ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第二話:見えない猫とコンポート

2-7:チロと大谷さん

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 脇道に入ってもまだ僕は引きずられている。
 周りの景色を見れば、どうやら住宅街の方までやってきたようだった。
 果たしてこれは、ちゃんとお店に戻ることが出来るんだろうか……。帰り道の事が不安になる。
 暫くそうしていたところでようやくエミリオさんがぴたりと止まった。

 ようやく掴まれていた手から解放されて、僕は大きく息を吸い込む。
 あともう少しこのままだったら息が止まっているところだ。

「げほ、どうしたんですか……?」

 うまく言葉が出なくて咳き込んでしまう。多分、首元をずっと圧迫されていたからだ。

「おぅ、見てみぃやアレ」

 僕が顔をあげるとエミリオさんが視線を横に動かした。
 あっち……?

 体を起こして態勢を立て直すと、エミリオさんの視線の先に目を凝らす。
 アパートや一軒家の立ち並ぶ一角に確かにチロがいる。
 それはレンガ造りの塀がお洒落な一軒家の前だった。

「なんだかあのあたりでぐるぐる回ってますね……」

 チロはその家の前でうろうろ、ぐるぐるを繰り返している。
 近くに寄りすぎてもいけないので、少し離れて僕たちはチロの様子を観察した。

「あの家、あそこが飼い主の家なんちゃうか」

「たしかに……」

 もしかしたら、チロがぐるぐる回っている家が、大谷さんの家なのかもしれない。僕もそう考えた。
 それから暫くの間、やっぱりチロはその家の前から離れる気配はない。
 決して中には入らない、でも家から遠ざかるわけではなく、門の周りや道路を行ったり来たり、繰り替えす。

「なんやもどかしいな。ちっとチロに聞いてくるか」

「えっ!? ダメでしょ、チロがびっくりしますよ!」

「そうか?」

「そうですよ!」

 今日会ったばかりの人なのに、僕はなぜこんな突っ込みを繰り返しているんだろう。イタリアの人距離感近すぎないだろうか……。

「あら、あなたたち」

 僕達がそんなやり取りをしていると、背後から突然声が聞こえてきたので僕たちは驚いて振り返る。

「もしかしてチロちゃんの件で大谷さんにご用なの?」

「え……?」

 突然チロの名前がすっと出されたことに、僕は心臓が飛び出るかと思うほど驚いてしまった。
 見れば買い物袋を下げた女性が立っている。多分、近くに住んでいる人なんだろう。

「おねーさん、あの猫の事知ってるんスか?」

 エミリオさんが話しかけると途端に女性の表情が嬉しそうな顔になって、そして少し赤くなった。

「え、ええまあ……大谷さんチロちゃんの事探しているでしょう? だからそれでかなって。ほら……チロちゃん一昨年からずっと行方不明だから」

「行方不明!?」

 僕とエミリオさんは驚いて声をあげてしまう。

「そうなの。一昨年の暮れにお散歩に行ったまま戻らなくてね……張り紙も出して、ビラ配りもして、ずいぶん探したんだけどまだ……」

 女性はため息をつく。

「今も毎週お休みの日は必ずチロちゃんの事を探してまわっているのよ」



 色々話してくれた女性にお礼を言って、僕たちはその場所を後にした。
 流石にいつまでも居るわけにはいかなかったのと……チロと大谷さんの関係を知って何とも言えない気持ちになってしまったからだ。

「なんか、最後はしんみりしてもーたな」

 エミリオさんもさっきまでの元気はない。

「そうですね……」

 僕もなんと返していいか分からずに曖昧な返事をしてしまった。
 結局、僕達二人はそんな微妙なやり取りを時々繰り返しながら元来た道を歩き、そして自分の店へとそれぞれ戻っていった。

 「じゃあな」と言ったエミリオさんの去り際の顔が忘れられない。
 なんとも気まずそうな顔をしていた。

 ちょっとした興味本位から始まった探索だったけれど、思いのほか僕たちに重いものを残していったらしい。
 僕自身も胸のつかえを抱えたまま、浮かない気持ちでその日一日を過ごした。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから僕は数日の間、どうしたものかと考えていた。
 このままあの計画を実行して良いんだろうか。

 アインさんに相談しようかと思ったけれど、なんとなく機を逃してしまって言えなかった。
 せっかく僕の言葉を聞いて色々協力してくれたのに、変に水を差したくなかったからだ。
 他の二人に相談……とも思ったものの、それもなんとなく言い出しづらい。
 ヴィクターのあの言葉は僕の心に引っかかったままだ。

 結局答えは出ないまま、お店は『夜のデザートキャンペーン期間』に突入した。

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