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五趣生死情侣们(恋人たち)
140:震天動地(九)
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「せっかく霊力も自由に使えるようになったというのに。そのような顔をしていては凰黎が悲しい顔をしてしまうぞ」
「うっ……嫌なこというなよ。分かってるって。……なあ。鸞快子はどうして俺たちと一緒に五行盟に行ってくれるんだ? 睡龍のことは確かに大変な事態だけど、下手したら命に係わるかもしれないんだぞ? きっと、五行盟に助けを求めたって逃げ出す奴だっているだろ。あんたは五行盟の手伝いをしているから、もし一緒に行ったら逃げ出すこともできないんじゃないか?」
煬鳳が心配そうに言うと、鸞快子は口元をわずかに緩める。
「心配をしてくれているのか?」
「そりゃ心配だよ。鸞快子は今までだって俺たちのことを沢山助けてくれたんだ。でも、命まで懸けることはないだろ?」
仮面で隠れた鸞快子の瞳がふと緩んだのを煬鳳は見た。彼の素顔を見ることはできないが、優しい慈愛に満ちた瞳だ。
「心配は有り難いが、それは難しい相談だ。私は既に睡龍の外にいる国師と話をした身であり、国師が来たら彼に説明をする義務がある」
「責任感が強いんだな」
「睡龍は国ではないが、危機的な状況の今こそ一丸とならなければこの地を守ることはできない。そうしなければ、仮に睡龍の危機を逃れたあともこの地は外部からの侵略に怯えることになるだろう」
鸞快子の話したことは難しいが何となく煬鳳にも分かった。睡龍は龍の脅威のお陰でこうして他国の侵入を防げてはいるが、もしこの地にいる者が無力であると思われてしまったら今度は積極的にこの地を侵略しようとやってくるだろう。
国師自体に侵略の意図がなくとも、周りがどう受け止めるかが大事なのだ。
「鸞快子は凄いな。色んなことを考えてるんだ」
「なに、今だけの話だ。それに――今後のためにも恩は売っておくに越したことは無い。売れるだけ売りまくる」
「……それ、まだ続いてたんだ」
「当然」
まさか、最後に出てきたのが『恩は売りまくる』という結論であったとは思いもよらなかった。呆れた顔で煬鳳は鸞快子を見る。
当の鸞快子は「それがなにか?」とでも言いたげな顔をしているのだから、たちが悪い。
「それよりも――何よりも守らねばならないのは原始の谷の秘密だろう」
鸞快子は格子窓の外を見やり、ぽつりと呟く。
「万晶鉱は強力だ。今も門派の者たちが原始の谷に向かいつつある。もし万晶鉱の力が、睡龍の外にまで知れ渡ってしまったら、間違いなくこの地は周囲の国から襲撃を受けるだろう」
そんなこと考えたこともなかったが、現実にいま他の門派の者たちが万晶鉱を手に入れるべく、姿を見せた原始の谷に向かっているのだ。
谷を開くための封印自体は、凰神偉と翳黒明の二人でなければ開くことは不可能だと言うが、彼らがそれを知ってしまったらどうなってしまうだろう。
「原始の谷に行った小黄たちは大丈夫かな」
「心配することはないだろう。だからこそ、煬鳳の陸叔公もいるのだから」
「はは、確かに」
魔界の皇帝がついていれば、怖いものはない。
(それに、黒明が黒冥翳魔であると分かれば、奴らもそう無茶なことはしないだろうけど……)
丸くなったとはいえ、黒冥翳魔といえば睡龍ではそれなりに知られた悪党の名ではある。
「なあ。もしも仮に……過去や未来を知ることができたら、みんなどうすると思う?」
「それは――万晶鉱のことを言っているのか?」
「っ……!」
万晶鉱のことには触れず、それとなく尋ねたつもりだったのだが、すぐさま鸞快子に言い当てられて煬鳳は二の句が継げなくなった。
しかし、鸞快子の実力や知識の豊富さを目の当たりにしてきたいま、『知っている』と言われても何ら不思議なことはない。
「えっと……。鸞快子は、その。万晶鉱のこと、どこまで知ってるんだ?」
「おおよそ全てのことは知っている。君が言いたいのは……万晶鉱に触れると、途方もない記憶の数々が直接頭の中に流れ込み、結果未来や過去の出来事を知ることができる。しかしそれと引き換えに脳が情報の乱流に耐え切れず、結局その者は死に至る――ということではないか?」
「驚いた……」
まだ煬鳳は一言しか鸞快子に語ってはいない。なのに鸞快子から返ってきた言葉は、凰黎の話してくれた万晶鉱についての情報とほぼ齟齬が無い。
「それで、君が聞きたいのはどのようなことかな? 遠慮せず話してみるといい」
顎に軽く手を当てた鸞快子は煬鳳が語るのを待っている。
ここまできっぱり万晶鉱について彼が話したのは、もしかしたら煬鳳が尋ねたいことを言いやすくしてくれるためだったのかもしれない。
何故だか煬鳳はそんなことを考えた。
「あのさ。もしも未来を見ることができたら、不都合な未来を変えようとしたり、知ってる未来のことを利用しようと思ったり……なんでもできるんじゃないか? 普通みんな思うことだよな?」
鸞快子は口を引き結び、煬鳳のことをじっと見つめる。
「俺、変なこと言ってるかな? 言い伝えにあった全ての富と栄誉を手に入れるってそういう意味だよな?」
「……確かに言い伝えの趣旨としてはそうだろうな」
彼の答えは肯定しているようであり、どこか否定的なものを感じさせた。
「なら……」
「しかし、ならば未来を簡単に変えることができるか、というとそれはまた別の話になる。ゆえに、言い伝えもあくまで言い伝えであって『そうであった』とは言っていないのだ」
煬鳳には鸞快子の言っていることが良く分からない。全ての富と栄養が手に入るというのは嘘だったのだろうか。
「でもさ……でも、そうだとしても。もし記憶の奔流を乗り越えて無事であったとしたら。過去から未来の中で自分がひとつでも変えたいものを見つけたのなら。誰しも知り得たことを上手く使おうとしないのか? 変えたいと思わないのか?」
鸞快子は何も言わない。ただ、煬鳳のことをじっと見つめている。
どうして何も言ってくれないのかと煬鳳は思ったが、暫くして鸞快子は言葉を探しているのだと気が付いた。
「そうだな……煬鳳。君は『因果律』という言葉を知っているか?」
初めて耳にした言葉に煬鳳は素直に首を振る。
「いいや、初耳だ」
鸞快子は「だと思った」と笑う。
「平たく言えば……全ての事象はそれぞれ因果という根で繋がっている、ということだ」
「……全然分からない」
「ある行動は即ち未来の出来事に直結している。同様にその逆の現象もまた然り。万晶鉱に映し出される未来というものは、『既に確定された未来』であり、変えようと思うこと、行動すること自体が織り込み済みの結果なのだ」
聞き慣れない言葉ばかりが出てきた煬鳳は、理解しようと努力したもののさっぱり飲み込めない。顔をしかめながらうんうんと言っていると鸞快子が煬鳳の頭を撫でつけた。
「つまり……過去であれ未来であれ、垣間見た時点から目にした光景が現実になるまでの間。当然ながら『自分が過去を変えようとした行動』も含まれているということ。仮に我々が未来を見たとして、驚き、恐れ、足掻いた事実も全て、定められた未来に至るまでの道程にほかならない」
「よく分からないけど、それって……決まった過去や未来を変えることは凄く難しいってことか?」
煬鳳の言葉に鸞快子は静かに頷いた。
「概ね正解だ。だから運命を知っているからといって、何かが変わるのかと言うと……実は案外何も変わらない。寂しい話だがそういうことになる」
せっかく知り得ない過去未来を見たとしても結局見るだけで何も変えることはできない。介入することは叶わないと知って、煬鳳は激しくがっかりした。
「つまり、未来は決まってるってこと? 変えられないってことか?」
「さあ、それはどうだろうな? 煬鳳、君はどう思う?」
「俺は過去も未来も見たことがないから分からない。でも、過去は変えられないかもしれないけど、もしも凄く願っている未来に変えられる可能性があるのなら、俺は全力で変えたいって思うよ」
「君らしい言葉だ。……現実がどうであれ――そういう猪突猛進なところが、可愛らしい」
そう言うと鸞快子は煬鳳を撫でていた手を止め、慈しむようにするりと髪の毛に滑らせる。彼の手つきがあまりにも優しくて、煬鳳は堪らず叫んだ。
「お前! それを言って良いのもやって良いのも凰黎だけだぞ!」
「そうだったな、済まない済まない。つい」
鸞快子はそう言ってまた肩を揺らしたが、意外にも浮かべた微笑みは普段の彼らしからぬ、煌めくような笑顔だった。
それで不意に煬鳳は鸞快子に尋ねたくなって彼の顔を覗き込んだ。
「……なあ、昔あんたは凄く後悔したっていったよな」
「その通りだ」
鸞快子は頷く。たった一言の短く静かな返答だったが、声音には寂しさと悲しさがじわりと滲む。
「もし……もしも、あんたがそのとき未来を知っていたら、変えようと思ったか?」
鸞快子は微動だにしなかった。
煬鳳はじっと彼が答えるのを待っていたが、答えの代わりに鸞快子は立ち上がると窓の向こう側の景色を見つめる。何故だかそれは、遠くのなにかを彼が思い出しているように煬鳳には思えた。
(悪いこと聞いたかな……)
しかし鸞快子は気分を害した様子は見せず、目を伏せただ黙っている。そのあいだ、仮面から微かに覗く彼の長い睫毛が揺れることはない。
結局、凰黎たちが沐浴の支度を済ませて戻ってくるまで彼は何も言わなかった。
* * *
恒凰宮の中庭は他の門派と比べても群を抜いて広大だ。それはひとえに恒凰宮の、他の門派と比べても古く長く続く歴史ゆえのものだろう。
「あー、最高だな……」
沐浴を終え、洗いたての衣袍に身を包み、凰黎の膝枕で煬鳳は草叢に寝転がる。いまの気分は最高だ。
大きく広がった竹の葉は青々としており、透けるような影を落とす。咲き頃も終わりかけの梅の花は、それでいてなお心地よい香りを煬鳳たちに届けてくれるようだ。
恒凰宮には燐瑛珂をはじめとした門弟たちもいるのだろうが、庭が広すぎるせいなのか殆ど声らしい声は聞こえない。
ときおり風に乗って遠くから修練の掛け声が聞こえてくることもあるが、それもまたすぐに掻き消えてしまう。
初めのうちは早く五行盟に行かねばと焦った煬鳳ではあったが、既に地震は黒炎山で起きたあと。現地に住まう者たちが一番危機感を持っているだろう、一日二日を焦っても仕方がない。それより今の体調を万全にすることの方が大事だ――と説得されて、確かに凰黎の言う通りだと納得したのだ。
このように穏やかな一日を過ごすのは一体いつぶりだろうか。
恐らく玄烏門で過ごした数日間以来だったかもしれない、と煬鳳は思う。
凰黎の膝枕で昼寝をしながら、のんびりと過ごす。恒凰宮は煬鳳たちが普段過ごす小屋とは大きさも景色も異なっているが、穏やかな時間は間違いなく自分たちが望んでいるものだった。
本来ならばこの時期の星霓峰はまだ雪が残っているそうなのだが、あろうことか睡龍のお陰でこうしてすっかり春気分で寝転がっていられるというわけだ。
これまでの旅を振り返って思うのは――どんなにささやかな暮らしでも構わない、何の憂いもなく、二人でこうした毎日を過ごしていく。共に寝て共に起き、同じ時間を繰り返す。他愛のないことに思えても、意外にそれは大変なことなのだと思い知らされた。
そして、二人が望む未来を手に入れるためにはあと少し頑張らないといけないのだ。
睡龍の――そこまで考えて煬鳳は頭を振って考えを打ち消す。
今そのようなことを考えるのはよそう。せっかくの穏やかな時間なのだから。
「うっ……嫌なこというなよ。分かってるって。……なあ。鸞快子はどうして俺たちと一緒に五行盟に行ってくれるんだ? 睡龍のことは確かに大変な事態だけど、下手したら命に係わるかもしれないんだぞ? きっと、五行盟に助けを求めたって逃げ出す奴だっているだろ。あんたは五行盟の手伝いをしているから、もし一緒に行ったら逃げ出すこともできないんじゃないか?」
煬鳳が心配そうに言うと、鸞快子は口元をわずかに緩める。
「心配をしてくれているのか?」
「そりゃ心配だよ。鸞快子は今までだって俺たちのことを沢山助けてくれたんだ。でも、命まで懸けることはないだろ?」
仮面で隠れた鸞快子の瞳がふと緩んだのを煬鳳は見た。彼の素顔を見ることはできないが、優しい慈愛に満ちた瞳だ。
「心配は有り難いが、それは難しい相談だ。私は既に睡龍の外にいる国師と話をした身であり、国師が来たら彼に説明をする義務がある」
「責任感が強いんだな」
「睡龍は国ではないが、危機的な状況の今こそ一丸とならなければこの地を守ることはできない。そうしなければ、仮に睡龍の危機を逃れたあともこの地は外部からの侵略に怯えることになるだろう」
鸞快子の話したことは難しいが何となく煬鳳にも分かった。睡龍は龍の脅威のお陰でこうして他国の侵入を防げてはいるが、もしこの地にいる者が無力であると思われてしまったら今度は積極的にこの地を侵略しようとやってくるだろう。
国師自体に侵略の意図がなくとも、周りがどう受け止めるかが大事なのだ。
「鸞快子は凄いな。色んなことを考えてるんだ」
「なに、今だけの話だ。それに――今後のためにも恩は売っておくに越したことは無い。売れるだけ売りまくる」
「……それ、まだ続いてたんだ」
「当然」
まさか、最後に出てきたのが『恩は売りまくる』という結論であったとは思いもよらなかった。呆れた顔で煬鳳は鸞快子を見る。
当の鸞快子は「それがなにか?」とでも言いたげな顔をしているのだから、たちが悪い。
「それよりも――何よりも守らねばならないのは原始の谷の秘密だろう」
鸞快子は格子窓の外を見やり、ぽつりと呟く。
「万晶鉱は強力だ。今も門派の者たちが原始の谷に向かいつつある。もし万晶鉱の力が、睡龍の外にまで知れ渡ってしまったら、間違いなくこの地は周囲の国から襲撃を受けるだろう」
そんなこと考えたこともなかったが、現実にいま他の門派の者たちが万晶鉱を手に入れるべく、姿を見せた原始の谷に向かっているのだ。
谷を開くための封印自体は、凰神偉と翳黒明の二人でなければ開くことは不可能だと言うが、彼らがそれを知ってしまったらどうなってしまうだろう。
「原始の谷に行った小黄たちは大丈夫かな」
「心配することはないだろう。だからこそ、煬鳳の陸叔公もいるのだから」
「はは、確かに」
魔界の皇帝がついていれば、怖いものはない。
(それに、黒明が黒冥翳魔であると分かれば、奴らもそう無茶なことはしないだろうけど……)
丸くなったとはいえ、黒冥翳魔といえば睡龍ではそれなりに知られた悪党の名ではある。
「なあ。もしも仮に……過去や未来を知ることができたら、みんなどうすると思う?」
「それは――万晶鉱のことを言っているのか?」
「っ……!」
万晶鉱のことには触れず、それとなく尋ねたつもりだったのだが、すぐさま鸞快子に言い当てられて煬鳳は二の句が継げなくなった。
しかし、鸞快子の実力や知識の豊富さを目の当たりにしてきたいま、『知っている』と言われても何ら不思議なことはない。
「えっと……。鸞快子は、その。万晶鉱のこと、どこまで知ってるんだ?」
「おおよそ全てのことは知っている。君が言いたいのは……万晶鉱に触れると、途方もない記憶の数々が直接頭の中に流れ込み、結果未来や過去の出来事を知ることができる。しかしそれと引き換えに脳が情報の乱流に耐え切れず、結局その者は死に至る――ということではないか?」
「驚いた……」
まだ煬鳳は一言しか鸞快子に語ってはいない。なのに鸞快子から返ってきた言葉は、凰黎の話してくれた万晶鉱についての情報とほぼ齟齬が無い。
「それで、君が聞きたいのはどのようなことかな? 遠慮せず話してみるといい」
顎に軽く手を当てた鸞快子は煬鳳が語るのを待っている。
ここまできっぱり万晶鉱について彼が話したのは、もしかしたら煬鳳が尋ねたいことを言いやすくしてくれるためだったのかもしれない。
何故だか煬鳳はそんなことを考えた。
「あのさ。もしも未来を見ることができたら、不都合な未来を変えようとしたり、知ってる未来のことを利用しようと思ったり……なんでもできるんじゃないか? 普通みんな思うことだよな?」
鸞快子は口を引き結び、煬鳳のことをじっと見つめる。
「俺、変なこと言ってるかな? 言い伝えにあった全ての富と栄誉を手に入れるってそういう意味だよな?」
「……確かに言い伝えの趣旨としてはそうだろうな」
彼の答えは肯定しているようであり、どこか否定的なものを感じさせた。
「なら……」
「しかし、ならば未来を簡単に変えることができるか、というとそれはまた別の話になる。ゆえに、言い伝えもあくまで言い伝えであって『そうであった』とは言っていないのだ」
煬鳳には鸞快子の言っていることが良く分からない。全ての富と栄養が手に入るというのは嘘だったのだろうか。
「でもさ……でも、そうだとしても。もし記憶の奔流を乗り越えて無事であったとしたら。過去から未来の中で自分がひとつでも変えたいものを見つけたのなら。誰しも知り得たことを上手く使おうとしないのか? 変えたいと思わないのか?」
鸞快子は何も言わない。ただ、煬鳳のことをじっと見つめている。
どうして何も言ってくれないのかと煬鳳は思ったが、暫くして鸞快子は言葉を探しているのだと気が付いた。
「そうだな……煬鳳。君は『因果律』という言葉を知っているか?」
初めて耳にした言葉に煬鳳は素直に首を振る。
「いいや、初耳だ」
鸞快子は「だと思った」と笑う。
「平たく言えば……全ての事象はそれぞれ因果という根で繋がっている、ということだ」
「……全然分からない」
「ある行動は即ち未来の出来事に直結している。同様にその逆の現象もまた然り。万晶鉱に映し出される未来というものは、『既に確定された未来』であり、変えようと思うこと、行動すること自体が織り込み済みの結果なのだ」
聞き慣れない言葉ばかりが出てきた煬鳳は、理解しようと努力したもののさっぱり飲み込めない。顔をしかめながらうんうんと言っていると鸞快子が煬鳳の頭を撫でつけた。
「つまり……過去であれ未来であれ、垣間見た時点から目にした光景が現実になるまでの間。当然ながら『自分が過去を変えようとした行動』も含まれているということ。仮に我々が未来を見たとして、驚き、恐れ、足掻いた事実も全て、定められた未来に至るまでの道程にほかならない」
「よく分からないけど、それって……決まった過去や未来を変えることは凄く難しいってことか?」
煬鳳の言葉に鸞快子は静かに頷いた。
「概ね正解だ。だから運命を知っているからといって、何かが変わるのかと言うと……実は案外何も変わらない。寂しい話だがそういうことになる」
せっかく知り得ない過去未来を見たとしても結局見るだけで何も変えることはできない。介入することは叶わないと知って、煬鳳は激しくがっかりした。
「つまり、未来は決まってるってこと? 変えられないってことか?」
「さあ、それはどうだろうな? 煬鳳、君はどう思う?」
「俺は過去も未来も見たことがないから分からない。でも、過去は変えられないかもしれないけど、もしも凄く願っている未来に変えられる可能性があるのなら、俺は全力で変えたいって思うよ」
「君らしい言葉だ。……現実がどうであれ――そういう猪突猛進なところが、可愛らしい」
そう言うと鸞快子は煬鳳を撫でていた手を止め、慈しむようにするりと髪の毛に滑らせる。彼の手つきがあまりにも優しくて、煬鳳は堪らず叫んだ。
「お前! それを言って良いのもやって良いのも凰黎だけだぞ!」
「そうだったな、済まない済まない。つい」
鸞快子はそう言ってまた肩を揺らしたが、意外にも浮かべた微笑みは普段の彼らしからぬ、煌めくような笑顔だった。
それで不意に煬鳳は鸞快子に尋ねたくなって彼の顔を覗き込んだ。
「……なあ、昔あんたは凄く後悔したっていったよな」
「その通りだ」
鸞快子は頷く。たった一言の短く静かな返答だったが、声音には寂しさと悲しさがじわりと滲む。
「もし……もしも、あんたがそのとき未来を知っていたら、変えようと思ったか?」
鸞快子は微動だにしなかった。
煬鳳はじっと彼が答えるのを待っていたが、答えの代わりに鸞快子は立ち上がると窓の向こう側の景色を見つめる。何故だかそれは、遠くのなにかを彼が思い出しているように煬鳳には思えた。
(悪いこと聞いたかな……)
しかし鸞快子は気分を害した様子は見せず、目を伏せただ黙っている。そのあいだ、仮面から微かに覗く彼の長い睫毛が揺れることはない。
結局、凰黎たちが沐浴の支度を済ませて戻ってくるまで彼は何も言わなかった。
* * *
恒凰宮の中庭は他の門派と比べても群を抜いて広大だ。それはひとえに恒凰宮の、他の門派と比べても古く長く続く歴史ゆえのものだろう。
「あー、最高だな……」
沐浴を終え、洗いたての衣袍に身を包み、凰黎の膝枕で煬鳳は草叢に寝転がる。いまの気分は最高だ。
大きく広がった竹の葉は青々としており、透けるような影を落とす。咲き頃も終わりかけの梅の花は、それでいてなお心地よい香りを煬鳳たちに届けてくれるようだ。
恒凰宮には燐瑛珂をはじめとした門弟たちもいるのだろうが、庭が広すぎるせいなのか殆ど声らしい声は聞こえない。
ときおり風に乗って遠くから修練の掛け声が聞こえてくることもあるが、それもまたすぐに掻き消えてしまう。
初めのうちは早く五行盟に行かねばと焦った煬鳳ではあったが、既に地震は黒炎山で起きたあと。現地に住まう者たちが一番危機感を持っているだろう、一日二日を焦っても仕方がない。それより今の体調を万全にすることの方が大事だ――と説得されて、確かに凰黎の言う通りだと納得したのだ。
このように穏やかな一日を過ごすのは一体いつぶりだろうか。
恐らく玄烏門で過ごした数日間以来だったかもしれない、と煬鳳は思う。
凰黎の膝枕で昼寝をしながら、のんびりと過ごす。恒凰宮は煬鳳たちが普段過ごす小屋とは大きさも景色も異なっているが、穏やかな時間は間違いなく自分たちが望んでいるものだった。
本来ならばこの時期の星霓峰はまだ雪が残っているそうなのだが、あろうことか睡龍のお陰でこうしてすっかり春気分で寝転がっていられるというわけだ。
これまでの旅を振り返って思うのは――どんなにささやかな暮らしでも構わない、何の憂いもなく、二人でこうした毎日を過ごしていく。共に寝て共に起き、同じ時間を繰り返す。他愛のないことに思えても、意外にそれは大変なことなのだと思い知らされた。
そして、二人が望む未来を手に入れるためにはあと少し頑張らないといけないのだ。
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