如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

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炎上、輝く君

04-07:とっておきの手

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 あれは長らく患っていた祖父が亡くなって暫く経った頃の事だ。
 都に住まう誰もが知る偉大な陰陽師、安倍晴明公が昂明達の邸を訪れた。

『亡き祖父――刀岐晴康 ときのはるやすが生前にさる筋と交わされた盟約を伝えるためにやってきた』

 それが、昂明が元服したら陰陽寮の陰陽師として出仕するという内容だったのだから昂明が驚いたのも無理はない。兄二人ではなく、何故自分が。そうも思ったが、祖父が病床の頃既に兄二人は元服して出仕していたので恐らくそうなっただけなのだろう。

 結果として、それまでは『自称陰陽師の昂明と、その式神』だった建前は、昂明が陰陽寮に出仕するようになった事によって、より真実味を帯びるようになった。

 安倍晴明公は未だ内裏での信望も厚く、御年七十九という高齢にも関わらずいまだ健在だ。昂明の祖父と晴明公とは若かりし頃よりの旧知の仲で、銀の秘密を知る数少ない人間の一人でもある。子供の頃は祖父を訪ねて邸にも時折現れることも多く、晴明公は孫のように昂明や銀のことを可愛がってくれたのだ。

 そして昂明の名前が微妙に晴明公に似通っているのも、亡き祖父が晴明公から一文字勝手に頂いたことに由来する。浅からぬ縁というやつだ。

 突然陰陽師に抜擢され肩身の狭い思いをしている昂明を、何かと気にかけてくれることも多い。顔を見れば困っていることはないか、と尋ねてくれる。それがまた一層同僚達には面白く映らないのだろうが……しかし勿体なくも有り難いことだとは思う。

 普段はそのご威光をアテにするのは恐れ多いと思っている昂明だったが、今回だけは特別だ。

 現在は陰陽寮ではない官職に任ぜられているものの、陰陽師と言えば安倍晴明ありとの名高いその評判は、陰陽寮の中にも強く根付いている。

 その晴明公が帝に「五条大橋の放火の犯人を近衛中将さまとするのは少々早計かと存じます」と奏上したことは、内裏を超えて大内裏にまで伝わった。
 勿論、昂明が事の次第を包み隠さず晴明公に話し、そして直談判したからだ。

「私は絶対に近衛中将さまが犯人では無いと考えております。しかし今の自分達では調べさせる権限も無く、己で調べることも許されません。お願いでございます。何とかして今の風向きを変えて欲しいのです。もう一度調査をする切っ掛けがあれば、検非違使である兄と共に必ず本当の犯人を突き止めてみせます」

 と。
 結果としては、検非違使庁も改めて調査し直すように通達が行き、犯人捜しは振り出しに戻ったそうだ。

「誰かに頼ろうとするなんて、昂明にしては珍しいものだな」
「言い方があるだろうよ、俺だって自分でどうにもならないことは誰かに頼るしかないって分かってるんだ。……死んだ爺さんの縁故あってこそのものだけどな」

 感心したような口調でそう言った銀に、少しだけ不貞腐れて昂明は返す。晴明公は子供の頃から知っているとはいえ、みだりに頼るのは相手に対して失礼だと思っている。

 しかし此度の件は相手が輝く君こと近衛中将。そんな雲の上の人物をどうにかするならば、それなりの力がどうしても必要だった。だからこそ自分の矜持を曲げてでも今回は頼んだ訳だが……。昂明だって出来ることなら自分の力で何とかしたかったと思っている。

 暫くすると、邸に戻ってきた兄弘継から報せが届けられた。
 それは『目撃情報を改めて検証し直したところ、どうやら近衛中将さまに成り済ました者が火を放った可能性が高くなった』ということらしい。

「何故別人だと分かったんだろう……」

 と銀は不思議そうにしていたのだが、単に最初が杜撰すぎただけだ。

「そりゃ『輝く君』とまで呼ばれる程の美しい男なんだ。並大抵の男では成り済ますのは難しいだろうよ」

 結局改めて調べ直せば『ぼろ』が次々に出てきて、輝く君とは似ても似つかない風貌をしていたということが分かったらしい。更にはあろうことか火事の起こった頃、さる高貴な姫君の元に通っていたという事実も後で分かり、輝く君が放火の犯人であるという線はほとんど消えたようだ。

「それで、俺が今日このことを報せに来た理由は他にもある」
「なんです? 兄上」
「犯人が別にいるということは分かった。しかし犯人の手掛かりがない。……どうするのが良いと思う?」
「俺に聞くんですか、それを……」

 これ以上は自分達の力では難しいと判断して、奥の手まで使ったのだ。それなのに検非違使庁の兄より「どうしたらいい?」などと尋ねられるとは思わなかった。

「いや、まあ俺も動こうと思ってたから良いんですけど。良いんですけど……」
「昂明。弘継兄はお前を頼りにしているんだ」
「分かってる、分かってるけど……」

 銀の言葉はよく分かっている。分かっているつもりだ。
 だがしかし。
 腹が痛くなりそうだ。

「どの道怪しい奴が六人もいて、六人とも偉い人だったんで、またひと悶着あるだろうとは思っていました。ええ、思っていましたよ」

 昂明は覚悟を決める。

「ところで――近衛中将さまの疑いがほぼ晴れたという件は、まだ公には公表していませんよね?」
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