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天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)
080:魔界太子(四)
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それから、ようやく拝陸天が戻ってきて一同は、なぜ煬鳳たちが魔界へやってきたのかを掻い摘んで説明した。
まず、煬鳳の霊力は少々特殊で、実体を持っている。ゆえに霊力をなんとかしなければ煬鳳の体が持たないということ。共存する黒曜との関係を維持したまま分けるため、近しい霊力を持つ肉親の助けが必要なこと。
それに、煬鳳の霊力問題に対処するため、恒凰宮の力を借りたのだが、交換条件として翳冥宮の復興について魔界の協力を取り付けることを約束した、ということ。
「お願いばかりで恐縮なのですが、つきましては殿下には翳冥宮の復興をどうか手助けして頂きたいのです」
やや緊張した面持ちで凰黎は拝陸天に頭を下げる。
随分一方的な頼み事ばかりしてしまったので、聞き届けて貰えるかは自信がなかったが、拝陸天の返答は悪くはないものだった。
「話はおおむね理解した。小鳳はたった一人残された泉美の忘れ形見。どうして私が見捨てることができようか。必ずそなたのことは私が助けてみせる。そのためならいくらでも協力は惜しむまい」
「では……!」
凰黎の声が跳ね上がる。
「約束する。私の力が必要になったときは、必ず駆け付けよう。いくらでも私の霊力を使うが良い。ただ、恒凰宮の件については、一つだけ問題がある。いま私は、父である皇帝……鬼燎帝と反目し合っている。このことは知っているだろうか」
「存じております、殿下」
凰黎は頷く。
鸞快子も、関塞で働いていた給仕の青年も同様のことを言っていた。やはり火の無いところに煙は立たないのだ。
「ひとつ言えるのは、皇帝陛下は人界との和平などは何一つ考えておらず、寧ろ機会があれば乗り込んで我がものにするくらいの野望を持っているということ」
歯に衣着せぬ拝陸天の言葉に、一同は静まりかえる。
「私はそのような皇帝陛下の――父のやり方は好まない。先帝が御存命でおられた頃から奴のやり口はそうであったし、奴が皇帝の地位に就いてもその気持ちは変わることはない。ましてや泉美の件があってなおさらだ」
そう言った拝陸天の拳は震えていた。いまの皇帝がいつ皇位に即いたのかは分からないが、当時から彼は皇帝に不満を持っていたということだけは分かる。
「現皇帝のままでは何かが変わることは無い。皇帝に反発するものは多いが奴の力は圧倒的だ。もし、いずれ――」
そこまで言って拝陸天は言葉を止めた。
「――いずれ、魔界が変わる日が来たら、そのときは翳冥宮の復興に全面的に協力しよう。しかしその前に――」
そう言うと拝陸天は椅子から立ち上がる。たちまち持っていた剣を抜き放ち、格子窓の向こうに投げつけた。
「出てくるが良い、小悪党。皇太子の屋敷に忍び込むとは実に大胆不敵」
振り返ると既に劉鋼雲が待ち受けるように剣を構えている。煬鳳は緊張しきりですっかり周りへの注意が抜けていたのだが、煬鳳以外は皆侵入者の存在に気づいていたようだ。
「殿下、お下がり下さい。金貪! 銀瞋!」
劉鋼雲の呼びかけに、すぐさま二人の青年が駆け付ける。金貪と銀瞋と呼ばれた二人の青年は、髪色は違えど瓜二。二人同じように呼吸を揃え劉鋼雲の脇に並び立った。
「魔界の奴らはどんなものかと思ったけど、なるほど。なかなかやるじゃないか」
「お前! いつの魔界に!?」
ぬらりと格子窓の影から現れたのは黒冥翳魔だ。
驚いた煬鳳は黒冥翳魔に向かって叫ぶ。
「いつもなにも。ずっとお前らの跡をつけてたんだよ!」
「知っていましたよ」
「……」
即答した凰黎の言葉に、一瞬場が凍り付く。しかし煬鳳以外は気づいていたのだから当然と言えば当然か。
「はっ、得意げに言うけど、それならなぜ敢えて泳がせていたんだ? 俺が何するか分かったものじゃないだろう?」
「私はてっきり、黒炎山で話したことが気になってずっと話す機会を窺っているのだとばかり思っていましたので……」
「ふざけるな!」
黒冥翳魔は叫び、凰黎に翳炎を飛ばす。咄嗟に煬鳳は凰黎を庇おうとしたが、煬鳳たちの前に劉鋼雲が出ると黒冥翳魔の翳炎を弾き飛ばしてしまった。
「黒冥翳魔、といえばかつて翳冥宮の小宮主であったと聞いたことがあるが……粗暴なだけで大したことはないようだ。自慢の炎もその体では思うように出せぬだろうし、何より本をただせば魔界の力。残念だが人界に住まう者ほどには効かぬ」
毅然と言い放つ劉鋼雲。仮にも黒冥翳魔は五行盟全員で封印するほどの強さだったはずなのだが、いくら体が消滅していても、人の体を借りていても、ここまで劉鋼雲が強いとは思わなかった。
「なるほど。翳炎は効かないってことだな。それなら……!」
先ほど拝陸天が投げた剣を引き寄せて、黒冥翳魔は斬りかかる。彼が剣を使ったのは初めて見たが、名だたる強敵と相まみえたとて謙遜がないほどには達者な剣術だ。
(でも、それにしてもどうしたんだ? いままでは逃げるばかりで俺たちもあいつをちゃんと見る余裕がなかったけど……。こうして見ると思った以上にそこまでの絶大な力っていうのは感じないな……)
翳冥宮の人間が元は魔界の人間の血を引いていて、その力は純粋な魔界の人間よりは劣る、もしくは長い時間をかけて変化したゆえの弊害とも考えられる。
「ほら、どうしたんだ? あんたは魔界の将軍なんだろ!? そんなんじゃ殿下を守ることなんかできないぞ!」
しかし、やはり黒冥翳魔は名ばかりではなく、剣ひとつでも劉鋼雲を僅差で押している。もっとも、守る者のない黒冥翳魔に比べて背後の煬鳳たちや拝陸天を気にする劉鋼雲とでは条件が違う。
「そこまでだ劉鋼雲。下がっていろ」
拝陸天が手を掲げると、黒冥翳魔の手から剣が飛び出し拝陸天の手の中に戻る。驚きつつも隙を与えまいと向かってくる黒冥翳魔に手を向けて拝陸天は「焦るな」と一喝した。
「くっ……!」
途端に黒冥翳魔の動きがぴたりと止まる。顔色を見る限り望んで止まったわけではなく、これも拝陸天の力の一つのようだ。
「黒冥翳魔と申したな。感動の甥との再会に水を差すことは止めて貰おうか。私は心が広いが無粋な輩を許しておくほど寛容でもない」
「はっ、君子ぶった言い方をするな! 翳冥宮を復興するために協力とか言ってるが、そもそも翳冥宮を乗っ取ろうとしたのはお前たち魔界の者だろう! 上手いこと言って都合のいいことを言っているだけじゃないのか!」
「なんだと? どういうことだ?」
拝陸天は聞き返す。煬鳳たちも初耳の話であったため、思わず黒冥翳魔をまじまじと見つめてしまった。
「黒曜、出てこい!」
堪らず煬鳳は黒曜を呼び出す。しかし黒冥翳魔にけしかけるでもなく、出てきた黒曜をわしづかみにして、「どういうことだ!? お前、知ってたのか!?」と問い詰めた。
『ク、クエェェ……』
黒曜は気まずそうな顔で目線を逸らす。
……確信犯だ。
煬鳳と凰黎は確信した。
「その鳥が言うことには『もしも小鳳が魔界の人間の血を引いているとして、このことを知ったら気にすると思って言いだせなかった』だそうだ」
「殿下は黒曜の言葉が分かるのか!?」
「叔父上で、構わぬぞ? 小鳳」
「……じゃ、じゃあ、せめて陸叔公で……」
さすがに『叔父上』は照れくさくて言い辛い。
「ふむ、仕方ない。その辺で妥協しようか。……いや、その鳥の言葉は分からぬが、何を言っているか感覚で理解できるだけだ」
それはそれで凄いものだ。煬鳳ももう少し黒曜の言葉が分かれば苦労はしないだろう、と思った。
「それより先ほどの話が本当なら、大変なことだ。そなたが望むなら全力でその犯人を探し出そう」
「できるわけないだろう! もう百年以上前の話なんだぞ!? 見つかるものか!」
先ほどから怒ってばかりの黒冥翳魔だが、かつて睡龍の地を恐れさせたという面影はない。それに、翳冥宮のことになると感情的になるのは、やはり彼自身が酷くそのことを気にしているからだろう。
「魔界の人間は人界に比べれば寿命が長い。諦めなければきっと手掛かりが見つかるはずだ。私とて身内を亡くしている。そなたの口惜しさは多少なり分かるつもりだ。まずは魔界のものとして一先ず私が先に詫びたい」
「なに他人事みたいな言い方してやがる! お前は魔界の皇太子なんだろう? 民のせいならそれを統治する存在のお前も同罪だろ!」
しかしその言い分は些か乱暴だ。ひとたび憎いと思えば魔界のものすべてを憎みそうな勢いだ。これではいずれもう一度心魔に取り込まれても仕方がないだろう。
どうしようかと凰黎を見るが、凰黎は「もう少し殿下にお任せしましょう」と言う。拝陸天は黒冥翳魔を真っ直ぐ見据え、堂々と言い放つ。
「ならば聞こうか。その論理で語るのならば、黒冥翳魔としての罪はお前の両親も同罪なのか? 翳冥宮すべての門弟たちの罪なのか?」
拝陸天の言葉に黒冥翳魔の顔色が一瞬にして白くなる。言葉を失い、何か言いたげに口を動かすが、言い返す言葉が見つからないようだ。
「煩い!」
怒り散らかした黒冥翳魔は、拝陸天に飛び掛かる。咄嗟に拝陸天のことを守らねばと、考えるより早く煬鳳の体が動く。反射的に掴んでいた黒曜にありったけの霊力を注ぎ込むと、黒冥翳魔に向かって投げつけた。
「煬鳳!」
吹っ飛んでいく黒冥翳魔を目で追っていると、凰黎の悲痛な声が耳に刺さる。凰黎には心配をかけて悪いと思ったが、それでも煬鳳としては、初めて出会えた肉親を危険な目に遭わせたくなかったのだ。
(首が、熱い……)
黒冥翳魔を退けることは成功したが、次の攻撃が来ることを考えると油断はできない。煬鳳がもう一度黒曜をけしかける準備をしていると、背後から誰かの腕が煬鳳を抱き寄せる。
「ほわ!?」
驚いて振り返ると、それは凰黎ではなくすぐ後ろにいた拝陸天だった。
「私を心配してくれたのか、小鳳。しかし仮にも私は皇太子。あの者ごときに遅れは取らぬ。安心せよ」
まず、煬鳳の霊力は少々特殊で、実体を持っている。ゆえに霊力をなんとかしなければ煬鳳の体が持たないということ。共存する黒曜との関係を維持したまま分けるため、近しい霊力を持つ肉親の助けが必要なこと。
それに、煬鳳の霊力問題に対処するため、恒凰宮の力を借りたのだが、交換条件として翳冥宮の復興について魔界の協力を取り付けることを約束した、ということ。
「お願いばかりで恐縮なのですが、つきましては殿下には翳冥宮の復興をどうか手助けして頂きたいのです」
やや緊張した面持ちで凰黎は拝陸天に頭を下げる。
随分一方的な頼み事ばかりしてしまったので、聞き届けて貰えるかは自信がなかったが、拝陸天の返答は悪くはないものだった。
「話はおおむね理解した。小鳳はたった一人残された泉美の忘れ形見。どうして私が見捨てることができようか。必ずそなたのことは私が助けてみせる。そのためならいくらでも協力は惜しむまい」
「では……!」
凰黎の声が跳ね上がる。
「約束する。私の力が必要になったときは、必ず駆け付けよう。いくらでも私の霊力を使うが良い。ただ、恒凰宮の件については、一つだけ問題がある。いま私は、父である皇帝……鬼燎帝と反目し合っている。このことは知っているだろうか」
「存じております、殿下」
凰黎は頷く。
鸞快子も、関塞で働いていた給仕の青年も同様のことを言っていた。やはり火の無いところに煙は立たないのだ。
「ひとつ言えるのは、皇帝陛下は人界との和平などは何一つ考えておらず、寧ろ機会があれば乗り込んで我がものにするくらいの野望を持っているということ」
歯に衣着せぬ拝陸天の言葉に、一同は静まりかえる。
「私はそのような皇帝陛下の――父のやり方は好まない。先帝が御存命でおられた頃から奴のやり口はそうであったし、奴が皇帝の地位に就いてもその気持ちは変わることはない。ましてや泉美の件があってなおさらだ」
そう言った拝陸天の拳は震えていた。いまの皇帝がいつ皇位に即いたのかは分からないが、当時から彼は皇帝に不満を持っていたということだけは分かる。
「現皇帝のままでは何かが変わることは無い。皇帝に反発するものは多いが奴の力は圧倒的だ。もし、いずれ――」
そこまで言って拝陸天は言葉を止めた。
「――いずれ、魔界が変わる日が来たら、そのときは翳冥宮の復興に全面的に協力しよう。しかしその前に――」
そう言うと拝陸天は椅子から立ち上がる。たちまち持っていた剣を抜き放ち、格子窓の向こうに投げつけた。
「出てくるが良い、小悪党。皇太子の屋敷に忍び込むとは実に大胆不敵」
振り返ると既に劉鋼雲が待ち受けるように剣を構えている。煬鳳は緊張しきりですっかり周りへの注意が抜けていたのだが、煬鳳以外は皆侵入者の存在に気づいていたようだ。
「殿下、お下がり下さい。金貪! 銀瞋!」
劉鋼雲の呼びかけに、すぐさま二人の青年が駆け付ける。金貪と銀瞋と呼ばれた二人の青年は、髪色は違えど瓜二。二人同じように呼吸を揃え劉鋼雲の脇に並び立った。
「魔界の奴らはどんなものかと思ったけど、なるほど。なかなかやるじゃないか」
「お前! いつの魔界に!?」
ぬらりと格子窓の影から現れたのは黒冥翳魔だ。
驚いた煬鳳は黒冥翳魔に向かって叫ぶ。
「いつもなにも。ずっとお前らの跡をつけてたんだよ!」
「知っていましたよ」
「……」
即答した凰黎の言葉に、一瞬場が凍り付く。しかし煬鳳以外は気づいていたのだから当然と言えば当然か。
「はっ、得意げに言うけど、それならなぜ敢えて泳がせていたんだ? 俺が何するか分かったものじゃないだろう?」
「私はてっきり、黒炎山で話したことが気になってずっと話す機会を窺っているのだとばかり思っていましたので……」
「ふざけるな!」
黒冥翳魔は叫び、凰黎に翳炎を飛ばす。咄嗟に煬鳳は凰黎を庇おうとしたが、煬鳳たちの前に劉鋼雲が出ると黒冥翳魔の翳炎を弾き飛ばしてしまった。
「黒冥翳魔、といえばかつて翳冥宮の小宮主であったと聞いたことがあるが……粗暴なだけで大したことはないようだ。自慢の炎もその体では思うように出せぬだろうし、何より本をただせば魔界の力。残念だが人界に住まう者ほどには効かぬ」
毅然と言い放つ劉鋼雲。仮にも黒冥翳魔は五行盟全員で封印するほどの強さだったはずなのだが、いくら体が消滅していても、人の体を借りていても、ここまで劉鋼雲が強いとは思わなかった。
「なるほど。翳炎は効かないってことだな。それなら……!」
先ほど拝陸天が投げた剣を引き寄せて、黒冥翳魔は斬りかかる。彼が剣を使ったのは初めて見たが、名だたる強敵と相まみえたとて謙遜がないほどには達者な剣術だ。
(でも、それにしてもどうしたんだ? いままでは逃げるばかりで俺たちもあいつをちゃんと見る余裕がなかったけど……。こうして見ると思った以上にそこまでの絶大な力っていうのは感じないな……)
翳冥宮の人間が元は魔界の人間の血を引いていて、その力は純粋な魔界の人間よりは劣る、もしくは長い時間をかけて変化したゆえの弊害とも考えられる。
「ほら、どうしたんだ? あんたは魔界の将軍なんだろ!? そんなんじゃ殿下を守ることなんかできないぞ!」
しかし、やはり黒冥翳魔は名ばかりではなく、剣ひとつでも劉鋼雲を僅差で押している。もっとも、守る者のない黒冥翳魔に比べて背後の煬鳳たちや拝陸天を気にする劉鋼雲とでは条件が違う。
「そこまでだ劉鋼雲。下がっていろ」
拝陸天が手を掲げると、黒冥翳魔の手から剣が飛び出し拝陸天の手の中に戻る。驚きつつも隙を与えまいと向かってくる黒冥翳魔に手を向けて拝陸天は「焦るな」と一喝した。
「くっ……!」
途端に黒冥翳魔の動きがぴたりと止まる。顔色を見る限り望んで止まったわけではなく、これも拝陸天の力の一つのようだ。
「黒冥翳魔と申したな。感動の甥との再会に水を差すことは止めて貰おうか。私は心が広いが無粋な輩を許しておくほど寛容でもない」
「はっ、君子ぶった言い方をするな! 翳冥宮を復興するために協力とか言ってるが、そもそも翳冥宮を乗っ取ろうとしたのはお前たち魔界の者だろう! 上手いこと言って都合のいいことを言っているだけじゃないのか!」
「なんだと? どういうことだ?」
拝陸天は聞き返す。煬鳳たちも初耳の話であったため、思わず黒冥翳魔をまじまじと見つめてしまった。
「黒曜、出てこい!」
堪らず煬鳳は黒曜を呼び出す。しかし黒冥翳魔にけしかけるでもなく、出てきた黒曜をわしづかみにして、「どういうことだ!? お前、知ってたのか!?」と問い詰めた。
『ク、クエェェ……』
黒曜は気まずそうな顔で目線を逸らす。
……確信犯だ。
煬鳳と凰黎は確信した。
「その鳥が言うことには『もしも小鳳が魔界の人間の血を引いているとして、このことを知ったら気にすると思って言いだせなかった』だそうだ」
「殿下は黒曜の言葉が分かるのか!?」
「叔父上で、構わぬぞ? 小鳳」
「……じゃ、じゃあ、せめて陸叔公で……」
さすがに『叔父上』は照れくさくて言い辛い。
「ふむ、仕方ない。その辺で妥協しようか。……いや、その鳥の言葉は分からぬが、何を言っているか感覚で理解できるだけだ」
それはそれで凄いものだ。煬鳳ももう少し黒曜の言葉が分かれば苦労はしないだろう、と思った。
「それより先ほどの話が本当なら、大変なことだ。そなたが望むなら全力でその犯人を探し出そう」
「できるわけないだろう! もう百年以上前の話なんだぞ!? 見つかるものか!」
先ほどから怒ってばかりの黒冥翳魔だが、かつて睡龍の地を恐れさせたという面影はない。それに、翳冥宮のことになると感情的になるのは、やはり彼自身が酷くそのことを気にしているからだろう。
「魔界の人間は人界に比べれば寿命が長い。諦めなければきっと手掛かりが見つかるはずだ。私とて身内を亡くしている。そなたの口惜しさは多少なり分かるつもりだ。まずは魔界のものとして一先ず私が先に詫びたい」
「なに他人事みたいな言い方してやがる! お前は魔界の皇太子なんだろう? 民のせいならそれを統治する存在のお前も同罪だろ!」
しかしその言い分は些か乱暴だ。ひとたび憎いと思えば魔界のものすべてを憎みそうな勢いだ。これではいずれもう一度心魔に取り込まれても仕方がないだろう。
どうしようかと凰黎を見るが、凰黎は「もう少し殿下にお任せしましょう」と言う。拝陸天は黒冥翳魔を真っ直ぐ見据え、堂々と言い放つ。
「ならば聞こうか。その論理で語るのならば、黒冥翳魔としての罪はお前の両親も同罪なのか? 翳冥宮すべての門弟たちの罪なのか?」
拝陸天の言葉に黒冥翳魔の顔色が一瞬にして白くなる。言葉を失い、何か言いたげに口を動かすが、言い返す言葉が見つからないようだ。
「煩い!」
怒り散らかした黒冥翳魔は、拝陸天に飛び掛かる。咄嗟に拝陸天のことを守らねばと、考えるより早く煬鳳の体が動く。反射的に掴んでいた黒曜にありったけの霊力を注ぎ込むと、黒冥翳魔に向かって投げつけた。
「煬鳳!」
吹っ飛んでいく黒冥翳魔を目で追っていると、凰黎の悲痛な声が耳に刺さる。凰黎には心配をかけて悪いと思ったが、それでも煬鳳としては、初めて出会えた肉親を危険な目に遭わせたくなかったのだ。
(首が、熱い……)
黒冥翳魔を退けることは成功したが、次の攻撃が来ることを考えると油断はできない。煬鳳がもう一度黒曜をけしかける準備をしていると、背後から誰かの腕が煬鳳を抱き寄せる。
「ほわ!?」
驚いて振り返ると、それは凰黎ではなくすぐ後ろにいた拝陸天だった。
「私を心配してくれたのか、小鳳。しかし仮にも私は皇太子。あの者ごときに遅れは取らぬ。安心せよ」
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