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実事求是真凶手(真犯人)

145:釜底抽薪(三)

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瞋熱燿チェンルーヤオ瞋九龍チェンジューロンの周りで何か最近気になったことは無かったか?」

 瞋九龍チェンジューロンが何かしら胡散臭いことだけは分かる。しかし、それが何か分からず、結論が出ない。駄目でもともとと思いつつ、煬鳳ヤンフォン瞋熱燿チェンルーヤオに答えを求める。

「気になったこと、ですか? ううん……」

 瞋熱燿チェンルーヤオは指で支え顎を傾けている。そうは言っても彼は五行盟ごぎょうめい本部の受付だ。実際に戦いに赴いたり門派の重鎮たちと絶えず会うような忙しい瞋九龍チェンジューロンとの間に接点はない。当然ながら、顔を合わせることも滅多にないのだ。

「あ。……その、気になったこととは違うんですが……」
「続けて」

 国師こくしと従者以外の三人に詰め寄られ、瞋熱燿チェンルーヤオはたじろぐ。煬鳳ヤンフォンたちとしては何でもいいから取っ掛かりが欲しい。
 おどおどしながら瞋熱燿チェンルーヤオは「実は……」と口を開く。

「少し前からおかしなことが続いていて、今日、五行盟ごぎょうめい本部に赴いたのもそのことがあったからなんです」
「おかしなこと?」
「はい。……僕は受付を担当していますが、他にも五行盟ごぎょうめいの帳簿や備品、それから諸々の管理などを任されています」
「お前って凄いんだな……」

 受付だ、とは言ったものの、帳簿や備品の管理まで全て担当しているというのなら、大したものだ。役職を名乗るなら『受付』などと言わずに他に良い言い方がいくらでもあるだろう。

「それで、最近はじめに書き留めておいた数と、あとから数えた数が合わないことが多くて。変だなあと思って、ずっと原因を調べていたんです」
「それってお金が使い込まれてたりするやつか?」
「いいえ、死体です」
「……」

 なぜはじめに『死体』だと教えてくれなかったのか。
 肝心なことを先に言わないのは瞋熱燿チェンルーヤオの性格らしい。

「初めに気づいたのは揺爪山ようそうざんの一件よりももう少し前のことです。近くの森で妖邪ようじゃが出て、瞋砂門しんしゃもんの門弟を含めた何人かが妖邪ようじゃ退治に向かいました」

 はじめは下級の妖邪ようじゃだと思っていた。しかし彼らの想定より妖邪ようじゃは凶悪で、妖邪ようじゃには逃げられてしまい、さらに襲われた村人が数人犠牲になったのだという。

 逃げた妖邪ようじゃを捕まえる手掛かりを探すため、門弟たちは襲われ亡くなった村人を五行盟ごぎょうめい本部へと運び込んだ。死体に残る傷の具合などを調べたお陰で、妖邪ようじゃの正体が疫鬼の変じたものであることが分かった。

 最終的には疫鬼の行方を突き止め退治したことにより、五行盟ごぎょうめいとしての体面を保つことができたのだが、問題があったのは事件が終わったあと。

 ――調査した遺体を家族の元に返そうとしたのだが、遺体の数が足りない。

 瞋熱燿チェンルーヤオは几帳面な性格であったため、運び込んだ人物の名前や身元を全て書き留めておいた。それなのに、いつの間にかいたはずの人物が消えている。
 陰気によって鬼に変じ、どこかに行ってしまったのではないか。他の者たちはそう言った。はじめは瞋熱燿チェンルーヤオもそうかもしれない、と思ったのだ。
 しかし、それ以降も同じことがたびたび起こるようになった。
 足りなくなる死体の数も、犠牲者が増えるほど増えてゆく。
 決定的だったのは揺爪山ようそうざんの崩落事件のときだ。

「多数の人が犠牲になって、しかもかなり変わり果てた状態で発見されました。当然、死因を突き止めるために五行盟ごぎょうめいの本部に運び込まれたのですが……やはり同じように数は合いませんでした」

 ただ、揺爪山ようそうざんで亡くなった人々は人相も判別がつかぬほどの、骨と皮だけの状態であったため、誰がいなくなったのか、そして遺族の元に戻すこともできない。

「そうしたら、お爺様が『あとは自分が彼らのことを弔うから任せて欲しい』と仰って、僕はお爺様にお任せすることにしました。ところが――盟主様が一体いつ彼らをどこにどうやって弔ったのか、全く分からないのです」
「それで、お前は盟主……瞋九龍チェンジューロンの行動を怪しく思ったってことだな」

 煬鳳ヤンフォンの問いかけに瞋熱燿チェンルーヤオは頷いた。

「それとなくお爺様に尋ねてみたりもしたんです。でもやっぱりはぐらかされてしまって……」

 瞋熱燿チェンルーヤオは俯く。彼はいつも自分に自信が持てず、おどおどとした印象を受けることも多い。しかし、己の責務を果たそうと努力する彼の誠意には好感が持てる。

「あの……一つ宜しいでしょうか?」

 じっと瞋熱燿チェンルーヤオの話に耳を傾けていた国師こくしが、口を開いた。鸞快子らんかいしに促され、国師こくしは「気になっていたのですが」と続ける。

「盟主様は一体どこに亡くなった方を運んだのでしょうか。……そして、なぜそれを教えて下さらないのでしょう」
「申し訳ありません、国師こくし様。僕もそれを知りたいくらいです」

 瞋熱燿チェンルーヤオは申し訳なさそうに国師こくしに答えた。

「思うのですが……」

 今度は凰黎ホワンリィが口を開く。

「盟主様お一人で移動させることは可能なのでしょうか? 遺体の数が少なければ可能にも思えますが、数が多くなれば当然、盟主様お一人でことを片付けたと考えるのは難しいですよね? 初めの頃はいざ知らず、揺爪山ようそうざんではそれなりの人数が亡くなったはずです。誰かしら手伝っているのでは?」
「それが……誰に尋ねても分からないというのです」

 瞋熱燿チェンルーヤオは俯く。彼がそう言うのだから、恐らく尋ねたことは事実なのだろう。

「なるほど。ならば……何か別のものに偽装して運ばせた、というのは考えられませんか? どんな理由があったかは分かりませんが、死体を別の物だと称して門弟たちに移動させた。それなら可能ではないでしょうか」
「あっ……確かに! でもなぜ?」
「それは分かりませんが……盟主様に何かお考えがあったのかもしれません。運び出した荷物などの記録をつけていたら……」
「あります!」

 瞋熱燿チェンルーヤオは大きく頷くと「すぐに取ってきます!」と言って足早に部屋を出て行った。それがあまりの勢いだったため、みな呆気に取られてしまい、彼の出て行った格子戸を暫し見つめるだけ。

「なあ、凰黎ホワンリィ……」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの袖を引く。

「どうしたのですか? 煬鳳ヤンフォン
「うん。……俺たち、五行盟ごぎょうめいに火龍を鎮める協力を求めて来たけど、本当にこのまま盟主に相談していいのかな……」

 これまでの話を聞いて、途方もない不安が襲ってきた。いままでの話を聞いたら、なんだか五行盟ごぎょうめいに助力を請うのは難しい気がしてきたからだ。

「そうですね。私も少し……不安になってきました。我々はいま、何をするのが最善であるのか。それすらまだはっきりと見えていないのですから」

 ここに来て初めに会えたのが他の誰でもなく、瞋熱燿チェンルーヤオで良かったと心の底から思う。もしも他の門派――特に、瞋熱燿チェンルーヤオ以外の瞋砂門しんしゃもん雪岑谷せきしんこくの者であればこうはいかなかっただろう。

 瞋熱燿チェンルーヤオはすぐに何冊かの綴じた紙束を抱えて戻ってきた。彼が入ると鸞快子らんかいしがすぐに部屋の周囲に術を張り巡らせる。

「お待たせしました! ここ最近の五行盟ごぎょうめい本部の物品管理・入出記録を持ってきました。全て僕が管理しているので、間違いはないはずです」
「例えば夜こっそりと運び出す可能性は?」

 凰黎ホワンリィがすかさず瞋熱燿チェンルーヤオに尋ねる。
 いくら記録がしっかりつけられていても、秘密裏に運び出されたものであるなら記録はつかないからだ。
 瞋熱燿チェンルーヤオは手早く紙束をめくってゆく。

「夜間も見張りと門番はかなりの人数がいます。仮にそうだとして――彼ら全てに秘密を守らせるのは盟主様でも難しいでしょう。場合によっては自分より大きな物を圧縮して運ぶことも可能ですが、やはり数を考慮に入れるとなると偽装して堂々と運ばせるのが一番簡単かと思います……あっ!」
「どうした?」

 手を止めた瞋熱燿チェンルーヤオ煬鳳ヤンフォンは尋ね、彼の開いている紙束に視線を向けた。……が、几帳面にぎっしりと書かれている記録を見た瞬間、煬鳳ヤンフォンは眩暈に襲われる。

(駄目だ、全然分からないぞ……)

 文字はもちろん読めるのだがいかんせん細かすぎる。あまりに整然と書き連ねられているものだから、なんだか精細な模様を見ている気持ちになってしまう。

瞋熱燿チェンルーヤオ、何か見つけましたか?」
「はい。ジン公子。ここを見て下さい」

 瞋熱燿チェンルーヤオが指し示したのは氷を運び出したことを示す記録だった。

「氷、ですか? そういえば私も頼まれて、何度か氷を貯蔵するための地下倉庫に術を施したことがありましたね。記録ではかなりの氷を出しているようですが、このような大量の氷が必要になることはあるのですか?」
「いいえ、滅多に使うことはありません。まあ……贅沢品ですので貴族の方などがお見えになったときに使う程度です。本来は山の氷室などに氷を貯蔵して、必要なときに運び込むのが一般的ですが、五行盟ごぎょうめいは五行使いが揃っていますから。手間をかけるよりは本部で賄おうというような意図だったと思います。……ですが、この記録の氷の量は、いま思えば五行盟ごぎょうめいの貯蔵庫で賄える量ではありません」

 瞋熱燿チェンルーヤオは筆先に墨を浸すと別の紙に書き記す。運び出した物の分量と日付、そして運んだ場所。書かれた内容は分量と日付以外はどれも皆変わらない。

「運び出したのは全て氷。そして運び先は瞋砂門しんしゃもん。……氷の分量は初めは少ないですが、揺爪山ようそうざんの事件から少し経った頃にかなりの量を運び出しています。時折増やしてもいるようですが、それにしても本当にこの量を運び出していたというのなら、ちょっとおかしいと思います」
「つまり……盟主様は氷と一緒に死体を氷だと偽って、死体を瞋砂門しんしゃもんに運ばせたということですね?」
「恐らく……ですが、あくまでこれは仮定の話であって推測の域を出ません。中身を実際に確認したわけではないのですから」

 頷いたものの信じ難い、という表情で瞋熱燿チェンルーヤオは眉をひそめる。彼もまだ信じることはできないのだ。そしてそれは煬鳳ヤンフォンたちも同様で、彼が何のためにこのような一連の行動をとるのか、あるいはそう思っているのは間違いなのか、分からないのだ。
 煬鳳ヤンフォンは考えた末、あることを思いつく。

「ならさ、行って確かめてみるってのはどうだ?」
「はい!?」

 突然の言葉に瞋熱燿チェンルーヤオが目をひん剥いて聞き返す。
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