【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)

078:魔界太子(二)

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「会いたかったぞおおおおおおおおおおおお! 阿鳳アーフォン!」

 ピクリと凰黎ホワンリィの眉が上がる。相手が魔太子でなかったら、きっといまごろ睨みつけていたはずだ。そうしなかったのは、やはり大人たるもの事情を汲んで堪えたのだろう。
 ただ、男に思い切り抱き着かれていきなり名前を呼ばれた煬鳳ヤンフォンはそれどころではなかった。

「ちょっと! 俺はあんたに名乗ってもいないし阿鳳アーフォンなんて呼ばれる筋合いもないぞ!?」

 事情も汲まず、思い切り本音をぶつけてしまったのだ。周囲がぎょっとしたのは言うまでもない。あとから煬鳳ヤンフォンもしまったとやらかしてしまったことに気づいたが時既に遅し。

「あ……ああ、ああ! これは本当に申し訳ない。私の説明が足りなかったこと心からお詫びしよう。私は拝陸天バイルーティエン魔界まかいの皇太子」

 しかし幸いにも拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの物言いを咎めることはなく、気にした様子も一切無い。それにしても、いきなり抱き着くなんてとんでもないことをするやつが皇太子だったものだ。色々魔界まかいの秩序は大丈夫なのかとか頭の中に疑念がわき上がる。
 拝陸天バイルーティエンは咳払いをして姿勢を正し、改めて煬鳳ヤンフォンたちに座るよう促した。

「まず一番言いたいことを話させて貰う。私が皇太子であることはいま伝えたが、実はもう一つ小鳳シャオフォンに伝えたいことがある」
「……」

 『阿』が駄目なら『小』なのか。
 いちいち突っ込んでも仕方ないし、何より相手は皇太子。色々考えた末に、煬鳳ヤンフォンはその件について何か言うのを諦めた。

「で、俺たちに伝えたいことって?」
「正確には――小鳳シャオフォン。そなたに伝えたい」

 拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンを指さすと毅然とした態度でそう言った。しかしその前に散々やらかしているので今更という気がしないでもない。

小鳳シャオフォン。そなたは己の名が刻まれた石と、香包を持っているそうだな」
「え? ああ。これは俺の両親の形見だから、俺たちは肉親を探す――」
「甥よーーーーーーーーーーー!!」

 言い終わる前に拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンを抱きしめた。

(甥!? 甥ってどういうことだ!?)

 抱きしめられた煬鳳ヤンフォンの頭の中で『甥』の言葉がぐるぐると回る。甥と言えば、兄弟の息子のことだ。
 つまり、いま拝陸天バイルーティエンが言っているのは『煬鳳ヤンフォン拝陸天バイルーティエンの兄弟の息子』ということになる。

「嘘だろ!?」

 そのようなことがあるはずないと、煬鳳ヤンフォン拝陸天バイルーティエンを引き剥がそうとするが、彼は抵抗できないほどの強い力で煬鳳ヤンフォンをねじ伏せる。

凰黎ホワンリィ、助けて!」

 慌てて凰黎ホワンリィに助けを求めたが、凰黎ホワンリィは動かない。

「なるほど……。確かに名前を刻んだことを知っている身内のものなら、煬鳳ヤンフォンが関所であの石を見せた瞬間に気づくでしょうね」

 どうやら彼から向けられる感情が、甥への情であることに納得したのか、拝陸天バイルーティエンを止める気配は無いようだ。

(納得するにはまだ早いだろ!?)

 そう訴えたい気持ちで一杯だった。

「あの鉱石はただの石ではない。『神羅石しんらせき』と呼ばれる魔界まかいでしか採れない、しかもかなり入手することが困難な代物だ。ゆえに、同じ鉱石でその名が書いてあるものが二つ存在する可能性はほぼ全くといって良いほどないのだ」

 拝陸天バイルーティエンはそんな煬鳳ヤンフォンを納得させるためか、それとも凰黎ホワンリィに対してだったのか、理由を付け加える。

「なんだか万晶鉱ばんしょうこうみたいだな」

 うっかり余計なことを言ったと思ったが、拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの言葉に頷く。

「さよう。人界にんかい万晶鉱ばんしょうこうがあるように、魔界まかいにも珍しい鉱石は存在する。まあ、それでも万晶鉱ばんしょうこうに並ぶほどではないのだがな」

 あの鉱石は確かに人界にんかいには存在しないと彩藍方ツァイランファンも言っていた。だから拝陸天バイルーティエンの話はつじつまが合う。
 しかし……。

「でも! だからって、俺があんたの甥だってそれだけで決めていいのか!?」
小鳳シャオフォンよ、そんなにこの私が叔父では嫌なのか?」

 そう言われると煬鳳ヤンフォンは言い返せない。肉親がいたら、という期待を持ってここまできたのは本当だし、さらにそれが己のことを嫌っていなかった、存在を喜んで迎えてくれたのならこれほど嬉しいことはない。願ってもないことだ。
 ただ、あまりにことがトントン拍子に進みすぎて俄には信じられないだけ。

「そ、そんなことはない……。もしもそれが本当なら、嬉しいに決まってる。ただ、こんなに簡単に魔界まかいに来た途端会えるなんて思わなかったし、確かに石のことは納得したけど俺自身がまだ信じ切れなくて……」
「殿下、煬鳳ヤンフォンは物心ついたときには人買いの集団に捕まっておりました。そして、つい最近までずっと自分が捨てられてしまったと思い込んでいたのです。ですから、嬉しくてもすぐに殿下のお言葉を信じることができないこと、どうかご理解下さい」

 慌てて凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの言葉に附言する。こういうときに煬鳳ヤンフォンは上手く相手に自分の気持ちを伝えることが苦手だが、凰黎ホワンリィはそれを理解して間に立ってくれる。煬鳳ヤンフォンはそんな凰黎ホワンリィの存在に心から感謝せざるを得ない。

「ふむ……小鳳シャオフォンの言うことも一理あるな。翁汎ウェンファン

 拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの言葉に何やらうんうんと頷くと、翁汎ウェンファンを呼びつけた。

「滴血の準備を」
「かしこまりました」

 翁汎ウェンファンは深々と頭を下げると侍従のものにその場を任せ自らは部屋の外に消えてゆく。
 滴血とは水の中に垂らした血の、溶け合う具合を見て血縁関係を調べる方法だ。他にもいくつか似た手段はあるのだが、いずれも信憑性には欠けている。

 凰黎ホワンリィ拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの叔父甥の関係について疑問は持っていないようだったが、滴血の方法に関しては少しばかり物申したかったらしい。

「滴血ですか? 差し出がましいことを申し上げますが、しかしそれは……」

 凰黎ホワンリィがおずおずと拝陸天バイルーティエンに言うと、拝陸天バイルーティエンはそれを笑い飛ばす。

「いやいや。そなたの申したいことは良く分かる。世で知られる滴血といえば、まあ止める気持ちも分からぬでもない。しかし魔界まかいの滴血はそれとはまったく種類の異なる方法だ。寧ろ、魔界まかいの人間の皇家にしか使えぬ――名前が同じなのはたまたまで、全くの別物なのだ」
「はあ……」

 そうこうしていると、翁汎ウェンファンが三つの椀を運んできた。白い椀の中には水が張ってあり、中の様子がよく見える。

「違いが分かりやすいように小鳳シャオフォンとそなたと、私の三人で試してみよう。それぞれ別の椀に数滴血を垂らして欲しい」

 そう言うと拝陸天バイルーティエンは指先から数滴、血の滴を椀の中に落とす。それを見て煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィも彼に習って数滴の血を椀の中にそれぞれ落とした。

「……見えなくなりましたね」
「数滴であるからな」

 まじまじと見つめる凰黎ホワンリィを面白そうに見ながら、拝陸天バイルーティエンは言う。

魔界まかいの皇家の血は特別なもの。小鳳シャオフォンの持っていたものと同じ、神羅石しんらせきと呼応して光を放つのだ」

 そう言った拝陸天バイルーティエン手には煬鳳ヤンフォンの持つ香包の中の石とよく似た鉱石が握られている。しかも、煬鳳ヤンフォンが持っているそれよりも大きなものだ。拝陸天バイルーティエンは石をかざして呪文を唱える。何を言ったのか良く分からなかったが、どうやら皇家に伝わる特殊な言葉であると、翁汎ウェンファンが小声で教えてくれた。

「あ!」

 変化はすぐに訪れる。先ほど血を垂らした椀のうちの二つが紫の光を放っていたのだ。片方はより強く、もう片方はそれよりは少し弱く。

煬鳳ヤンフォンと皇太子殿下の椀が光っていますね。対して私の椀は全く光っていない、ということは……」
「そう。つまり小鳳シャオフォンは紛れもなく魔界まかいの皇家の血を引いている。即ち――私の妹の子、私の甥ということになる」

 さすがにいまの光景を目の当たりにしては、煬鳳ヤンフォンも納得をせざるを得なかった。

(まさか、本当に肉親に会えるなんて……)

 あまりにも突然の出来事に、どう反応していいか分からない。けれど、手放しでここまで歓迎されるなど欠片も想像をしていなかっただけに、なんだかふわふわしてくすぐったい気持ちだ。



「妹は大層なお転婆な娘で、家臣たちが止めるのも聞かずによく人界にんかいへお忍びで遊びに行っていたものだ」

 当時のことを拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンに語ってくれるというので、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは彼の話を聞くことにした。

「私と泉美チェンメイとは少し歳の離れた兄妹だった。泉美チェンメイは私のことを慕っていたし、私もそんな妹のことを心から愛していたものだ。一方で、父である皇帝陛下――鬼燎帝きりょうていとは私も泉美チェンメイも、どちらも折り合いが悪く、常日頃強引な手段ばかりをとる父のことを妹は嫌っていた」

 実の両親とはいえど、順風満帆とはいかないものだ。魔界まかいの人間だからなのか、それとも単に性格の問題なのか。ずっと親という存在の無い中で生きてきた煬鳳ヤンフォンにとっては、肉親であってもそのようなことがあるものなのかと思うと、意外に思えた。

「やがて泉美チェンメイ人界にんかいでさる若者と恋に落ちた。彼は人界にんかいの商人で、さまざまな物資を仕入れては運んでいる際に出会ったのだとか。二人はあっという間に恋に落ち、結婚を約束したのだと、そう泉美チェンメイからは聞いた」

 しかし、親である皇帝はそのことに激高し、二人の結婚を認めることはなかった。何度も二人で皇帝の元に赴いて認めて貰うようにと頼んだが、皇帝は人界にんかいの人間と恋仲になった妹を許すことはなかったのだ。
 結局、泉美チェンメイ魔界まかいを離れ父と袂を分かつ決意をし、そして恋人と供に人界にんかいへと渡った。

「もとより私も泉美チェンメイも父のやることなすことに反対していた。しかし、妹の一件で完全に親子は心が離れてしまったのだ」

 しかし、それだけではなかった。
 妹が魔界まかいを出ることを良しとしなかった皇帝は、妹からすべての力を奪い取ってしまったのだ。

魔界まかいから出るのだから力は不要だろう、人界にんかいで暮らすなら只人となるがいい――と言ってな。しかし泉美チェンメイはそれでも満足だ、力に未練はないし、これであの人と同じになることができるのだから、と言っていた。だが私はそんな泉美チェンメイのことが不安だった。人界にんかいへと旅立つ際に見た二人の姿がいまも忘れられない」

 拝陸天バイルーティエンはそう言って溜め息をつく。

『力に未練はない』

 なんだかその言葉、どこかで聞いたような……と思ったら、自分がまさに口にした言葉だと気づき、思わず煬鳳ヤンフォンは口元を緩めた。
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