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炎上、輝く君
04-10:源頼央
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「昂明! 銀!」
報せを聞きつけたのか、本来は別の公卿を見張る担当だった弘継がこちらに向かって走ってきた。
「大丈夫だったか!」
「俺達より近くで見張ってたはずの検非違使の皆さんが来ないのでどうしようかと焦りましたよ。お陰で体を張って時間稼ぎをする羽目になりました」
「済まぬ。なんでも裏手を重点的に見張っていて気付くのが遅れたそうだ」
呆れて声も出なかった。
自分達が時間を稼がなかったら逃げられていたかもしれないのだ。もう少ししっかりしてほしい。
そう思ったが……余計なことを言うのは藪蛇だ。その言葉は心の中に仕舞っておくことにした。
「昂明、怪我はないか」
「大丈夫だ。でも銀が助けに入ってくれなかったら危なかったかもしれないな。助かった」
「式神を名乗るからには、主を守ることが出来るくらい強くないといけないからな」
銀の笑顔に申し訳なさもある。幼馴染みを『式神』であると名乗らせるのは心苦しいのだが、銀の言葉に救われた気持ちだ。正直、男達に太刀で斬りかかられたときは足が竦んでしまった。
「いや、それよりも……」
少しだけ言葉を濁しながら昂明は銀を小突く。
先ほど見せた凄まじい太刀の腕前を見せた白銀の髪を持つ少年に対し、羨望と驚きと恐れのまなざしが交互に見つめている。皆「あれはあやかしか?」「それとも鬼か?」「それとも……」と銀の正体を不思議に思っているのだ。
「銀色の美しい髪だな。……鬼か?」
馬の嘶きと共に聞こえた真っ直ぐな声。
「違います、こいつは俺の式神です」
思わず昂明は反射的にそう返してしまった。
返した後で一体誰なのかと慌てて馬上の人物を見れば――誰だか分からない。
ただ、只者ではない貴族であるということだけは分かった。
「ほう式神とな。それは済まなかった。……ということはおぬしらは陰陽師か」
「はい。陰陽寮の陰陽師、刀岐昂明と式神の銀で御座います。……たまたま不振な放火現場に遭遇したものですから」
聞かれたわけではないがつい言い訳を混ぜながら昂明は答える。何故一介の陰陽師如きが……などと言われたら面倒だからだ。
「そうであったか。先ほどの式神の腕前、実に凄まじいものであった。儂も一度手合わせを願いたいものだ」
「そんな……滅相もありません。恐れ多いことです」
昂明が言うよりも早く慌てて銀がそう言って頭を下げた。馬上の貴族はそんな銀の反応を「式神も、そのように気を遣うのだな」と面白そうに見ている。
「あの方は権大納言兼右大将の源頼央さまという方だ。公卿の中でも屈指の武人と評判で、それでいて知己に富み、大層帝の覚えもめでたい」
後で弘継が教えてくれたその貴族の名に昂明も銀も驚いた。只者ではないと思ってはいたが、まさかそのような凄い人だったとは。
「僕の言葉、失礼は無かっただろうか……」
流石に銀も青くなってしまったらしい。
* * *
昂明と式神の活躍は、さほど大々的には語られなかった……はずだった。勿論、特段内密にと頼んでいた訳ではないのだが。
しかし銀髪の美しい式神とそれを従える陰陽師、という事実は一連の流れを目撃した検非違使達の記憶に予想以上に鮮明に焼き付いていたらしい。
気づいたらいつの間にか噂が広まってしまい……またもや「お前また噂になってるぞ」「一人で突っ走って手柄を独り占めにしたそうだな」などと他の先達にどやされることになってしまった。
しかしだ。
今回はそのことを、昂明は後悔していない。
結局犯人を捕まえることはできたが、結局どんなに問い詰めても頑として口を割らなかったそうだ。勿論、犯人が弾正大弼の邸の使用人であることは間違いはない。……おそらく単に命令されただけ、なのだろうが。
邸に火を放とうとした犯人は、呪符を築地塀の置こうとしていたようだ。そこには『藤原道長を呪詛する』というようなことと、輝く君の名前が書いてあったと後で弘継から聞いた。……名前を書きつけることで犯人は輝く君であるということにしたかったのだろうが、それは少しあからさま過ぎやしないだろうか。
しかし弾正大弼も当然ながら「確かに元使用人ではあるが、事件が起こるより少し前に、粗相をしたので暇を出した。自分の邸から出てきたのは盗みを働くつもりだったのではないか」と言って憚らなかった。
その『元使用人』はどんなことがあっても今回の詳細については口を割らなかったそうだ。
「弾正大弼邸の元使用人の家には相当な金が届けられたそうだ。恐らく事前にそういった約束が交わされていたのだろうな」
と、弘継は語った。
ただ、それでも完全に無関係との主張は認められないだろうから……少なくとも暫くの間は昇進などとは縁遠くなるだろう、とも付け加える。
あの夜、邸を出た弾正大弼は中宮大夫の邸に呼ばれて酒を飲んでいたらしい。二人ともそれなりに輝く君を妬む者同士、気が合うのだろうか。なんにせよ用意周到で腹立たしいことだ。
報せを聞きつけたのか、本来は別の公卿を見張る担当だった弘継がこちらに向かって走ってきた。
「大丈夫だったか!」
「俺達より近くで見張ってたはずの検非違使の皆さんが来ないのでどうしようかと焦りましたよ。お陰で体を張って時間稼ぎをする羽目になりました」
「済まぬ。なんでも裏手を重点的に見張っていて気付くのが遅れたそうだ」
呆れて声も出なかった。
自分達が時間を稼がなかったら逃げられていたかもしれないのだ。もう少ししっかりしてほしい。
そう思ったが……余計なことを言うのは藪蛇だ。その言葉は心の中に仕舞っておくことにした。
「昂明、怪我はないか」
「大丈夫だ。でも銀が助けに入ってくれなかったら危なかったかもしれないな。助かった」
「式神を名乗るからには、主を守ることが出来るくらい強くないといけないからな」
銀の笑顔に申し訳なさもある。幼馴染みを『式神』であると名乗らせるのは心苦しいのだが、銀の言葉に救われた気持ちだ。正直、男達に太刀で斬りかかられたときは足が竦んでしまった。
「いや、それよりも……」
少しだけ言葉を濁しながら昂明は銀を小突く。
先ほど見せた凄まじい太刀の腕前を見せた白銀の髪を持つ少年に対し、羨望と驚きと恐れのまなざしが交互に見つめている。皆「あれはあやかしか?」「それとも鬼か?」「それとも……」と銀の正体を不思議に思っているのだ。
「銀色の美しい髪だな。……鬼か?」
馬の嘶きと共に聞こえた真っ直ぐな声。
「違います、こいつは俺の式神です」
思わず昂明は反射的にそう返してしまった。
返した後で一体誰なのかと慌てて馬上の人物を見れば――誰だか分からない。
ただ、只者ではない貴族であるということだけは分かった。
「ほう式神とな。それは済まなかった。……ということはおぬしらは陰陽師か」
「はい。陰陽寮の陰陽師、刀岐昂明と式神の銀で御座います。……たまたま不振な放火現場に遭遇したものですから」
聞かれたわけではないがつい言い訳を混ぜながら昂明は答える。何故一介の陰陽師如きが……などと言われたら面倒だからだ。
「そうであったか。先ほどの式神の腕前、実に凄まじいものであった。儂も一度手合わせを願いたいものだ」
「そんな……滅相もありません。恐れ多いことです」
昂明が言うよりも早く慌てて銀がそう言って頭を下げた。馬上の貴族はそんな銀の反応を「式神も、そのように気を遣うのだな」と面白そうに見ている。
「あの方は権大納言兼右大将の源頼央さまという方だ。公卿の中でも屈指の武人と評判で、それでいて知己に富み、大層帝の覚えもめでたい」
後で弘継が教えてくれたその貴族の名に昂明も銀も驚いた。只者ではないと思ってはいたが、まさかそのような凄い人だったとは。
「僕の言葉、失礼は無かっただろうか……」
流石に銀も青くなってしまったらしい。
* * *
昂明と式神の活躍は、さほど大々的には語られなかった……はずだった。勿論、特段内密にと頼んでいた訳ではないのだが。
しかし銀髪の美しい式神とそれを従える陰陽師、という事実は一連の流れを目撃した検非違使達の記憶に予想以上に鮮明に焼き付いていたらしい。
気づいたらいつの間にか噂が広まってしまい……またもや「お前また噂になってるぞ」「一人で突っ走って手柄を独り占めにしたそうだな」などと他の先達にどやされることになってしまった。
しかしだ。
今回はそのことを、昂明は後悔していない。
結局犯人を捕まえることはできたが、結局どんなに問い詰めても頑として口を割らなかったそうだ。勿論、犯人が弾正大弼の邸の使用人であることは間違いはない。……おそらく単に命令されただけ、なのだろうが。
邸に火を放とうとした犯人は、呪符を築地塀の置こうとしていたようだ。そこには『藤原道長を呪詛する』というようなことと、輝く君の名前が書いてあったと後で弘継から聞いた。……名前を書きつけることで犯人は輝く君であるということにしたかったのだろうが、それは少しあからさま過ぎやしないだろうか。
しかし弾正大弼も当然ながら「確かに元使用人ではあるが、事件が起こるより少し前に、粗相をしたので暇を出した。自分の邸から出てきたのは盗みを働くつもりだったのではないか」と言って憚らなかった。
その『元使用人』はどんなことがあっても今回の詳細については口を割らなかったそうだ。
「弾正大弼邸の元使用人の家には相当な金が届けられたそうだ。恐らく事前にそういった約束が交わされていたのだろうな」
と、弘継は語った。
ただ、それでも完全に無関係との主張は認められないだろうから……少なくとも暫くの間は昇進などとは縁遠くなるだろう、とも付け加える。
あの夜、邸を出た弾正大弼は中宮大夫の邸に呼ばれて酒を飲んでいたらしい。二人ともそれなりに輝く君を妬む者同士、気が合うのだろうか。なんにせよ用意周到で腹立たしいことだ。
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