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実事求是真凶手(真犯人)
149:地下探索(三)
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「……あった!」
崩れた岩の影になった部分の隙間に、何かが光っている。すかさず隙間に手を差し入れてみると、小さな耳飾りのようなものを見つけることができた。
「たぶん激しく叩かれたときにでも外れて吹っ飛んだんだろうな」
霧谷関で出会った、悲惨な状態の阿駄の様子を思い出し、煬鳳は顔をしかめる。国師に地下でのことを話したらさぞ辛いだろうが、彼には知る権利があるだろう。
それに、吾太雪は煬鳳たちよりももっと詳しく阿駄の遺言を聞いているかもしれない。
煬鳳は耳飾りを丁寧に布で包むと、懐に大切に仕舞った。
ここで成すべきことは一先ず終わったはずだ。
瞋九龍の所業が明らかになれば、恐らく五行盟は瞋九龍には従わない。そうなれば火龍の件で皆の協力も集めやすくなるだろう。特に、いままで煬鳳に敵意を向けていた雪岑谷については、仮に彼の言う通り吾太雪が瞋九龍によって捕らえられていたとなれば彼を助け出したことで、より味方になってくれる確率が上がる。
今すぐここを出て、詳しい話を聞かねばならない――そう考え、煬鳳は凰黎を見る。
「急いでここを出ましょう。吾谷主を連れ出した以上、この倉庫に侵入者があったことは必ず分かってしまうでしょうから」
「そうだな」
凰黎の言葉を合図に煬鳳たちは再び出口へと向かう。時間を費やしたとしてもせいぜい数刻程度。朝になるのもまだ遠いから余裕はあるはずだ。
「瞋熱燿、前を頼めるか? 俺は吾谷主を支えるから」
「はっ、はい!」
いまの状態を理解はしているが、吾太雪の心情としては瞋熱燿の肩を貸りるのは躊躇われるだろう。ならば瞋熱燿には先を歩いて貰い、煬鳳と凰黎は吾太雪が歩く手助けをした方がいい。
酷い臭いには慣れないが、なんとか堪えて登ってきた階段を上る。相当衰弱していたにもかかわらず、吾太雪の歩みは危なっかしいながらもしっかりしていた。
倉庫の外に出ると、凰黎が元の状態になるように鍵を閉める。外から見たら誰も侵入したとは思えない。
「さあ、急いで外に出ましょう!」
気づけば足取りが段々と速くなる。やってきたときと違って、いま煬鳳たちの肩には吾太雪がいる。誰かに見つかれば面倒なことになってしまう。
だからこそ、みな焦っているのだ。
「裏門を開けたらすぐに気づかれるはずです。僕がうまく誤魔化しますから、皆さんはここを出たらすぐに隠れて下さい」
裏門の前で瞋熱燿はそう言った。
「大丈夫なのか? 瞋熱燿」
「心配しないで下さい。……面倒な方とのやり取りも、その場しのぎの取り繕いも、普段から慣れっ子ですから」
そう言った瞋熱燿は少し笑っている。笑ってはいるが、少しぎこちないのは彼も緊張しているのだ。緊張してはいるが、煬鳳や吾太雪をここから脱出させるために、彼は同じ門派の者たちと対峙する。
「貴方に負担をかけて申し訳ありません。どうか気を付けて」
「有り難うございます、凰殿。元々は我々瞋砂門が引き起こしたことですから、これくらいは当然です。……では、門を開けます!」
瞋熱燿が門を開けると、煬鳳と凰黎は担いだ吾太雪を連れてすぐさま近くの物陰に身を隠す。少し離れた場所まで瞋熱燿が歩いていくと、瞋砂門の門弟たちが瞋熱燿を見つけて寄ってきた。
「瞋公子。どうされたのですか?」
「いえ、なんだか眠れなかったので少し散歩をしようと思って」
瞋熱燿と門弟たちは他愛のない話をしている。暫く会話をしたあと、門弟たちは「お気をつけて」と言ってやってきた方向へと戻っていった。
「どうやらうまく行ったようですね……」
注意深く瞋熱燿のやり取りを見守っていた凰黎だったが、門弟たちの姿が消えてようやく安心したようだ。緊張しきりだった表情がようやく和らぎ、小さく息を吐く。
「お爺様……!?」
しかし次の瞬間、瞋熱燿の声に煬鳳たちは凍り付いた。
(どういうことだ!? 瞋九龍だって!?)
瞋熱燿が声をあげたのは、恐らく煬鳳たちに報せるためだろう。再び息を潜めながら、瞋熱燿の様子を観察する。
そこには、彼の言った通り瞋九龍が立っていた。
「お出かけなされたと伺っておりましたが、いつお戻りに?」
「今しがた戻ったところだ。なんだか胸騒ぎがしてな。……それよりも、そなたこそこんな夜更けに一体どうしたのだ?」
盟主の声は鋭く、そして重みがある。微かだが、彼が瞋熱燿の行動を訝しく思っていることも彼の口調から感じられた。
(なんて勘の良い奴なんだ……!)
一番出会いたくなかった奴が、まさにいま、脱出するというときにやってきてしまったのだ。しかも、胸騒ぎがすると言っている。実の子孫ですら警戒を緩めないところは、さすがにだといえよう。
もしも目の前で瞋九龍に凄まれたら、普通の者ならば恐ろしくて言葉を発することなどできないだろう。
しかし、瞋熱燿は彼に怯むことなく語りはじめた。
「はい。実は先日少し気難しいお客様が来られて、失敗をしてしまいました。お爺様もご存じの通り、僕にできることと言えば受付くらいしかありません。このままではいけないと悩んでいるうちに目が冴えてしまいまして。少し散歩にでようとしたところだったのです」
「ふむ。まあ人には適材適所というものがある。そう思い悩むことはないだろう。今回失敗したのなら次を頑張ればよい」
「有り難うございます。お言葉、心に刻みます」
瞋熱燿は瞋九龍に拝礼をしたあと、さらに言葉を続けた。
「お爺様もお戻りになったばかりなのでしたら、きっとお疲れでしょう。今夜はどうかゆっくりお休み下さい」
煬鳳たちは生きた心地がしなかったし、瞋熱燿も同じ心境であったろうと思う。しかし彼は瞋九龍に笑顔を向け「それでは」と言って煬鳳たちの潜む場所とは別の方向に立ち去ろうとした。
「――待ちなさい」
またもや煬鳳たちは凍り付く。
うまく瞋九龍の追及をかわしたと思ったはずなのに、呼び止めた彼の声音はさらに低く、恐ろしく、底の知れない恐怖を覚えた。
心臓が弾けそうなほど激しく鼓動は刻み続け、首からは冷や汗が伝う。しかし、己の感情よりもまず先に、瞋九龍と対峙している瞋熱燿のことが心配でならない。
瞋熱燿の笑顔は凍り付いたまま、必死でなんとか表情を保とうとしている。
「なんでしょうか? お爺様」
瞋九龍はゆっくりと瞋熱燿の目の前まで近づいてゆき、彼の足元から頭の先までじっくりと見つめた。
「――随分と調子が良さそうだな? まるで憑き物が取れたかのようにそなたの体からは火行の力が溢れている。よもやそなたは………………誰かに何かしてもらったのではないか?」
瞋九龍は目と鼻の先まで瞋熱燿に近づき、彼の両肩を掴む。余程強い力だったのか、瞋熱燿が呻いた声が煬鳳たちのところまで届く。
煬鳳は鸞快子が彼に言った言葉を思い出した。
『恐らく気づくことができるのは相当修為が高い人物か、それとも――この影を君たちに仕込んだ張本人か』
瞋九龍の修為は確かに相当高い。しかし、彼は瞋熱燿や彼の父と共にいて彼らが幼い頃より、ただの一度も彼らの霊脈に絡みつく影に言及したことはなかったはずだ。もしも彼に隠す意図がなかったのなら、とうの昔に彼らはもっと自分たちの実力を発揮することができたはず。
(なら、考えられることはただ一つ――!)
瞋熱燿の目が見開かれ、信じられないものを見るような顔つきに変わる。
「誰にやってもらったんだ? お前に入れ知恵をした奴がいるのか? どうなんだ?」
瞋九龍の目が赤く光った。
半泣きの瞋熱燿の足は震え、今にも頽れてしまいそうだが瞋九龍の掴む手がそれを許さない。
「あ、あ、あ……」
「言え! 誰がやった!」
このままでは不味い、煬鳳は二人の間に飛び出した。
崩れた岩の影になった部分の隙間に、何かが光っている。すかさず隙間に手を差し入れてみると、小さな耳飾りのようなものを見つけることができた。
「たぶん激しく叩かれたときにでも外れて吹っ飛んだんだろうな」
霧谷関で出会った、悲惨な状態の阿駄の様子を思い出し、煬鳳は顔をしかめる。国師に地下でのことを話したらさぞ辛いだろうが、彼には知る権利があるだろう。
それに、吾太雪は煬鳳たちよりももっと詳しく阿駄の遺言を聞いているかもしれない。
煬鳳は耳飾りを丁寧に布で包むと、懐に大切に仕舞った。
ここで成すべきことは一先ず終わったはずだ。
瞋九龍の所業が明らかになれば、恐らく五行盟は瞋九龍には従わない。そうなれば火龍の件で皆の協力も集めやすくなるだろう。特に、いままで煬鳳に敵意を向けていた雪岑谷については、仮に彼の言う通り吾太雪が瞋九龍によって捕らえられていたとなれば彼を助け出したことで、より味方になってくれる確率が上がる。
今すぐここを出て、詳しい話を聞かねばならない――そう考え、煬鳳は凰黎を見る。
「急いでここを出ましょう。吾谷主を連れ出した以上、この倉庫に侵入者があったことは必ず分かってしまうでしょうから」
「そうだな」
凰黎の言葉を合図に煬鳳たちは再び出口へと向かう。時間を費やしたとしてもせいぜい数刻程度。朝になるのもまだ遠いから余裕はあるはずだ。
「瞋熱燿、前を頼めるか? 俺は吾谷主を支えるから」
「はっ、はい!」
いまの状態を理解はしているが、吾太雪の心情としては瞋熱燿の肩を貸りるのは躊躇われるだろう。ならば瞋熱燿には先を歩いて貰い、煬鳳と凰黎は吾太雪が歩く手助けをした方がいい。
酷い臭いには慣れないが、なんとか堪えて登ってきた階段を上る。相当衰弱していたにもかかわらず、吾太雪の歩みは危なっかしいながらもしっかりしていた。
倉庫の外に出ると、凰黎が元の状態になるように鍵を閉める。外から見たら誰も侵入したとは思えない。
「さあ、急いで外に出ましょう!」
気づけば足取りが段々と速くなる。やってきたときと違って、いま煬鳳たちの肩には吾太雪がいる。誰かに見つかれば面倒なことになってしまう。
だからこそ、みな焦っているのだ。
「裏門を開けたらすぐに気づかれるはずです。僕がうまく誤魔化しますから、皆さんはここを出たらすぐに隠れて下さい」
裏門の前で瞋熱燿はそう言った。
「大丈夫なのか? 瞋熱燿」
「心配しないで下さい。……面倒な方とのやり取りも、その場しのぎの取り繕いも、普段から慣れっ子ですから」
そう言った瞋熱燿は少し笑っている。笑ってはいるが、少しぎこちないのは彼も緊張しているのだ。緊張してはいるが、煬鳳や吾太雪をここから脱出させるために、彼は同じ門派の者たちと対峙する。
「貴方に負担をかけて申し訳ありません。どうか気を付けて」
「有り難うございます、凰殿。元々は我々瞋砂門が引き起こしたことですから、これくらいは当然です。……では、門を開けます!」
瞋熱燿が門を開けると、煬鳳と凰黎は担いだ吾太雪を連れてすぐさま近くの物陰に身を隠す。少し離れた場所まで瞋熱燿が歩いていくと、瞋砂門の門弟たちが瞋熱燿を見つけて寄ってきた。
「瞋公子。どうされたのですか?」
「いえ、なんだか眠れなかったので少し散歩をしようと思って」
瞋熱燿と門弟たちは他愛のない話をしている。暫く会話をしたあと、門弟たちは「お気をつけて」と言ってやってきた方向へと戻っていった。
「どうやらうまく行ったようですね……」
注意深く瞋熱燿のやり取りを見守っていた凰黎だったが、門弟たちの姿が消えてようやく安心したようだ。緊張しきりだった表情がようやく和らぎ、小さく息を吐く。
「お爺様……!?」
しかし次の瞬間、瞋熱燿の声に煬鳳たちは凍り付いた。
(どういうことだ!? 瞋九龍だって!?)
瞋熱燿が声をあげたのは、恐らく煬鳳たちに報せるためだろう。再び息を潜めながら、瞋熱燿の様子を観察する。
そこには、彼の言った通り瞋九龍が立っていた。
「お出かけなされたと伺っておりましたが、いつお戻りに?」
「今しがた戻ったところだ。なんだか胸騒ぎがしてな。……それよりも、そなたこそこんな夜更けに一体どうしたのだ?」
盟主の声は鋭く、そして重みがある。微かだが、彼が瞋熱燿の行動を訝しく思っていることも彼の口調から感じられた。
(なんて勘の良い奴なんだ……!)
一番出会いたくなかった奴が、まさにいま、脱出するというときにやってきてしまったのだ。しかも、胸騒ぎがすると言っている。実の子孫ですら警戒を緩めないところは、さすがにだといえよう。
もしも目の前で瞋九龍に凄まれたら、普通の者ならば恐ろしくて言葉を発することなどできないだろう。
しかし、瞋熱燿は彼に怯むことなく語りはじめた。
「はい。実は先日少し気難しいお客様が来られて、失敗をしてしまいました。お爺様もご存じの通り、僕にできることと言えば受付くらいしかありません。このままではいけないと悩んでいるうちに目が冴えてしまいまして。少し散歩にでようとしたところだったのです」
「ふむ。まあ人には適材適所というものがある。そう思い悩むことはないだろう。今回失敗したのなら次を頑張ればよい」
「有り難うございます。お言葉、心に刻みます」
瞋熱燿は瞋九龍に拝礼をしたあと、さらに言葉を続けた。
「お爺様もお戻りになったばかりなのでしたら、きっとお疲れでしょう。今夜はどうかゆっくりお休み下さい」
煬鳳たちは生きた心地がしなかったし、瞋熱燿も同じ心境であったろうと思う。しかし彼は瞋九龍に笑顔を向け「それでは」と言って煬鳳たちの潜む場所とは別の方向に立ち去ろうとした。
「――待ちなさい」
またもや煬鳳たちは凍り付く。
うまく瞋九龍の追及をかわしたと思ったはずなのに、呼び止めた彼の声音はさらに低く、恐ろしく、底の知れない恐怖を覚えた。
心臓が弾けそうなほど激しく鼓動は刻み続け、首からは冷や汗が伝う。しかし、己の感情よりもまず先に、瞋九龍と対峙している瞋熱燿のことが心配でならない。
瞋熱燿の笑顔は凍り付いたまま、必死でなんとか表情を保とうとしている。
「なんでしょうか? お爺様」
瞋九龍はゆっくりと瞋熱燿の目の前まで近づいてゆき、彼の足元から頭の先までじっくりと見つめた。
「――随分と調子が良さそうだな? まるで憑き物が取れたかのようにそなたの体からは火行の力が溢れている。よもやそなたは………………誰かに何かしてもらったのではないか?」
瞋九龍は目と鼻の先まで瞋熱燿に近づき、彼の両肩を掴む。余程強い力だったのか、瞋熱燿が呻いた声が煬鳳たちのところまで届く。
煬鳳は鸞快子が彼に言った言葉を思い出した。
『恐らく気づくことができるのは相当修為が高い人物か、それとも――この影を君たちに仕込んだ張本人か』
瞋九龍の修為は確かに相当高い。しかし、彼は瞋熱燿や彼の父と共にいて彼らが幼い頃より、ただの一度も彼らの霊脈に絡みつく影に言及したことはなかったはずだ。もしも彼に隠す意図がなかったのなら、とうの昔に彼らはもっと自分たちの実力を発揮することができたはず。
(なら、考えられることはただ一つ――!)
瞋熱燿の目が見開かれ、信じられないものを見るような顔つきに変わる。
「誰にやってもらったんだ? お前に入れ知恵をした奴がいるのか? どうなんだ?」
瞋九龍の目が赤く光った。
半泣きの瞋熱燿の足は震え、今にも頽れてしまいそうだが瞋九龍の掴む手がそれを許さない。
「あ、あ、あ……」
「言え! 誰がやった!」
このままでは不味い、煬鳳は二人の間に飛び出した。
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