてさ。悪い奴らじゃないけど、お高く留まってる割には全然頼りなくて、人のことなんか言えた義理じゃないな。夜真イエチェンたちの方が絶対有能だ」
「ふふ、手厳しいですね」

 思い切りぶちまけたあと、そういえば目の前にいる凰黎ホワンリィが所属する門派も、五行盟ごぎょうめいだったのだと思い出す。

「あっ、いや……ごめん。なんだか俺、あいつらに下に見られたように思えて、無性に腹が立ったんだ」

 慌てて頭を下げると、そっと凰黎ホワンリィがその頭を支えた。顔を上げれば綺麗な凰黎ホワンリィの顔が、煬鳳ヤンフォンを見つめている。

煬鳳ヤンフォンの感じたことは正しいと思いますよ。五行盟ごぎょうめいは確かに重要な役目を担っていますが、だからと言って他より上であるとは思いません。なのに……一部の五行盟ごぎょうめいの者たちは五行盟ごぎょうめいであることが地位であることと勘違いしているようですね。しかし強さで言うなら貴方を含め玄烏門げんうもんの門弟たちは皆強い。五行盟ごぎょうめいの一つである霆雷門ていらいもん雷閃候レイシャンホウすら敵わなかったのですから」
「だろ?」
「但し」

 凰黎ホワンリィは言葉を切った。おそらく――煬鳳ヤンフォンによく聞けと言っているようだ。

「ひとつだけ、玄烏門げんうもん五行盟ごぎょうめいとで大きな違いがあります。それは、『責任』です」
「責任?」

 そう、と凰黎ホワンリィは頷く。

「確かに五行盟ごぎょうめいは偉そうですが、今回の地震などのように、何かあったときは真っ先に対応しなければならない義務と責任が付いて回るのです。対して玄烏門げんうもんは、地震があって何かが起きたとしても、必ず助けに行く必要はありません。もちろん、貴方や門弟が助けたい、と思うのも自由です」

 なんとなくだが、凰黎ホワンリィの言わんとすることが煬鳳ヤンフォンにも分かった。五行盟ごぎょうめい煬鳳ヤンフォンたちを下に見る権利はないが、彼らには玄烏門げんうもんにはない――他の者より上に立つべき理由があるということ。つまり玄烏門げんうもんには何かが起きても選択する権利がある。しかし五行盟ごぎょうめいには、有事の際に選択する権利はない、という話なのだ。
 もちろん、馬鹿にするのと上に立つのでは天と地ほどに意味合いが違ってくるのだが。

「ですが、貴方は五行盟ごぎょうめいと同等にまで玄烏門げんうもんを大きくした。そういう意味では、玄烏門げんうもんの前掌門しょうもんは実力もさることながら素晴らしい審美眼の持ち主ですね」
「師匠……」

 不意に幼い頃の日々が蘇る。孤児としてあてもなく彷徨っていたある日、たまたま玄烏門げんうもん掌門しょうもんに見出された。彼は煬鳳ヤンフォンに眠る強大な力を一目で見抜いたのだ。

 それからというもの玄烏門げんうもんにやってきた煬鳳ヤンフォン掌門しょうもんの指導のもと、周囲も驚くほどの速度で上達し頭角を現していった。彼が玄烏門げんうもんの頂点に昇り詰めるまで十年。煬鳳ヤンフォン掌門しょうもんの期待に応え、見事にその実力を発揮したのだ。

 その掌門しょうもんもかなりの実力者であったが加齢による衰えは隠すことは出来ず、玄烏門げんうもんの信条である『強さが全て』に則って掌門しょうもんの座を煬鳳ヤンフォンに譲り、自らは一歩引いた立場に収まった。

「長老様は今はどちらに?」

 そういえば、と煬鳳ヤンフォンは思い出す。
 つねづね凰黎ホワンリィは、煬鳳ヤンフォンの師であり育ての親でもある前掌門しょうもんに、二人のことで挨拶をしたいと言っていた。煬鳳ヤンフォンが師の話をしたので思い出したのだろう。

「なんか、今は人生謳歌してるっていうか……、温泉巡りの旅に行っちまったよ」
「私も幼い頃に何度かご挨拶したことがありますが、あの強面の老人が温泉を楽しみにされていると思うと、なんだか少し暖かい気持ちになりますね」

 どうやら凰黎ホワンリィの頭の中ではかなりのどかな光景が浮かんでいるらしい。煬鳳ヤンフォンは『そんなわけはないだろう』と思っているが、せっかくの凰黎ホワンリィの想像を壊すのは止めておく事にした。

「そうかなぁ? たまに驚くような効能の温泉にもめぐり合えるらしくてさ。宝さがしみたいで楽しいんだってさ」
「良いではないですか。今度我々も温泉に行きましょう」
「やだよ、俺あんまり広い所は落ち着かなくて苦手なんだ」

 これは本当だ。
 幼い頃は力もなくひ弱で、敵に狙われやすかった。だから広い場所のような狙われやすいところでは必要以上に神経を張り詰めなければならず、全く心が休まらなかったのだ。

「湖には一人で入ろうとしたじゃないですか」
「うっ……! あ、あれはやむを得ずだよ!」

 忘れかけていた痛い出来事を指摘されて煬鳳ヤンフォンは泣きたくなった。

 ――そのことは頼むから忘れてくれ!

 しかし当分の間はネタにされそうな気がしてならないのだ。
 困り果てた煬鳳ヤンフォンの顔を、凰黎ホワンリィは穏やかな目で見つめている。
 なんだか恥ずかしくなって、煬鳳ヤンフォンは慌てて視線を逸らす。苦し紛れに果物の砂糖漬けの器に手を伸ばした瞬間、凰黎ホワンリィの手が器を掻っ攫う。

「!?」

 何故、を問うより早く凰黎ホワンリィが砂糖漬けの果物を一粒つまみあげ、少し意地悪な微笑みを浮かべた。

「はい、口を開けて?」
「――っ!」

 凰黎ホワンリィは何をするつもりなのか。すぐさま彼の意図を煬鳳ヤンフォンは理解する。

(だって、いきなり給仕の人が入ってくるかもしれないし……。そんな時に万が一見られたら……)

 小屋の中で二人きりのときは好きなだけ甘える癖に、外に出ると途端に意気地が無くなってしまうのだ。自分でもヘタレだと思っているが、どうにも気恥ずかしさのほうが上回ってしまう。

「いや、じ、自分で食べるよ!」

 どぎまぎしながら煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィから視線を逸らし、別の食べ物に手を付けるべく箸をのばそうとしたが――。その手は凰黎ホワンリィによって引っ張られ、あれよという間に煬鳳ヤンフォンは彼の膝の上に乗せられてしまった。
 驚く煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは満面の笑みを見せる。

「給仕が来ることを心配していますか? 大丈夫。誰も扉を開けることができないように、扉を封じておきましたから」

 言われて部屋の入口に目を向けてみれば、ちゃっかりと封じの呪札が戸先部分に貼り付けられている。

(いつの間に……)

 凰黎ホワンリィが膝上の恋人を逃がすわけはなかったのだった。



――――――

[*1]卓子……テーブル
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