【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

文字の大きさ
80 / 178
天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)

077:魔界太子(一)

しおりを挟む
 次の日。客棧きゃくさんの前に停まった馬車を見て煬鳳ヤンフォンは度肝を抜かれた。
 どこの皇族が乗るのかという、豪華な作りの馬車。御者の装備も『いかにもな皇家直属』と分かるような立派なもので、周りには護衛の従者が十数人ほど囲んでいる。

 魔界まかいの皇太子が迎えを寄越すとは言っていたが、ここまで大げさな出迎えをする必要があっただろうか?
 次の日まで待たせるなんて、などと思ったがここまで丁重なお迎えとなればそりゃあ準備に時間がかかるだろうし、礼儀を考えたら一晩泊まらせることは妥当だろう。

 面倒なことにあまりに仰々しい出迎えだったため、またもや野次馬が客棧きゃくさんの周りに集まってくる。これ以上人が増えたら魔界まかいどころではなくなってしまう。
 食べかけの朝餉を放り出して煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィと共に客棧きゃくさんの外に飛び出した。

「これは一体どういうことなんだ!?」

 彼らを率いてきたと思われる、彼らよりいくぶんか立派な身なりをした男が煬鳳ヤンフォンに向かって拝礼をする。しかし、なぜ彼はそんな仰々しい挨拶を煬鳳ヤンフォンたちに向かってとるのだろうか?

「お初にお目にかかります、ヤン公子。私は魔界まかいの皇太子殿下にお仕えする、劉鋼雲リウガンユンと申します。殿下に代わって公子をお迎えにあがりました」
「はい!?」

 一体彼がどのような身分なのか、煬鳳ヤンフォンにはピンとこなかったが、とにかくそれなりに偉い人間であるということは理解できた。それにしても、『ヤン公子』などという呼び方をされるのは、五行盟ごぎょうめい雷閃候レイシャンホウにどこかの公子と間違えられて以来だ。しかし、いくらなんでも初対面の魔界まかいの人間たちにそこまで恭しくされるとなんだか不気味で仕方がない。

「お、俺、そんな丁寧に挨拶されるようなもんじゃないよ」

 慌てて劉鋼雲リウガンユンに訂正したのだが、劉鋼雲リウガンユンは気にする様子もなく柔らかく煬鳳ヤンフォンに笑いかける。魔界まかいの人間とは言うが、やはり外見を見ても煬鳳ヤンフォンたちとなんら変わることはない。煬鳳ヤンフォンに向けた笑顔もまた然り。

「そう仰いますな。皇太子殿下はヤン公子のことをずっと探しておられたのです。よもやこのような場所で貴方様を見つけることができるとは、なんたる幸運でしょう。まさにこれは運命というもの……」
「ちょっと、話がよく分からないんだけど……」
「いまここで全てを申し上げるわけには参りません。どうかお乗り下さい。すべては魔界まかいに着いてからお話しいたしましょう」

 確かに魔界まかいの話を堂々と人前でするわけにはいかない。周りには既に沢山の野次馬がいるのだ。
 食べかけの朝餉のことを思い出しながら、煬鳳ヤンフォンは背後にいる凰黎ホワンリィを見た。苦笑しながら凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの肩に手を乗せる。

「……まずは馬車に乗りましょう。ずっとここにいても人は増えるばかりです」

 凰黎ホワンリィの言う通りだ。これ以上人が増えるくらいならさっさと乗ってしまった方がまだマシだ。

「そうだな。じゃあ、乗せて貰うよ」

 煬鳳ヤンフォンが答えるとさっと従者が二つに割れて馬車までの道をあける。

凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンを頼んだ」
「言われなくても」

 鸞快子らんかいしの言葉を凰黎ホワンリィは軽く受け流す。煬鳳ヤンフォンはそんな二人を不思議な気持ちで見ているだけだったが、馬車に乗り込む前にふと振り返り、見送る鸞快子らんかいしの姿を見た。

『必ずまた会える。それまでさらばだ』

 声こそ届かなかったが、口元は確かにそう動いていた。煬鳳ヤンフォンは頷き軽く手をあげると、馬車の中に入っていった。

「良かったのですか? 別れの言葉くらい、言っても良かったのに」

 馬車の中から外の様子を窺っていると、隣に座る凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンに囁く。

「うん。もう昨日話したいことは話したし。多分伝わったと思うから大丈夫だ」

 答えたあと煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの手を握る。これから魔界まかいに行くのだと思うと緊張しないわけはない。
 せめて昨日のうちにサラっと魔界まかいに入っていたら、ここまでの緊張はなかっただろう。魔界まかいの一行が急にやってきたことは本当に計算外だった。

「先ほど霧谷関むこくかんを超えました。もう魔界まかいの領域ですよ」

 馬車の外から入ってきた劉鋼雲リウガンユンはそう言うと煬鳳ヤンフォンたちの向かいに座る。

「それで、俺たちは王城でも行くのか? 魔界まかいの皇太子殿下に会うんだろ?」
「はい。皇太子殿下は貴方がたをさる場所でお待ちしています。――ただ王城はいま都合が悪いので、もう少し話すのに不都合のない場所をご用意しました」

 そういえば魔界まかいの皇族事情は複雑だった。
 現皇帝である鬼燎帝きりょうていと皇太子とは権力争いの最中であり、それゆえに彼らは恒凰宮こうおうきゅうの頼みを聞いている余裕はなかったのだ。

(でも、それでも俺たちに会うってことは?)

 少なくとも多少の興味を持って貰えているということだろうか、と煬鳳ヤンフォンは考えた。

煬鳳ヤンフォン、緊張していますか?」

 凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンのことを心配そうに見ている。

「少し。……でも別に平気さ。人と会うだけだし、五行盟ごぎょうめいへ行ったときに比べたら全然気楽だよ」

 馬車の外から聞こえる人の声が、俄に増えてくる。どうやら少しずつ人の多い場所へと動いているらしい。外の様子が気になる煬鳳ヤンフォンのためにか、劉鋼雲リウガンユンはここが一体どのような場所であるかを説明してくれた。

「皇帝陛下のお膝元である昏坑九十一京こんきょうきゅうじゅういっけいは、かつての九十一の国が一つになって出来上がった都なのです」
「噂では聞いたことがあったけど、随分と豪快な話だな」
「まったく持ってその通りです」

 歯に衣着せぬ物言いの煬鳳ヤンフォン劉鋼雲リウガンユンは苦笑する。

「ですが――九十一もあった国を一つに纏めるというのは本当に凄いことだと思います。寧ろかなり無茶をしたように思えるのですが……」

 凰黎ホワンリィの言葉に、劉鋼雲リウガンユンは「仰る通りです」と頷いた。皇帝と皇太子が争う状況で、皇太子の使いとしてやって来た彼は、やはりどちらかといえば皇太子側の人間なのだろう。

「馬車から降りる前に話しておいた方が良いでしょう。凰様が仰った通り、この都にはさまざまな国の、さまざまな種族の者たちがかなり不自然な状態で暮らしています。当然、不満もかなり溜まっているというわけです。見えないところでの犯罪も多く、夜はかなり危険な状態です。――くれぐれも、外を歩くときはお二人とも離れぬよう、必ずなにがあったときも己の身を守れるようにお気をつけ下さい」

 給仕の青年も話していたことではあるが、やはり魔界まかいというのは気楽に行けるような場所ではなかったようだ。
 そうこうしていると御者の声が聞こえ、緩やかに馬車が動きを止めた。

「さあ、皇太子殿下がお待ちの場所に着きました。降りるときは足元にお気をつけて」

 先に降りた劉鋼雲リウガンユンが外にいる従者たちに道をあけるよう指示を出している。そのうちの一人が走っていったので、恐らく皇太子の元に煬鳳ヤンフォンたちが到着したことを伝えたのだろう。

 凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンに向かって手を差し出す。その手の上に己の手を載せるのはいささか恥ずかしかったのだが、迷っているうちに手を掴まれて強引に引き寄せられてしまった。
 当然ながら、勢い余って凰黎ホワンリィの腕の中に煬鳳ヤンフォンは収まってしまったわけだ。

魔界まかいの人たちが見てるんだけど!?)

 すぐに離れようとしたが、涼しい顔で凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンを離そうとはしない。結局ひとしきり従者たちの注目の的になったあとで、ようやく二人は劉鋼雲リウガンユンに向き直ったのだった。

 凰黎ホワンリィの腕から解放され、煬鳳ヤンフォンは 改めて魔界まかいの空を見る。まだ朝のはずなのに空は薄っすらと紫を帯びていて、赤い月が浮かんでいた。遠くでは微かに羅刹鳥らせつちょうの鳴き声が聞こえ、この世界全体の陰気の強さを表しているようだ。

「ではお二人とも、こちらへ」

 劉鋼雲リウガンユンは門の中へと歩き出す。門をくぐって見上げてみれば、立派な屋敷が視界に入る。やや昔に作られた建物のようだが、隅々まで彫り込まれた装飾や手入れの行き届いた庭園を見るに、いまに至るまでそれなりの手間暇をかけているのだということが分かった。

「劉将軍、ご苦労様でした」

 中庭を抜けた先に立っていたのは白髪の老人だ。ゆったりとした長袍を着ているが、動きはどことなく気品があって、かつては高い地位にいたことを思わせる。劉鋼雲リウガンユンとのやり取りから類推するに、彼と同じか少し上の立場のものだろうか。
 もしかしてこの人が魔界まかいの皇太子なのか?
 一瞬そんな考えも浮かんだが、違っていたら大惨事だ。どうすべきかとおろおろしていると、老人のほうが先に名乗った。

「儂は皇太子殿下のお世話をしている翁汎ウェンファンと申します。この度は遠路はるばる魔界まかいにようこそ。……ささ、殿下がお待ちです」

 煬鳳ヤンフォンたちは名乗る間もなく翁汎ウェンファンに奥へ行くよう促される。彼は煬鳳ヤンフォンたちの名前より、皇太子に会わせることを優先させたいようだ。煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは大人しく翁汎ウェンファンのあとについて歩く。やがて風雅に竹が生い茂る場所の向こう側に、部屋が見えてきた。

 よくよく見れば、部屋の中には青年が一人。
 しかし椅子に腰かけ物静かに書を読む青年の脇には、端正で穏やかな横顔とは裏腹に物々しい剣が立てかけられている。よく見れば青年の出で立ちも思った以上にいかめしく、甲冑こそ身に着けていないものの、纏っているのは軍服のようだった。

「あちらが魔界まかいの皇太子殿下のおわす……」

 老人が言いかけたところで、部屋の奥にいた人物が勢いよく立ち上がる。凰黎ホワンリィより年上には違いないが、随分と若い男だ。男はぱあっと華やかな笑みを浮かべると、凄まじい足音を立ててこちらに向かってきた。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

処理中です...