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第二話:見えない猫とコンポート
2-10:誰かを想うという事
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「大谷さん、桃のコンポートゼリー美味しかったって言ってたよ。……あと、きょっぴーの事心配してた」
「すみません……」
泣きはらしてようやく落ち着いた頃に、ヴィクターが教えてくれた。チロはいつも通り大谷さんと一緒に帰っていったらしい。
閉店したお店の中で、僕達は思い思いに椅子に座りながら今日あった出来事などを意見交換している。
もっとも、僕にはそんな気力は全くわかなかった。
何より泣きすぎて疲れ果てている。
「きょっぴー、さっきは急に泣き出してどうしたんだい?」
あんなにチロと会わせたいって言ってたのに――、そう思っているのだろうけれど、誰もそうは言わなかった。
「大谷さん、まだチロが生きてるって信じてると言ってました」
僕はポソリと、力なく口にする。
「……馬鹿ですよね。チロと大谷さんを合わせてあげたいなんて、良い事してるような気になって……僕の思い上がりもいいところでした」
「きょっぴー……」
また涙声になった僕の事を、アインさんやみんなが心配そうに見ている。
「僕、その時はきっと死んだチロに会うことが出来たらきっと大谷さんは喜ぶだろうってそう思ってたんです。………でも」
大谷さんが言ったあの言葉。
――だって諦めてしまったら、本当にチロが死んだことになってしまう。そんなのは耐えられない
「大谷さんはまだ生きてると信じていたい、諦めたくないって。それなのに僕、本当に愚かでした……」
涙と言葉がぐちゃぐちゃになって、ちゃんと喋る事が出来ているのかも分からない。ぐずぐずになりながら僕は涙も拭わずにそこまで一気に言葉を吐き出した。
「でも……今はチロを会わせるべきじゃないと君は思いとどまったんだろう?」
アインさんの穏やかな声が、温かい大きな手が、僕の背中にそっと添えられる。怒っているだろうか、困った顔をしているだろうか。
不安で潰れそうになりながら恐る恐る僕はアインさんを見上げた。
その顔は、穏やかで静かな波のように、微かに微笑みを湛えて僕の事を見つめている。それは多分――慈愛とかそういった類のものに違いない。
「アイン、さん……」
責められるだろうか。それでも不安で僕は恐る恐る言葉を紡ぐ。
「仮にそうすべきじゃなかったのだとしても、君はその時大谷さんの事を思って行動しようとした。そして、大谷さんの事を思って、チロに会わせるのを止めた」
小さく、やっとの思いで僕は頷いた。
「誰かのために一生懸命に何かしてあげたいと思う、その心はとても尊いものだと……私は思うよ。だからそんなに自分を責めないで欲しい。……何より、私たちも君のアイデアに共感して乗っかろうと思った訳なのだから……」
「そうだよ。チロはきっと、きょっぴーのその気持ち嬉しかったと思う。だからそんなに泣かないで」
僕の手を取ると、アインさんの言葉に続けてヴィクターが言った。一生懸命僕を元気づけようとしてくれているのが痛い程伝わる。
「ヴィクター……うっ、うあぁ……」
「あっ、また泣いちゃった!」
その優しさが堪らなくてもう一度嗚咽と共に泣き出してしまった僕を見て、ヴィクターがあわあわと僕の周りで慌てている。それが言いようもなく嬉しくて、そして慌て方が可笑しくて、僕は泣きながら少し笑ってしまった。
「良かった、笑った!」
そんな僕の顔を見て、ヴィクターが嬉しそうに笑う。
「やれやれ。ようやく泣いたカラスが笑いましたね」
見守っていたジェドさんも肩を竦めて笑った。
多分、「泣いた烏がもう笑う」が正しい言葉なんだろうけど。
見ればアインさんも優しい微笑みを浮かべている。
「御免なさい……僕」
「謝るのはもう良いから。一生懸命で直向きな――そんな君の心を、私はとても歓迎しているよ。だから笑おう」
再び涙声になりかけた僕の涙を指で払うと、アインさんはその手で頬に触れた。
泣きすぎて痛かった頬っぺただけど、触られた瞬間に驚いて痛みが吹っ飛んでしまう。
「あの、アイン、さん?」
「ほっぺた。泣いて真っ赤だったから」
そう言ってにこりと笑う、けれど僕はそれどころじゃなかった。
綺麗な人の何気ない仕草は、人を殺す凶器にも等しい……。
事実僕は、今の仕草で心臓が止まって死ぬんじゃないかと思ったのだった。
死因:優しさによるショック死。
なんて洒落にならない。
「あのっ、その、そろそろ手! 離して大丈夫ですから!」
慌てる僕の言葉も全く気にせず「なんで?」「いいじゃない」と、イケメンの攻撃は暫くの間続いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから暫くの時間が経った。
相変わらず毎日エミリオさんは焼き立てパンを届けに訪れるし、大谷さんもいつも通りランチとディナーを食べにお店にやってくる。
あの時はかなり凹んでしまったけれど、僕もなんとか立ち直った。
今日も変わりなくビストロ・ノクターンのホールスタッフとして働いている。
「きょっぴー! オーダーあっちよろしく!」
「はい!」
時々意味深な表情を見せるヴィクターだけど、少しだけ僕に対して信頼を置いてくれるようになったような気がした。
合間の時間にくだらない話をすることも少しずつ、増えてきたんじゃないか。
……と僕は思う。
「はいはい、二人とも油売ってないで料理運んでください」
そんな僕達にすかさずジェドさんは鋭く突っ込んでくる。
アインさんは僕たちのやり取りを見てニコニコと笑う。
ほんの少しだけ、僕と、皆との距離が近くなった……ような気がした。
それから。
「ナ~ォ」
チロはいつものように、大谷さんが来ると傍をうろついたりよじ登ったりしている。きっとそれはチロの大谷さんとの日課なんだろう。
あれから時々、チロが僕の足元に擦り寄るようになった。
「きっと、きょっぴーの気持ちが通じたんだよ。だからきっとこれはチロの親愛の証だと思う」
ヴィクターはそんなことを言っている。
それが本当なのかは僕にはわからないけれど。
もしもそうであったのなら、ほんの少しだけあの日の事が赦されたような、そんな気持ちになるような気がした。
真実はチロだけが知っている。
「すみません……」
泣きはらしてようやく落ち着いた頃に、ヴィクターが教えてくれた。チロはいつも通り大谷さんと一緒に帰っていったらしい。
閉店したお店の中で、僕達は思い思いに椅子に座りながら今日あった出来事などを意見交換している。
もっとも、僕にはそんな気力は全くわかなかった。
何より泣きすぎて疲れ果てている。
「きょっぴー、さっきは急に泣き出してどうしたんだい?」
あんなにチロと会わせたいって言ってたのに――、そう思っているのだろうけれど、誰もそうは言わなかった。
「大谷さん、まだチロが生きてるって信じてると言ってました」
僕はポソリと、力なく口にする。
「……馬鹿ですよね。チロと大谷さんを合わせてあげたいなんて、良い事してるような気になって……僕の思い上がりもいいところでした」
「きょっぴー……」
また涙声になった僕の事を、アインさんやみんなが心配そうに見ている。
「僕、その時はきっと死んだチロに会うことが出来たらきっと大谷さんは喜ぶだろうってそう思ってたんです。………でも」
大谷さんが言ったあの言葉。
――だって諦めてしまったら、本当にチロが死んだことになってしまう。そんなのは耐えられない
「大谷さんはまだ生きてると信じていたい、諦めたくないって。それなのに僕、本当に愚かでした……」
涙と言葉がぐちゃぐちゃになって、ちゃんと喋る事が出来ているのかも分からない。ぐずぐずになりながら僕は涙も拭わずにそこまで一気に言葉を吐き出した。
「でも……今はチロを会わせるべきじゃないと君は思いとどまったんだろう?」
アインさんの穏やかな声が、温かい大きな手が、僕の背中にそっと添えられる。怒っているだろうか、困った顔をしているだろうか。
不安で潰れそうになりながら恐る恐る僕はアインさんを見上げた。
その顔は、穏やかで静かな波のように、微かに微笑みを湛えて僕の事を見つめている。それは多分――慈愛とかそういった類のものに違いない。
「アイン、さん……」
責められるだろうか。それでも不安で僕は恐る恐る言葉を紡ぐ。
「仮にそうすべきじゃなかったのだとしても、君はその時大谷さんの事を思って行動しようとした。そして、大谷さんの事を思って、チロに会わせるのを止めた」
小さく、やっとの思いで僕は頷いた。
「誰かのために一生懸命に何かしてあげたいと思う、その心はとても尊いものだと……私は思うよ。だからそんなに自分を責めないで欲しい。……何より、私たちも君のアイデアに共感して乗っかろうと思った訳なのだから……」
「そうだよ。チロはきっと、きょっぴーのその気持ち嬉しかったと思う。だからそんなに泣かないで」
僕の手を取ると、アインさんの言葉に続けてヴィクターが言った。一生懸命僕を元気づけようとしてくれているのが痛い程伝わる。
「ヴィクター……うっ、うあぁ……」
「あっ、また泣いちゃった!」
その優しさが堪らなくてもう一度嗚咽と共に泣き出してしまった僕を見て、ヴィクターがあわあわと僕の周りで慌てている。それが言いようもなく嬉しくて、そして慌て方が可笑しくて、僕は泣きながら少し笑ってしまった。
「良かった、笑った!」
そんな僕の顔を見て、ヴィクターが嬉しそうに笑う。
「やれやれ。ようやく泣いたカラスが笑いましたね」
見守っていたジェドさんも肩を竦めて笑った。
多分、「泣いた烏がもう笑う」が正しい言葉なんだろうけど。
見ればアインさんも優しい微笑みを浮かべている。
「御免なさい……僕」
「謝るのはもう良いから。一生懸命で直向きな――そんな君の心を、私はとても歓迎しているよ。だから笑おう」
再び涙声になりかけた僕の涙を指で払うと、アインさんはその手で頬に触れた。
泣きすぎて痛かった頬っぺただけど、触られた瞬間に驚いて痛みが吹っ飛んでしまう。
「あの、アイン、さん?」
「ほっぺた。泣いて真っ赤だったから」
そう言ってにこりと笑う、けれど僕はそれどころじゃなかった。
綺麗な人の何気ない仕草は、人を殺す凶器にも等しい……。
事実僕は、今の仕草で心臓が止まって死ぬんじゃないかと思ったのだった。
死因:優しさによるショック死。
なんて洒落にならない。
「あのっ、その、そろそろ手! 離して大丈夫ですから!」
慌てる僕の言葉も全く気にせず「なんで?」「いいじゃない」と、イケメンの攻撃は暫くの間続いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから暫くの時間が経った。
相変わらず毎日エミリオさんは焼き立てパンを届けに訪れるし、大谷さんもいつも通りランチとディナーを食べにお店にやってくる。
あの時はかなり凹んでしまったけれど、僕もなんとか立ち直った。
今日も変わりなくビストロ・ノクターンのホールスタッフとして働いている。
「きょっぴー! オーダーあっちよろしく!」
「はい!」
時々意味深な表情を見せるヴィクターだけど、少しだけ僕に対して信頼を置いてくれるようになったような気がした。
合間の時間にくだらない話をすることも少しずつ、増えてきたんじゃないか。
……と僕は思う。
「はいはい、二人とも油売ってないで料理運んでください」
そんな僕達にすかさずジェドさんは鋭く突っ込んでくる。
アインさんは僕たちのやり取りを見てニコニコと笑う。
ほんの少しだけ、僕と、皆との距離が近くなった……ような気がした。
それから。
「ナ~ォ」
チロはいつものように、大谷さんが来ると傍をうろついたりよじ登ったりしている。きっとそれはチロの大谷さんとの日課なんだろう。
あれから時々、チロが僕の足元に擦り寄るようになった。
「きっと、きょっぴーの気持ちが通じたんだよ。だからきっとこれはチロの親愛の証だと思う」
ヴィクターはそんなことを言っている。
それが本当なのかは僕にはわからないけれど。
もしもそうであったのなら、ほんの少しだけあの日の事が赦されたような、そんな気持ちになるような気がした。
真実はチロだけが知っている。
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