4 / 77
陰陽師と式神、しびとの姫を拾う
01-04:しびとの姫
しおりを挟む
「ところでだ、桜姫様」
「なあに?」
今度は昂明達が彼女に質問をする番なのだ。昂明は殊更人のよさそうな顔を作ると桜に向き直る。
「桜姫様。あなた様は崖から落ちて気を失っていたらしいんだけどな」
「崖!?」
昂明の言葉に桜は酷く驚いたらしい。咄嗟に起き上がろうとしたのだが、すぐに苦悶の表情を浮かべる。
やはり体は痛むのだろう。慌てて銀が彼女の背に手を回し、桜の背を撫でてやった。
それにしても、気になるのは彼女の今の反応だ。驚いていたのは間違いはない。
「なんだ、知らなかったのか?」
「ううん、その、あまりに暗くて、どこを走っていたのか全然分からなかったの……」
「どうしてあんな山の中を、供の者もつけずに、子供一人で走っていたのか。話してはくれないか?」
そうは言ったが冷静に考えれば、もしかしたら供の者はいたのかもしれない。途中ではぐれた、そんな可能性もあるな、と話しながら昂明は考える。
しかし、結論を言えばその質問に対する答えは返ってこなかった。
桜は昂明達が諦めるまで、ずっと黙ったまま俯いていたのだ。
どこから来たのか、どこの家のものなのか。質問をしてもどうしても答えない。
それで察した。
恐らく……『桜』というのも嘘の名前だろう。
そして極めつけが「今頃両親が心配しているのではないか」という言葉に対する彼女の言葉だ。昂明の言葉に辿々しい口調で桜は、
「わ、わたし、その……死人なの……」
と言ったのだ。
なんということを言うのかと驚いたが努めて平静を装う。
「本当に桜が死人なら、治療に苦労はしなかったんだけどな。その怪我の手当ては誰がしてくれたのかな?」
「ご、ごめんなさい。わたし……」
つい反射的に意地悪な言葉を返してしまったのだが、言い返すでもなく謝る彼女の姿に罪悪感を覚える。
「子供がそんなに謝るもんじゃない」
「は、はい……」
言うに事欠いて、子供の身で「死んだ」などとは一体どういうことか。彼女はどうして何も言わず、死人だなどと言ったのか。貴族の娘であるのだろうに、威張ったふうもなく、どこか遠慮を感じる。
昂明は直感した。
――この娘は訳ありだ。
結局その日の結論はお預けになった。
「きっとどこかの姫様なんだろうが……『死人』とは恐れ入ったな」
再び眠りについた桜を見て、銀が言う。今は二人きり、火桶で暖を取りながら外の景色を眺めている。庭の手入れをする者も久しくいないため、草は伸び放題、木々も気まぐれに枝を伸ばし続け、かつての姿は見る影もない。
栄華を誇るかの土御門や東三条などの邸宅と比べれば、やはり『落ちぶれた』などと言われるのは仕方ないだろう。
父はといえば、暫く懇ろな女の元に滞在するとか何とかで、ここ数日顔を見ることすら出来ていない。桜のことを相談しようと思っていたのだが、それもお預けになってしまった。
「死人だななんて言うからには、生きていると知られたくない事情があるんだろう。自分の身分を明かさないのも、山での出来事を話さないのもそういう事情があるのかもしれないな」
「この娘をどうするつもりだ? 昂明」
火桶の向こうから、銀が昂明を見る。きっと彼女のことを心配しているのだろう。それはやはり、己の事情を彼女に重ねているからに違いない。
昂明はそんなことを考える。
初めて銀がやって来た日のことを、亡き爺様より何度も聞かされた。
――どうやら面倒事を引き受けるのは刀岐氏の伝統らしい。
因果なものだと、少し可笑しく思う。
「暫くはうちで面倒見るしかないだろうさ」
銀がほっと息を吐いたのが分かった。
ようやく安心したのか、銀は廂に腰を下ろすと笛を口元に寄せる。静まり返った庭に竜笛の透き通るような音色が響く。
その旋律はいつもながら美しく、悲しく、そして儚い。
目の前にいる『顔のいい式神』は、実に笛を吹く姿が良く似合う。難儀な生い立ちを抱えてさえいなければ、数多の姫達が見惚れていたのではないか。
目を閉じ、笛の音を聞きながら今日の出来事を思い出す。
「陰陽師に式神に死人の姫……か」
思わず口をついて出た言葉だったが、我ながら上手いことを言ったものだと、昂明は一人笑った。
「なあに?」
今度は昂明達が彼女に質問をする番なのだ。昂明は殊更人のよさそうな顔を作ると桜に向き直る。
「桜姫様。あなた様は崖から落ちて気を失っていたらしいんだけどな」
「崖!?」
昂明の言葉に桜は酷く驚いたらしい。咄嗟に起き上がろうとしたのだが、すぐに苦悶の表情を浮かべる。
やはり体は痛むのだろう。慌てて銀が彼女の背に手を回し、桜の背を撫でてやった。
それにしても、気になるのは彼女の今の反応だ。驚いていたのは間違いはない。
「なんだ、知らなかったのか?」
「ううん、その、あまりに暗くて、どこを走っていたのか全然分からなかったの……」
「どうしてあんな山の中を、供の者もつけずに、子供一人で走っていたのか。話してはくれないか?」
そうは言ったが冷静に考えれば、もしかしたら供の者はいたのかもしれない。途中ではぐれた、そんな可能性もあるな、と話しながら昂明は考える。
しかし、結論を言えばその質問に対する答えは返ってこなかった。
桜は昂明達が諦めるまで、ずっと黙ったまま俯いていたのだ。
どこから来たのか、どこの家のものなのか。質問をしてもどうしても答えない。
それで察した。
恐らく……『桜』というのも嘘の名前だろう。
そして極めつけが「今頃両親が心配しているのではないか」という言葉に対する彼女の言葉だ。昂明の言葉に辿々しい口調で桜は、
「わ、わたし、その……死人なの……」
と言ったのだ。
なんということを言うのかと驚いたが努めて平静を装う。
「本当に桜が死人なら、治療に苦労はしなかったんだけどな。その怪我の手当ては誰がしてくれたのかな?」
「ご、ごめんなさい。わたし……」
つい反射的に意地悪な言葉を返してしまったのだが、言い返すでもなく謝る彼女の姿に罪悪感を覚える。
「子供がそんなに謝るもんじゃない」
「は、はい……」
言うに事欠いて、子供の身で「死んだ」などとは一体どういうことか。彼女はどうして何も言わず、死人だなどと言ったのか。貴族の娘であるのだろうに、威張ったふうもなく、どこか遠慮を感じる。
昂明は直感した。
――この娘は訳ありだ。
結局その日の結論はお預けになった。
「きっとどこかの姫様なんだろうが……『死人』とは恐れ入ったな」
再び眠りについた桜を見て、銀が言う。今は二人きり、火桶で暖を取りながら外の景色を眺めている。庭の手入れをする者も久しくいないため、草は伸び放題、木々も気まぐれに枝を伸ばし続け、かつての姿は見る影もない。
栄華を誇るかの土御門や東三条などの邸宅と比べれば、やはり『落ちぶれた』などと言われるのは仕方ないだろう。
父はといえば、暫く懇ろな女の元に滞在するとか何とかで、ここ数日顔を見ることすら出来ていない。桜のことを相談しようと思っていたのだが、それもお預けになってしまった。
「死人だななんて言うからには、生きていると知られたくない事情があるんだろう。自分の身分を明かさないのも、山での出来事を話さないのもそういう事情があるのかもしれないな」
「この娘をどうするつもりだ? 昂明」
火桶の向こうから、銀が昂明を見る。きっと彼女のことを心配しているのだろう。それはやはり、己の事情を彼女に重ねているからに違いない。
昂明はそんなことを考える。
初めて銀がやって来た日のことを、亡き爺様より何度も聞かされた。
――どうやら面倒事を引き受けるのは刀岐氏の伝統らしい。
因果なものだと、少し可笑しく思う。
「暫くはうちで面倒見るしかないだろうさ」
銀がほっと息を吐いたのが分かった。
ようやく安心したのか、銀は廂に腰を下ろすと笛を口元に寄せる。静まり返った庭に竜笛の透き通るような音色が響く。
その旋律はいつもながら美しく、悲しく、そして儚い。
目の前にいる『顔のいい式神』は、実に笛を吹く姿が良く似合う。難儀な生い立ちを抱えてさえいなければ、数多の姫達が見惚れていたのではないか。
目を閉じ、笛の音を聞きながら今日の出来事を思い出す。
「陰陽師に式神に死人の姫……か」
思わず口をついて出た言葉だったが、我ながら上手いことを言ったものだと、昂明は一人笑った。
0
あなたにおすすめの小説
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる