ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

文字の大きさ
49 / 69
第五話:嵐がやってきた

5-10:襲撃

しおりを挟む
 そんな朗らかなムードをぶち壊すように、バァンと扉が激しい音を立てて開いた。
 僕達は驚いて一斉に入り口を見る。

「おのれ、ヴァンパイアめ。息子だけでなく孫までたぶらかそうとは……」

「お爺様!」

 それは祖父だった。
 手には拳銃のようなものが握られていて、それは僕達に向けられている。
 ジェドさん、アインさんとエミリオさんが僕を庇うように立った。
 ヴィクターは僕にしがみ付いている。

「神宮寺さん、どうか物騒なものは仕舞って下さいませんか」

 アインさんは静かな声で祖父に向かって言った。その言葉からは多少の警戒が感じられる。

「ふん、誰が聞く耳を持つものか」

「あれ、銀の弾丸込めてるで……匂いがする」

「えっ……!」

「ヤバイな。ワイもアインも、銀の弾はあんま得意やない」

 僕達だけに聞こえるくらいの大きさでエミリオさんが言った。
 エミリオさんにしては珍しく、焦りが混じっているように感じる。
 そういえば、祖父が仕事をしているのを見たのは随分昔だったけれど、確かに戦いの時、銃による一撃でヴァンパイアを仕留めたこともあった。
 あの日、祖父が準備していた道具の中に銀の弾丸を見たような記憶がある。

 どうしよう。
 祖父が二人を撃ってしまったら。
 そう思うと急激に体中の血が凍り付くような気がした。

「聖弘君は自分の意志でここに残りたいと言っています。どうか……」

「言うな!」

 アインさんの足元に一発、銀の弾丸がめり込んだ。

「お爺様、やめてください!」

「五月蠅いぞ聖弘。お前はこいつらに騙されているだけだ。……この男の妹はその昔お前の父親をたぶらかして、結果的にお前から父を奪ったんだ!」

「違う! だって、可笑しいじゃないですか! もしもアインさんの妹さんと僕の父さんが一緒になっていなかったら……僕はこの世に居なかったんですよ!」

 僕は堪らず、祖父に向かって叫ぶ。
 意外にも僕の言葉に、一瞬祖父が驚いた顔をした。

「お前……」

 その驚きは一体どの感情から来たものだったんだろうか。

「お爺様、ごめんなさい……。でもアインさんは、それにこのお店は、皆は。僕にとって生まれて初めての心から大切にしたいと思った、かけがえのないものです。僕は、大好きなこの場所を、大切な皆を傷つけたくないんです」

 祖父が構える拳銃の銃口が、微かに震えているのが分かる。

「だからお願いです。もうやめてください」

 思えば祖父と心を通わせたことなんてあっただろうか。

 そうだ。
 小さい頃、……物心ついて少しくらいの時に一緒にピクニックに行った。
 一緒に作ったサンドイッチを、二人で笑いながら芝生の上で食べたっけ。
 あの頃はまだ、祖父を怖いとは思った事はなかったかもしれない。
 何時から歯車が狂ってしまったんだろう。
 今になって急にそんな事を思いだしてしまった。

「神宮寺さん、どうか聖弘君の気持ち、理解してあげてください」

「ええい、五月蠅い! お前たちは皆、私から大事なものを奪って行く。それが私には我慢ならん!」

 アインさんの言葉に祖父が激高した。
 銃を握る手に力が込められる。

「覚悟しろ、ヴァンパイアめ!」

 いけない、ダメだ。
 僕は、行かせまいとするヴィクターの腕を振りほどくと、力を振り絞って飛び出した。


 痛いより先に熱いって感じるんだ――。

 僕の体を貫通した銃弾が棚のガラスを割ってしまった。

 ――ああ。棚の中の大事なお皿、割れてしまっただろうか。

 後から感じる痛みに、立っていることが出来ない。
 崩れ落ちながら、そんな事を考えてしまった。
 そんな場合じゃないのに。
 思わず可笑しくて僕は少し笑った。

「き……聖弘ッ!?」

「きょっぴー!?」

「聖弘君!」

 アインさんが僕を抱き起こして呼びかけている。
 傍に居る筈なのにうんと遠くにいるみたいだ。

「命を懸けてまで……、そのヴァンパイアを殺すことを邪魔しようというのか」

 祖父の声が、遠くで聞こえる。

「お爺様……」

 眠ってしまいそうな自分の意識を呼び止め、気力を振り絞って目を開く。
 伝えなきゃ。
 こんな事止めて下さいって。


「お願いです……。僕から大好きな人達を奪わないでください。居場所を奪わないでください……」


 僕は必死で手を伸ばす。
 大切な人達、大切な場所が傷ついてしまうのは。
 自分が傷つくことよりも辛くて、恐ろしい。


「何にもできない、ダメな僕が、ようやく見つけた大切な宝物なんです……」


 そこまで言って、僕の意識は急速に遠のいてゆく。

「…………そうか。私の言う事にただ怯えるだったお前が、……自分の意思でこの男を、この場所を守るというのだな」
 最後に、祖父の言葉が聞こえたような気がした。

「聖弘。お前はようやく自分の居場所を見つけたというのだな……」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい

葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。 絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。 過去の後悔を拭いたい。 誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...