【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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陳蔡之厄黒炎山(黒炎山での災難)

052:狐死首丘(十)

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 彩藍方ツァイランファンはひとしきり話し終えたあと、「じゃあまた明日」と去って行った。

 奥の寝台では小黄シャオホワンがぐっすりと眠っているし、彩鉱門さいこうもんの門弟たちも見回りの当番を除けばみな眠りについたようだ。
 辺りは静まり返り、時折風をうけて木々がささやかな音色を奏でている。

 凰黎ホワンリィには「もう少し夜風に当たる」と言って煬鳳ヤンフォンは中庭に残った。目を閉じ、上がりかけた体の熱をどうにかして押さえようと試みる。
 幸いにも清林峰せいりんほうで貰った神薬のお陰で以前よりは御しやすい。しかし、今回煬鳳ヤンフォンが使った霊力以上にこの黒炎山こくえんざんから受ける翳炎えいえんの力は強力だったのだ。

 お陰で黒冥翳魔こくめいえいまの動きを封じることができたのだが、代わりに煬鳳ヤンフォンもその影響を受けてしまった。はじめこそ熱を押さえることができていたのだが、この地に留まっているだけで煬鳳ヤンフォンの身体はこの地で燻る翳炎えいえんの影響を受けてしまう。

 先程までは大丈夫だと言っていたはずなのに、彩藍方ツァイランファンたちと話し終えた頃には煬鳳ヤンフォンの熱は上がっていた。
 それでも、湖が干上がっていた頃と比べたら雲泥の差だ。

(落ち着け。落ち着いて心を静めれば少しずつ熱も下がっていくはずだ)

 身体の中に溶けている索冥花さくめいかの力を探りながら、煬鳳ヤンフォンは静かにその場に座り込む。

煬鳳ヤンフォン

 振り返る前に背後から抱きしめられる。

凰黎ホワンリィ

 体に流れ込む冷たさに、凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの体を冷やしてくれているのだと理解した。

「熱い。……黒炎山こくえんざんに残った黒冥翳魔こくめいえいまの炎を利用するところまでは狙い通りでしたが、煬鳳ヤンフォンにも影響が出るなんて……」
「それは……っ!」

 緩められた襟元に感じた冷たい感触で思わず声が出そうになり、煬鳳ヤンフォンは慌てて唇を噛む。冷たさの根源に視線を向ければ、首元に口付けている凰黎ホワンリィの姿が目に入りドキリと鼓動が跳ね上がった。

「ほわ……」

 凰黎ホワンリィは唇を離し、煬鳳ヤンフォンを見つめる。伏せた長い睫毛から、切なげで美しい瞳が覗く。煬鳳ヤンフォンの身を心から心配する、物憂げな瞳が灯燭の微かな光を映し出し、揺らいでいた。その揺らぎの中に秘められた、確かな想いの深さを感じて煬鳳ヤンフォンは思わず息を飲む。

 常々凰黎ホワンリィの美しさも愛情の深さも、知っているつもりだったが、そのときばかりは衝撃で言葉を失ってしまった。

「首の痣。少し大きくなってしまいましたね……」

 凰黎ホワンリィの辛そうな声で煬鳳ヤンフォンは我に返る。

「仕方ないさ。もうあの翳炎えいえんは俺の体の一部なんだ。……なのに、その力で自分の体も壊れかけるのは納得いかないけどな。俺も、あいつも」

 抱きしめる凰黎ホワンリィの腕の力が微かに強まった。彼が煬鳳ヤンフォンの体のことで心を痛めているのが伝わってくる。それを想うと、心配ばかりかけて、それに己の責任だと責めているのが申し訳なく思えた。

「思うんだけど、俺さ。俺の体の熱が極端に上がるようになったのって、あいつが蘇ったからじゃないかな」
「……それは十分あるかもしれません。だからこそ黒冥翳魔こくめいえいまは自らの体をどうにかすべく、清林峰せいりんほうへ行ったのでしょうから」

 紆余曲折あって黒冥翳魔こくめいえいま彩菫青ツァイジンチンの体を得たが、煬鳳ヤンフォンたちに何一つ仕返しをせずに立ち去ったところを見るに、やはり彼自身も完全にはあの翳炎えいえんを自分の物にできてはいないのだ。

黒冥翳魔こくめいえいま彩鉱門さいこうもんの人間の体をもってしても、貴方より翳炎えいえんをうまく扱うことはできなかったようですね」
「それは言いすぎだよ。元はあいつの力なんだから」
「そうでしょうか? 私から言わせれば、貴方の方がずっと翳炎えいえんとうまくやっている気がしますよ。……ねぇ? 黒曜ヘイヨウ

 急に呼ばれて驚いたのか、戸惑ったような声の黒曜ヘイヨウがひょっこりと煬鳳ヤンフォンの首元から姿を現した。

『クエェ……』
「お前、俺の意識がないうちに色んなこと話したんだってな」


 煬鳳ヤンフォンの言葉に黒曜ヘイヨウは頷く。やはり元が人間だけあって、完全に煬鳳ヤンフォンの言葉を理解している。賢い賢いと思ってはいたが、当然といえば当然のことだった。

「今度は俺が起きてるときに話してくれよ……あ、でもお前はその姿だと話せないのか」
『クエエェ』

 夜の闇に溶け込みそうなほど昏い炎を揺らす黒曜ヘイヨウの姿は、伝説の鳳凰を思い出させる。もしも動きに『気まずさからくる妙に申し訳なさそうな低姿勢感』が滲み出ていなかったならば、人によっては神の使いだと崇め奉っているかもしれない。
 煬鳳ヤンフォンはちょんちょんと黒曜ヘイヨウの頭を撫でてやると「これからもよろしくな」と言った。
 人の言葉すら話すことに苦労している彼だが、煬鳳ヤンフォンのことを案じて協力してくれている。これで黒冥翳魔こくめいえいまから分かたれた魂魄の一部だというのだから本当に驚きだ。
 黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンの頬にスリスリと頭を擦り付けたあとで、大人しく体の中にまた戻っていった。

「……もうすっかり鳥の仕草が身についてるな」

 あまりの小動物のような振る舞いに思わずそんな言葉が口をついて出てしまう。

「同じ体を共有するだけでなく頬ずりまでするなんて……」

 ぼそりと呟いた凰黎ホワンリィの言葉。低く恨めしそうなその声に煬鳳ヤンフォンはぎょっとする。

(いやいやいや……)

 凰黎ホワンリィの言葉が恨めしそうだったので、慌てて煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに向き直ると凰黎ホワンリィの首へ腕を回す。

「そ、それよりさ! お陰でずいぶん体の熱も引いたんだ、ありがとう凰黎ホワンリィ!」
「本当に?」

 凰黎ホワンリィのおでこが、煬鳳ヤンフォンの額にくっついた。凰黎ホワンリィのおでこは冷たくてとても心地良い。

「……うん。本当だ。さっきよりも随分下がっているようですね」
「だろ?」
「でも、無理して隠したりするのは駄目ですよ」
「分かってる。それに凰黎ホワンリィに隠し事なんか、できないさ」
「そうですね、ふふ。煬鳳ヤンフォンの考えを、私が察せないはずないですよね?」
「……」

 自信満々に微笑まれ、またも煬鳳ヤンフォンは言葉を失った。
 顔が良いと、どんな尊大なことを言っても許されるものだ。

 凰黎ホワンリィは肩を揺らし、まだ笑っている。煬鳳ヤンフォンはそれが少しだけ悔しくて、凰黎ホワンリィの襟を引っ掴んで引き寄せると、唇を重ねた。

    * * *

 次の日の朝。凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォン、それに小黄シャオホワンの三人は彩鉱門さいこうもんを発つことにした。身支度を調えながら煬鳳ヤンフォンは頭を悩ませている。色々考えないことは山積みだし、これからどうして良いかも分からずに悩ましい。
 一番頭が痛いのは五行盟ごぎょうめいのことだ。

「俺が無関係だって信じて貰えるかな……」
「無理でしょうね」

 即答だ。
 実際のところ煬鳳ヤンフォン黒冥翳魔こくめいえいまのあいだには浅からぬ因縁がある。浅からぬというか滅茶苦茶因縁がある。はっきりしていることは、煬鳳ヤンフォン黒冥翳魔こくめいえいまと共に睡龍の地をどうにかしようとは一切思っていないし、多分黒冥翳魔こくめいえいまもいまは全くそんなことを考えてはいないこと。
 しかし、そんなことを五行盟ごぎょうめいに話しても絶対に信じてはくれないだろう。

「はあ、一体どうしたら良いんだ……」

 溜め息をつけば、誰かが袖を引く。

ヤン大哥にいに、どうしたの?」

 小黄シャオホワンが心配そうに煬鳳ヤンフォンを見ている。最初こそ凰黎ホワンリィにべったりの小黄シャオホワンだったが、時間が経つにつれて煬鳳ヤンフォンの傍についていることも多くなってきた。少しは心を許して貰ったのかと思えば、可愛くもなるというものだ。

「んー、なんでもない。ヤン大哥にいには大丈夫だから」

 本当は全く大丈夫ではないが、幼子の手前強がってそう言った。

五行盟ごぎょうめいのことは頭が痛い話ではありますが、どうあっても理解を得られることはないでしょう」
「じゃあ、どうしたらいいと思う?」
「彼らに何か言われるのは一旦諦めて、五行盟ごぎょうめいに戻る前にいちど鸞快子らんかいしに相談してみましょう。少しは風当たりを和らげてくれるかもしれません」

 急に鸞快子らんかいしの名前が出てきたことを、内心意外に思う。

凰黎ホワンリィって、鸞快子らんかいしと話してるときは面白くなさそうな顔をしてるのに、案外あいつのこと頼りにしてるんだな……)

 かつての蓬静嶺ほうせいりょうの客卿だったと言っていたが、一体彼が滞在しているあいだにどれほど凰黎ホワンリィとの信頼を深めることがあったのだろうかと煬鳳ヤンフォンは考えた。

「なあ、凰黎ホワンリィにとって鸞快子らんかいしってどんな存在なんだ?」

 二人のあいだに何があるのか、居てもたっても居られなくなって煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに尋ねた。

「どんなって……」

 鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔で、凰黎ホワンリィは言葉を詰まらせる。そのあとすぐに含み笑いを浮かべながら煬鳳ヤンフォンの耳元に顔を寄せた。

「もしかして、焼きもちを焼いてますか?」
「……っ!!」

 図星を指され、顔がカッと熱くなる。咄嗟に顔を逸らそうとすると凰黎ホワンリィの両手に包まれ遮られてしまった。逃げ場がなくなってしまい、いよいよ鼓動が早くなって口から心臓を吐き出しそうだ。
 凰黎ホワンリィはそんな煬鳳ヤンフォンに相好を崩すと、「好敵手のようなものですよ」と告げる。

 好敵手、というのは不思議な表現だ。「それってどういう意味?」と煬鳳ヤンフォンは尋ねたかったのだが、凰黎ホワンリィが落とした瞼への口づけによってその言葉は尻切れトンボに終わってしまった。
 凰黎ホワンリィはずるい。

「あー、ゴホンゴホン……もう入っていいか?」
「ああ、ごめんごめん!」

 格子戸の向こうに背を向けて立つ影がある。わざとらしい咳ばらいをしたのは彩藍方ツァイランファンだった。慌てて彩藍方ツァイランファンを迎え入れると、溜め息交じりに呆れた顔で彩藍方ツァイランファンがじろりと煬鳳ヤンフォンを見る。

「お前ら息をするようにいちゃつくな……。小黄シャオホワンも見てるっていうのに」
「いや! いまのは……その、誤解だ!」
「へいへい」

 昨晩のことはさておいて、さっきのは不可抗力だ!
 そう言いたい煬鳳ヤンフォンだった。
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