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第一話:そのお子様ランチは存在したか
1-2:思い出を探しに
しおりを挟むテーブル一杯に並べられた料理を一品ずつ、稲架木さんは手を付ける。
少し食べては首を傾げて脇に置く。
ある料理は首を振ると、秘書たちの方へ料理を滑らせた。どうやら首を振った食事の残りは秘書さん達が完食するらしい。
僕は、なんとなく稲架木さんは何かを探しているような、そんな感じに思えた。
不意に、稲架木さんが顔をあげる。
「あ」
遠目にその光景を見ていた僕の視線は、彼女の視線とぶつかった。
じろじろ見ていたから怒られるのではないだろうか。そう思って身構えると、彼女の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「さっきは御免なさいね、驚かせてしまったかしら」
稲架木さんは僕に存外、優しい顔で語りかけてくる。さっきのような威厳ある言葉ではなく……なんだか親戚の叔母さんのような、気さくで優しい言葉と笑い方をしていた。
「あなたはここの店員さん?」
彼女は僕の服を見ながら訊ねる。そうだ、朝従業員の制服を借りたまま、うっかりそのままになっていた。
「いえっ、これはその、一時的に借りたのをすっかり忘れてしまっていたんです。……紛らわしくて済みません」
サボってる店員と思われたのではないかと不安になりながら、僕はぺこぺこと頭を下げる。「いいのよ、気にしないでね」と、またも稲架木さんは笑って言ったけれど、命を助けてもらったアインさんとこのお店に迷惑をかけてはいけないと思って、僕は昨晩店に転がり込んで助けられた事などをかい摘みながら一生懸命に説明した。
「ふふ、60年経ってもそういう所は変わらないのね。このお店は」
「え?」
稲架木さんの言葉に僕は思わず訊き返す。
「もう随分前の事だけど。そう、60年位前。とても親切にして頂いたのよ、私も」
周りにいた秘書の人たちが何か言いかけたけど、稲架木さんはそれを制す。
「私が三つの頃ね。父とこのお店に食事に来たの」
「お父さんと……」
僕にはまだ思い出せないけれど、僕にも居たんだろうか。父や母なる人達が。
それを考えると、とたんに胸がずきんと痛くなる。
「といっても小さかったから殆ど覚えていないのよ。それが父との最後の食事だった。周囲の反対を押し切って結婚した私の両親を、祖父母は許さなかったの。父はまだ貧乏だったから、このまま母と私を任せておくことは出来ないって」
稲架木さんのお父さんは、稲架木と最後の思い出にとこの店に食事を食べに来たらしい。当時幼かった稲架木さんも、まさかそれを最後にお父さんが去ってしまうなんて思いもよらなかった事だろう。
「大きくなって、事情を知って。……でも会社も忙しくてようやく落ち着いたから父の行方を探そうとしたのだけれど、その時には……いいえ、両親が離婚してしばらくした後、父は病で亡くなってしまっていたの」
「そうだったんですか……」
もしかしたら稲架木さんのお父さんは、病でそう長くないことが分かっていたから、離婚を承諾したのかもしれない。病に伏して更に苦労をかけるよりはと……。そんな気がした。
「せめてあの時の思い出の食事がしたくて、あの日に食事をしたこのお店を探し出したのだけれどね。一体何を食べたのか、幼い頃だったからはっきり覚えていないのよ」
困ったような顔で稲架木さんは続けた。
「御免なさいね、急にこんな事を話して」
顔は笑っているけれど、きっととてもがっかりしているに違いない。
だって、全部のメニューを頼んだのは、なんとしてもその時の味を思い出したかったからだろう。
何か僕に出来ることがあればいいのに。
そう思うけれど実際、僕にできることなんか何一つない。
僕は唇を噛んで、俯いた。
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