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第一話:そのお子様ランチは存在したか
1-3:時を超えたメッセージ
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「それで得心致しました」
突然声がして僕たちは振り向いた。アインさんが何かの料理を乗せたトレーを持ってこちらへ歩いてくる。
「先ほどの彼との話を聞いて、祖父から聞いた親子の話を思い出しました。……確かお店を出るときに記念に祖父が写真を撮ったと言っておりました」
「まあ、そうです! 店長さんはその時の事、ご存知なんですの?」
アインさんの言葉に、稲架木さんは驚いて口元を押さえた。
「ええ、随分と昔の事だったので思い出すのに時間がかかってしまいましたが……お嬢様とのお別れをとても寂しがっていらっしゃったそうです」
「お父様……」
稲架木さんがハンカチで目元を押さえた。
「すっかり大人になられた貴女には少し不釣り合いかもしれませんが……こちらがその時にお出しした料理です。……もっとも、事情があって完全に同じかというと少し違いますが」
そう言ってアインさんがテーブルの上に置いたのは、お子様ランチのような代物だった。一つのプレートの上に切り分けられたオムライスの一部。横には白い何かとサラダが添えてある。プレートの上にはもう一つココット皿のような物が乗っていて、カレーらしきものが入っていた。
「これは……?」
まだ何なのか分かっていない稲架木さんがアインさんの顔を見る。その表情を見て、アインさんは微笑む。
「ふふふ、覚えてませんか? 貴女が注文したのはオムライスでした。そしてお父様が注文したのは……グラタンとカレーです」
そこまでアインさんが言うと、「あ!」と稲架木さんが声をあげた。
「そうだわ。私、父の料理も食べたいって駄々をこねて……オムライス半分と父の料理を分けて貰ったんだわ……」
稲架木さんがどの料理を食べてもしっくりこなかった理由、それは彼女が食べたのがメニュー通りの料理ではなく、全部乗せの混合メニューだったからだ。
「味も大事ですけど、見た目の記憶も結構大事ですからね」
再び隣にやってきたジェドさんが僕の顔を見て笑った。
確かに。言われてみればそうなのかもしれない。
「私、まさか最後だと思わなくて……いつも通り父に我儘いって困らせてしまったの……」
「そんな貴女の我儘も、お父様は嬉しかったんじゃないでしょうか。……きっと」
恥ずかしそうにはにかんだ稲架木さんに、アインさんは優しく伝える。
泣きながら料理を食べる稲架木さんを見ながら、僕もそう思った。
結局、既に出された料理については秘書の人たちが頑張って完食してくれた。もともとそのつもりで来たようだから……お腹を空かせて準備をしておいたのかもしれない。秘書って大変なんだな……なんて思ってしまった。
「お待ちください、これを」
会計を終え、帰ろうとする稲架木さんをアインさんが呼び止めた。
アインさんは一通の封筒と、それから何かの紙を稲架木さんに差し出す。
「これは……?」
何だかわからず、稲架木さんが訊き返す。
「これは、別れを惜しんだお父様が貴女との最後の記念にと撮った写真です。……祖父もお父様から今日という日の記念にと一枚写真を頂いたそうなのですが、これからは貴女の思い出にして頂けたらきっとお父様も喜ぶでしょう」
それはモノクロの古い写真だった。
「それからこれは……お父様が、店を立ち去る間際に『もしもこの先娘が訪ねてくることがあれば渡してほしい』と貴女への手紙を託したそうなのです。本当にこの日が来るとは私も思っておりませんでしたが、どうぞお受け取りください」
「まあ……夢みたい。父の写真は一枚もなかったものだから……」
驚いて写真を見た稲架木さんはまたもハンカチで目元を拭った。
「有難う。……いずれ改めてお礼に参ります」
爽やかな微笑みを浮かべて、稲架木さんは秘書さん達と共に店を後にした。
カランと扉を閉めたベルが鳴った後は静けさだけが残る。
「これで、良かったですか? 昌壱さん」
唐突に振り返るとアインさんはその名前を呼んだ。
僕は驚いて昌壱さんの方を向く。昌壱さんは頭を掻きながら笑っていた。
「いやあ、待ってみるもんだね」
僕は、二人が何を言っているのか分からずにきょろきょろと交互に二人を見比べた。
「あー……実はね。彼は稲架木さんの、亡くなったお父さんなんだよ」
「えっ!?」
アインさんの言葉に僕は驚く。再び昌壱さんを見ると、やっぱり笑っていた。
ただの気さくでずぼらな人に見えるのに、それって幽霊って事だろうか。
「来るわけないと思いながら毎年お邪魔していたけれど……これでようやく、憂いなく旅立つ事ができそうだ。ありがとう、店長さん」
昌壱さんは手を振って、ドアの方へと向かう。
「お気をつけて」
その言葉に昌壱さんは少し振り返ると、にっと笑って頷いた後、ベルの音と共に消えていった。
最後のベルの残響がまだ耳に残る。
「アインさん……」
僕はずっと気になっていた事をようやく口にする。
「本当にさっきあの話、アインさんのお爺さんが言ってたんですか?」
返す返すもアインさんはヴァンパイアで自称不死の王だ。
「いや、私だよ。……だって、当時から店に居たのは自分だなんて、言えないからね」
「やっぱり……そうかなって思いました」
呆れたような顔で見た僕にアインさんは悪びれない。
「君が彼女の話を聞きだしてくれて助かったよ。……正直あの時の彼女だとわかっても、全部のメニューを頼んだ時は意図が分からなかったし。話している間に当時の事を思い出す事が出来たからね。有難う」
「いえ、そんな。お礼を言われるような事なんて何一つ……」
僕は何もしていない。
ただ、見ていただけだし、話しかけたのだって向こうからだ。
「そんな事はないよ。……有難う、聖弘くん」
本当に、僕は何もしていないのに。
でも、「有難う」その言葉で幾分か僕は救われたような気がした。
「いや、きょっぴー、だっけ?」
「えっ、アインさんまでその呼び方、するんですか!?」
まさかのきょっぴー呼びをされて、僕は戸惑うばかり。
けれど心の中がじわりと温かくなったような、そんな気がした。
突然声がして僕たちは振り向いた。アインさんが何かの料理を乗せたトレーを持ってこちらへ歩いてくる。
「先ほどの彼との話を聞いて、祖父から聞いた親子の話を思い出しました。……確かお店を出るときに記念に祖父が写真を撮ったと言っておりました」
「まあ、そうです! 店長さんはその時の事、ご存知なんですの?」
アインさんの言葉に、稲架木さんは驚いて口元を押さえた。
「ええ、随分と昔の事だったので思い出すのに時間がかかってしまいましたが……お嬢様とのお別れをとても寂しがっていらっしゃったそうです」
「お父様……」
稲架木さんがハンカチで目元を押さえた。
「すっかり大人になられた貴女には少し不釣り合いかもしれませんが……こちらがその時にお出しした料理です。……もっとも、事情があって完全に同じかというと少し違いますが」
そう言ってアインさんがテーブルの上に置いたのは、お子様ランチのような代物だった。一つのプレートの上に切り分けられたオムライスの一部。横には白い何かとサラダが添えてある。プレートの上にはもう一つココット皿のような物が乗っていて、カレーらしきものが入っていた。
「これは……?」
まだ何なのか分かっていない稲架木さんがアインさんの顔を見る。その表情を見て、アインさんは微笑む。
「ふふふ、覚えてませんか? 貴女が注文したのはオムライスでした。そしてお父様が注文したのは……グラタンとカレーです」
そこまでアインさんが言うと、「あ!」と稲架木さんが声をあげた。
「そうだわ。私、父の料理も食べたいって駄々をこねて……オムライス半分と父の料理を分けて貰ったんだわ……」
稲架木さんがどの料理を食べてもしっくりこなかった理由、それは彼女が食べたのがメニュー通りの料理ではなく、全部乗せの混合メニューだったからだ。
「味も大事ですけど、見た目の記憶も結構大事ですからね」
再び隣にやってきたジェドさんが僕の顔を見て笑った。
確かに。言われてみればそうなのかもしれない。
「私、まさか最後だと思わなくて……いつも通り父に我儘いって困らせてしまったの……」
「そんな貴女の我儘も、お父様は嬉しかったんじゃないでしょうか。……きっと」
恥ずかしそうにはにかんだ稲架木さんに、アインさんは優しく伝える。
泣きながら料理を食べる稲架木さんを見ながら、僕もそう思った。
結局、既に出された料理については秘書の人たちが頑張って完食してくれた。もともとそのつもりで来たようだから……お腹を空かせて準備をしておいたのかもしれない。秘書って大変なんだな……なんて思ってしまった。
「お待ちください、これを」
会計を終え、帰ろうとする稲架木さんをアインさんが呼び止めた。
アインさんは一通の封筒と、それから何かの紙を稲架木さんに差し出す。
「これは……?」
何だかわからず、稲架木さんが訊き返す。
「これは、別れを惜しんだお父様が貴女との最後の記念にと撮った写真です。……祖父もお父様から今日という日の記念にと一枚写真を頂いたそうなのですが、これからは貴女の思い出にして頂けたらきっとお父様も喜ぶでしょう」
それはモノクロの古い写真だった。
「それからこれは……お父様が、店を立ち去る間際に『もしもこの先娘が訪ねてくることがあれば渡してほしい』と貴女への手紙を託したそうなのです。本当にこの日が来るとは私も思っておりませんでしたが、どうぞお受け取りください」
「まあ……夢みたい。父の写真は一枚もなかったものだから……」
驚いて写真を見た稲架木さんはまたもハンカチで目元を拭った。
「有難う。……いずれ改めてお礼に参ります」
爽やかな微笑みを浮かべて、稲架木さんは秘書さん達と共に店を後にした。
カランと扉を閉めたベルが鳴った後は静けさだけが残る。
「これで、良かったですか? 昌壱さん」
唐突に振り返るとアインさんはその名前を呼んだ。
僕は驚いて昌壱さんの方を向く。昌壱さんは頭を掻きながら笑っていた。
「いやあ、待ってみるもんだね」
僕は、二人が何を言っているのか分からずにきょろきょろと交互に二人を見比べた。
「あー……実はね。彼は稲架木さんの、亡くなったお父さんなんだよ」
「えっ!?」
アインさんの言葉に僕は驚く。再び昌壱さんを見ると、やっぱり笑っていた。
ただの気さくでずぼらな人に見えるのに、それって幽霊って事だろうか。
「来るわけないと思いながら毎年お邪魔していたけれど……これでようやく、憂いなく旅立つ事ができそうだ。ありがとう、店長さん」
昌壱さんは手を振って、ドアの方へと向かう。
「お気をつけて」
その言葉に昌壱さんは少し振り返ると、にっと笑って頷いた後、ベルの音と共に消えていった。
最後のベルの残響がまだ耳に残る。
「アインさん……」
僕はずっと気になっていた事をようやく口にする。
「本当にさっきあの話、アインさんのお爺さんが言ってたんですか?」
返す返すもアインさんはヴァンパイアで自称不死の王だ。
「いや、私だよ。……だって、当時から店に居たのは自分だなんて、言えないからね」
「やっぱり……そうかなって思いました」
呆れたような顔で見た僕にアインさんは悪びれない。
「君が彼女の話を聞きだしてくれて助かったよ。……正直あの時の彼女だとわかっても、全部のメニューを頼んだ時は意図が分からなかったし。話している間に当時の事を思い出す事が出来たからね。有難う」
「いえ、そんな。お礼を言われるような事なんて何一つ……」
僕は何もしていない。
ただ、見ていただけだし、話しかけたのだって向こうからだ。
「そんな事はないよ。……有難う、聖弘くん」
本当に、僕は何もしていないのに。
でも、「有難う」その言葉で幾分か僕は救われたような気がした。
「いや、きょっぴー、だっけ?」
「えっ、アインさんまでその呼び方、するんですか!?」
まさかのきょっぴー呼びをされて、僕は戸惑うばかり。
けれど心の中がじわりと温かくなったような、そんな気がした。
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