145 / 178
五趣生死情侣们(恋人たち)
141:震天動地(十)
しおりを挟む
「散歩をするのではなかったのですか?」
「散歩のついでに昼寝をしたっていいだろ?」
「もちろんですよ」
少し意地悪なことを凰黎は言うが、顔は穏やかで幸せそうに微笑んでいる。そんな凰黎の笑顔を見るたび煬鳳は、
(あぁ、やっぱり今日は恒凰宮に泊まることにして良かった!)
と思うのだ。
水辺には楊柳がしなだれており、そよぐ風を受け柔らかい動きで葉を揺らす。その脇には煬鳳たちと共に散歩に出たはずの拝陸天の姿があった。
(お邪魔虫だったことを自覚して、拗ねてる……)
気を利かせ散歩に誘ったはずの叔父は、完全にお邪魔虫だったのだ。
申し訳ないと思ったが、煬鳳もまだ無茶をしてはいけないので、こうして日向ぼっこしながら寝ているくらいがちょうど良い。
必然的に拝陸天が……余ってしまったのだ。
(陸叔公、ごめん……)
一応何度か話しかけたりはしたのだ。したのだが、叔父自身、煬鳳たち二人の幸せを邪魔するほど大人げないことはしたくなかったらしい。
拗ねながらも大人しく一人遠くから二人の様子を眺めているようだ。
(それもそれで落ち着かないけど……)
とはいえ、ここまでして貰っているのだから、贅沢は言えない。
「なあ、凰黎」
煬鳳は膝の上から凰黎を見上げる。そこには眩しいほどの凰黎の笑顔があった。
「なんですか? 煬鳳」
「あのな、ここまで一緒に来てくれて有り難う」
「どうしたんですか、急に改まって」
だって、と煬鳳は言う。
「あの日から、ずっと俺のために一緒に清林峰に行って、黒炎山に行って、魔界にも行って、恒凰宮にも戻ってきた。ずっと一緒にいてくれて、俺のために沢山無理もしてくれたよな。ほんとに有り難う。……俺、これからはいっぱい凰黎に今までのお礼をするからさ――」
言っている途中で恥ずかしくなってしまい、煬鳳はごろりと寝返りをうつ。表情を見られないようにさりげなく手で顔を隠すと、凰黎に仰向けの状態に戻されてしまった。
「……」
恥ずかしい。まじまじと見つめられて耳が熱くなるのを感じる。
(もしかして……また体温が!?)
焦って耳を触ったが、誤差程度の熱さだ。向かい合う凰黎は少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべている。それがまた美しくて煬鳳の顔はさらに熱くなった。
「ふふ、慌ててどうしたんですか?」
「な、なんでもないよ」
指摘されてもなお、気恥ずかしさに歪む自分の表情が照れくさく、つい顔をそらす。しかし、すぐに凰黎に背けた顔を両手で包まれたまま、抱きかかえられてしまった。
「お礼なら、煬鳳がこれからもずっと一緒に居てくれたらそれが一番です」
「一緒に居ることは礼とかそういうのじゃなくて、当たり前のことなんだから。お礼にならないだろ? でも、凰黎が俺のために今まで沢山してくれたことは当たり前以上のことなんだからさ」
「一緒ですよ」
背後から抱きしめたまま、煬鳳の首筋に凰黎が顔を埋める。
「大切な人のためなら、その人にとって本当に意味があることだとしたら、どんなことだってしてあげようと思うでしょう? だから、おんなじことなんです」
「そうかなぁ……」
そうなんですよ、と凰黎は微笑む。
今まで当然のようにそうしてきてくれた彼だからこそ、彼の言葉には説得力がある。
「なら俺も――凰黎のために意味があることなら、どんなことだってするよ。約束する」
けれど、凰黎がそんなとき煬鳳に向ける眼差しは喜びではなく寂しさなのだ。
「……でもやっぱり私は、そんなことよりも貴方が側に居てくれることが一番嬉しいですよ」
浮かべた表情の意味するところは、いったい何なのだろうか。
答えを聞きたくて、聞けなくて、もどかしさで煬鳳は凰黎の顔を両手で引き寄せた。
「食事をお持ちしました」
水辺の方から煬鳳たちを呼ぶ声がして、二人は顔を見合わせる。
そよぐ楊柳の向こう側、ちょうどちょうど湖の中央にある水榭には燐瑛珂が立っていた。卓子の上には幾つかの皿が並べられており、いつでも食べられるよう準備がされている。
(そういえばもっと食べたいって俺、言ったっけ……)
稀飯だけでは食べたりなかった煬鳳のために、凰黎が軽い食事を貰えるようお願いをしてくれたのだ。
「行こうか」
煬鳳は凰黎の手を引いて立ち上がる。
既に水榭には鸞快子と拝陸天が座っており、とりわけ拝陸天は早く来いとばかりに煬鳳たちを見つめている。そんな叔父の姿に煬鳳は頬を緩めると、彼に向かって大きく手を振った。
「わあ、美味しそうだ!」
並べられた食事の数々に煬鳳は感嘆の声をあげる。汁物や饅頭に鴨肉など、短時間で用意したとは思えない豪華さだ。
「凄いな! こんな短時間で用意したのか!?」
「まさか。鴨肉を煮込んだ汁物は、朝餉を用意したときの残りに手を加えたものです。饅頭はたまたま準備しておいたものを蒸しました。……他の料理も大体有り合わせです」
燐瑛珂は淡々と『これくらいは大したことではない』とでも言いたげに続けたが、煬鳳にとってはどれも凄い料理ばかりだ。
しかも、料理の選び方から見るに、彼はまだ本調子とは言えない煬鳳のために比較的食べやすいものを選んでくれたのだろう。
そう思うと感謝の念しか出てこない。
「有り合わせでこれだけ作れるんだから凄いなあ。有り難う、燐瑛珂」
心からの煬鳳の感謝に、燐瑛珂は無言で頭を下げると「冷めないうちにどうぞ」と皆に食事を勧めた。
煬鳳が饅頭に被りつく様子を凰黎はじっと見つめている。煬鳳は頬張った饅頭を飲み込めむと凰黎に向かってニッと笑った。
「美味しい!」
「良かった。あとで皆さんにもお礼を言ってきますね」
煬鳳の言葉に凰黎も綻ぶ。
「二公子も、それに鸞快子殿と煬六郎様もお召し上がりください。……お三方とも煬殿と同じように朝餉を召し上がっておられないのですから」
「えっ!?」
三人が何も食べていないと聞いて煬鳳は驚いた。
「俺には稀飯を食べさせてくれたのに、三人とも何も食べてなかったのか!?」
「凰殿が小鳳が目覚めるまでは食べぬと申したのでな。もとより食事など頻繁に取ることは少ない、だから敢えて目の離せぬときに食べる必要はないと思ったのだ」
拝陸天はどちらかというと凰黎への対抗心から食べなかったようにも思えるが、根っこの部分はやはり煬鳳の容態を気にしてのものだったようだ。
「煬鳳が目覚める前に食事などできるはずもないでしょう? ようやく念願叶って、煬鳳の頸根の治療をすることができたのですから」
煬鳳がちらりと鸞快子に視線を移すと、鸞快子は肩を竦める。多分、彼に尋ねても二人と同じような答えが返ってくるのだろう。
「まさか一番食べてたのが俺だったなんて……。この通り俺は大丈夫だからさ、みんなも食べようよ! な!?」
特に凰黎!と煬鳳は手元の皿から凰黎の手に饅頭を載せる。そんな煬鳳に苦笑しながら凰黎は受け取った饅頭を見つめる。
「では――煬鳳と、黒曜の関係が一歩前進したことのお祝いとして……頂きましょうか」
「それもそうだな」
凰黎の言葉に鸞快子は頷いて、手近な果物を手に取った。ついでにとばかりに鸞快子は近くの木に留まっている黒曜にも果物を投げてやる。黒曜は果物を器用に嘴で受け止めると、煬鳳たちの横まで降りてきてそれを啄み始めた。
「小鳳よ」
呼んだのは拝陸天だ。煬鳳は汁物の器から顔を上げ、彼を見る。
「本来なら私も小鳳と共に五行盟まで行きたい。しかし……」
「分かってるよ、陸叔公」
五行盟において特に火行瞋砂門と土行雪岑谷は厄介な連中だ。霆雷門は融通が利かないのでそれらとはまた別に厄介だ。万に一つでも魔界の皇帝が自ら五行盟に乗り込んで来たと知られてしまったら、睡龍の話どころではなくなってしまうことだろう。
それに、煬鳳としては小黄のことも気がかりだ。翳黒明と凰神偉の二人は煬鳳たちを置いて原始の谷に行ってしまった。そして、原始の谷の状況も予断を許さない。
「だからこそ、陸叔公には小黄のことを頼みたいんだ。それに凰黎の兄貴と翳黒明のことも。あいつらなら平気だと思うけど……無事に戻ってこられるまで見守ってやって」
「……気を使わせて済まぬな」
「皇帝になったばかりなのにここまで無理して来てくれたんだ。それ以上のことなんか望めないよ。陸叔公のお陰で俺も体の熱が上がることを気にしなくて良くなったんだ。これで霊力だって全力で使えるし、みんなと一緒に心置きなく戦うことだってできる」
「小鳳」
普段の調子いい声ではなく、真面目な声で拝陸天が言った。
「己を過信してはいけない。全力で戦えるということは、より無理ができるようになり……今よりさらに危険なことも起こりうるということだ。以前小鳳は己の体の事情も顧みず私のことを助けようと体を張って黒冥翳魔を退けてくれたな」
彼が言っているのは、拝陸天の別邸で翳黒明――かつての黒冥翳魔が襲ってきたときのことだ。煬鳳は初めて出会った自分の叔父を守るため、全力の霊力で黒冥翳魔を弾き飛ばした。
その後どうなったかは、語るべくもない。
「私を想い守ろうとしてくれた、そなたの気持ちはとても嬉しい。しかし、己を顧みないようなことをしてはならない。……小鳳の周りにはいつでもそなたを想う者たちが沢山いる。無茶は命を削らない程度にすること。分かったかな?」
「陸叔公……」
もしも――。
もしも今、煬鳳の両親が生きていて目の前に座っていたら、きっと同じことを語ってくれたのだろう。そう思うと無意識に目頭が熱くなる。
「っ……ごめん、陸叔公」
零れる涙を堪えきれず、煬鳳が涙声で拝陸天に告げると、顔色を変え拝陸天がおろおろと狼狽えてしまった。
「ど、ど、どうした!? 小鳳!? もしや余計なことを言ってしまったか!?」
「違う、違うんだ……」
煬鳳が袖でぐしぐしと目をこすると、凰黎が煬鳳の手を押さえ綺麗な手布で煬鳳の涙を拭いてくれる。凰黎は視線だけを拝陸天に向け、柔らかく笑む。
「小鳳は陸叔公のお言葉が嬉しかったのだと思いますよ」
「うん。そう」
凰黎言葉に煬鳳は同意する。
「陸叔公の言葉、もしも俺の両親が生きていたら、きっと同じことを言ってくれたんだろうなって思って。そうしたら凄く嬉しくて泣きたくなったんだ。それに……俺の両親はもういないけど、同じくらい俺のことを心配して、諫めてくれる陸叔公がいる。そう思ったら、もっと嬉しくなったんだ」
また涙が溢れてしまい、煬鳳は堪えようと俯く。そんな煬鳳を拝陸天は肩を抱き優しく包み込んでくれる。それがまた嬉しくて煬鳳は拝陸天に縋りついた。
「散歩のついでに昼寝をしたっていいだろ?」
「もちろんですよ」
少し意地悪なことを凰黎は言うが、顔は穏やかで幸せそうに微笑んでいる。そんな凰黎の笑顔を見るたび煬鳳は、
(あぁ、やっぱり今日は恒凰宮に泊まることにして良かった!)
と思うのだ。
水辺には楊柳がしなだれており、そよぐ風を受け柔らかい動きで葉を揺らす。その脇には煬鳳たちと共に散歩に出たはずの拝陸天の姿があった。
(お邪魔虫だったことを自覚して、拗ねてる……)
気を利かせ散歩に誘ったはずの叔父は、完全にお邪魔虫だったのだ。
申し訳ないと思ったが、煬鳳もまだ無茶をしてはいけないので、こうして日向ぼっこしながら寝ているくらいがちょうど良い。
必然的に拝陸天が……余ってしまったのだ。
(陸叔公、ごめん……)
一応何度か話しかけたりはしたのだ。したのだが、叔父自身、煬鳳たち二人の幸せを邪魔するほど大人げないことはしたくなかったらしい。
拗ねながらも大人しく一人遠くから二人の様子を眺めているようだ。
(それもそれで落ち着かないけど……)
とはいえ、ここまでして貰っているのだから、贅沢は言えない。
「なあ、凰黎」
煬鳳は膝の上から凰黎を見上げる。そこには眩しいほどの凰黎の笑顔があった。
「なんですか? 煬鳳」
「あのな、ここまで一緒に来てくれて有り難う」
「どうしたんですか、急に改まって」
だって、と煬鳳は言う。
「あの日から、ずっと俺のために一緒に清林峰に行って、黒炎山に行って、魔界にも行って、恒凰宮にも戻ってきた。ずっと一緒にいてくれて、俺のために沢山無理もしてくれたよな。ほんとに有り難う。……俺、これからはいっぱい凰黎に今までのお礼をするからさ――」
言っている途中で恥ずかしくなってしまい、煬鳳はごろりと寝返りをうつ。表情を見られないようにさりげなく手で顔を隠すと、凰黎に仰向けの状態に戻されてしまった。
「……」
恥ずかしい。まじまじと見つめられて耳が熱くなるのを感じる。
(もしかして……また体温が!?)
焦って耳を触ったが、誤差程度の熱さだ。向かい合う凰黎は少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべている。それがまた美しくて煬鳳の顔はさらに熱くなった。
「ふふ、慌ててどうしたんですか?」
「な、なんでもないよ」
指摘されてもなお、気恥ずかしさに歪む自分の表情が照れくさく、つい顔をそらす。しかし、すぐに凰黎に背けた顔を両手で包まれたまま、抱きかかえられてしまった。
「お礼なら、煬鳳がこれからもずっと一緒に居てくれたらそれが一番です」
「一緒に居ることは礼とかそういうのじゃなくて、当たり前のことなんだから。お礼にならないだろ? でも、凰黎が俺のために今まで沢山してくれたことは当たり前以上のことなんだからさ」
「一緒ですよ」
背後から抱きしめたまま、煬鳳の首筋に凰黎が顔を埋める。
「大切な人のためなら、その人にとって本当に意味があることだとしたら、どんなことだってしてあげようと思うでしょう? だから、おんなじことなんです」
「そうかなぁ……」
そうなんですよ、と凰黎は微笑む。
今まで当然のようにそうしてきてくれた彼だからこそ、彼の言葉には説得力がある。
「なら俺も――凰黎のために意味があることなら、どんなことだってするよ。約束する」
けれど、凰黎がそんなとき煬鳳に向ける眼差しは喜びではなく寂しさなのだ。
「……でもやっぱり私は、そんなことよりも貴方が側に居てくれることが一番嬉しいですよ」
浮かべた表情の意味するところは、いったい何なのだろうか。
答えを聞きたくて、聞けなくて、もどかしさで煬鳳は凰黎の顔を両手で引き寄せた。
「食事をお持ちしました」
水辺の方から煬鳳たちを呼ぶ声がして、二人は顔を見合わせる。
そよぐ楊柳の向こう側、ちょうどちょうど湖の中央にある水榭には燐瑛珂が立っていた。卓子の上には幾つかの皿が並べられており、いつでも食べられるよう準備がされている。
(そういえばもっと食べたいって俺、言ったっけ……)
稀飯だけでは食べたりなかった煬鳳のために、凰黎が軽い食事を貰えるようお願いをしてくれたのだ。
「行こうか」
煬鳳は凰黎の手を引いて立ち上がる。
既に水榭には鸞快子と拝陸天が座っており、とりわけ拝陸天は早く来いとばかりに煬鳳たちを見つめている。そんな叔父の姿に煬鳳は頬を緩めると、彼に向かって大きく手を振った。
「わあ、美味しそうだ!」
並べられた食事の数々に煬鳳は感嘆の声をあげる。汁物や饅頭に鴨肉など、短時間で用意したとは思えない豪華さだ。
「凄いな! こんな短時間で用意したのか!?」
「まさか。鴨肉を煮込んだ汁物は、朝餉を用意したときの残りに手を加えたものです。饅頭はたまたま準備しておいたものを蒸しました。……他の料理も大体有り合わせです」
燐瑛珂は淡々と『これくらいは大したことではない』とでも言いたげに続けたが、煬鳳にとってはどれも凄い料理ばかりだ。
しかも、料理の選び方から見るに、彼はまだ本調子とは言えない煬鳳のために比較的食べやすいものを選んでくれたのだろう。
そう思うと感謝の念しか出てこない。
「有り合わせでこれだけ作れるんだから凄いなあ。有り難う、燐瑛珂」
心からの煬鳳の感謝に、燐瑛珂は無言で頭を下げると「冷めないうちにどうぞ」と皆に食事を勧めた。
煬鳳が饅頭に被りつく様子を凰黎はじっと見つめている。煬鳳は頬張った饅頭を飲み込めむと凰黎に向かってニッと笑った。
「美味しい!」
「良かった。あとで皆さんにもお礼を言ってきますね」
煬鳳の言葉に凰黎も綻ぶ。
「二公子も、それに鸞快子殿と煬六郎様もお召し上がりください。……お三方とも煬殿と同じように朝餉を召し上がっておられないのですから」
「えっ!?」
三人が何も食べていないと聞いて煬鳳は驚いた。
「俺には稀飯を食べさせてくれたのに、三人とも何も食べてなかったのか!?」
「凰殿が小鳳が目覚めるまでは食べぬと申したのでな。もとより食事など頻繁に取ることは少ない、だから敢えて目の離せぬときに食べる必要はないと思ったのだ」
拝陸天はどちらかというと凰黎への対抗心から食べなかったようにも思えるが、根っこの部分はやはり煬鳳の容態を気にしてのものだったようだ。
「煬鳳が目覚める前に食事などできるはずもないでしょう? ようやく念願叶って、煬鳳の頸根の治療をすることができたのですから」
煬鳳がちらりと鸞快子に視線を移すと、鸞快子は肩を竦める。多分、彼に尋ねても二人と同じような答えが返ってくるのだろう。
「まさか一番食べてたのが俺だったなんて……。この通り俺は大丈夫だからさ、みんなも食べようよ! な!?」
特に凰黎!と煬鳳は手元の皿から凰黎の手に饅頭を載せる。そんな煬鳳に苦笑しながら凰黎は受け取った饅頭を見つめる。
「では――煬鳳と、黒曜の関係が一歩前進したことのお祝いとして……頂きましょうか」
「それもそうだな」
凰黎の言葉に鸞快子は頷いて、手近な果物を手に取った。ついでにとばかりに鸞快子は近くの木に留まっている黒曜にも果物を投げてやる。黒曜は果物を器用に嘴で受け止めると、煬鳳たちの横まで降りてきてそれを啄み始めた。
「小鳳よ」
呼んだのは拝陸天だ。煬鳳は汁物の器から顔を上げ、彼を見る。
「本来なら私も小鳳と共に五行盟まで行きたい。しかし……」
「分かってるよ、陸叔公」
五行盟において特に火行瞋砂門と土行雪岑谷は厄介な連中だ。霆雷門は融通が利かないのでそれらとはまた別に厄介だ。万に一つでも魔界の皇帝が自ら五行盟に乗り込んで来たと知られてしまったら、睡龍の話どころではなくなってしまうことだろう。
それに、煬鳳としては小黄のことも気がかりだ。翳黒明と凰神偉の二人は煬鳳たちを置いて原始の谷に行ってしまった。そして、原始の谷の状況も予断を許さない。
「だからこそ、陸叔公には小黄のことを頼みたいんだ。それに凰黎の兄貴と翳黒明のことも。あいつらなら平気だと思うけど……無事に戻ってこられるまで見守ってやって」
「……気を使わせて済まぬな」
「皇帝になったばかりなのにここまで無理して来てくれたんだ。それ以上のことなんか望めないよ。陸叔公のお陰で俺も体の熱が上がることを気にしなくて良くなったんだ。これで霊力だって全力で使えるし、みんなと一緒に心置きなく戦うことだってできる」
「小鳳」
普段の調子いい声ではなく、真面目な声で拝陸天が言った。
「己を過信してはいけない。全力で戦えるということは、より無理ができるようになり……今よりさらに危険なことも起こりうるということだ。以前小鳳は己の体の事情も顧みず私のことを助けようと体を張って黒冥翳魔を退けてくれたな」
彼が言っているのは、拝陸天の別邸で翳黒明――かつての黒冥翳魔が襲ってきたときのことだ。煬鳳は初めて出会った自分の叔父を守るため、全力の霊力で黒冥翳魔を弾き飛ばした。
その後どうなったかは、語るべくもない。
「私を想い守ろうとしてくれた、そなたの気持ちはとても嬉しい。しかし、己を顧みないようなことをしてはならない。……小鳳の周りにはいつでもそなたを想う者たちが沢山いる。無茶は命を削らない程度にすること。分かったかな?」
「陸叔公……」
もしも――。
もしも今、煬鳳の両親が生きていて目の前に座っていたら、きっと同じことを語ってくれたのだろう。そう思うと無意識に目頭が熱くなる。
「っ……ごめん、陸叔公」
零れる涙を堪えきれず、煬鳳が涙声で拝陸天に告げると、顔色を変え拝陸天がおろおろと狼狽えてしまった。
「ど、ど、どうした!? 小鳳!? もしや余計なことを言ってしまったか!?」
「違う、違うんだ……」
煬鳳が袖でぐしぐしと目をこすると、凰黎が煬鳳の手を押さえ綺麗な手布で煬鳳の涙を拭いてくれる。凰黎は視線だけを拝陸天に向け、柔らかく笑む。
「小鳳は陸叔公のお言葉が嬉しかったのだと思いますよ」
「うん。そう」
凰黎言葉に煬鳳は同意する。
「陸叔公の言葉、もしも俺の両親が生きていたら、きっと同じことを言ってくれたんだろうなって思って。そうしたら凄く嬉しくて泣きたくなったんだ。それに……俺の両親はもういないけど、同じくらい俺のことを心配して、諫めてくれる陸叔公がいる。そう思ったら、もっと嬉しくなったんだ」
また涙が溢れてしまい、煬鳳は堪えようと俯く。そんな煬鳳を拝陸天は肩を抱き優しく包み込んでくれる。それがまた嬉しくて煬鳳は拝陸天に縋りついた。
10
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる