【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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天魔波旬拝陸天(魔界の皇太子)

082:魔界太子(六)

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「やっぱり当人同士で話し合って貰うのが一番早いかな」
「暫く時間も経てば、黒冥翳魔こくめいえいまも頭が冷えるでしょう。そうしたら二人で説得に行ってみます」
「うん、頼むよ。凰黎ホワンリィ黒曜ヘイヨウに宜しく言っておいてくれ。……黒曜ヘイヨウは俺の体を使うのを躊躇うと思うけど、黒冥翳魔こくめいえいまを説得できるのはやっぱりあいつしかいないからな。今はどうしても力を借りるしかない」

 暫くすると、翁汎ウェンファンが薬草茶を持って部屋にやってきた。

「凰様。小鳳シャオフォン坊ちゃま。薬草茶を持って参りました。……体の不調を和らげてくれる特別な配合ですから、ぜひお召し上がりください」
「有り難う、翁汎ウェンファン

 翁汎ウェンファン凰黎ホワンリィのすぐ脇にある机に茶碗を置くと、煬鳳ヤンフォンをまじまじと見る。

「こうして見ると、やはり公主様によく似ておられる」
「それ、俺の……」

 母親、母さん。
 頭では分かっているけれど、すぐに口から出てこない。口にしたこともなかったので、会ったことも見たことも無い人物のことをそう呼んで良いか躊躇ってしまったのだ。

「ええ、小鳳シャオフォン坊ちゃまの母君でございますよ」

 翁汎ウェンファンは懐かしそうに窓の外に目を向ける。随分と眠っていたせいか既に外の景色は赤く染まっている。夜の帳が落ちるのもそう遠くはないだろう。

煬鳳ヤンフォンの母君はどのような方だったのですか? 彼は両親のことを全く覚えていないので、知っていることがあればぜひ聞かせてください」

 気を利かせた凰黎ホワンリィが、翁汎ウェンファンにそう言った。翁汎ウェンファンは嬉しそうに頷くと「もちろんでございます」と目を細める。

「公主様がお生まれになられたとき、私はまだ王城にいて皇帝陛下のお傍でお仕えしておりました。公主様は玉のように愛らしく、虎のように勇ましく、軍馬を盗み出し三つ離れた町まで遊びに行ってしまうほどの活動的なお方で……」

 お転婆とは聞いてはいたが、軍馬を盗み出すなどという話聞いたことがない。聞いているうちに思慕よりも呆れが強く『そりゃあとんでもないお転婆だな』という気持ちしか出てこなかった。

「ある戦のときは、将軍を気絶させて公主様が鎧を着込んで将軍になりすましてしまったこともありました。あのときばかりはさすがに皇帝陛下だけではなく殿下も相当怒り心頭で、勝利による高揚感より終わりなく続く説教でその場の兵士たちが震えあがったとか……」
「えっと……」

 既にお転婆を通り越して洒落にならない域まで達している気がするが、大丈夫だったのだろうか。寧ろそのようなとんでもないことをしていたのに命があったのは、ある意味皇帝にも親子の情が僅かながらでもあったからなのかもしれない。
 そんな彼女が力を奪われ人界にんかいへ行ってじきに亡くなってしまったのは、なんという皮肉だろうか。
 しかし……。

「も、もう少しまともな話がききたいな……」

 さすがに先ほどの話は刺激的すぎた。もう少し母を想えるような……そんな昔話が聞きたいものだ。

「では、そうでございますね。……あれは公主様が十歳の頃でした。あるとき人界にんかいより一羽の怪我をした鳥が迷い込んできたことがありました。公主様は勇ましくてお転婆ではございましたが、お優しい方でしたので、その鳥を保護して怪我の手当てをなさいました」
「それで、それで?」
「献身的な看病のかいもあり、暫くすると元気になった鳥は、たいそう公主様に懐きました。公主様も鳥のことを随分と可愛がっており、このまま鳥を手元に置いておきたかったようです。しかし元は人界にんかいの鳥ですから、人界にんかいに帰すのが自然の摂理。泣く泣く公主様は元の場所へと帰すため、殿下と共に人界にんかいへ赴いて鳥を放したのです。……いま思えば、公主様が人界にんかいに興味を持たれたのも、そのことが切っ掛けだったのかもしれませんね」

 思えば煬鳳ヤンフォンも小さい頃はそれなりに動物が好きだった。食べ物に少しだけ余裕が出るようになった玄烏門げんうもんに入ったあとは、軒下に留まる小鳥たちに少し分け前をやってみたり、玄烏門げんうもんの中に住む亀の世話をしてみたりしたものだ。大人になるにつれて、そのような機会も減っていったのだが、もしかしたら母と少しだけ通じるものがあったのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しくなってくる。

 凰黎ホワンリィ頸根くびねの痣がやはり大きくなっていたことに酷く悲しい顔をしたが、それでも「あまり無茶をしないでくださいね」と煬鳳ヤンフォンに優しく諭すだけ。 薬草茶を飲んだあと、煬鳳ヤンフォンは再び眠ることにした。傍には凰黎ホワンリィが付き添っていてくれたため、痣についての罪悪感を感じてはいるが、不安は微塵もない。寝台の横に座る凰黎ホワンリィは、煬鳳ヤンフォンが起きている間も寝ている間も、ずっと被褥の中で手を握っていてくれた。拝陸天バイルーティエンが力を分けてくれたこともあり、思ったより体は随分と楽だったように思う。

 目を覚ましたときにはすっかり日が落ちていて、翁汎ウェンファンが呼びにやって来たときには既に夜空に星が輝いていた。翁汎ウェンファンが言うには、外に出ていた拝陸天バイルーティエンも戻ってきたところだという。
 それで煬鳳ヤンフォンたちは彼らと共に夕餉を食べることにした。

魔界まかいってもっと恐ろしいところなのかと思ってたけど、全然思ってたのと違ったな」

 夕餉を終えた煬鳳ヤンフォンは、凰黎ホワンリィの横でごろごろしている。翁汎ウェンファンの計らいで凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンは別々の部屋ではなく一緒の部屋で、ということになったからだ。拝陸天バイルーティエンは言わずもがなだが、翁汎ウェンファンはいったい煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィのことをどこまで察しているだろうか。

 部屋は充分すぎるほど広いのだが、逆になんだか離れ難く、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの横にまるで張り付いたかのようにぴったりとくっついている。
 開かれた格子窓の先には淀みない天玄が広がっていた。煬鳳ヤンフォンの衣と同じ色の空には、縫われた銀糸と同じ色の星が散りばめられている。

魔界まかいの夜も、おんなじなんだな」

 ぽつりと一言、煬鳳ヤンフォンは零す。

「同じ?」
「うん。……昼間は空の色も紫だったし、別の世界だなって思ったけど。夜は人界にんかい魔界まかいもおんなじ色だ」

 そう言うと、体を起こして手を伸ばす。
 人界にんかい魔界まかい、そう差はないのかもしれない。半分ずつ引き継いだ煬鳳ヤンフォンにとっては、それがとても嬉しいことに思えてくる。

(もしかしたら俺の父さんと母さんも同じことを想ったのかな……)

 ここにきてようやく煬鳳ヤンフォンは、心の中だけでも『父さん』『母さん』と言えたことに気づいた。大したことではないのだが、今までどうも実感がなくてどこか他人の話を聞いているような気持ちだったのだ。
 色んなことがあって、安心して、心に余裕が少しだけできて……ようやく今、初めて煬鳳ヤンフォンの心の中で両親という存在に灯がともったような気がした。

恒凰宮こうおうきゅうは神界の血、翳冥宮えいめいきゅう魔界まかいの血。……どちらも人界にんかいに昔からあったわけですから、案外全ての世界はそこまで差はなく、同じものなのかもしれませんね」
「うん。そうであって欲しいな。だって……」
「だって?」

 続きをねだるような眼差しが煬鳳ヤンフォンに向けられる。言おうとした言葉を見透かされているようで、急に煬鳳ヤンフォンは気恥ずかしくなってしまった。そう思うと先ほどまでのようにすらすらと言葉が出なくなり、もだもだとたどたどしい言葉しか出てこない。

「……だ、だって。俺は半分魔界まかいの人間かもしれないけど、凰黎ホワンリィとできるだけ同じ存在でありたいって……」
「同じですよ。違うところなんか、あると思いますか? 貴方の母君と、父君と同じように、煬鳳ヤンフォンと私、それにみんな、同じです。違いますか?」

 すぐに望む答えを出してくれた凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンは破顔する。

「違わない! おんなじだ!」

 言うや否や、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに飛びついた。

凰黎ホワンリィ。俺、今日は凄く嬉しかったよ」

 凰黎ホワンリィの膝の上から見上げる彼の表情を見て、溢れる思いを口付けに変える。
 ……ここが誰の家であるかを思い出し、程々で互いに笑いあうと、煬鳳ヤンフォンはもう一度告げた。

「俺、やっぱり嬉しいんだ。俺のこと大切に思ってくれる人がいたことが分かって、本当に嬉しい。今でも俺のことを探していてくれた人がいて、凄く嬉しい。諦めずに俺を見つけてくれたことが嬉しい。……殿下……陸叔公りくしゅくこうはあんなだけど、でも俺のこと本当に大事に思ってくれている。凄く今日それが分かったんだ。俺、凄く嬉しくて嬉しくて……もしこれが嘘だったらどうしようって思うけど、でも」
「嘘のわけないじゃないですか。安心なさい」

 興奮気味に語った煬鳳ヤンフォンに、凰黎ホワンリィは優しく宥めるように口にする。煬鳳ヤンフォンはそんな凰黎ホワンリィに悪戯っぽく微笑んだ。

「へへ、分かってる! でも少し幸せ過ぎて怖かっただけ!」

 煬鳳ヤンフォンはもう一度、凰黎ホワンリィに抱き着いた。
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