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実事求是真凶手(真犯人)

148:地下探索(二)

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 ――こいつは一体誰なんだ?

 もう少し近くで様子を見てみたい。そう思っていると凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンの傍にやってきた。

「開けましょうか?」
「できる?」

 当然です、と凰黎ホワンリィは頷くと、牢屋の錠に手を翳す。白い光が凰黎ホワンリィの手のひらに集まると、それは鍵のような形に変化した。

「さっきもそれ、やってたよな」
「はい。氷で鍵穴から鍵の形を作りました。先ほどはもう少し特殊な鍵でしたので、鍵穴に差してからもうひと手間加えましたが」
「……」

 凰黎ホワンリィは意外なところでとても大胆だ。まさかそんな大胆な開け方をしていたなんて、先ほどは全く気づかなかった。

「その、凰黎ホワンリィって本当になんでもできるんだな……びっくりしたよ」
嶺主りょうしゅ様が知ったらひどく怒るでしょうが……。今回は背に腹は代えられないと思いまして」

 困った顔で凰黎ホワンリィは肩を竦める。しかし、凰黎ホワンリィがそうしなかったら倉庫の中には入れなかったろうし、捕まっている人がいる牢屋を開けることも難しかっただろう。

 煬鳳ヤンフォンは慎重に牢屋の扉を開けると、牢の中へと入った。
 一歩、また一歩。慎重に近づいてあと一歩というときだ。突然目の前の人物が目を見開き、目にも留まらぬ速さで煬鳳ヤンフォンのことを蹴り上げようとした。煬鳳ヤンフォンは身を捩って男の蹴りをかわす。

「っ!」

 かわしたと思ったのも束の間で、間髪入れずにもう一撃が煬鳳ヤンフォンに迫る。

 ――こいつ……かなりできるぞ!

 二撃もなんとかかわし、驚きつつも男から距離を取った。
 相手が拘束されているからと油断したら、うっかりやられかねない。

 捕まっていたとは思えないほどの俊敏な動きに、煬鳳ヤンフォンは面食らってしまった。
 油断はできないが、とにかく説得しなければ。敵意をむき出しにする男を前にして煬鳳ヤンフォンは考える。

「うがぁあああ!」
「うわっ!」

 ところが突然黒い――声で男だと分かった人物が叫び声をあげたので、咄嗟に煬鳳ヤンフォンは男に向かって掌底を叩きこんだ。一瞬にして男は口から泡を吹き、白目を剥く。

「しまった、つい反射的に……!」

 騒がれたら不味い、そう思ってうっかり男を気絶させてしまったのだ。結果としてはまあ良かったかもしれないが。
 男は気を失ったことによりだらりと首を垂らしてしまった。

煬鳳ヤンフォン!」

 走り寄る凰黎ホワンリィに慌てて煬鳳ヤンフォンは手と首を全力で振る。決して殺したりなどしていないと弁明するために。

「だ、大丈夫だ! 気絶しただけだから……! それにしても、こいつ一体誰なんだ?」

 鎖の拘束を外したあと、男を助け起こした瞋熱燿チェンルーヤオは入念に男の様子を観察している。男は随分以前より拷問を受けていたようで、よく見れば体にひどい傷が残っていた。体も相当やせ細っていて生きているのが不思議なほどだ。それでいてあの俊足の蹴りを繰り出してきたのだから、こうなる前は相当な実力の持ち主だったことだろう。

「この方を、私は知っているような気がします……」

 凰黎ホワンリィの言葉に瞋熱燿チェンルーヤオが驚いて彼を見上げた。

凰黎ホワンリィ、知ってるやつなのか?」
「はい。先ほど彼が煬鳳ヤンフォンに襲い掛かったとき、土行の力を微かに感じました。恐らく彼は土行雪岑谷せきしんこくの誰か……」
雪岑谷せきしんこく!? 俺が五行盟ごぎょうめいで詰められたときにあいつらも確かにいたけど、そんな強いと思うようなやつはいなかったぞ!?」

 しかし、凰黎ホワンリィの言葉に間違いはないだろう。ということは、煬鳳ヤンフォンも知らない誰かということになる。
 では、一体誰なのか?
「ううう……」


 男が目覚めたようで、微かに呻く。煬鳳ヤンフォンがおろおろしていると、凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンを見た。

「私に任せて頂けませんか?」

 気絶させてしまった煬鳳ヤンフォンでは、男がまた暴れてしまうかもしれない。凰黎ホワンリィはこの男を知っているかもしれないと言っていた。だから凰黎ホワンリィに任せるのが良いだろう、煬鳳ヤンフォンはそう考えて凰黎ホワンリィに頷いた。

「分かった。凰黎ホワンリィに任せるよ」
「有り難うございます」

 凰黎ホワンリィは男の傍に屈みこむと、瞋熱燿チェンルーヤオの反対側から男の背中を支えた。凰黎ホワンリィは穏やかな口調でゆっくりと男に語り掛ける。

「私は蓬静嶺ほうせいりょう静霄蘭ジンシャオランと申します。貴方を助けに来ました」

 男の頬がピクリと反応したのが分かった。
 どうやら何か思い当たったようだ。

ジン……公子、だと……?」

 男は震えながら瞼を押し上げ、凰黎ホワンリィの顔をじっと見つめている。

「おお……儂の記憶から随分年を重ねられたようだが、確かに蓬静嶺ほうせいりょうの公子殿……! 儂だ、雪岑谷せきしんこく谷主こくしゅ吾太雪ウータイシュエだ……!」

 煬鳳ヤンフォンは聞き間違いなのではないかと男の顔を二度見した。
 忘れるはずもない。つい少し前、黒冥翳魔こくめいえいまの件で五行盟ごぎょうめい吾太雪ウータイシュエの弟子たちには随分色々責められたのだ。

 なのに目の前にいる、どれほど牢屋にいたのか分からない男が吾太雪ウータイシュエであると、彼は言うのだから……!

「なんだって!?」

 堪らずに煬鳳ヤンフォンは声をあげたが、同時に瞋熱燿チェンルーヤオも同じことを口にしたので、結果的に二人とも殆ど同時に叫んでしまった。

「でも、まさか、じゃあ閉閑修行をしているはずの吾太雪ウータイシュエは!? 本当なのか!? 嘘を言っているんじゃないのか!?」
煬鳳ヤンフォン! ……私は幼い頃に吾谷主ウーこくしゅの戦いを見たことがあります。それで先ほどの戦いではっきり分かりました。……この方は間違いなく、雪岑谷せきしんこく吾谷主ウーこくしゅです……!」

 凰黎ホワンリィがきっぱりと言い切ったことに、煬鳳ヤンフォンは何より驚く。彼がここまで言うということは、よほど確信を持ったのだろう。

「そんな……なぜ瞋砂門しんしゃもん吾谷主ウーこくしゅがこのような姿で……。一体誰が、なぜ、このようなことを……」

 動揺のあまり瞋熱燿チェンルーヤオの言葉は縺れている。
 吾太雪ウータイシュエはそんな瞋熱燿チェンルーヤオをやや冷めた目で見つめると、

「誰も何も……あの化け物。瞋九龍チェンジューロンに決まっている」

 と冷たく言い放った。彼は弱っていて、言葉も弱弱しかったが、それでも込められた言葉には怒気がこもっている。

「も、申し訳ございません! 谷主こくしゅ様になんということを……!」

 慌てて地面に這いつくばるようにして瞋熱燿チェンルーヤオは頭を何度も打ち付けた。煬鳳ヤンフォンは慌てて瞋熱燿チェンルーヤオを止めると「いまはそんな場合じゃないだろ!」と叫んだ。

「彼の言う通りです、谷主こくしゅ様。お怒りはごもっともですが、まずは脱出を優先しましょう。……それに、我々がここまで来ることができたのは、チェン公子のお陰です。彼が瞋九龍チェンジューロンの行動がおかしいことに気づき、危険を冒して我々を瞋砂門しんしゃもんの中に引き入れてくれたのですから」

 凰黎ホワンリィの勢いに半ば飲まれながら吾太雪ウータイシュエは渋々頷く。

「済まない。君たちの言う通りだ。まずはここから出なければ……そうだ!」

 吾太雪ウータイシュエは何か思い出したように隣の牢屋へ行こうとする。慌てて凰黎ホワンリィが駆け寄って、倒れそうな吾太雪ウータイシュエを支えた。

谷主こくしゅ様、どうされたのですか?」
「実は少し前にここに睡龍すいりゅうの外から来た者が連れてこられたのだ」

 煬鳳ヤンフォンたち三人は顔を見合わせる。

「まさか……その方を遣わしたのは……」

 恐る恐る尋ねる凰黎ホワンリィ吾太雪ウータイシュエは嗄れた声で「うむ……」と言った。

「彼は惺弦せいげんという国の国師こくしに遣わされた使者であったが、国師こくしの元に戻る前に拷問で死んでしまった。……儂はせめて彼のために、遺品を何か持ち帰って国師こくしに彼の遺言を伝えたいのだ」
「……」

 なんということだろう。国師こくしの遣わした兵士と言えば阿駄アーツォのことに違いない。
 まさかあのような姿になって冥界めいかいから逃げ出しても国師こくしに必死で睡龍すいりゅうの危機を伝えようとしていた彼が、あろうことか五行盟ごぎょうめいの盟主である瞋九龍チェンジューロンにこのような仕打ちを受けたとは思いもよらなかった。

 煬鳳ヤンフォンは「俺が探す」と言って、隣の牢屋の中に飛び込んだ。というのも、吾太雪ウータイシュエは相当衰弱していて危険な状態であり、凰黎ホワンリィも彼を支えたまま探すことは難しいだろうと思ったから。

「ぼ、僕も探します!」

 はじめは呆然としていた瞋熱燿チェンルーヤオも、煬鳳ヤンフォンの意図に気づいてすぐさま牢屋に入ると、地面に何か落ちていないかと探し始める。

(しかし、身に着けていたものなんて残すかな……。もし仮に身に着けているものがあったとしたら、足がつかないように真っ先に処分しそうなもんだけどな)

 そう考えはするものの、いや待て、と煬鳳ヤンフォンは自分を叱咤する。
 もしかしたら奇跡的に何か残っているかもしれない。希望的観測ではあるが、僅かであったとしても残る可能性を否定するのは良くないだろう。

 諦めるなと己に何度も言い聞かせながら、見えにくい場所を中心に煬鳳ヤンフォンは探す。
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