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勅使はまたもやってくる
07-03:大切な時間
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「そうだ、銀」
呼ばれた銀が小さく「なんだ」と聞き返す。こっちへ来いと手招きすると、渋々昂明の隣にやってきた。
「帝の使いの公卿さま。……実は大変恐れ多いのですが、あなた様にほんの少しだけ凶兆が表れております」
「おい、何を言ってるんだ!?」
昂明の言葉に銀が慌てて掴みかかる。相手はただの公卿の振りをしているとはいえ、あからさまに帝でしかない。そんな相手に何を、ということだ。
「いえいえ、本当にほんの少し、ほんの少しです! ですからご安心下さい。少しの対処で直ぐにこの凶兆は消え去るでしょう」
「ほう? それは一体?」
一体何をしてくれるのか、と興味深々の顔で公卿は昂明を見た。
「こちらの式神は、なんと陰陽術を心得る式神です。都で評判になる程の力を持った式神ですから、当然ですよね」
何を言っているんだと、呆れる銀を尻目に昂明は続ける。
「ですから公卿さま。この式神が、今より『身固め』を行いましょう」
「は!?」
流石にこれには銀も驚いて声を上げてしまったようだ。謎の公卿はといえば目を丸くして「おお! それはとても良いな。是非頼みたい!」と大喜び。本来帝が相手となれば、やり方もまた異なるのだが今目の前にいるのは幸いにも『謎の公卿のおっさん』だ。
「い、いや、流石にそれは……。お、恐れ多いので……」
昂明の言わんとすることをようやく理解した銀は、しどろもどろに弁解をしながら後退る。しかしそれを謎の公卿は引き止め、懇願する。
それは真っ直ぐで、切実な瞳だ。
この機を逃したら次は……そう思っている。
「どうか、頼む。人は居ない。仮に居ても全て夢であったということにする」
銀は昂明を困った顔で見ていたが、迷うだけ時間が無駄だと悟ったのか胸を押さえて二度三度息を吐く。
銀は震える足で謎の公卿の元に歩み寄ると、そっと体を抱いた。
公卿の手が、銀の頭に愛おし気に触れる。
二人の姿は間違いなく親子そのもの。
昂明はその間、周りに人が居ないことを確認しながら、二人のほんの一時を見守った。
それから後は先程のことなど何も無かったように、過ぎてゆく。他愛もない日常の話などを聞かれるがままに話し、笑った後でそろそろ頃合いという時だ。
「本当に官職や位階は望まぬのか?」
謎の公卿は、褒美の品々の他にも「今よりもっと上の地位はどうか」と昂明達に訊ねた。しかし流石にそこまでして貰うのはいくら自分が図太い方だと言えども恐れ多すぎる。確かに帝に拝謁出来るほどの官職になれば、銀も帝に会える機会が増えるというものだが……それは『こうなった本来の理由と目的』に対して真逆の行為をしてしまうことになる。
何より、昂明達はまだ自分たちを守る知識も術を持ち合わせていない。
「はい。確かに困ったときに何かを動かせるだけの力は魅力的だと思います。しかし我々はまだその力を行使するだけの実力を持ち合わせてはおりません。その状態で力を得たとて、他の公卿たちに疎まれ、潰されてしまうことでしょう」
それは昂明自身がいきなり陰陽師に抜擢された事によって自ら体験した事実でもある。力欲しいがそれに見合う実力もまた必要なのだ。
「そうか。勿体ないのう」
その言葉は、『我が子』に対する想い以外の『式神と陰陽師』としての二人のことを買ってくれていたと思っても良いのだろうか。
「ならばせめて、右大将にはお前達の助けになるよう命じよう。困ったことがあれば何時でも相談するとよい。まあ、儂が……じゃない、主上が命じずともあやつならお前達の力になるだろうがな。……なにせあやつはお前達のことをとても買っておる」
つまりそれは『何かを動かせるだけの力』を貸し与える、ということだ。
昂明と銀は、深々と首を垂れると帝への多大なる感謝の言葉を述べた。
呼ばれた銀が小さく「なんだ」と聞き返す。こっちへ来いと手招きすると、渋々昂明の隣にやってきた。
「帝の使いの公卿さま。……実は大変恐れ多いのですが、あなた様にほんの少しだけ凶兆が表れております」
「おい、何を言ってるんだ!?」
昂明の言葉に銀が慌てて掴みかかる。相手はただの公卿の振りをしているとはいえ、あからさまに帝でしかない。そんな相手に何を、ということだ。
「いえいえ、本当にほんの少し、ほんの少しです! ですからご安心下さい。少しの対処で直ぐにこの凶兆は消え去るでしょう」
「ほう? それは一体?」
一体何をしてくれるのか、と興味深々の顔で公卿は昂明を見た。
「こちらの式神は、なんと陰陽術を心得る式神です。都で評判になる程の力を持った式神ですから、当然ですよね」
何を言っているんだと、呆れる銀を尻目に昂明は続ける。
「ですから公卿さま。この式神が、今より『身固め』を行いましょう」
「は!?」
流石にこれには銀も驚いて声を上げてしまったようだ。謎の公卿はといえば目を丸くして「おお! それはとても良いな。是非頼みたい!」と大喜び。本来帝が相手となれば、やり方もまた異なるのだが今目の前にいるのは幸いにも『謎の公卿のおっさん』だ。
「い、いや、流石にそれは……。お、恐れ多いので……」
昂明の言わんとすることをようやく理解した銀は、しどろもどろに弁解をしながら後退る。しかしそれを謎の公卿は引き止め、懇願する。
それは真っ直ぐで、切実な瞳だ。
この機を逃したら次は……そう思っている。
「どうか、頼む。人は居ない。仮に居ても全て夢であったということにする」
銀は昂明を困った顔で見ていたが、迷うだけ時間が無駄だと悟ったのか胸を押さえて二度三度息を吐く。
銀は震える足で謎の公卿の元に歩み寄ると、そっと体を抱いた。
公卿の手が、銀の頭に愛おし気に触れる。
二人の姿は間違いなく親子そのもの。
昂明はその間、周りに人が居ないことを確認しながら、二人のほんの一時を見守った。
それから後は先程のことなど何も無かったように、過ぎてゆく。他愛もない日常の話などを聞かれるがままに話し、笑った後でそろそろ頃合いという時だ。
「本当に官職や位階は望まぬのか?」
謎の公卿は、褒美の品々の他にも「今よりもっと上の地位はどうか」と昂明達に訊ねた。しかし流石にそこまでして貰うのはいくら自分が図太い方だと言えども恐れ多すぎる。確かに帝に拝謁出来るほどの官職になれば、銀も帝に会える機会が増えるというものだが……それは『こうなった本来の理由と目的』に対して真逆の行為をしてしまうことになる。
何より、昂明達はまだ自分たちを守る知識も術を持ち合わせていない。
「はい。確かに困ったときに何かを動かせるだけの力は魅力的だと思います。しかし我々はまだその力を行使するだけの実力を持ち合わせてはおりません。その状態で力を得たとて、他の公卿たちに疎まれ、潰されてしまうことでしょう」
それは昂明自身がいきなり陰陽師に抜擢された事によって自ら体験した事実でもある。力欲しいがそれに見合う実力もまた必要なのだ。
「そうか。勿体ないのう」
その言葉は、『我が子』に対する想い以外の『式神と陰陽師』としての二人のことを買ってくれていたと思っても良いのだろうか。
「ならばせめて、右大将にはお前達の助けになるよう命じよう。困ったことがあれば何時でも相談するとよい。まあ、儂が……じゃない、主上が命じずともあやつならお前達の力になるだろうがな。……なにせあやつはお前達のことをとても買っておる」
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