ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第二話:見えない猫とコンポート

2-5:幽霊猫のチロ

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 営業時間を終えて僕たちは閉店準備に取り掛かる。
 僕はといえば、チロと大谷さんの事が頭からずっと離れなくて、片づけをしている最中もそのことばかり考えてしまっていた。

「きょっぴー? どうかしたんですか?」

「えっ」

 ジェドさんに呼ばれて僕は我に返る。

「さっきからずっとぼーっと何か考えている感じがしたので……大丈夫ですか?」

「す、すみません。少し、考え事をしていて……」

 慌ててジェドさんに頭を下げる。まだ閉店後の掃除も終わってないのにいけないいけない。

「もしかして、チロの事考えてたんじゃないの?」

 ずばりの一言に、僕はどきりとする。
 案外、ヴィクターは鋭い。

「なんで分かったんですか?」

「んー、さっきもずっと気にしてるみたいだったからさ」

 普段はぽやっとした感じで、みんなからは弟みたいなポジションで扱われているヴィクターだけれど。
 案外こちらの事をよく見ている。

「はは……お見通しですね。そうなんです。大谷さんが全然チロに気づいてなくて、チロがあんまり大谷さんの傍から離れなかったもんですから、何とか出来ないかなってつい思ってしまって」

 観念して僕はずっと考えていたことを皆に話した。もしも大谷さんがチロの飼い主なのなら、チロの姿を少しでも見ることができたら喜ぶんじゃないかと思ったのだ。

「ふうん、成る程ねえ」

 いつの間にか僕たちの会話にアインさんまで混ざってきた。

「アインさん!」

 僕は驚いて振り返る。
 なんと僕のすぐ後ろにアインさんは立っている。言葉を発するまで全くそこに居たことに気づかなかった。
 アインさんはレジのテーブルに肘をついて、試すような、少し微笑みを湛えた顔で僕を見る。その真意が分からずに僕は戸惑う。

「それで、きょっぴーはどうしたいって思うんだい?」

「え?」

「何とか出来ないかなって、思ったんだろう?」

「え、ええと……」

 何気なく口から出た言葉だったけど、改めて質問されてしまって僕は詰まってしまった。こんな事、言っていいんだろうか。

「その……チロがもしも大谷さんの飼い猫だったのなら、なんとか二人を会わせてあげることは出来ないかなって。あんなにチロが一生懸命にじゃれついていたから、なんだか可哀そうになってしまって……」

 僕の言葉をアインさんは穏やかに聞いている。
 考えてみれば、何の策もないのにこんな事言ってどうだと言うんだろう。自分で話しているうちにとても独りよがりに感じてしまって僕は最後まで話しきる前に俯いてしまった。

「そうだねえ……」

 アインさんは思案するように肘をついたまま目を閉じる。一体何を考えているんだろう。

「それなら銀食器とか、どうですか」

 ジェドさんが目を閉じたままのアインさんに提案をする。

「銀食器?」

 何故なのか分からずに僕がジェドさんに聞き返すと、傍のディスプレイ用の食器棚から銀色のお皿を一枚、取り出した。

「ああ、なるほど。そういえばそんなものもあったね」

「店長、何年か前に骨董屋で良い買い物したって買ってきたきりずっとしまいっぱなしだったじゃないですか。銀食器といえば昔の貴族が毒の有無を見極めるために愛用していた事で有名ですけど……磨くと鏡みたいに周囲のものを映すじゃないですか。鏡って、時にはそこに見えないものも映し出す不思議な力があるんですよ」

 アインさんのとぼけた返事に突っ込みながら、ジェドさんが説明してくれた。
 そういえば怖い話とかに、鏡に幽霊が映る……なんていうのよくあったっけ。

「へええ、銀食器って凄いんですね。銀だしお値段も高そう」

「もっとも、これに関しては鏡が重要であって銀でなくても食器でなくても良いんですけれどね。……それに手入れが大変ですぐ変色しちゃうんですよ。それなのにあ店長ったらずっとしまいっ放しだから余がいつも気づくとピカピカに磨いては戻し磨いては戻し……」

 どうやらアインさんは買うだけ買って手入れをサボっていたらしく、話しながらジェドさんの怒りのボルテージが上がっていくのをひしひしと感じた。
 しっかり者に見えるのに、アインさんの意外なずぼらポイントを見てしまったような気がする。
 逆にジェドさんはいい加減に見えて案外几帳面らしい。

「ほんと! 珍しいもの買い込んでくるのは良いんですけど、自分が買ったものの手入れはちゃんと自分でやってくださいね!」

「御免、御免……次からは気を付けます!」

 アインさんは平謝りだ。とても店長さんとは思えない腰の低さ。

「ともかく――銀食器を大谷さんの食事の時に置いたら、もしかしたらチロが映り込んで大谷さんの目にも見えるんじゃないかって、そういう事だよね?」

 ジェドさんの真意を確認するように、横目でアインさんがジェドさんを見る。

「そういう事、です」

 したり顔でジェドさんは言い切った。
 僕はほとんど何も案を出さなかったけれど、あっという間に意見がまとまってしまい、驚くしかない。みんな本当に凄いと思う。

「例えば、『本日はサービスデーにつき、デザートをご提供します』とかなんとか言って。どうでしょう?」

「それなら凄く自然に見えますね!」

 ジェドさんのアイデアに、僕は心持ちテンションをあげながら両のこぶしを握った。

「いきなり大谷さんが来た時だけサービスデーなのも変だから……そうだね。来週一週間せっかくだからキャンペーン期間と銘打って、デザートを提供することにしよう」

「あ、有難うございます!」

 ジェドさんのアイデアに乗る形で、更にアインさんが上手くお店のイベントとして纏め上げてくれる。
 結局僕自身は何も出来なかった。
 それでも願った事に対して誰かが少しずつアイデアを出してくれて、それが練りあがっていく。その事に僕は少なからず感動した。

「よかったね、きょっぴー」

 盛り上がる二人を傍目で見ていたヴィクターが僕の肩を叩く。

「は、はい。有難う御座います、ヴィクター」

 笑顔で頷いた僕に少しだけ微笑みを見せると、

「……まあでも、それが最善かどうかはわからないけど……」

 その後すぐに意味深なことを言った。
 ヴィクターの言葉の意味は、一体何だったんだろう。

 それが僕の心の中に棘となってひっかかってしまい、その日はあまり良く眠ることができなかった。
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